知らない故郷
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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翌日。
朝食を終えたあと。
「ガイア、今日は何するの?」
「んー……」
ガイアは腕を組み、少し考える。
昨日までとは違って、今日は何の予定も入っていなかった。
祭祀もない。
五島の長との会議もない。
誰かと会う約束もない。
何もない一日だった。
「……島でも見るか」
「島?」
「ああ。ルナ、まだ家と南側くらいしか見てねぇだろ」
ルナリスの顔がぱっと明るくなる。
「見る!」
「じゃあ行くか」
「うん!」
先に外へ飛び出していく。
ガイアはその背中を見送った。
「元気だな……」
「お前も昨日より元気そうじゃん」
後ろからジジの声がする。
振り返る。
「……そう見える?」
「うん」
「ならいいけど」
ガイアはそれ以上言わず、外へ出た。
ジジも後を追う。
昨日。
ずっと胸の中にあったものを、初めて口にした。
怖い。
何かを選ばなければならなくなることが。
ジジやルナリスの側にいることと、ヴァレイアへ向き合うこと。
そのどちらかを捨てなければならなくなることが。
ジジは答えをくれなかった。
知らない、と言った。
その代わり。
一緒に考えると言った。
勝手にいなくならない、と。
何一つ解決していない。
それでも。
昨日よりは少しだけ、息がしやすかった。
「ガイアー!」
前からルナリスが呼んでいる。
「早く!」
「ルナが早ぇんだよ」
ガイアは笑い、歩き出した。
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ヴァレイアの中心部から少し東へ向かうと、家々の間隔が広くなっていった。
白い石造りの家。
色鮮やかな布を干す家。
庭いっぱいに花を育てている家もある。
道を歩くたび、島の者たちが足を止めた。
「ガレイヴィア様」
「おはようございます」
「お帰りなさいませ」
ガイアもそのたび足を止める。
「おはよう」
「変わりはないか」
「母上から聞いた。子供が生まれたそうだな。おめでとう」
いつものガイアとは少し違う。
けれど。
もうジジも、その姿に驚かなかった。
最初は知らない男のように見えた。
声の調子も。
立ち方も。
言葉遣いも。
けれど数日見ているうちに分かってきた。
無理をしているわけではない。
これも、ガイアなのだ。
いや。
ここではガレイヴィアなのだろう。
「ジジ!」
呼ばれて顔を上げる。
ルナリスが少し先で手招きしている。
「これ何?」
「どれ」
道端の木に、大きな赤い実がいくつもなっていた。
ジジが覗き込む。
「知らねぇ」
「食べられる?」
「俺に聞くなよ」
「食えるよ」
ガイアが追いついてくる。
「甘い?」
「甘い」
「食べたい」
「勝手に取んな。人ん家のだから」
ルナリスが手を引っ込める。
「じゃあ見るだけ」
「そうしろ」
「ガイアは食べたことある?」
「ああ」
「美味しかった?」
「うまかったよ」
「ここから取った?」
「…………」
ガイアが黙る。
ジジが見る。
「取ったんだ」
「ガキの頃な」
「泥棒じゃん」
「うるせぇな」
「ガイア、泥棒したの?」
「一個だよ」
「一個でも泥棒だろ」
「お前まで言うな」
ルナリスが笑った。
そのまま三人で歩いていく。
少し先へ進んだところで。
「あら」
声がした。
ガイアが振り返る。
白い石造りの店先に、一人の女性が立っていた。
「…………」
一瞬だけ、ガイアの目が細くなる。
「セレナ」
昨日。
五島の長として会議の席に座っていた女性だった。
アスタリア島を預かる、セレナ・ラハシェル。
会議では誰より姿勢を正し、ガイアを一貫して「ガレイヴィア様」と呼んでいた。
けれど今。
セレナは少しだけ目を細めた。
「ガレイヴィア」
呼び方が違った。
ガイアも気づいたらしい。
「昨日と随分違うな」
「昨日はアスタリア島の長としてお会いしていたもの」
「今日は?」
「従姉」
「都合いいな」
「あなたに言われたくないわ」
セレナが笑う。
それからジジとルナリスへ目を向けた。
「こんにちは、セレナよ」
「こんにちは!」
ルナリスが元気よく返す。
ジジも軽く頭を下げた。
「どうも」
「島を案内しているの?」
「ああ。こいつらほとんど何も見てねぇから」
「そう」
セレナはそう言ってから、ふと道端の赤い実を見る。
そして。
ガイアを見る。
「……まさか、また盗ってないでしょうね」
「盗ってねぇよ!」
ルナリスが目を丸くした。
「セレナも知ってるの?」
「もちろん」
「一個だからな!」
「一個?」
セレナが眉を上げる。
「あなた、袋いっぱいに詰めてイシル様に見つかったことがあったでしょう」
「…………」
ジジがガイアを見る。
ルナリスも見る。
「ガイア」
「何だよ」
「一個じゃないじゃん」
「昔の話だろ」
「嘘ついた」
「うるせぇ!」
セレナが声を上げて笑った。
「変わらないわね」
「変わってるよ」
「私から見れば大して変わらないわ」
「俺より二十くらいしか上じゃねぇだろ」
「年上は年上よ」
「エルフの二十年なんか誤差だろ」
「都合のいい時だけそういうことを言うのね」
昨日とは、まるで違う。
会議の席では、セレナはガイアへ深く礼を取り、一線を越えることはなかった。
けれど今は。
ただの従姉と従弟だった。
「ガイア、昔からこんな感じだったの?」
ルナリスが聞く。
「そうね」
「おい」
「海へ入ったら帰ってこないし」
「帰ってたよ」
「日が暮れてからね」
「…………」
「木には登るし」
「エルフなら登るだろ」
「降りられなくなったこともあったわ」
「それ何歳の時だよ!」
「ガイア、木から降りられなかったの?」
ルナリスが楽しそうに笑う。
「ちげぇよ。枝が折れただけだ」
「それで下にいた私たちが大騒ぎしたのよ」
「落ちてねぇだろ」
「結果の話ではないの」
ジジが吹き出した。
ガイアが睨む。
「笑うな」
「いや……」
「お前もガキの頃くらい色々あっただろ」
「俺は木から降りられなくなったことねぇよ」
「だから違ぇって!」
またセレナが笑った。
しばらくして。
彼女はガイアを見た。
「……こうして歩いているのを見ると、不思議ね」
「何が」
「あなたがここにいること」
ガイアの表情が少し変わる。
セレナは穏やかに続けた。
「昨日は言えなかったから」
「…………」
「おかえりなさい、ガレイヴィア」
ガイアはしばらく彼女を見ていた。
「……ただいま」
短く答える。
それだけだった。
けれどセレナは嬉しそうに笑った。
「またアスタリアにも来て」
「ああ」
セレナと別れる。
歩き出してしばらくしてから、ルナリスがガイアの手を握った。
「ガイア」
「ん?」
「木、どれ?」
「何が」
「降りられなくなった木」
「なってねぇって言ってんだろ」
「見たい」
「俺も見たい」
「ジジまで乗るなよ!」
二人の笑い声が道に響いた。
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暫く歩くと海が見えた。
高台になっている。
眼下には青い海が広がり、その向こうに小さな島影が見えた。
ルナリスが走っていく。
「すごい!」
「落ちんなよ」
「落ちない!」
ガイアは少し離れたところで足を止めた。
古い木が一本立っている。
幹に手を触れる。
「…………」
ジジが隣へ来た。
「知ってる木?」
「ああ」
「何かした?」
「何で俺が何かした前提なんだよ」
「今日の話聞いてたら」
「……まあ、登ってたけど」
「やっぱり」
ガイアが笑う。
「ここから海見るの好きだった」
「へえ」
「親父に怒られた時とか」
「逃げてきた?」
「まあな」
ガイアは海を見る。
「ここまで来りゃ、しばらく誰も来なかったから」
「一人で?」
「ああ」
「寂しくなかった?」
「別に」
即答だった。
けれど。
少ししてから。
「……昔はな」
そう付け足した。
ジジは何も言わなかった。
ただ、ガイアの隣へ立った。
二人で海を見る。
その少し先では、ルナリスが風に髪を揺らしながら何かを追いかけている。
白かった髪には、薄く碧が混じっていた。
ガイアがその姿を見る。
「……連れてきてよかった」
「ああ」
「お前も?」
「何が」
「来てよかった?」
ジジはガイアを見る。
「うん」
「そ」
それだけ言って。
ガイアはまた海を見た。
ジジも隣に立ったままだった。
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夜。
夕食の席では、ルナリスが一日中喋っていた。
「それでね、ガイアが木から降りられなくなったんだって」
「なってねぇ!」
「セレナが言ってた」
「枝が折れただけだって」
イシルが口元を押さえて笑う。
「あったわねぇ」
「母さんまで」
ギルムも黙って食事を続けている。
けれど肩が僅かに揺れていた。
「親父、笑ってんだろ」
「笑っていない」
「嘘つけ」
「食事中だぞ」
「関係ねぇだろ」
ジジも笑う。
ガイアが不満そうに睨んできた。
「お前も笑いすぎ」
「だって面白ぇじゃん」
「何がだよ」
そんなやり取りを眺めていたイシルが、ふと思い出したように窓の外を見る。
「……そういえば」
「何?」
ルナリスが聞く。
「今夜は、よく見えるかもしれないわね」
「何が?」
「ホタルクラゲ」
ルナリスが首を傾げる。
「ほたるくらげ?」
「夜になると光る、小さなクラゲよ」
「光るの?」
「ええ。とても綺麗なの」
「見たい!」
すぐに身を乗り出す。
イシルが笑った。
「ルナリスには少し遅いかしら」
「起きてる!」
「今日ずっと歩いていたでしょう?」
「起きてられるもん」
「さっき欠伸してたじゃねぇか」
ガイアが言う。
「してない」
「してた」
「してない!」
「してたよ」
ジジまで加わる。
ルナリスが頬を膨らませた。
イシルはそんな三人を見てから、ガイアへ視線を移した。
「ガレイヴィア」
「ん?」
「ジジを連れていってあげたら?」
「…………」
ガイアの動きが止まる。
イシルはにこにこと笑っている。
「まだ見たことないでしょう?」
ジジが頷く。
「ないです」
「とても綺麗よ。西の入り江にたくさん集まるの」
「へえ」
「ガレイヴィアは場所を知っているわ」
「…………」
ガイアが母を見る。
「何だよ」
「何も?」
「その顔何だよ」
「普通の顔よ」
ジジだけが分からない顔をしている。
「行きたい」
ガイアが振り返る。
「......」
「何」
「……いや」
一度、母を見る。
イシルは相変わらず笑っている。
ガイアが小さく息を吐いた。
「……行くか」
「うん」
「ルナも行きたい」
「お前は寝ろ」
「やだ」
「また今度連れてってやるよ」
「ほんと?」
「ああ」
「約束ね」
「分かった」
イシルが満足そうに微笑んだ。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




