側にいる
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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会議が終わってから、しばらく経っていた。
ガイアは自室に一人でいた。
窓は開け放たれている。
そこから見える海は、朝の潮迎えが嘘だったかのように穏やかだった。
その手前には、色とりどりの花が咲いている。
ルナリスが咲かせた花だった。
ガイアは窓辺の椅子に腰掛けたまま、ぼんやりとその景色を眺めていた。
頭から離れない言葉があった。
――ラハシェルの直系は、あなた様で絶えるのですか。
答えられなかった。
子供が欲しいと思ったことはない。
自分の血を残したいと考えたこともなかった。
大陸でガイアとして生きていた間、考える必要すらなかったことだった。
けれど。
今は、考えなければならない。
自分は何も言わず、この島を出た。
父にも。
母にも。
自分の帰りを待つ者たちにも、何一つ告げなかった。
あの頃は、ここを離れることしか考えられなかった。
それ以外に、自分が自分でいられる方法を知らなかった。
けれど、自分がいなくなったあとにも時間は流れていた。
父は族長としてヴァレイアを守り続けた。
母はイル=ネアとして祭祀を担った。
五島の者たちも、次代が定まらないまま、それぞれの島を守ってきた。
それを知った今。
もう、知らなかった頃には戻れない。
今度は逃げたくなかった。
父とも。
母とも。
この島とも。
自分が置いてきたものすべてと、ちゃんと向き合いたい。
そう思っている。
なのに。
その先が、見えない。
「…………」
ガイアは組んだ両手へ目を落とした。
ジジの側にいたい。
ルナリスの側にもいたい。
それだけなら、何も迷わない。
けれど。
ヴァレイアから、もう一度逃げたくもない。
ここへ帰ってきてしまったから。
自分を待っていた父と母を知った。
変わらず迎えてくれた者たちを知った。
自分がいなかった時間を守ってきた者たちを知った。
そして今日。
海の中に立って。
自分が今も、この島と繋がっていることを知った。
どちらも捨てたくない。
その二つを、どうすれば同じ未来の中に置けるのか。
分からなかった。
胸の奥に、じわじわと不安が広がっていく。
その時。
扉が叩かれた。
「ガイア」
聞き慣れた声だった。
ガイアは少しだけ顔を上げる。
「開いてる」
扉が開き、ジジが顔を覗かせた。
「いた」
「俺の部屋なんだからいるだろ」
「いなかったら探そうと思ってた」
「何だよ」
「別に」
そう言いながら、ジジは普通に部屋へ入ってきた。
扉を閉め、ガイアの方へ歩いてくる。
「ルナは?」
「お母さんといる」
「まだ一緒にいんの?」
「花で何か作るって」
「ああ……」
それなら、しばらく戻ってこないだろう。
ジジは近くにあった椅子を引き、ガイアの隣へ座った。
「…………」
「…………」
何も言わない。
ガイアが横目で見る。
「何だよ」
「何が」
「何かあんだろ」
「別に」
ジジは窓の外を見る。
しばらくしてから、ぽつりと聞いた。
「……会議、どうだった」
「色々話した」
「そっか」
「…………」
ガイアが横を見る。
何となく引っかかった。
ジジは何でもないような顔で海を見ている。
「お前」
「ん?」
「何か知ってる?」
「何を」
「会議で話したこと」
一瞬。
ジジの目が動いた。
ガイアの目が細くなる。
「……聞いたな?」
「…………ちょっと」
「どこで」
「廊下」
「何で廊下で会議聞いてんだよ」
「道間違えた」
「嘘つけ」
「そこはほんとだ」
「どっから聞いた」
ジジは少し考える。
「俺とこれからも一緒にいるってとこ」
ガイアが固まった。
「……ほぼ後半全部じゃねぇか」
「最初は聞いてねぇよ」
「十分だろ」
「途中からだし」
「お前な……」
ガイアが額を押さえる。
少し前なら、ここで悪態の一つも続いたかもしれない。
けれど。
今は、それ以上言葉が出なかった。
ジジがガイアを見る。
「怒った?」
「怒ってねぇよ」
「じゃあ何」
「……聞かせたくなかった」
「何で」
ガイアは黙った。
「俺が男だから?」
「違ぇよ」
「人間だから?」
「それも違う」
「じゃあ何だよ」
しばらく答えはなかった。
やがてガイアが、低い声で言った。
「……お前が、自分のせいだと思いそうだったから」
ジジが瞬く。
「俺が?」
「ああ」
「何で」
「俺とお前が一緒にいるから、俺が血を残せないとか。そういうふうに考えそうだろ」
ジジは少し考えた。
「別に思ってねぇけど」
ガイアが顔を上げる。
「ほんとかよ」
「だって俺がいなかったとしても、お前が子供欲しいかどうかは別の話だろ」
「…………」
「違う?」
「……違わねぇけど」
「じゃあ俺のせいじゃないじゃん」
あまりにも簡単に言う。
ガイアはしばらくジジを見ていた。
それから、ほんの少しだけ笑った。
「お前、こういう時だけ妙に単純だよな」
「何だよ」
「褒めてる」
「絶対褒めてねぇだろ」
少しだけ空気が緩む。
けれど。
ガイアの表情は、すぐに戻った。
「……俺は、お前から離れる気はねぇよ」
ジジが黙る。
「そこは考えてねぇ」
ガイアは自分の手を見つめたまま続けた。
「人間だからとか、男だからとか。そんなことでお前から離れる気はない」
「ああ」
「でも」
言葉が止まった。
ジジは急かさなかった。
ガイアの指が、ゆっくりと組み直される。
「……ここから、また逃げる気もねぇんだよ」
今度はジジも何も言わなかった。
「親父にも、母さんにも会った」
窓の向こうを見る。
「俺がいなかった間のことも聞いた」
島いっぱいに咲いた花の向こう。
穏やかな海が広がっている。
「今日、海ん中に立って……やっぱり俺はここと繋がってんだって分かった」
「うん」
「もう一回、何もなかったみたいにバインスへ戻って、それで終わりにはしたくねぇ」
「ああ」
「ちゃんと向き合いたい」
「うん」
一つ一つ。
ジジはただ聞いていた。
ガイアが何を選ぶべきなのか。
そんなものは、ジジにも分からない。
だから、何も決めつけなかった。
ガイアの声が、少しだけ小さくなる。
「でも……」
一度、息を吸う。
「どうすりゃいいのか、分かんねぇ」
それまでずっと伏せられていた金色の瞳が、ジジを見る。
不安そうだった。
ジジが知っているガイアは、いつも答えを持っているわけではない。
それでも。
何かが起きれば動いた。
ルナリスのことでジジが立ち止まった時も。
何をすればいいのか分からなくなった時も。
ガイアは何度も隣にいた。
ジジ一人に考えさせなかった。
今は。
ガイアが、一人で答えを探そうとしている。
ジジは椅子から立った。
「……何」
ガイアが顔を上げる。
ジジはその前まで行った。
そして。
何も言わず、ガイアの頭を抱き寄せた。
「…………」
ガイアの額が、ジジの腹に触れる。
最初は何の反応もなかった。
ジジも何も言わない。
ただ、そのまま抱いていた。
やがて。
ガイアの腕が、ゆっくりとジジの腰へ回る。
そのまま身体を預けるように、顔を押しつけてきた。
ジジの手が、銀髪に触れる。
長い髪を指で梳くように、ゆっくり撫でた。
「……ジジ」
「ん」
「俺、お前の側にいたい」
「知ってる」
「ルナの側にもいたい」
「ああ」
「ここにも、ちゃんと向き合いたい」
「うん」
ガイアの腕に、僅かに力が入る。
「……全部って、できんのかな」
ジジの手が止まった。
少し考える。
「知らねぇ」
ガイアが僅かに顔を上げた。
「そこはできるって言えよ」
「分かんねぇこと言ってもしょうがねぇだろ」
「…………」
「俺、ヴァレイアのことだってまだ全然知らねぇし」
「そうだけど」
「ラハシェルのことも、イル=ネアのことも、お前より分かってねぇ」
「……確かに」
「だから、どうすれば全部うまくいくかなんて知らねぇよ」
ジジの手が、また銀髪を撫でる。
「でも」
ガイアが見上げる。
「お前が考えるなら、俺も一緒に考える」
金色の瞳が僅かに揺れた。
「……お前も?」
「うん」
「お前に関係ねぇこともあるぞ」
「あるだろうな」
「族長とか、祭祀とか」
「分かんねぇ」
「血のことも」
「それも俺にはどうしようもねぇ」
「じゃあ――」
「でも、お前のことだろ」
ガイアの言葉が止まった。
ジジは銀髪を撫でながら続ける。
「お前が一人で考える必要はねぇじゃん」
「…………」
「俺に分かんねぇことなら、お前に教えてもらえばいいし」
「……うん」
「それでも分かんなかったら、一緒に分かんねぇって言ってりゃいいだろ」
ガイアが小さく笑った。
「何だよ、それ」
「今すぐ答え出ないんだからしょうがねぇじゃん」
「雑だなぁ……」
そう言いながら。
腰へ回った腕は離れなかった。
ジジはまた、ゆっくりと銀髪を撫でる。
しばらくして。
ガイアがぽつりと聞いた。
「……俺が、ここにいたいって言ったら?」
「いればいいじゃん」
「お前は?」
「俺もいる」
ガイアが顔を上げた。
「……ルナは?」
「ルナに聞けばいいだろ」
「簡単に言うなよ」
「だってルナのことだろ」
「そうだけど」
「ここにいたいならいればいいし、バインスに帰りたいなら帰ればいいじゃん」
「行ったり来たりさせんのか?」
「ファルコいるじゃん」
「そういう問題じゃねぇよ」
「じゃあ何だよ」
ガイアが少しだけ笑う。
「お前ほんと……」
「何」
「いや」
その顔を見て。
ジジも少し笑った。
それでも、さっきよりずっといつもの顔に近かった。
笑いが消えたあと。
ガイアはまたジジへ額を預けた。
「……怖ぇんだよ」
小さな声だった。
ジジの手が止まる。
ガイアは顔を上げなかった。
「また、何か選ばなきゃなんねぇのかなって」
「…………」
「ここに戻るなら、お前らを捨てろとか」
腕に力が入る。
「お前らの側にいるなら、ここを諦めろとか」
「…………」
「そうなったら……俺、どうすりゃいいのか分かんねぇ」
ジジは黙っていた。
できる。
大丈夫だ。
全部うまくいく。
そんなことは言えなかった。
分からないから。
だから。
ジジはガイアの頭をもう一度、自分へ引き寄せた。
「俺は勝手にいなくなんねぇから」
「…………」
「そこは心配しなくていい」
ガイアの腕に、強く力が入った。
しばらくして。
「……うん」
小さな声が返ってきた。
ジジは何も言わず、銀髪を撫で続けた。
窓の外では。
ヴァレイアの海が、穏やかに揺れている。
答えは、まだない。
ガイアがこの島を継ぐのか。
ラハシェルの血をどうするのか。
イル=ネアを、この先誰が担うのか。
ジジにも分からない。
ガイアにも分からない。
けれど。
一人で答えを探す必要はなかった。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




