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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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196/216

五島の長

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

潮迎えを終えて屋敷へ戻る頃には、空を舞っていた花びらも少しずつ地へ降り始めていた。

それでも、ルナリスの興奮はまだ冷めていない。


「ガイア、海すごかったね」


「ああ」


「お水、いっぱいガイアのところ来てた」


「そうだな」


「ガイアのこと好きなのかな」


歩いていたガイアが、少しだけ振り返った。


「……どうだろうな」


「好きだよ。だって嬉しそうだったもん」


迷いのない答えだった。


祭祀場から戻る途中も、島民たちはその髪と、

三人が歩いてきた先に広がる花々を何度も振り返っていた。


屋敷へ戻ると、祭装を解くためガイアは一度ジジたちと別れた。

髪を飾っていた真珠や金具が一つずつ外され、複雑に編み込まれていた銀髪が解かれていく。

最後に、イシルが挿した白い花だけが残った。

ガイアがそれへ手を伸ばす。


「それは、そのままでいいんじゃない?」


後ろから声がした。

振り返ると、イシルが立っていた。


「これ?」


「似合ってるわよ」


「二百三十の息子に花つけんなよ」


「でも私の息子でしょう」


「……そういう問題かよ」


イシルは楽しそうに笑っている。

ガイアは諦めたように息を吐くと、白い花だけを髪に残した。

祭装を脱ぎ、装束へ着替える。

部屋を出ると、廊下にはギルムが待っていた。


「ガレイヴィア」


「何?」


「午後、五島の長たちと席を設ける」


ガイアの顔が露骨に嫌そうになる。


「……今日?」


「全員、お前の帰還を聞いて本島まで来ている」


「それは分かってるけどよ。俺、さっき祭祀終わったばっかなんだけど」


「百二十年待たせたのだ。一日くらい働け」


「一日で百二十年取り戻そうとすんなよ……」


ギルムは聞かなかったことにして歩き出した。

その背中を見送り、ガイアが小さく息を吐く。


「親父、昔より容赦なくなってねぇか……」


——————————————————————


昼食を終えたあと。

ガイアはジジとルナリスのところへ顔を出した。

ルナリスはイシルと一緒に、朝咲いた花を籠いっぱいに集めている。


「どこ行くの?」


ガイアを見て、ルナリスが尋ねた。


「ちょっと親父たちと話してくる」


「ギルム?」


「ああ。五島の長も一緒だ」


ジジが顔を上げた。


「会議か?」


「そんなとこ」


「長い?」


「多分な」


「じゃあルナと遊んでる」


「行ってくる」


「ん」


「ガイア、いってらっしゃい!」


ルナリスが手を振る。

ガイアも軽く手を上げ、その場を離れた。


——————————————————————


屋敷の奥。

普段使われる居間や食堂から離れた場所に、その部屋はあった。

ラハシェルの本家と五島の長が集まるための、古い会議室。


中央には大きな円卓が置かれている。

ガイアが入ると、すでに五人の長が揃っていた。


北のブリューゲル島を預かる、オルガ・ラハシェル。

北東のラゴア島、パルミオ・ラハシェル。

東南のアスタリア島、セレナ・ラハシェル。

南のフェルガナ島、レイアティ・ラハシェル。

そして西のミレーヌ島、カイル・ラハシェル。


オルガとパルミオは、祖父の弟筋にあたる一族。

カイルは祖父の妹筋。

セレナは、イシルの妹の娘。

レイアティに至っては、イシルの実弟だった。

血縁だけを見れば、叔父と従姉。


だが、今ここにいるのは親族ではない。

五島を預かる長たちだった。

ガイアが部屋へ入った瞬間。

五人が一斉に立ち上がる。


「ガレイヴィア様」


揃って頭を下げた。

ガイアも足を止める。

昔の自分なら、この光景を見るだけで息が詰まったかもしれない。

けれど今は、逃げる理由にはならなかった。


「待たせた」


静かに告げ、席へ向かう。

ギルムが上座に座り、その傍らへガイアが腰を下ろした。

五人も再び席につく。

最初に口を開いたのはオルガだった。


「まずは改めまして、ご帰還を心よりお喜び申し上げます」


四人も頭を下げる。


「ありがとう」


「本日の潮迎えも拝見いたしました」


パルミオが続けた。


「百二十年前のガレイヴィア様を存じ上げておりますが……

 あれほどまでに精霊との結びつきを深めておられるとは」


ガイアは僅かに視線を落とした。


「大陸にいた間も、精霊はずっと側にいた。私だけでここまで来たわけではない」


その答えに、パルミオが静かに頭を下げる。


「失礼いたしました」


「いや」


短く返したところで、別の声がした。


「ですが、あの潮迎えを拝見して安心いたしました」


カイルだった。

柔らかな笑みを浮かべている。


「ガレイヴィア様がお戻りになられた。それだけでも、ヴァレイアにとって大きな希望です」


ガイアがカイルを見る。


「本日の潮迎えを拝見し、確信いたしました。

 次代を担う方は、ガレイヴィア様をおいて他におられません」


部屋が静かになる。

ガイアは少しの間を置いた。


「……まだ、その答えは出していない」


「無論でございます」


カイルはすぐに頭を下げた。


「百二十年ぶりにお戻りになられたばかり。今すぐお答えを求めるつもりはございません」


そこで、オルガが口を開いた。


「ですが、我々も百二十年の間、何もせず待っていたわけではございません」


先ほどまでとは違う静けさが、円卓を包んだ。

ガイアはオルガを見る。


「聞かせてくれ」


それから、長い話が始まった。


ガイアがヴァレイアを出たあとも、ギルムは次代を定めなかった。

五島には、いずれもラハシェルの血を引く一族が暮らしている。

時が過ぎるほど、ガレイヴィアはもう戻らないのではないかという声は増えていった。


その間にも世代は変わった。

生まれた者がいる。

死んだ者がいる。

親から島を引き継ぎ、新たな長となった者もいる。


五島の中から次代を定めるべきではないか。

そんな意見が出るようになったのも、当然だった。

それでもギルムは、次代の席を空け続けた。

ガイアは口を挟まず、すべてを聞いた。


やがてパルミオが尋ねる。


「ガレイヴィア様は、今後どのようになさるおつもりでしょう」


「まだ決めていない」


「大陸へ戻られる可能性も?」


「ああ。それも含めて考えている」


五人の間に、僅かに視線が交わされた。

その中で。


セレナが静かに口を開いた。


「ガレイヴィア様」


ガイアがそちらを見る。

二十年ほどしか歳の違わない従姉。

幼い頃から互いを知っている。


けれどセレナの表情にも、声にも、私的な親しさはなかった。

アスタリア島の長として、真っ直ぐガイアを見ている。


「私個人としては、ご帰還を心から嬉しく思っております」


「……ああ」


「ですが、今はアスタリア島を預かる者として申し上げます」


セレナが一度、言葉を切る。


「ガレイヴィア様が次代を継がれないのであれば、その先を誰が担うのか。

 それを決めぬままにしておくことは、もうできません」


ガイアは黙って聞いていた。


「分かっている」


それ以上は言わなかった。

言えなかった。

セレナも答えを求めなかった。


代わってレイアティが口を開く。


「私も、今すぐお答えをいただく必要はないと考えております」


イシルの弟。

ガイアにとっては、叔父にあたる男。

それでも彼もまた、フェルガナ島の長として言葉を選んでいた。


「ですが、いずれお考えいただかなければならないことでもあります」


レイアティの視線が、一度ギルムへ向く。


「イシル様がイル=ネアとして祭祀を担い、ギルム様が族長として本島を守ってこられた。

 その先を、誰が担うのか」


そして、ガイアを見る。


「ガレイヴィア様がお戻りになられた以上、我々五島も改めて考えなければなりません」


「……分かっている」


ガイアは静かに頷いた。

百二十年前なら。

こんな話を聞けば、ただ逃げ出したくなっただろう。


決められた人生。

決められた役目。

ラハシェル。

イル=ネア。

族長の一人息子。


そのすべてが、自分を島へ縛りつける鎖にしか見えなかった。

けれど。

今は少し違って見える。


目の前にいる者たちも、この島も。

自分がいなかった百二十年を、生きていた。

その時間までなかったことにはできない。


「私がいなかった間のことを、知らなければならないと思っている」


五人がガイアを見る。


「百二十年、何も言わずに島を離れた。その間に何があったのか。

 五島が何を考え、どうやってヴァレイアを支えてきたのか」


少し間を置く。


「その上で、私自身がどうするのかを考えたい」


オルガが静かに頷いた。


「承知いたしました」


ガイアは五人を見渡した。

そこで、ふと気づく。


「……一つ、聞いてもいいか」


「何でしょう」


「ジジとルナリスを連れてくることは、父上から聞いていたのか」


「はい。ギルム様より、事前にお話をいただいております」


ガイアが父を見る。


「父上が?」


「ああ」


「人間と、人間の血を引く娘をヴァレイアへ連れてくるのだ。

 わし一人で決められることではない」


「…………」


ガイアは少し黙った。

オルガが続ける。


「我々が許可したのは、ヴァレイアを目指すことまでです」


「島へ入れるかどうかは、我々が決めることではございません」


「……ああ」


「正直に申し上げれば」


セレナが口を開いた。

「ジジ・ガルシアは、霧を越えられないだろうと考えておりました」


レイアティも静かに頷く。


「仮に辿り着いたとしても、水の儀式で拒まれる可能性が高い、と」


「…………」


「ルナリスについても、同様です」


ガイアは五人を見る。


「だが、二人とも入った」


「はい」


セレナの声に、僅かな戸惑いが混じる。


「……我々も、驚いております」


ガイアは少しだけ目を細めた。


「そうは見えなかったが」


「長として、取り乱すわけにもまいりませんので」


「……そうか」


「もう一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」


パルミオが聞いた。


「何だ」


「ジジ・ガルシアについてです」


パルミオは言葉を選ぶように続ける。


「ルナリス殿の保護者であり、

 ガレイヴィア様とは大陸で長く行動を共にされていると伺っております」


「ああ」


「ですが」


僅かな間。


「それだけでは、ございませんな」


円卓に沈黙が落ちた。

ガイアは否定しなかった。

ジジが何なのか。


恋人と言えば、間違いではない。

だが、この場でそれだけを答えることに意味があるとも思えなかった。

伴侶ではない。

婚姻を結んだわけでもない。

ただの友人でもなければ、長く共に戦ってきただけの仲間でもない。


ガイアはしばらく考えてから、口を開いた。


「……私にとって、大事な存在だ」


五人は黙っている。

レイアティが尋ねた。


「今後も、その方と共に生きていかれるおつもりですか」


今度は、考える必要がなかった。


「そのつもりだ」


静かな声だった。

けれど迷いはなかった。


「では、ラハシェルの直系については、どのようにお考えでしょう」


——————————————————————


その頃。

ジジはイシルに頼まれたものを取りに行った帰りだった。

まだ屋敷の造りを完全には覚えていない。

似たような白い石の廊下を進み、角を曲がったところで足を止める。


「……こっちじゃねぇな」


道を間違えた。

引き返そうとした、その時だった。

閉ざされた扉の向こうから、聞き慣れた声がした。


『そのつもりだ』


「…………」


ガイアだった。

そこでようやく気づく。

この先が、ガイアの言っていた会議室なのだ。


別に聞くつもりはない。

ジジはそのまま立ち去ろうとした。

けれど。


『では、ラハシェルの直系については、どのようにお考えでしょう』


足が止まった。


——————————————————————


会議室では、オルガがガイアを見ていた。


「ガレイヴィア様は、ラハシェルの直系です」


「承知している」


「そして現在、その血を次代へ繋ぐ者は、ガレイヴィア様をおいて他におられません」


ガイアの指が、膝の上で僅かに動いた。


「我々が申し上げたいのは、単に血筋だけの話ではございません」


精霊の泉を守る者。

北の祭壇ヴァレイアを守る者。

古い祭祀を継ぐ者。

そして。

ヴァレイアと、精霊の間に立つ者。


ラハシェルが受け継いできたものは、一つではない。


「その先を、どうなさるおつもりでしょう」


ガイアは答えなかった。

子供。

自分の血を残すこと。

ラハシェルを繋ぐこと。


大陸でガイアとして生きていた百二十年間。

そんなものを自分の人生として考えたことなど、一度もなかった。

考える必要すらなかった。


「ガレイヴィア様」


声を掛けたのは、セレナだった。

ガイアが顔を上げる。

セレナは、少しだけ言葉を探していた。

それでも目を逸らさない。


「失礼を承知で、お尋ねいたします」


「構わない」


「では」


一度、息を置く。


「ラハシェルの直系は、あなた様で絶えるのですか」


——————————————————————


扉の外で。

ジジは俯いた。


誰も自分を責めていない。

人間だから駄目だとも。

男だからガイアの側にいるなとも。

誰一人として言っていない。

ただ。


この島を守ってきたものを、次に誰が受け取るのか。


それだけを聞いている。

だからこそ。

何も言えなかった。


ジジはしばらく立ったまま扉を見つめ、それから小さく息を吐いた。

その場にしゃがみ込み、閉じた扉へ背中を預ける。


「……盗み聞きじゃねぇか、これ」


小さく呟く。

けれど、立ち去れなかった。


——————————————————————


ガイアは、すぐには答えなかった。


ジジと離れる。


その選択肢なら、考えるまでもない。

ない。

けれど。

ならば、その先をどうするのか。


誰が精霊の泉を守る。

誰が古い祭祀を受け継ぐ。

誰がイル=ネアとなり、ヴァレイアと精霊の間に立つ。

そこまでの答えを、ガイアは持っていなかった。


「……今は、答えられない」


やがて、静かに口を開いた。


「父上から、私が不在だった間の話を聞いたのも昨日だ。

 今日、あなた方から初めて聞いたこともある」


誰も口を挟まない。


「そのすべてを聞いた今、この場で私自身のこれからも、

 ラハシェルのその先も決めることはできない」


そこで。


「仰る通りです」


声を上げたのはカイルだった。


「本日、潮迎えを終えられたばかりの方へ、すべての答えを求める必要はございますまい」


他の四人を見る。


「我々は百二十年待ったのです。今さら数日、数月を急ぐ理由もございません」


そして再び、ガイアへ向き直る。


「ガレイヴィア様がお戻りになられた。それだけでも、ヴァレイアにとって大きな希望です」


深く頭を下げた。


「本日の潮迎えを拝見し、改めて確信いたしました」


穏やかな声だった。


「次代を担う方は、ガレイヴィア様をおいて他におられません」


レイアティが静かに頷いた。


「私も同意いたします」


セレナも続いた。


「今すぐ答えをいただきたいわけではございません」


オルガとパルミオも異を唱えなかった。

ギルムが五人を見渡す。


「今日はここまでにしよう」


五人が頷いた。

それからギルムは、隣に座る息子を見る。


「ガレイヴィア」


「はい」


「すぐに答えを出す必要はない」


一度、間を置く。


「だが、考えろ」


ガイアは父親を見る。


「分かっています」


「今度は、一人で決めるな」


ガイアの目が僅かに動いた。

百二十年前。

誰にも告げず。

父にも。

母にも。

島の誰にも相談せず、一人でヴァレイアを出た。


そのことを言われているのだと分かった。

しばらく父親を見つめてから。

ガイアは静かに頷いた。


「……はい」


——————————————————————


扉の向こうから、椅子を引く音がした。

ジジが顔を上げる。


「……やべ」


立ち上がる。

誰かが扉を開ける前に、足早にその場を離れた。

来た道を戻りながら。


頭の中には、二つの言葉が残っていた。


――今後も、その方と共に生きていかれるおつもりですか。

――そのつもりだ。


それを聞いた時。

少しだけ、嬉しかった。

けれど。


そのあとに続いた言葉が、消えない。


――ラハシェルの直系は、あなた様で絶えるのですか。


誰も間違ったことは言っていなかった。

ガイアも。

セレナも。

五島の長たちも。

だからこそ。

その答えは、ジジにも分からなかった。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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