残された百二十年
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═
翌朝。
食堂へ向かう途中、開け放たれた窓の向こうからルナリスの声が聞こえた。
「イシル、これ?」
「そう。そこをもう一度通して」
「ここ?」
「そうそう。上手ね」
ガイアが足を止める。
中庭の木陰。
イシルとルナリスが並んで座っていた。
二人の間には色とりどりの花が広げられている。
細い蔓を編み、その間へ花を差し込んでいるらしい。
ルナリスの小さな手には、まだ途中の花飾り。
「何してんの」
声を掛けると、ルナリスが顔を上げた。
「これ作ってる」
見れば分かる。
「誰の?」
「ジジとガイアの」
「俺も?」
「うん」
ルナリスは当然のように答えると、また手元へ視線を落とした。
隣でイシルが笑う。
「あなたのは大きくしないとね」
「何でだよ」
「髪が多いから」
「そういう問題?」
後ろから来たジジが覗き込む。
「俺のもあんの?」
「あるよ」
「俺、花つけんの?」
「つけるよ」
「決定なんだ」
「うん」
ジジが黙った。
ガイアが笑う。
「諦めろ」
「お前もだろ」
「俺は似合うから」
「自分で言うな」
そんな二人を気にも留めず、ルナリスは真剣な顔で花を選んでいる。
昨日会ったばかりとは思えない。
すっかりイシルの隣に馴染んでいた。
少し離れたところにはギルムがいる。
こちらに気づくと、顎で屋内を示した。
「ガレイヴィア」
その声で。
ガイアの表情が少し変わった。
「……分かった」
ジジを見る。
「行くぞ」
「ん」
二人が歩き出す。
背後からルナリスの声が飛んだ。
「できたら呼ぶね」
「ああ」
ガイアは片手を上げた。
——————————————————————
三人が向かい合って座った。
ギルム。
ガイア。
そして、ジジ。
昨日の食卓とは違う。
酒も料理もない。
窓から入る風の音だけが、静かな室内を抜けていく。
最初に口を開いたのはギルムだった。
「ルナリスのことだったな」
「ああ」
ガイアが頷く。
ギルムはルナリスへ目を向けた。
しばらく見てから、僅かに眉を寄せる。
「……そういえば」
「何」
「この子を見ていると、昔この島へ来ていたハイエルフを思い出す」
ガイアが顔を上げた。
「ハイエルフ?」
「ああ」
ジジもギルムを見る。
「どんなやつ?」
「白い髪の女だった。地面につくほど長かった」
ガイアの眉が僅かに動く。
「名前は?」
ギルムは記憶を探るように少し間を置いた。
「……レジーナ・ルシーダ、と言ったな」
「レジーナ?」
ガイアが思わず身を起こした。
ジジも目を見開く。
ギルムが二人を見る。
「何だ。知っているのか?」
「知ってるも何も」
ガイアがジジを見る。
ジジがギルムへ向き直った。
「ルナの母親です」
「…………」
今度はギルムが黙った。
「ルナリスの?」
「はい」
少し間を置く。
「大陸では有名なハイエルフです。精霊の守護神と呼ばれていたそうです」
「……そうだったのか」
ギルムはもう一度ルナリスを見る。
「有名だったのか、あの女」
ガイアが眉を寄せる。
「親父、どこで会ったんだよ」
「会ったというほどではない」
ギルムは首を振った。
「わしが若い頃だ。まだ木工をしていた頃、この島に外から来たエルフがいると少し噂になってな」
「外のエルフが来ること自体、珍いもんな」
「ああ」
「何度か見かけた。だから覚えている」
「何しに来てたんだよ」
「知らん」
ギルムは少し考える。
「北の方へ向かって歩いている姿は、何度か見た」
ガイアの表情が変わる。
「……祭壇の方?」
「そうだと思う」
「入ったの?」
「そこまでは知らん」
ギルムは淡々と答えた。
「俺はただ見かけただけだ」
ガイアは腕を組む。
「レグラスからそんな話、一回も聞いてねぇぞ」
「そのレグラスという者は、レジーナの何だ?」
「弟」
「なら、知らなかったのだろう」
「弟にも言わずにヴァレイア来てたってことかよ……」
ガイアが小さく息を吐く。
ギルムは再びルナリスを見る。
「似ていると思ったのは、髪だけではない」
「何が?」
「精霊だ」
ガイアの目が僅かに細くなる。
「あの女の周りにも、よく精霊がいた」
「契約してた精霊?」
「知らん」
ギルムは首を振る。
「そこまで話したことはない」
少しだけ目を細める。
「ただ、妙だったのは覚えている」
「妙?」
「レジーナが呼んでいるようには見えなかった」
「…………」
「歩いていると、精霊の方から近づいていった」
ガイアが黙る。
ルナリスがヴァレイアへ着いた時の光景が、頭を過った。
「……それでルナに似てるって思ったってこと?」
「ああ」
ギルムは頷く。
「今、この子を見て思い出した」
ガイアはしばらく何も言わなかった。
「……何なんだよ、あの親子」
ギルムが僅かに眉を寄せる。
「ともかく」
二人が黙る。
「ルナリスをヴァレイアへ連れてきた理由を聞こう」
ガイアの顔から笑いが消えた。
少しだけ考えてから口を開く。
「ルナは、精霊との結びつきがかなり強い」
「ああ」
「大陸じゃ、それを普通だと思える場所がほとんどねぇ」
ギルムは黙って聞いている。
「力を抑えることは必要だと思ってる」
「身体に負担が掛かるからな」
「そう」
ガイアは頷いた。
「でも」
少し間を置く。
「隠させたいわけじゃねぇんだよ」
ジジは何も言わなかった。
「嬉しくなって花が咲いたり、精霊が集まったり。
それを毎回、駄目だって止めるのも違うだろ」
「…………」
「使っちゃいけねぇ力だって思わせたくない」
ガイアが窓の外を見る。
そこには。
この島のどこにでもいる精霊たちがいた。
「ここなら、誰もおかしいと思わねぇ」
「…………」
「だから、たまにでもいい」
「ルナが何も気にしないで、自分の力と向き合える場所があればいいと思った」
ギルムはしばらく黙っていた。
やがて。
「あの子は、バインスで暮らすのか」
今度はジジが答えた。
「はい」
「それを変えるつもりは?」
「ないです」
即答だった。
ギルムがガイアを見る。
ガイアも頷く。
「俺もねぇよ」
「そうか」
それだけ言って。
ギルムは頷いた。
「なら、いつでも来ればいい」
ガイアが父を見る。
「……いいの?」
「何がだ」
「いや……」
「島はすでに、あの子を受け入れている」
ギルムは言った。
「ならば、わしが拒む理由はない」
「…………」
「ガレイヴィア」
「ああ」
「わしは、お前の考えに賛成する」
ガイアが少しだけ目を伏せた。
「……ありがと」
その時。
風が窓から入った。
花の香りを運んでくる。
しばらく誰も喋らなかった。
それから。
ギルムが口を開いた。
「もう一つ」
声が少し変わった。
ガイアが顔を上げる。
「話しておかなければならないことがある」
「何」
ギルムは息子を見る。
「お前がいなかった、百二十年のことだ」
「…………」
室内の空気が変わった。
「お前が島を出た時」
ギルムはゆっくりと言葉を選んだ。
「次代がいなくなった」
ガイアの指が僅かに動いた。
「…………」
「わしには、お前以外に子はいない」
「……うん」
「お前がいなくなったからといって、すぐに別の者を立てるつもりはなかった」
ギルムは続ける。
「十年」
「二十年」
「五十年」
「…………」
「いつか帰ってくるかもしれないと思っていた」
ガイアは何も言えなかった。
「だから、空けていた」
「…………親父」
「だが」
ギルムの声は責めるものではなかった。
「百二十年だ」
その数字が。
昨日までとは違う重さで落ちた。
「周囲の五島にも、ラハシェルの血を引く者たちがいる」
「……ああ」
「当然、話は出る」
ガイアの目が僅かに細くなる。
「次代を、そこから立てろって?」
「そうだ」
ギルムは隠さなかった。
「初めは少なかった」
「だが、お前が戻らない年月が長くなるほど増えた」
「…………」
「ガレイヴィアは、もう戻らない」
静かな言葉だった。
「そう考える者が増えるのは当然だ」
ガイアが俯く。
「……そりゃ、そうだろ」
「お前を責めているわけではない」
「でも俺が――」
「違う」
ギルムが遮った。
ガイアが顔を上げる。
「お前があの時、島を出る必要があったことと」
「その後の百二十年に起きたことを、すべて同じにするな」
「…………」
ギルムはしばらく息子を見ていた。
「わしにも責任がある」
ガイアの眉が寄る。
「親父に?」
「ああ」
ギルムは自分の手を見る。
「わしは、ラハシェルの直系ではなかった」
「…………」
「この家へ入り、族長になった時。反対する者は少なくなかった」
それはガイアも知っている。
木工職人だった父。
ラハシェルの直系である母と結ばれ。
直系ではない男が族長になった。
「だから」
ギルムが続ける。
「お前だけは、誰にも何も言わせない者にしなければならないと思った」
「…………」
「誰よりも学ばせた」
「誰よりも鍛えた」
「祭祀も、言葉も、歴史も、すべてだ」
ガイアは黙っている。
「完璧な次代であれば」
「誰もお前を否定できない」
「そう思っていた」
風が止まった。
「……守るつもりで」
ギルムが息を吐く。
「縛っていた」
ガイアの瞳が揺れた。
「親父」
「だから、今度は言わん」
「…………」
「島に残れとも」
「族長になれとも」
「わしから命じるつもりはない」
ガイアは父を見ていた。
「お前の人生だ」
「今度は、お前が決めろ」
その言葉を。
百二十年前のガイアが聞いていたら。
どれほど欲しかっただろう。
けれど。
今のガイアには。
それだけでは終われなかった。
「ただし」
ギルムが続ける。
「わしは今も、この島の族長だ」
「…………」
「次代がいないまま、いつまでも待ち続けることもできない」
ガイアが目を伏せる。
「お前が継がないのであれば」
「その先を考えなければならない」
「…………うん」
「すぐに答えろとは言わん」
「帰ってきたばかりだ」
「…………」
「だが」
ギルムは静かに息子を見る。
「ヴァレイアにも、百二十年の時間が流れていた」
ガイアは何も言えなかった。
島を出た時。
自分がいなくなれば。
それで終わると思っていた。
父親の決めた人生から逃げる。
族長にもならない。
ラハシェルも。
ガレイヴィアも。
全部置いていく。
それだけだった。
大陸で。
ガイアとして生きて。
冒険者になって。
ファルコと旅をして。
ジジと出会って。
ルナリスと出会った。
後悔なんてしていない。
その百二十年がなければ。
今ここにいる二人とも出会っていない。
けれど。
自分が出ていったあとにも。
この島では人が生きていた。
父と母がいて。
六つの島があって。
自分が戻らない年月を数えながら。
その先を考え続けていた者たちがいる。
「……考える」
やがて。
そう答えた。
ギルムが頷く。
「ああ」
「ちゃんと考える」
「それでいい」
「…………」
「ただ」
ギルムが言った。
「今度は」
ガイアが顔を上げる。
「何も言わずにいなくなるな」
「…………」
ガイアは。
しばらく父を見たあと。
小さく笑った。
「……もうしねぇよ」
「そうか」
「ああ」
その時。
外から声が聞こえた。
「ガイアー!」
三人が窓を見る。
「ジジー!」
「できたよー!」
ジジが立ち上がった。
「呼ばれてるぞ」
「お前もだろ」
「俺もだな」
二人が扉へ向かう。
ガイアは一度だけ。
振り返った。
「親父」
「何だ」
「……ありがとな」
ギルムは少しだけ目を細めた。
「ああ」
外へ出る。
陽の下で。
ルナリスが両手に花飾りを持って待っていた。
「できた!」
「おー」
「こっちジジ」
「俺、これつけんの?」
「うん」
「マジか」
「マジ」
覚えた言葉なのか。
後ろでイシルが笑った。
もう一つを受け取る。
白と青。
南の島の鮮やかな花。
ガイアはそれを見つめた。
百二十年前。
この島を出た時。
自分には捨てるものしかないと思っていた。
けれど今は違う。
守りたいものが。
あまりにも増えていた。
そして。
帰ってきたことで。
もう一度、選ばなければならないものまで増えた。
ガイアは花飾りを頭へ乗せた。
「どう?」
ルナリスが笑う。
「似合う!」
「だろ?」
「自分で言うな」
ジジの頭にも花が乗せられる。
「ジジも似合うよ」
「……そうかよ」
「うん」
ルナリスが笑う。
その向こう。
風に揺れる森と。
青い空。
そして。
ガイアが百二十年ぶりに帰ってきた島が広がっていた。
ヴァレイアにも。
百二十年の時間が流れていた。
その時間と。
これからどう向き合うのか。
まだ。
ガイアにも分からなかった。
═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═
お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




