↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

192/216

今夜はこのまま

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

食事を終える頃には。

ルナリスは、すっかりギルムとイシルに懐いていた。


「イシル、これ何?」


「それはね、島で採れる果物よ」


「甘い?」


「甘いわよ」


「食べる」


「まだ食べるのか?」


ギルムが呆れたように言う。


「食べるよ」


「さっき全部食べると言っていたな」


「うん」


ギルムが笑う。


「大したものだ」


「でしょ?」


何故か得意そうに胸を張る。

イシルが果物を切り。

小さな皿へ乗せる。


「はい」


「ありがとう」


受け取る。

その手を。


イシルが自然に撫でた。


「…………」


ルナリスがその手を見る。

柔らかい。

温かい。

知っている温かさとは。

少し違った。

ジジも。

ガイアも。

いつもルナリスを守ってくれる。


転べば起こしてくれる。

怖ければ側にいる。

眠れなければ、一緒に寝てくれる。


ジジの大きな手。

抱き上げてくれる腕。

背中に感じる体温。

それはいつだって安心できた。

けれど。


イシルの手は。

それとは少し違う。


髪を整えて。

口元を拭いて。

何でもない時にも。

こうして手を撫でてくれる。

理由がなくても。

触れてくれる。


「…………」


ルナリスが。

イシルへ少し身体を寄せた。


「どうしたの?」


「なんでもない」


「そう?」


「うん」


イシルが笑う。

そして。

何でもないように。

ルナリスの頭を撫でた。


「…………」


ルナリスも笑った。

少し離れたところで。

ガイアがそれを見ていた。


「……もう懐いてんじゃん」


ジジも見る。


「早ぇな」


「お前より早いんじゃねぇの」


「何が」


「ルナがガイアに懐くまで」


「知らねぇよ」


「…………」


ギルムが立ち上がる。


「さて」


「ん?」


「もう遅い」


ルナリスを見る。


「今日は休んだ方がいい」


「まだ眠くないよ」


「船ではしゃいでいただろう」


「はしゃいでないよ」


「精霊をずっと見ていただろう」


「…………」


ルナリスが黙る。


「見てた」


「なら疲れている」


イシルが笑う。


「お風呂に入ったら、すぐ眠くなるわよ」


「お風呂?」


「ええ」


ルナリスが考える。

それから。


「今日、イシルと寝ていい?」


「…………」


ガイアが見る。

ジジも見る。

イシルが目を丸くした。


「私と?」


「うん」


「…………」


ルナリスがギルムを見る。


「ギルムも」


「わしも?」


「うん」


「…………」


ギルムが。

明らかに嬉しそうな顔をした。


「親父」


「何だ」


「顔」


「何だ」


「いや、何でもねぇ」


ギルムが睨む。

イシルは笑って。

ルナリスの髪を撫でた。


「いいわよ」


「ほんと?」


「もちろん」


ルナリスが嬉しそうに笑う。


「じゃあ一緒に寝る」


「そうしましょう」


ガイアが少し呆れたように見る。


「ルナ、今日会ったばっかだぞ」


「だってイシル、あったかい」


「…………」


イシルが一瞬。

目を丸くした。


「そう?」


「うん」


ルナリスが笑う。


「なんか、あったかい」


「…………」


イシルの顔が。

ゆっくりと柔らかくなる。


「そう」


もう一度。

ルナリスの頭を撫でた。


「じゃあ今日は、一緒に寝ましょうね」


「うん」


ギルムが咳払いする。


「わしもいるぞ」


「うん。ギルムも」


「そうか」


「親父」


「何だ」


「いや」


「何だ」


「何でもねぇって」


ガイアが笑う。


——————————————————————


食堂を出る。

イシルが先を歩きながら言った。


「ガレイヴィアの部屋は、そのままにしてあるわよ」


ガイアの足が僅かに止まった。


「……そのまま?」


「ええ」


「まだあんの?」


イシルが振り返る。


「あるに決まってるでしょう」


「…………」


「いつ帰ってきてもいいように、ずっと掃除してたのよ」


「…………」


ガイアが黙った。

百二十年。

一度も帰らなかった部屋。

それでも。

母は。

ずっと掃除していた。


「……そっか」


それだけ言った。

イシルも。

それ以上は言わなかった。


「二人で使いなさい」


「…………」


一瞬。

ガイアが止まる。

イシルは普通に続ける。


「あなたたち、一緒に暮らしてるんでしょう?」


「……まあ、そうだけど」


「なら別々にする必要もないでしょう」


「…………」


ジジは隣で何も言わない。


「お風呂も使えるから」


イシルが言う。


「ゆっくり入って、今日は部屋でのんびりしなさい」


「ん」


「ルナリスは私たちが見てるから」


「分かった」


「何か必要なものがあったら呼んでね」


「ありがと」


イシルはルナリスの手を取る。


「じゃあ行きましょうか」


「うん」


ルナリスが二人を見る。


「おやすみ!」


「ん。おやすみ」


「ちゃんと寝ろよ」


「うん!」


ギルムとイシルに挟まれ。

ルナリスが歩いていく。

その後ろ姿を。

ガイアとジジはしばらく見送った。


「…………」


ジジが言う。


「完全に持ってかれたな」


「な」


「今日だけだぞ」


「知らねぇよ。明日もあっち行くって言うかも」


「…………」


「寂しい?」


「別に」


「嘘つけ」


「うるせぇ」


——————————————————————


浴場の扉を開けて。

ジジが止まった。


「…………」


ガイアが後ろから覗く。


「何してんの」


「これ風呂?」


「そうだけど」


「…………」


湯気の向こう。

岩肌から湯が流れそのまま大きな湯船へ注いでいる。

高い天井。

大きく開かれた窓の向こうには。

夜の海。

月明かりが水面を照らしている。


「温泉じゃん」


「みてぇなもん」


ジジが浴場を見渡す。


「でか……」


ガイアが笑う。


「お前今日そればっか言ってんな」


「何もかもでけぇんだよ」


身体を洗い。

二人で湯へ入る。


「…………」


ジジが深く息を吐いた。


「いいな、これ」


「気に入った?」


「ああ」


肩まで浸かる。

長い旅の疲れが。

湯へ溶けていくようだった。


「…………」


ガイアも。

隣で湯に浸かる。

夜の海を見る。


「変わってねぇな」


「ん?」


「ここから見える景色」


「…………」


「ガキの頃も、こんなだった」


ジジが同じ方を見る。

遠く。

月明かりの下に。

黒い海が広がっている。


「いいとこだな」


「ん」


「…………」


少し。

静かになる。

やがて。


ジジが言った。


「いい両親だな」


「…………」


ガイアが横を見る。

ジジは海を見ていた。


「親父さんも。お母さんも」


「…………」


「お前が百二十年帰らなくても、ずっと待ってた」


「……うん」


「部屋も残して」


「うん」


ガイアが。

湯の中へ少し沈む。


「……知ってたら」


言いかける。

止める。

ジジは何も聞かない。


「…………」


ガイアが息を吐いた。


「いや」


「ん」


「何でもねぇ」


「そうか」


それだけだった。


「…………」


しばらくして。

ガイアが小さく笑う。


「いい親だよ」


ジジが見る。


「昔は、分かんなかったけどな」


「今は?」


「…………」


ガイアが海を見る。


「分かる」


——————————————————————


風呂を出て。

ガイアの部屋へ向かう。


母屋の端。

回廊を一番奥まで進んだ先。

ガイアが扉の前に立つ。


「…………」


手をかける。

開いた。


「…………」


今度は。

ジジが止まった。


「何」


「でか」


「また?」


部屋の奥には。

大きな窓。

その向こういっぱいに。

夜の海が広がっていた。


寝台。

机。

棚。

長椅子。

いくつかの部屋へ続く扉まである。


一人で使うには。

あまりにも広い。


「……バインスの俺ん家くらいのデカさだな」


「盛ってんだろ」


「いや、マジで」


「そんなわけねぇだろ」


「寝るだけの部屋に何でこんな広さ必要なんだよ」


「俺に聞くなよ」


ジジが中へ入る。


「お前、すげぇんだな」


「うるせぇ」


ガイアも入る。

そして。

少しだけ。

足を止めた。


「…………」


何も変わっていない。


棚。

机。

窓辺。

壁に残る小さな傷。

置いてあるものは。

百二十年前のまま。


けれど。

埃一つない。


寝台の布も。

綺麗に整えられている。


「…………」


ガイアが机へ触れる。

指先で。

木目をなぞる。


「母さん……」


小さく呟く。

ジジは。

何も言わなかった。

しばらくして。


ガイアが窓を開ける。

潮の匂いが。

部屋へ入ってきた。


「ここ好きだったんだよ」


「海?」


「ん」


窓の向こう。

暗い海が広がっている。


「ずっと見えるから」


ジジも隣へ立つ。


「そりゃいいな」


「だろ」


「…………」


しばらく。

二人で海を見た。

それから。

寝る支度をする。


「…………」


ジジが寝台を見る。


「でか」


「うるせぇな」


「何人寝んだよ」


「知らねぇよ」


「五人くらいいけんだろ」


「いかねぇよ」


ガイアが先に寝台へ上がる。

そして。

いつものように。

端へ寄った。


「…………」


ジジが見る。


「何」


「またそこ?」


「何が」


「端」


「いいだろ別に」


「落ちるぞ」


「落ちねぇよ」


「こんなでけぇのに、何でわざわざ端で寝んだよ」


「落ち着くんだよ」


「ふーん」


ジジが寝台へ上がる。

反対側ではなく。

ガイアの方へ。


「じゃあ俺がそっち行く」


「は?」


そのまま。

後ろから。

腕を回した。


「…………」


ガイアの身体が。

すっぽりと収まる。

背中に。

ジジの体温。


「狭ぇよ」


「お前が端にいるからだろ」


「向こう空いてんじゃん」


「お前が端っこにいるから仕方ねぇだろ」


「…………」


ガイアが少し笑った。


「何だそれ」


ジジの腕が。

少しだけ強くなる。


「…………」


静かだった。

聞こえるのは。

窓の外の波。

時折。

風が木々を揺らす音。


「…………」


ガイアの身体から。

少しずつ。

力が抜けていく。


今日。

島へ帰ってきた。


父に会った。

母に会った。

足を洗ってもらった。

ただいまと言った。

おかえりと。

返してもらった。


ルナが笑っていた。

ジジもいた。

全部。

一日の出来事だった。


「…………ジジ」


「ん?」


「起きてる?」


「起きてる」


「…………」


少し。

間が空く。

ガイアの指が。

自分の腹に回るジジの腕へ触れた。


「……ありがとな」


「何が」


「…………」


ガイアが。

その手を握る。


「側にいてくれて」


「…………」


ジジが少しだけ顔を寄せる。

銀髪に。

鼻先が触れた。


「何だよ、急に」


「いいだろ」


「別に」


「…………」


ガイアが目を閉じる。


「俺一人だったら」


言いかけて。

小さく笑った。


「……帰ってこれなかったかも」


「…………」


「ルナがいて」


ジジの手を。

もう一度握る。


「お前がいて」


「…………」


「だから、帰れた」


ジジは。

何も言わなかった。

ただ。

抱く腕に力を込める。


「…………」


ガイアが笑う。


「何か言えよ」


「何言えばいいんだよ」


「知らねぇよ」


「じゃあいいだろ」


「よくねぇ」


ジジが少し考える。

それから。

ガイアの髪へ口づけた。


「…………」


「俺は」


低い声が。

すぐ後ろから聞こえる。


「お前が行くなら一緒に行くだけだよ」


「…………」


「帰るなら一緒に帰る」


ガイアが目を開ける。


「……それ」


「何」


「ずるい」


「何が」


「そういうとこ」


「意味分かんねぇ」


「分かんなくていい」


ガイアが身体を返した。

向かい合う。

すぐ近くに。

ジジの顔がある。


「…………」


ガイアが。

その頬へ手を添えた。


「今日ルナにバラされたな」


「だな」


「親にもバレたし」


「うん」


「お前が即答したし」


「聞かれたから」


「…………」


ガイアが吹き出す。


「ほんっと、お前そういうとこだよな」


「何だよ」


「好きだよ」


もう一度。

今度は。

少し笑いながら言った。

ジジの目が。

ゆっくり細くなる。


「俺も」


「…………」


「好きだ」


ガイアの笑みが止まった。


「…………」


今度は。

ガイアが黙る。

ジジが見る。


「何その顔」


「うるせぇ」


「お前が言わせたんだろ」


「言わせてねぇよ」


「じゃあ何」


「…………」


ガイアがジジの胸へ顔を埋める。


「もう寝る」


「何で」


「寝るから」


「顔赤い?」


「うるせぇ」


ジジが笑う。

そのまま。

ガイアの顎へ指をかけた。


「…………」


顔を上げさせる。

唇が触れる。


短く。

離れる。


「…………」


もう一度。

今度は。

ガイアから。

ジジの首へ腕を回す。

唇を重ねる。


「…………」


離れたところで。

ガイアが額を寄せた。


「久し振りにこうやって寝るな」


「そうだな」


「......このまま寝たい」


ジジが。

ガイアの腰を抱き寄せる。


「最初からそのつもり」


「…………」


ガイアがもう一度。

軽く口づける。


「側にいろ」


「いるよ」


「…………」


ガイアが目を閉じる。


自分の部屋。

母がずっと。

帰ってくるかも分からない息子のために。

守り続けていた部屋。


窓の向こうから。

懐かしい波の音が聞こえる。

その夜。

ガイアはジジの腕の中で眠った。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。