家族の食卓
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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食堂へ入った瞬間。
ジジの足が止まった。
「…………」
ルナリスも止まる。
「……いっぱい」
長い卓上を。
料理が埋め尽くしていた。
大皿に盛られた魚。
香草と共に焼かれた肉。
色鮮やかな野菜。
貝。
果物。
焼きたてのパン。
湯気の立つ煮込み料理。
見たことのない料理まで。
置く場所がなくなるほど並んでいる。
「…………」
ジジが端から端まで見る。
「何人来るんですか?」
「五人よ」
イシルが当然のように答えた。
「…………これで?」
「足りない?」
「逆だよ」
ガイアが笑う。
「昔からこうなんだよ」
「いや、多すぎんだろ」
ルナリスはすでに卓の側まで行っていた。
「これ何?」
「魚よ」
「こっちは?」
「貝と香草を蒸したもの」
「これも食べていい?」
「もちろん」
「全部?」
「好きなものを食べなさい」
ルナリスの目が輝く。
「全部食べる」
「無理だろ」
ジジが即座に言った。
「食べる」
「腹壊すぞ」
「大丈夫」
「何がだよ」
イシルが口元を押さえて笑った。
「さあ、座って」
五人が卓につく。
ジジは自分の皿を取る前に。
隣へ座ったルナリスの皿へ料理を取り分けた。
「ルナ、まずこれくらいにしとけ」
「もっと食べられるよ」
「食ってから取れ」
「はーい」
向かい側から。
ギルムがその様子を見ている。
ルナリスが魚を口へ入れた。
「…………!」
目を丸くする。
「おいしい!」
イシルの顔が緩んだ。
「そう?」
「うん。すごくおいしい」
「じゃあ、これも食べてみる?」
「食べる」
イシルが別の料理を取り分ける。
「これは島で採れる香草を使ってるの」
「ありがとう」
「熱いから気をつけてね」
「うん」
その横で。
ルナリスが貝の殻と格闘している。
「…………」
ギルムがしばらく見て。
「貸してみろ」
「ん?」
「そこを持つんだ」
手を伸ばし。
殻から身を外す。
ルナリスの皿へ置いた。
「ありがとう」
「ああ」
ルナリスが食べる。
「これもおいしい!」
「そうか」
ギルムの目元が僅かに緩んだ。
それからも。
イシルはルナリスが気に入った料理を見つけるたびに少しずつ取り分け。
ギルムも。
いつの間にか、次に食べやすそうなものをルナリスの近くへ寄せていた。
「…………」
ガイアは黙って見ている。
イシルが。
ルナリスの口元についたものを布で拭った。
「ここ、ついてるわよ」
「ん」
「はい」
「ありがとう」
「どういたしまして」
イシルが笑う。
その様子を見ていたギルムも。
すっかり目元が柔らかくなっていた。
「……なんだか、孫みたいね」
イシルが言う。
ギルムはルナリスを見て。
「……そうだな」
否定しなかった。
「これもおいしいよ」
何も知らないルナリスが。
嬉しそうに料理を食べる。
「そうか」
ギルムが笑った。
「…………」
ガイアは。
そんな三人を黙って見ていた。
ルナリスを。
ここへ連れてきたかった。
精霊がいることが当たり前で。
その目に見えるものを。
誰にも否定されることのない場所へ。
それだけだったはずなのに。
「…………」
まさか。
こんな光景を見るとは思っていなかった。
「それで」
ギルムが言った。
「ルナリスをここへ連れてきた理由だが」
「ん」
ガイアが顔を上げる。
「手紙には、大まかなことしか書いていなかったな」
「ああ」
ガイアが皿から手を離す。
「ルナは、精霊との結びつきがかなり強い」
ギルムの目がルナリスへ向く。
「ハイエルフでも特別な血がありそうだな」
「ああ」
ルナリスも。
食べる手を止めて聞いている。
「ルナにどんな力があるか、まだ分からねぇことが多い」
ガイアが続ける。
「ただ」
ルナリスを見る。
「精霊がルナに応えても、それを止めなくてもいい場所を見せてやりたかった」
「…………」
ギルムが静かに聞いている。
「ルナは――」
「ガレイヴィア」
「ん?」
「その話は、明日にしよう」
ガイアが父を見る。
「でも」
「急ぐ話ではないだろう」
「…………」
「百二十年ぶりに帰ってきたその日に、何もかも話す必要はない」
ギルムがガイアの皿を見る。
「今日は食え」
「…………」
「長い旅だったのだろう」
「ああ」
「なら、今日は旅の疲れを癒せ」
ギルムは静かに続けた。
「その話は明日、またゆっくり聞く」
「…………」
ガイアはしばらく父を見て。
「……分かった」
「それでいい」
イシルも頷く。
「今日はゆっくり休みなさい」
「ん」
ガイアが再び料理へ手を伸ばす。
食事が戻ってくる。
ルナリスはすぐに。
目の前の料理へ意識を戻した。
「ジジ、これ食べたい」
「どれ」
「それ」
「これ?」
「うん」
ジジが取り分ける。
「ありがと」
「熱いぞ」
「分かった」
「ちゃんと冷ませよ」
「分かってる」
「…………」
イシルが。
そんな二人を見て笑う。
その少し後。
ジジが魚を取った。
骨を外し。
何気なく、半分をガイアの皿へ置く。
「これ、うまい」
「ん」
ガイアも。
当たり前のように食べる。
「…………」
イシルの目が。
ふと、二人へ向いた。
少しして。
ガイアが飲み物へ手を伸ばす。
同じタイミングで。
ジジも手を伸ばした。
「あ」
「そっち取って」
「ん」
ジジがガイアの分を渡す。
「ありがと」
何でもない。
ごく自然なやり取り。
けれど。
イシルは。
また二人を見た。
「…………」
ガイアは気づいていない。
ジジも。
ルナリスは料理に夢中だ。
イシルが少し首を傾げる。
「ねえ」
「ん?」
ガイアが見る。
「あなたたち……」
イシルが。
ガイアとジジを交互に見た。
「恋人なの?」
「ぶっ……!」
ギルムが盛大に咳き込んだ。
「親父!?」
「ごほっ……!」
「大丈夫?」
ルナリスが見る。
ジジが水を差し出す。
「はい」
「……すまん」
ギルムが受け取る。
一方。
ガイアは。
完全に固まっていた。
「…………」
イシルが待っている。
「…………え」
ガイアの視線が泳ぐ。
「その……」
どう言う。
どこから言う。
そもそも。
百二十年ぶりに帰ってきたその日の食卓で。
ジジとの関係を話すつもりがなかった。
「……」
「はい」
ジジが答えた。
「…………」
ガイアが横を見る。
ギルムも。
イシルも。
ジジを見る。
「好きです」
「…………」
ガイアが勢いよくジジを見た。
「お前!」
「何だよ」
「いや……お前……!」
「聞かれたから」
「そうだけど!」
「違わねぇだろ」
「違わねぇけど!」
ルナリスが。
料理を食べながら言った。
「ジジ、ガイアのこと大好き」
「ルナ!」
「ガイアも、ジジのこと大好き」
「ルナぁ!」
ルナリスが首を傾げる。
「違うの?」
「違わねぇよ!」
「じゃあいいじゃん」
「そういう問題じゃねぇ!」
「なんで?」
「なんでも!」
「…………」
ギルムが。
ゆっくりと水の器を置いた。
「ガレイヴィア」
「…………はい」
「…………」
ギルムがジジを見る。
それから。
ガイアを見る。
口を開く。
閉じる。
もう一度。
開きかけて。
閉じる。
「親父」
「少し待て」
「……はい」
「今、整理している」
「…………はい」
イシルは。
まだ二人を見ていた。
そして。
「ああ……」
小さく呟いた。
「だからなのね」
ガイアが身構える。
「何が」
「ジジ」
「はい」
「さっきから妙に緊張していたでしょう?」
「…………」
今度は。
ジジが止まった。
ガイアが横を見る。
「…………」
イシルが少し笑う。
「私たちが、ガレイヴィアの両親だから?」
「…………」
ジジは。
少しだけ黙った。
「……まあ」
目を逸らす。
「そうです」
「…………」
ガイアが固まった。
「お前……」
「何だよ」
「そういうの普通に言うなよ……」
「何でだよ」
「何でって……」
イシルの顔が。
ゆっくりと柔らかくなる。
「そう」
ガイアを見る。
それから。
もう一度、ジジを見る。
「それで、あんなに畏まってたのね」
「……はい」
「…………」
ガイアは。
妙に居心地が悪くなって。
料理へ目を落とした。
ギルムだけが。
まだ黙っている。
「…………」
「親父?」
「…………」
「大丈夫?」
「今日は」
低い声が落ちる。
「情報が多い」
「…………」
ガイアが黙る。
ジジも。
ルナリスも。
イシルが吹き出した。
「そうね」
ギルムが深く息を吐く。
そして。
ガイアを見る。
「その話も」
「……うん」
「明日だ」
「はい」
「今日はもう食え」
「はい」
「食べたら休め」
「はい」
「わしも少し整理する」
「…………はい」
ルナリスが首を傾げる。
「何を?」
「いろいろだ」
「ふーん」
それだけ聞くと。
何事もなかったように、また料理を食べ始めた。
「…………」
ガイアは額を押さえる。
「帰って初日だぞ……」
ジジが隣で普通に食事を続けている。
「何だよ」
「お前のせいだろ」
「俺?」
「お前以外に誰がいんだよ」
「聞かれたことに答えただけだろ」
「もうちょっとこう……」
「何だよ」
「…………」
ガイアが言葉に詰まる。
ジジは本気で分かっていない。
「もういい」
「何なんだよ」
イシルが。
そんな二人を見て。
また笑った。
「ガイア」
ルナリスが呼ぶ。
「ん?」
「これも食べる?」
小さな手に。
果物が一つ乗っている。
「食う」
「はい」
「ありがと」
受け取る。
ギルムがその様子を見て。
小さく息を吐いた。
「…………」
百二十年ぶりに帰ってきた息子は。
人間の男の恋人と。
五歳の少女を連れてきた。
聞きたいことなど。
いくらでもある。
けれど。
ギルムは何も聞かなかった。
今日は。
帰ってきた。
それだけでいい。
食卓には。
まだ食べきれないほどの料理が並んでいた。
そして。
百二十年ぶりに。
ガイアは家族と同じ卓を囲んでいた。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




