馬鹿息子
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
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「…………」
何を言えばいいのか。
分からなかった。
言うことなら。
いくらでもあったはずだった。
出ていったこと。
一度も帰らなかったこと。
手紙すら出さなかったこと。
何も言わず。
遠い大陸で生きていたこと。
それなのに、父親の顔を見た瞬間。
何一つ、言葉にならなかった。
「…………親父」
ようやく。
それだけが出た。
ギルムの顔が歪んだ。
「……ガレイヴィア」
声が震えていた。
「…………」
「百二十年も……」
その先が続かなかった。
ギルムが顔を伏せる。
「……どこをほっつき歩いていた」
「…………」
ガイアの目から。
涙が落ちた。
「……悪かった」
「…………」
「ごめん」
もう一度。
涙が落ちる。
ギルムは何も言わなかった。
いいとも。
許すとも。
言わなかった。
ただ。
歩いてくる。
ガイアの前まで来て。
「…………」
その肩を掴んだ。
そして。
強く抱き締めた。
「……馬鹿息子」
もう一度。
今度は。
泣きながら。
「…………」
ガイアの顔が歪む。
「親父……」
「遅い」
「……うん」
「遅すぎる」
「……うん」
「一度くらい、便りを寄越せ」
「……ごめん」
「生きていることくらい知らせろ」
「……うん」
ギルムの腕に力が入る。
ガイアも。
父親の背へ腕を回した。
「……ただいま」
小さく。
声が落ちた。
ギルムの肩が震えた。
「…………」
しばらくして。
「ああ」
掠れた声が返る。
「……おかえり」
「…………」
ガイアが目を閉じた。
それだけで。
また涙が出た。
どれくらいそうしていただろう。
先に身体を離したのは、ギルムだった。
涙を乱暴に拭う。
「……まったく」
ガイアも目元を拭った。
「悪かったって」
「一度で済むと思うな」
「じゃあ何回言えばいいんだよ」
「百二十回だ」
「多いだろ」
「一年に一回だ」
「…………」
ガイアが鼻を啜る。
「めんどくせぇ親父」
「誰のせいだ」
「俺」
「分かっているならいい」
ガイアが少しだけ笑った。
ギルムも。
泣いた顔のまま。
僅かに笑った。
「…………」
それから。
ギルムが扉の向こうを見る。
「いつまで客人を廊下に立たせている」
「あ」
ガイアが振り返った。
少し離れたところに。
ジジとルナリスがいる。
二人とも。
ずっと待っていた。
ガイアが目元を拭う。
「ジジ、ルナ」
二人が近づいてくる。
「…………」
ギルムの目が。
まずルナリスへ。
そして。
ジジへ向いた。
「……ルナリスだな」
「はい」
ルナリスが答える。
「ルナリスです」
ギルムはしばらく少女を見る。
白い髪。
碧色の瞳。
「話は聞いている」
「ガイアから?」
「ああ」
ギルムが少し笑う。
「手紙一枚だけだがな」
ガイアが横を見る。
「それは悪かったって」
「まだ一回目だ」
「数えてんの?」
ギルムは答えず。
今度はジジを見る。
「ジジ・ガルシアだな」
「はい」
ジジは一度だけ姿勢を正した。
「知っている」
ジジが少し意外そうに見る。
「俺のこと?」
「ああ」
ギルムはジジを見たまま言った。
「この放蕩息子と共に戦っていたこともな」
「…………」
ガイアが顔を上げた。
「……何で知ってんだ?」
ギルムが息子を見る。
「何がだ」
「俺が大陸で何してたか」
「…………」
「俺、一度も連絡してねぇだろ」
「それを自分で言うか」
「いや、そうだけど」
ガイアの眉が寄る。
「俺がどこにいるかも言ってねぇし」
「そうだな」
「だったら何で――」
「ガイア」
「…………」
ガイアが止まった。
ギルムは静かに続ける。
「大陸では、そう名乗っているのだろう」
「…………」
今度こそ。
ガイアが言葉を失った。
「……そこまで知ってんの?」
「知っている」
「何で」
「百二十年も帰ってこない馬鹿息子が、生きているかくらい気にする」
「…………」
「お前が便りを寄越さないのなら、こちらで知るしかあるまい」
ガイアは何も言えなかった。
ギルムがジジへ視線を戻す。
「最初にその名を聞いた時は、別人かと思った」
「…………」
「だが、南の島から来た褐色のエルフ。銀の長髪。風と波の精霊を使い、
大鷹を連れている」
ギルムが僅かに眉を上げる。
「隠す気があるのかないのか、分からん息子だな」
「…………」
ガイアが目を逸らした。
「名前変えりゃ十分だと思ってたんだよ……」
「十分ではなかったようだな」
「…………」
ジジは黙って二人を見ていた。
ギルムが続ける。
「そのうち、人間の男と組んでいるという話も聞くようになった」
その視線がジジへ向く。
「ジジ・ガルシア」
「はい」
「二人で随分と名を上げたそうだな」
「……まあ」
「こいつがミスリルになったことも知っている」
ガイアがまた見る。
「…………」
「お前がオリハルコンになったこともな」
今度はジジが僅かに目を見開いた。
「そこまで?」
ガイアは父親を見ていた。
自分は。
百二十年間。
一度も振り返らなかった。
便りも出さなかった。
もう、自分のことなど知らないと思っていた。
けれど。
「…………」
知っていた。
ガイアという名前も。
冒険者になったことも。
ジジと共に戦ってきたことも。
ずっと。
「……何だよ」
小さく声が落ちた。
ギルムが見る。
ガイアは少し俯いた。
「……知ってたのかよ」
「ああ」
それだけだった。
それから。
二人を改めて見た。
「島は二人を受け入れた」
ギルムは頷いた。
それだけだった。
ジジが少し見る。
「ならば」
ギルムは静かに言った。
「わしらがどう言うことはない」
「…………」
「ここへ入ることを決めるのは、わしでもガレイヴィアでもない」
その目が。
一瞬だけ、窓の外へ向く。
島の中心。
精霊の泉がある方角へ。
「ヴァレイアだ」
ジジは少し黙った。
そして。
頭を下げた。
「……ありがとうございます」
ギルムの眉が僅かに動く。
「礼を言う相手が違う」
「…………」
「島に言え」
ジジが顔を上げる。
「どうやって」
ギルムがガイアを見る。
ガイアも見る。
「俺もそれ言った」
「そうか」
「親子だな」
「うるせぇ」
ギルムが僅かに笑った。
ルナリスも小さく笑う。
その時。
ギルムの視線が、ガイアの足元へ落ちた。
「…………」
ガイアが気づく。
「何」
「まだ終わっていない」
「…………」
少しだけ。
ガイアの顔が変わった。
ギルムは扉の向こうへ視線を向ける。
「母さんが待っている」
「…………」
ガイアが黙った。
ジジが横を見る。
さっきまで。
父親と話していた時とは違う。
僅かに。
緊張したような顔。
「ガイア?」
ルナリスが呼ぶ。
「……ん?」
「ガイアのママ?」
「ああ」
「会うの?」
「…………」
ガイアが息を吐いた。
「会うよ」
ギルムが歩き出す。
「来い」
ガイアも後を追う。
ジジとルナリスも続いた。
いくつかの回廊を抜ける。
さらに奥へ。
やがて一つの部屋の前で。
ギルムが止まった。
扉は開いていた。
その向こう。
「…………」
ガイアの足が止まる。
一人の女性がいた。
褐色の肌。
長い銀髪。
ガイアとよく似た色。
けれど。
少しだけ細くなった肩。
目元には皺が増えている。
かつて均一だった銀の髪にも。
さらに白く色の抜けた髪が混じっていた。
その女性が。
ガイアを見ていた。
「…………」
ガイアの唇が震えた。
「……母さん」
イシルの目から。
涙が落ちた。
それでも。
すぐには近づかなかった。
その前には。
低い椅子と。
水を張った器。
白い布。
花と香草。
すべてが。
整えられていた。
「…………」
ガイアはそれを見る。
知っている。
忘れるはずがなかった。
長い旅から帰った者を迎える。
ヴァレイアの古い風習。
迎える家の者が。
旅人の足を洗う。
無事に還ったことを。
精霊へ感謝するために。
「…………」
イシルが涙を拭った。
そして。
息子へ笑った。
「おかえりなさい」
ガイアの目から。
また。
涙が落ちた。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




