帰る道
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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空気が少し変わった。
海から吹いていた潮風に、森の匂いが混じる。
濃い緑。
花。
湿った土。
どこか甘い香りもする。
石畳の両側には背の高い木々が並び、その枝の間から陽の光が降り注いでいた。
足元には小さな水路が流れている。
透き通った水が石の間を縫い、道と並ぶように島の奥へ続いていた。
「…………」
ルナリスは忙しそうに辺りを見ている。
森の中。
水路の上。
木々の枝。
ジジには何も見えない場所を、碧色の瞳が追っていた。
「まだいる?」
ジジが聞く。
「うん」
ルナリスが頷く。
「いっぱい」
「そんなに?」
「うん。あそこにもいる」
指差した先には、大きな木があるだけだった。
「……俺には何も見えねぇ」
「いるよ」
「そうか」
その少し前を歩いていたガイアが振り返る。
「見えなくても普通だ」
「お前には?」
「見える」
「全部?」
「全部かどうかは知らねぇよ」
そう言って、また前を向く。
道は緩やかな坂になっていた。
白い石造りの家々が、少しずつ増えていく。
森を切り開いて建てたというより。
木々の間に、そのまま家を置いたような造りだった。
大きな幹を避けるように壁が曲がり。
枝の下に屋根が伸び。
家のすぐ横を水が流れている。
庭と森の境目もない。
家々の間には色鮮やかな花が咲き、そのすぐ側を小さな鳥が歩いていた。
「…………」
ジジが辺りを見る。
「すげぇな」
「何が」
「森の中に町があるみてぇだ」
ガイアが少しだけ周囲を見る。
「昔からこんなもんだよ」
「変わってない?」
ルナリスが聞いた。
「……あんまりな」
ガイアの視線が、一軒の家へ向く。
少し古くなった壁。
以前とは違う色の屋根。
けれど。
その横に立つ大きな木は、覚えている。
「家は結構変わってる」
「百二十年だもんね」
「ああ」
「木は?」
「…………」
ガイアが頭上を見る。
太い枝が、道を覆うように伸びている。
「でかくなった」
ルナリスも見上げた。
「ガイアより?」
「俺は百二十年でそんな育たねぇよ」
「そっか」
「何だと思ってんだ」
小さく話しながら歩いていく。
やがて。
前方から歩いてきたエルフが、足を止めた。
「…………」
ガイアを見る。
目を見開いた。
「……ガレイヴィア様」
ガイアも足を止める。
「久しいな」
「……お帰りになられたのですね」
「ああ。今日戻った」
エルフが深く頭を下げる。
「お帰りなさいませ」
「ありがとう」
顔を上げたエルフの視線が。
ガイアの隣へ動いた。
ルナリス。
そして。
ジジ。
「…………」
一瞬。
明らかに表情が変わった。
けれど。
何も言わない。
もう一度ガイアへ頭を下げ、そのまま道を譲った。
ガイアも軽く頷き、歩き出す。
ジジとルナリスも続いた。
しばらく進む。
また一人。
今度は二人。
道沿いの家から出てきた者も、足を止める。
「ガレイヴィア様……?」
「本当に?」
「お戻りになったの……?」
声が聞こえる。
ガイアは呼びかけられるたびに足を止めた。
「久しいな」
「息災そうで何よりだ」
「長く留守にしてすまなかった」
その度に。
島の者たちは頭を下げる。
そして。
必ず。
その視線がジジへ向いた。
「…………」
最初は、ガイアが帰ってきたことへの驚き。
次に。
白い髪の少女。
最後に。
人間。
道を進むほど。
視線が増えていく。
「…………」
ジジも気づいていた。
それでも。
何も言わず、ガイアの隣を歩いた。
島の者たちが見ている。
ここがガイアの故郷。
ガイアがどういう立場にあるのかも、もう分かっている。
ルナリスも同じだった。
ガイアの側を離れず、静かについていく。
少し人通りの少ない道へ入ったところで。
ようやくジジが口を開いた。
「……俺、めちゃくちゃ見られてんな」
「そりゃ見るだろ」
ガイアは前を向いたまま答えた。
「やっぱ人間だから?」
「ああ」
「そんな珍しい?」
「珍しいどころじゃねぇよ」
ガイアが振り返る。
「そもそも島に入れねぇんだから」
「…………」
「人間がこの辺歩いてんの、多分あいつらも初めて見るぞ」
ジジが後ろを振り返る。
さっきすれ違った者が。
まだこちらを見ていた。
「……そりゃ見るか」
「見るだろ」
ルナリスがジジを見る。
「ジジ、人間だもんね」
「そうだよ」
「ルナは?」
「ルナは人間とハイエルフ」
ガイアが答える。
「だからルナも十分珍しい」
「そっか」
ルナリスは自分の手を見る。
それから。
少し考えて。
「でも、ヴァレイア入れてくれたね」
「…………」
ジジも前を向く。
「それなんだよな」
「何が?」
「何で俺、入れたんだろ」
ガイアが横を見る。
「知らねぇよ」
「お前でも分かんねぇの?」
「分かるわけねぇだろ」
「ラハシェルなのに?」
「ラハシェルなら島の考えてること全部分かると思うな」
「じゃあ何のためのラハシェルだよ」
「精霊の泉守ったり儀式したり色々あんだよ」
「へえ」
「興味ねぇだろお前」
「あるよ」
ガイアが一瞬、ジジを見る。
「…………」
「何」
「いや」
「何だよ」
「別に」
また前を向く。
少し歩いて。
ガイアが口を開いた。
「……まあ」
「ん?」
「島が何見て決めてんのかは、誰も知らねぇけど」
木々の隙間から、陽が落ちる。
「お前、エルフを珍しい生き物みてぇに扱ったことねぇだろ」
「…………」
ジジが眉を寄せる。
「当たり前だろ」
「ああ」
ガイアはそれだけ返す。
「マリアから色々教わったんだろ」
「まあな」
「エルフ語も」
「話せるし読める」
「文化も多少は知ってる」
「多少な」
「それだけじゃねぇけど」
ジジがガイアを見る。
「何が」
ガイアは少し考えた。
「お前は、知らねぇものを勝手に自分の物差しで決めねぇ」
「…………」
「人間と違うからって、変だとも間違ってるとも言わねぇ」
ジジは黙って聞いている。
「俺と依頼やってた時もそうだったし」
ガイアの視線が前へ戻る。
「エレーンの時も」
「…………」
「偽物の書簡の時も言ってただろ」
ジジが僅かに目を細めた。
「……何を?」
「エルフは誇り高き者じゃねぇのかって」
「…………」
覚えていた。
「言ったな」
「ああ」
ガイアは歩きながら続ける。
「あれ、普通の人間からはなかなか出ねぇよ」
「そうか?」
「そうだよ」
ジジにとっては。
特別な言葉ではなかった。
そう教わった。
そう知っていた。
そして。
自分が出会ってきたエルフたちを見て。
そう思った。
それだけだった。
「マリアから教わったからだろ」
「教わっただけで、ああはならねぇよ」
「…………」
「俺とも何回死にかけたと思ってんだ」
「お前が無茶すっからだろ」
「お前にだけは言われたくねぇ」
ジジが僅かに口元を緩める。
ガイアも小さく息を吐いた。
「まあ、分かんねぇけどな」
「結局それかよ」
「俺が決めたんじゃねぇもん」
「じゃあ誰に聞けばいいんだ」
ガイアが周囲を見る。
森。
水。
風。
島を覆う、目には見えない精霊たち。
「ヴァレイア」
「どうやって」
「知らねぇよ」
ジジが息を吐く。
その隣で。
ルナリスが考えていた。
「じゃあ」
二人が見る。
「ヴァレイア、ジジのこと好きだったの?」
「…………」
ジジが瞬く。
ガイアは少し考えた。
「好きっていうか……」
「でも、入っていいって言ったんでしょ?」
「まあな」
「じゃあ、嫌いじゃないね」
「それはそうだな」
ルナリスがジジを見る。
「よかったね」
「……ん」
三人はまた歩く。
道はさらに島の奥へ続いていた。
すれ違う者たちが。
次々と足を止める。
「ガレイヴィア様」
「お帰りなさいませ」
ガイアもその度に立ち止まった。
「久しいな」
「変わりないか」
「ありがとう」
きちんと一人一人に応じる。
ジジは、その隣を歩いた。
何も言わず。
ただ。
時折、ガイアを見ていた。
「…………」
やがて、少しずつ。
ガイアの口数が減っていった。
ルナリスが何かを見つければ答える。
ジジが聞けば返す。
けれど。
自分から話すことはなくなった。
「…………」
ジジは気づいていた。
何も言わなかった。
道が緩やかに上っていく。
周囲の家が少なくなる。
木々が増える。
その先。
開けた場所が見えてきた。
ガイアの足が。
少しだけ遅くなった。
「…………」
さらに進む。
木々の間から。
白い建物が見えた。
要塞のようにもみえるが、
長い年月をそこにあり続けたことが分かるような佇まいだった。
深い緑に囲まれ。
大きな木々に抱かれるように建っている。
石の壁には蔓が這い。
その奥には、山へ続く森が見えた。
ガイアが止まった。
「…………」
ジジも止まる。
ルナリスも。
誰も、すぐには声をかけなかった。
風が吹く。
銀髪が揺れる。
ガイアはただ、その家を見ていた。
ここを出た。
もう帰らないつもりで。
それから一度も。
この道を歩かなかった。
「…………」
ジジは何も言わない。
ただ。
ガイアの隣に立った。
反対側には。
ルナリスがいる。
ガイアがゆっくりと息を吐く。
そして。
小さく呟いた。
「……変わってねぇ」
その先に。
ガイアの家があった。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




