島が選ぶ者
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
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船はゆっくりと、ヴァレイアの船着き場へ近づいていった。
白い石で造られた桟橋。
その向こうには、深い緑が広がっている。
遠くから人影にしか見えなかったものも、今でははっきりと姿が分かった。
何人かのエルフが立っている。
船が来るのを見つけて集まったのか。
それとも。
最初から、待っていたのか。
「…………」
ジジは隣を見る。
ガイアは何も言わない。
ラハシェルの正装を纏い、真っ直ぐ前を見ていた。
船が近づく。
島にいた一人が、こちらへ歩いてくる。
「ジジ」
「ああ」
言われる前に、ジジは綱を手に取った。
船が桟橋へ寄る。
投げた綱を、男が受け取った。
「…………」
その手が止まる。
男が顔を上げた。
視線の先。
甲板に立つガイアを見て。
目が大きく見開かれた。
「……ガレイヴィア様……?」
その声に。
周囲にいたエルフたちが、一斉に振り返った。
「…………」
誰も動かない。
ただ。
正装を纏ったガイアを見つめている。
「ガレイヴィア様……」
「本当に……」
小さな声が聞こえた。
誰も、その姿を見間違えなかった。
船が桟橋へ着く。
ガイアが一人、先に降りた。
「…………」
足が石へ触れる。
そのまま、一歩。
もう一歩。
百二十年ぶりだった。
ヴァレイアの地に、自分の足で立つのは。
そこにいた者たちが、揃って頭を下げた。
「お帰りなさいませ」
ガイアの足が止まった。
「…………」
風が吹く。
銀髪と、正装の布が揺れた。
帰るつもりなどなかった。
もう二度と。
ここでその言葉を聞くこともないと思っていた。
僅かな間を置いて。
「ああ。長く島を空けた」
低く、静かな声だった。
船の上から、ジジはその背中を見ていた。
隣にいるルナリスも、静かにガイアを見ている。
「父上から話は聞いているか」
ガイアが尋ねた。
「はい。お二方をお連れになると伺っております」
「そうか」
ガイアが船へ振り返る。
「二人にはまだ上陸の許しがない。先に儀を行いたい」
「承知しております。すでに整えてございます」
「助かる」
それから。
船に残る二人を見る。
「ジジ、ルナ」
「ん?」
「降りていい。俺のところまで来い」
「ああ」
ジジが先に船を降りる。
続いて、ルナリスへ手を伸ばした。
小さな手が重なる。
ルナリスも桟橋へ降りた。
二人がガイアのところまで来る。
「…………」
ジジは隣に立つガイアを見た。
島の者へ向ける言葉。
立ち方。
纏う空気。
先日、ルシーダ家で見たものと同じだった。
けれど。
あの時とは違う。
ここは、ガイアが生まれ育った場所だった。
百二十年前。
この姿で、この島を出た。
そして今。
自分とルナリスを連れて。
同じ姿で、ここへ戻ってきた。
「…………」
何も言わなかった。
言う必要もなかった。
ルナリスもガイアの側へ寄り、そのまま島の者たちを見ている。
「ガレイヴィア様」
声がした。
ガイアが振り返る。
「案内を頼む」
「はい」
ガイアが二人を見る。
「行くぞ」
「ああ」
「うん」
三人は、島の者の後に続いた。
桟橋の先。
島へ続く道の手前に、古い石造りの場所があった。
屋根はない。
白い石柱が円を描くように立ち、その中央に低い水盤が置かれている。
長い年月を経ているのだろう。
石の一部には苔が生え、細い蔓が絡んでいた。
けれど。
水盤だけは、驚くほど白い。
そこに満たされた水は、底まで透き通っていた。
絶えず水が湧き続けている。
どこから流れ込んでいるのか。
水路らしいものはない。
溢れた水だけが細い溝を伝い、海へ流れていた。
ルナリスが水盤を覗き込む。
「……きれい」
ガイアが隣に立つ。
「これが、さっき言ってた次のやつだ」
ジジが水盤を見る。
「第二関門?」
「ああ」
ルナリスが顔を上げる。
「何するの?」
「水に触る」
「それだけ?」
「ああ」
ジジがガイアを見る。
「何の儀式なんだ?」
ガイアは水盤へ目を向けた。
「この水は、島の奥にある精霊の泉と繋がってる」
「精霊の泉?」
「ラハシェルが代々守ってる場所だ」
ルナリスが水を見つめる。
ガイアが続けた。
「ここから先へ入る者は、必ずこの水に触れる」
「触ったらどうなる?」
「島がお前らを受け入れるか分かる」
「…………」
ジジが水面を見る。
風が吹いているのに。
水面はほとんど揺れていなかった。
「受け入れられたら?」
「水がお前に触れる。それだけだ」
「じゃあ、駄目だったら?」
「水が避ける」
ジジがガイアを見る。
「避ける?」
「ああ。手を入れても、水の方がお前を避ける」
「…………」
ジジはもう一度、水盤を見る。
「俺が一緒でも関係ねぇ」
ガイアが言った。
「親父が許可したのは、お前らがここを目指すことだ」
ガイアは島の奥を見る。
「ここから先は、親父にも俺にも決められない」
風が吹く。
森の葉が揺れる。
遠くで鳥の声がした。
「最後に決めるのは、ヴァレイアだ」
ジジも水盤の向こうを見る。
ほんの少し先には。
森へ続く道がある。
色鮮やかな花。
白い建物。
その間を流れる水。
もう目の前なのに。
まだ二人は、この島に入ることを許されたわけではない。
「……もし駄目だったら?」
ジジが聞いた。
ガイアは迷わなかった。
「帰る」
「…………」
「三人で来たんだ。帰るなら三人で帰る」
ルナリスがガイアを見る。
「ガイアも?」
「ああ」
ルナリスはしばらくガイアを見ていた。
それから、小さく頷いた。
「分かった」
ジジも、それ以上は何も言わなかった。
「俺からやる」
水盤の前へ出る。
ガイアが見る。
「いいのか?」
「ああ」
ジジは一度、水面を見た。
そして。
静かに手を伸ばす。
指先が水面へ触れた。
「…………」
波紋が広がる。
水は避けない。
そのまま指先を濡らし。
手のひらに触れている。
ガイアがそれを見届けた。
「……大丈夫だ」
その声を聞いて。
ジジが小さく息を吐いた。
水から手を上げる。
濡れた指先から、雫が落ちた。
「次、ルナやる」
ルナリスが前へ出る。
「怖くないか?」
ガイアが聞く。
「ちょっとだけ」
素直に答えた。
それから。
ジジを見る。
ジジは何も言わず、頷いた。
ルナリスも頷き返す。
ガイアが水盤の横へ立った。
「ゆっくりでいい」
「うん」
小さな手が伸びる。
透明な水面へ。
指先が触れた。
「…………」
波紋が広がった。
「……?」
ガイアの目が僅かに細められる。
水盤の底。
そこから。
淡い光が浮かび上がった。
「…………」
周囲にいたエルフたちが息を呑む。
光はゆっくりと水の中を昇ってくる。
一つ。
二つ。
三つ。
次々と。
ルナリスの指先へ集まっていく。
「……わ」
ルナリスが小さく声を漏らした。
その瞬間。
水が動いた。
「…………」
ジジの目が見開かれる。
ルナリスは動いていない。
けれど。
水の方から、小さな手へ伸びていく。
指先を包み。
手の甲へ。
手首へ。
細い腕を伝うように、水が這い上がった。
「くすぐったい……」
ルナリスが小さく笑う。
「…………」
ガイアは何も言わなかった。
ただ。
その光景を見つめている。
やがて。
水が腕から離れた。
宙へ浮く。
いくつもの水滴に分かれ。
陽の光を受けながら、ルナリスの周囲をゆっくりと巡った。
「……きれい」
ルナリスが手を伸ばす。
水滴が、その指先へ寄っていく。
「…………」
ジジがガイアを見る。
その顔を見てすぐには声をかけなかった。
ガイアの金色の目が、水の光を映している。
周囲にいた島の者たちも。
誰一人、声を出さない。
やがて。
ルナリスの周囲を舞っていた水滴が、ゆっくりと水盤へ戻っていった。
最後の一滴が落ちる。
波紋が広がる。
そして。
何事もなかったように、水面が静かになった。
「…………」
ルナリスがガイアを見る。
「ガイア?」
呼ばれて。
ガイアがようやくルナリスを見る。
「……ん?」
「これでいい?」
「…………」
少しだけ間があった。
「ああ」
ガイアは水盤を見る。
もう、そこには何も起きていない。
「入っていい?」
「……ああ」
それでも。
ガイアはしばらく動かなかった。
ジジが静かに聞く。
「……普通じゃないんだな」
「…………」
ガイアがジジを見る。
それから。
もう一度、ルナリスへ視線を戻した。
「俺も初めて見た」
「…………」
ジジはそれ以上聞かなかった。
ルナリスだけが。
まだ自分の指先に残る水滴を、不思議そうに見つめていた。
その向こう。
森から吹いてきた風が三人の間を通り抜けていく。
ガイアが島の奥を見る。
その隣には、ジジがいる。
ルナリスがいる。
「…………」
ガイアは一度だけ息を吐いた。
「行こう」
「ああ」
「うん」
三人で。
ヴァレイアへ足を踏み入れた。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




