月夜の海
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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その日の夜。
船は小さな港に停泊していた。
町で夕食を済ませ、三人は早めに船へ戻った。
ルナリスはベッドへ入って間もなく眠った。
昼間ずっと甲板にいたせいか、
寝息が聞こえ始めるまでそれほど時間はかからなかった。
ジジはベッドの端に座り、眠ったルナリスを見る。
「ガイア風呂空いたよ」
返事がない。
顔を上げる。
「……ガイア?」
船室にいなかった。
さっきまでいたはずだった。
甲板へ続く扉を見る。
少し開いている。
ジジは立ち上がった。
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甲板へ出る。
夜の港は静かだった。
少し離れた岸には、町の灯りが並んでいる。
月が海面を照らしていた。
「ガイア?」
返事はない。
甲板にもいない。
ジジが辺りを見る。
船縁の近くに、服が置かれていた。
「…………」
シャツ。
ズボン。
その下にも、脱いだものが重ねられている。
ジジが海を見る。
何かが水面を切った。
銀色だった。
「……何してんの」
少し離れた海面から顔が出る。
濡れた銀髪が、月明かりを反射した。
「泳いでる」
「見りゃ分かるよ」
ガイアが笑う。
再び水へ潜った。
姿が消える。
少しして、船の反対側に浮かび上がった。
「何で急に?」
「何日も船乗ってたら入りたくなった」
「夜だぞ」
「だから?」
「いや……」
ジジは船縁へ腕を置いた。
海の中を泳ぐガイアを見る。
ガイアが海で育ったことは知っていた。
それでも。
実際に泳いでいるところを、
こうしてゆっくり見ることはほとんどなかった。
水音も小さい。
長い銀髪が水面に流れ、その身体が滑るように進んでいく。
「ガイア」
「ん?」
「潜るの怖くねぇの?」
「何で?」
「真っ暗じゃん」
「そこまで深く潜ってねぇよ」
ガイアが仰向けになる。
そのまま海面に浮かんだ。
「気持ちいいぞ」
「寒くねぇの?」
「全然」
「俺はいい」
「入れなんて言ってねぇよ」
「言いそうだったから」
「自意識過剰」
「うるせぇ」
ガイアが笑った。
しばらくして、船へ戻ってくる。
船腹の梯子へ手を掛けた。
ジジはその場に立ったまま見ていた。
濡れた銀髪が現れる。
次に、褐色の肩。
胸。
腹。
海水が肌を伝って落ちていく。
ガイアが途中で顔を上げた。
ジジと目が合う。
「…………」
「…………」
ガイアが眉を寄せる。
「何」
「何が」
「何で見てんの」
「見てるだけ」
「そういう意味じゃねぇよ」
ガイアが甲板へ上がる。
置いてあった大きな布を取り、腰へ巻いた。
長い銀髪から、ぽたぽたと水が落ちている。
「それ取って」
ジジは近くに置かれていた布を取る。
渡さない。
「おい」
「…………」
「ジジ」
「この前のこと思い出した」
ガイアの動きが止まった。
「…………風呂?」
「うん」
「今?」
「ガイア濡れてるから」
「海入ってたんだから当たり前だろ」
「分かってるよ」
ようやくタオルを渡す。
ガイアが受け取り、髪の水気を取る。
「前は普通に一緒に水浴びしてただろ」
「まあ」
「今さら何なんだよ」
「俺も分かんねぇ」
「…………」
「でも今は見たい」
ガイアの手が止まる。
ジジは普通にガイアを見ていた。
「……お前さ」
「何」
「そういうの普通に言うようになったよな」
「駄目?」
「駄目じゃねぇけど」
ガイアが顔を逸らす。
濡れた銀髪を後ろへ払った。
その瞬間。
甘い香りがした。
海の匂いに混じる。
ジジが僅かに目を細めた。
ガイアが気づく。
「…………」
「何」
「近づくな」
「何で」
「その顔してるから」
「どんな顔?」
「知らねぇよ」
「ガイア」
「何」
ジジが一歩近づく。
ガイアは逃げなかった。
「触っていい?」
「…………」
少し間があった。
「聞くんだ」
「嫌ならやめる」
ガイアがジジを見る。
「……いいよ」
ジジの手が腰へ回った。
布の上から、引き寄せる。
身体が近づく。
濡れたガイアの肌は、まだ少し冷たかった。
「冷てぇ」
「海から出たばっかだし」
ガイアの腕が、ジジの肩へ回る。
少しだけ顔が近づく。
唇が触れた。
一度離れる。
もう一度。
今度は少し長く。
波が船腹を叩く。
静かな港に、小さな水音だけが続いていた。
離れたあとも、二人の距離は変わらなかった。
ジジが濡れた銀髪へ触れる。
「髪びしょびしょ」
「そりゃな」
「乾かさねぇと」
「今から乾かすよ」
「俺やる」
「何で」
「やりたい」
「……好きにしろ」
ジジが少し笑う。
ガイアがその顔を見る。
「何」
「ガイア、最近俺に甘くね?」
「前からだろ」
「そう?」
「お前が気づいてなかっただけ」
「そっか」
「そうだよ」
また唇が触れた。
ガイアの指が、ジジの首筋へ触れる。
ジジの腕に少し力が入る。
甘い香りが、少し濃くなる。
ジジが離れた。
ガイアを見る。
「…………」
「何」
「いい匂い」
「言うと思った」
「濃くなった」
「うるせぇ」
「この前も――」
「言うな」
「何で」
「いいから」
ガイアが顔を逸らす。
ジジがその顔を覗く。
「ガイア」
「何」
「もう一回」
「何が」
「…………」
「さっきしただろ」
「もう一回」
「お前な」
船室の方から、小さな物音がした。
二人の動きが同時に止まる。
「…………」
「…………」
ガイアが船室を見る。
「戻るぞ」
「今のルナ?」
「分かんねぇ」
「寝返りじゃね?」
「起きて俺らいなかったら探すだろ」
「…………」
ジジがガイアを見る。
「何」
「もう一回」
「まだ言ってんの?」
「戻る前に」
ガイアが呆れた顔をする。
「お前最近ほんと……」
「…………」
ガイアの両手がジジの頬を包む。
自分から引き寄せる。
唇が重なる。
ジジの両手が背中へ回る。
一回。
少しして離れる。
ジジがもう一度近づこうとする。
ガイアが額を押さえた。
「一回っつっただろ」
「今ので一回?」
「一回だよ」
「短くね?」
「戻るぞ」
「はいはい」
「はいは一回」
ジジが笑った。
「それルナに言われるやつ」
「お前にも言う」
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船室へ戻る。
ルナリスは眠っていた。
寝返りを打っただけらしい。
「ほら」
ジジが小声で言う。
「起きてねぇじゃん」
「結果論」
「ガイア、バルトみたい」
「誰のせいだよ」
ガイアは濡れた髪を乾かした。
いつものように後ろで一本の三つ編みにする。
それからベッドへ入った。
真ん中にルナリス。
その両側に、ジジとガイア。
灯りを消す。
船室が暗くなる。
少しして。
ジジが目を開けた。
ルナリスの向こうを見る。
暗闇の中で、ガイアもこちらを見ていた。
「…………」
「…………」
「寝ろ」
ガイアが小さく言う。
「うん」
「見るな」
「見てねぇよ」
「見てんじゃん」
「ガイアも見てる」
「…………」
「な?」
「うるせぇ」
ジジが少し笑った。
「おやすみ」
少し間が空く。
「……おやすみ」
ルナリスを挟んで、二人とも目を閉じた。
船の外では、月明かりが海を照らしていた。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




