新緑のカップ
薬草店で働き始めて、最初の週が終わった。
「はい。一週間分」
閉店後、ミレアが革袋を差し出した。
「ありがとうございます」
「中身、確認して」
エレーンはその場で硬貨を数える。
「合っています」
「よし。来週もよろしく」
「はい」
革袋を鞄へしまい、店を出た。
今日は少しだけ気分がいい。
一週間、失敗もしたが、それなりに仕事を覚えた。
ミレアにも昨日、
「最初よりずっと動けるようになった」と言われた。
だからというわけではないが、
まっすぐ帰る気にはならなかった。
夕食までには時間がある。
エレーンは市場の方へ足を向けた。
いつも買う食材をいくつか選び、
その後で雑貨屋へ入った。
特に欲しいものがあったわけではない。
棚を眺めながら歩いていると、
小さな陶器のカップが目に入った。
深い緑色。
「……綺麗」
手に取る。
派手な装飾はない。
縁に細く植物の模様が彫られているだけの、
シンプルなものだった。
先日自分で選んだ服も、似たような色だった。
「私、この色が好きなのね」
今更気づいて、少し笑う。
「これをください」
店主へカップを渡した。
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「ただいま」
「おかえり」
家へ戻るとジジは居間のテーブルで
何かを削っていた。
エレーンが横から覗く。
「何してるの?」
「鞘」
「また?」
「前の気に入らなかった」
「私は違いが分からなかったけど」
「俺が分かればいい」
「そういうもの?」
「そういうもん」
エレーンは買い物袋を台所へ運ぶ。
「あ、ジジ」
「何」
「これ」
硬貨を数枚、ジジの前へ置いた。
「服代」
ジジが硬貨を見る。
「……ああ」
「忘れてたでしょう」
「ちょっと」
「絶対忘れてたわね」
「返ってきたからいいだろ」
「あなた、お金の管理大丈夫なの?」
「困ってねぇ」
「そういう人が一番危ないのよ」
「細けぇな」
「あなたが大雑把なの」
ジジは特に数えもせず、硬貨を袋へしまった。
エレーンがじっと見る。
「……数えないの?」
「お前が数えただろ」
「そうだけれど」
「じゃあ合ってる」
「私が少なく渡してたら?」
ジジが顔を上げた。
「そんなことすんの?」
「しないわよ」
「ならいいだろ」
「…………」
エレーンは呆れて息を吐いた。
「よく今まで騙されなかったわね」
「あるのかもな」
「あるの!?」
「気づいてねぇなら分かんねぇだろ」
「それを騙されたっていうのよ」
ジジは気にした様子もなく、また鞘を削り始めた。
買ったカップを洗い、棚へ置く。
家にある食器は、どれもマリアが使っていた
古いものだった。
そこへ深い緑色が一つ混ざる。
「それ何」
ジジが台所へ入ってきた。
「カップ」
「それは見れば分かる」
「今日買ったの」
「へえ」
ジジが棚を覗く。
「緑好きなの?」
「たぶんね」
「たぶん?」
「この前買った服もこの色だったでしょう。
今日見て、やっぱり好きなんだって気づいたの」
「自分の好きな色分かってなかったのか」
「悪い?」
「別に」
エレーンはカップを手に取った。
「これは私のだから、勝手に使わないでね」
「使わねぇよ」
「本当に?」
「何で俺そんな信用ねぇの」
「日頃の行い」
「俺何したんだよ」
「鍋から直接食べようとする」
「皿に移すの面倒なんだよ」
「私が明日の分に残してるものまで食べる」
「……それは一回だけだろ」
「三回よ」
ジジが黙った。
「ほら」
「覚えてねぇ」
「でしょうね」
エレーンは笑いながら湯を沸かした。
ローズヒップティーを淹れ、新しいカップへ注ぐ。
赤い色が深い緑によく映えた。
「どう?」
ジジに見せる。
「何が」
「似合う?」
「カップが?」
「そう」
「……似合うんじゃねぇ?」
「適当ね」
「カップに似合うとかあんのかよ」
「あるわよ」
「めんどくせ」
「あなたに聞いた私が悪かったわ」
エレーンはカップを持って居間へ向かう。
後ろからジジがついてきた。
「飯は?」
「もう少ししたら作るわ」
「今日何」
「魚」
ジジが露骨に不満そうな顔をする。
エレーンは新しいカップへ口をつけながら笑った。
「そんな顔しても変わらないわよ」
「明日は肉な」
「考えておく」
「絶対だぞ」
「考えるだけ」
「それ駄目なやつだろ」
エレーンは答えず、もう一口お茶を飲んだ。
深い緑のカップは、思ったより手によく馴染んだ。
明日もこれを使おう。
それくらい気に入った。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




