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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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176/216

触れる理由

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

夕食を終えた頃には、外はすっかり暗くなっていた。


二人分の食器が並んでいる。

いつもなら、その間にもう一つある。


食器を洗い終えたジジが、布巾で手を拭いた。

ガイアは椅子に座り、窓の外を見ている。


「ルナ、もう飯食ったかな」


「食ってんじゃねぇの」


「何食ったんだろ」


「明日聞けよ」


「そだな」


ジジが椅子へ座る。


「……明後日か」


「ああ」


ガイアが窓から視線を戻す。


「明日は早めに寝かせろよ」


「ルナ?」


「他に誰がいんだよ。船乗る前に寝不足とかやめろ」


「分かってる」


「お前もな」


「俺?」


「お前も」


「分かった」


ガイアが立ち上がった。


「風呂入るわ」


「俺も入る」


ガイアの手が止まった。


「…………」


ジジが立ち上がる。


「……一緒に?」


「うん」


「…………」


ガイアはジジを見た。

ジジも見ている。


「……好きにしろ」


そのまま浴室へ向かった。


——————————————————————


湯気が上がる。

ガイアが長い銀髪をまとめ、湯へ入った。

続いてジジも入る。


二人で並んで身体を洗うことも、同じ湯に入ることも初めてではない。


宿舎でも。

旅先でも。

野営地の近くに水場があれば、水を浴びた。


怪我をすれば互いに傷を見ることもあった。

今さら、見たことのない身体ではなかった。

それでも。


湯の中で向かい合ったまま、しばらくどちらも動かなかった。

ジジが手を伸ばす。

ガイアの肩が僅かに動いた。

その手が止まる。


「……触っていい?」


「…………」


ガイアがジジを見る。


「今さら聞くのかよ」


「ちゃんと触んのは初めてだし」


「…………」


少しして。


「……好きにしろよ」


ジジの指が触れる。

褐色の肌。

その中に一本だけ深く残っている、古い傷。

指先が傷痕をゆっくり辿った。


「……これ」


「お前のせいな」


「うん」


「そこで素直になんなよ」


ジジが少し笑い、指は傷から離れなかった。


ジジが傷を見る。

それから。

ガイアの腕を少し持ち上げた。

唇が、古い傷へ触れた。


「…………」


ガイアの指が僅かに動く。

ジジが顔を上げた。


「何?」


「……いや」


もう一度。

今度は短く、傷へ唇を重ねる。

ガイアは黙ったまま、それを見ていた。


ジジが傷を指で撫でる。


「ガイア、これしかないな」


「傷?」


「うん」


褐色の身体には、それ以外傷はない。


「お前が多すぎんだよ」


ガイアがジジの身体を見る。

肩。

胸。

腹。

腕。

背中。

脚。


古い傷がいくつも残っている。

ガイアが身体を寄せた。


指が、ジジの左脇腹へ触れる。

そこから腹部へ。

斜めに走る大きな傷を辿った。


傷の端まで指が進む。


「……改めて見ると結構でけぇな」


「そう?」


「お前、自分じゃ見ねぇからだろ」


「見ても変わんねぇし」


「そういうとこだよな」


ガイアの手が下へ移る。


太腿。

そしてまた別の古傷。


「これ、あれか」


「罠あるっつったのに突っ込んだやつ」


「北だっけ」


「いや、東じゃね?」


「……覚えてねぇ」


「俺も」


二人の間に小さく笑い声が落ちた。

ガイアの指が、別の傷へ移る。


背中。

肩甲骨の下を斜めに走る跡。


「これは覚えてる」


「俺も」


「お前、俺突き飛ばしたやつ」


「間に合わなかったから」


「後ろから来てたの、俺も気づいてた」


「遅かった」


「一瞬だろ」


「一瞬あれば食らうだろ」


「だからって自分で受けんなよ」


「ガイア無傷で済んだ」


「…………」


ジジが振り返る。


「ならよくね?」


「よくねぇよ」


ガイアの手のひらが、傷の上へ触れた。

しばらくそのまま動かなかった。

やがて。


左肩へ移る。

深い牙の痕。

その瞬間だけ。

ガイアの手が止まった。


「…………」


ジジも何も言わない。

指先が、噛み跡の縁へ触れる。


「……これだけ」


ガイアの声が低くなる。


「俺、いなかった」


「うん」


「俺が知らねぇ傷」


ガイアの親指が、傷をゆっくり撫でる。


「……生きてたじゃん」


「…………」


指が止まる。

ジジはそれ以上言わなかった。


右腕。

左肩。

そして。


もう一度、ジジの胸へ。

傷を一つずつ辿っていく。


「……これもいたな」


「うん」


別の傷。


「これも」


「いた」


もう一つ。


「……これもか」


「ガイアいた」


「…………」


湯が僅かに揺れる。


ガイアが身体を返した。

ジジの前に背を向ける。

そのまま、背中をジジの胸へ預けた。

ジジの腕が腹へ回る。

ガイアの手が、その腕へ重なった。


「……ずっと一緒にいたんだな」


「いたじゃん」


「そういう意味じゃねぇよ」


「じゃあ何」


ガイアの指が、ジジの指へ絡む。


「……命預けてたんだなって」


「…………」


ジジの腕が少しだけ強くなる。


「ああ」


「俺がお前守って」


「俺もガイア守って」


「傷増やして」


「ガイアは増えてねぇじゃん」


「お前が言う事きかねぇからだろ」


「そっか」


「そうだよ」


ガイアが少しだけ顔を横へ向けた。

ジジの顔が近い。

目が合う。


ガイアが身体を返した。

腕がジジの首へ回る。


唇が重なった。

一度。

離れる。


もう一度。

今度は少し長く。


ジジの手が、ガイアのうなじへ回る。

湯に濡れた銀髪へ指が入った。

その髪を、少しだけ握った。

唇が深く重なる。

ガイアの呼吸が僅かに乱れた。

ジジの首へ回った腕に力が入る。


湯気の中に。

甘い香りが混じった。

ココナッツとプルメリア。


いつもより、濃い。

唇が離れる。

ジジが息を吐いた。


「……ガイア」


「……ん」


「匂い」


ガイアの目が僅かに動く。


「濃くなってる」


「…………」


「すげぇする」


「……言うな」


「何で?」


ガイアが顔を逸らす。

ジジは少し黙った。

また、甘い香りが鼻先を掠める。


「……こういう時、濃くなんの?」


「…………」


返事はない。

ガイアの耳が赤くなった。

ジジがそれを見る。


「……へえ」


「お前な……」


ジジの手が再び銀髪へ入った。

悪戯に少し笑った。


「じゃあ俺のせい?」


「聞くなって」


「ガイア」


「何だよ」


ジジがもう一度、唇を重ねた。

うなじの髪を握る。

さっきより深く、長く、ゆっくりと。


ガイアの指がジジの肩へ食い込んだ。

甘い香りがさらに濃くなる。

湯気の中を満たしていく。

ジジが一度離れた。


呼吸が少し速い。

ガイアも同じだった。

ジジがまた近づく。

ガイアの唇へ。

頬へ。

首筋へ。


「……ジジ」


「ん」


「ちょっと待て」


ジジが止まった。


「嫌?」


「違ぇよ」


ガイアが息を整える。


「……俺も」


「何?」


少し間が空く。


「男は初めてだからな」


ジジがガイアを見る。


「そうなの?」


「そうだよ」


「じゃあ一緒」


「お前と一緒にすんな。女はある」


「男はないんだろ?」


「…………」


「一緒じゃん」


ガイアが額を押さえた。


「……そういうことにしとけ」


ジジが少し笑う。


そのままガイアの腰へ腕を回した。

今度は短かった。


「……のぼせる」


ガイアが言う。


「もう?」


「お前のせいだよ」


「何で俺?」


「いいから出るぞ」


「ん」


二人は湯から上がった。

浴室にはまだ、甘い香りが残っていた。


——————————————————————


寝室。

いつもなら中央にある小さな身体が、今日はない。


ジジが寝台へ入る。

ガイアも隣へ入った。

少しだけ間が空いていた。


「…………」


ジジが手を伸ばす。

ガイアも動いた。

その距離はすぐになくなった。


ガイアがジジの胸へ頬を寄せる。

ジジの手は、長い銀髪をゆっくり撫でていた。


風呂から上がっても、身体にはまだ熱が残っている。

ジジの指が頬へ触れる。

ガイアがその手へ自分の手を重ねる。

唇が触れた。

風呂の中とは違う。


ゆっくりと。

一度離れて。

また触れる。


ジジの手が背中を撫でる。

ガイアの手も、ジジの胸へ触れる。

さっき辿った傷の上を通る。


指先がゆっくり動く。

ジジもガイアの左腕へ触れた。

一本だけ残る傷。

互いの手が、そのまま止まった。


「…………」


ガイアがジジの胸へ耳を当てる。

音がする。

規則的な鼓動。


「……ジジ」


「ん」


「いるな」


ジジの手が銀髪を撫でる。


「ここにいる」


「…………」


ガイアが目を閉じる。

ジジの腕が腰へ回った。


身体が近づく。

胸と胸の間にあった隙間がなくなる。


「ガイアもいる」


「……いる」


「うん」


それからも。

どちらかが眠るまで、何度も手が伸びた。


髪へ。

頬へ。

背中へ。

傷へ。


時折、唇が触れた。

何かを急ぐことはなかった。

ただ。


互いの熱がそこにあることを、何度も確かめるように触れた。

今まで何度も。

戦うために触れた身体だった。


傷を塞ぐために。

立ち上がらせるために。

生きて帰るために。


その夜。

初めて二人は。

好きだから、互いの身体に触れた。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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