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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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172/216

返事を待つ夜

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

その日の夜。

ルナリスはいつも通り、二人の真ん中で眠っていた。


静かな寝息。

時折、小さく身じろぎしては毛布がずれる。

ジジがそれを直す。

その向こう。


「…………」


ガイアは目を閉じていた。


——————————————————————


「…………」


ガイアが開く。

天井を見る。

もう一度、閉じる。


「…………」


眠れる気がしない。


今頃。

ファルコはどこまで行った。

もう海の上か。

あとどれくらいだ。


ファルコの視界を見るのは少し怖かった。


四時間。

行きだけなら。


親父がすぐに返事を書けば、明け方には戻ってくるかもしれない。


「…………」


――駄目だ。


そう書かれていたら。

ガイアは目を開けた。


ルナリスを見る。

よく眠っている。

その小さな顔を見た途端、胸の奥が重くなった。


自分が言った。

好きなだけ花を咲かせてもいい場所があると。

力を隠さずに生きられるかもしれない場所があると。

ルナリスは行ってみたいと言った。

ジジも。

三人で行くと決めた。


それなのに。


「…………クソ」


小さく呟く。


静かに身体を起こした。


——————————————————————


庭へ出る。

夜の空気が頬に触れた。


「……寒っ」


思っていたより冷えている。

腕を擦りながら、庭の端へ腰を下ろした。


家へ戻ればいい。

そう思う。

けれど動かなかった。


視線はずっと南へ向いていた。

星が見える。

雲は少ない。


ファルコなら問題ない。

何度も飛ばしている。


今さら心配するようなことじゃない。

気になっているのは、そこじゃない。


「…………」


親父は。

何て言う。

手紙を読んで。

一度も帰らなかった息子から突然届いた手紙。


帰る。

それだけじゃない。

人間と、混血の子供を連れて。

ヴァレイアが受け入れてくれるか試したい。


「…………」


駄目だと言われたら。

その時は。

別の方法を考えるしかない。

そうすればいい。


最初からヴァレイアしかないと思っていたわけじゃない。

ただの選択肢の一つだ。

自分でそう言った。


「……分かってんだけどな」


それでも。

怖かった。


——————————————————————


「眠れない、か」


後ろから声がした。

ガイアが振り返る。

ジジが立っていた。


手には毛布。


「……起きてたのか?」


「起きた」


「ルナリスは?」


「寝てる」


ジジが近づいてくる。


「何してんの」


「別に」


「寒いだろ」


「ちょっと」


「ちょっと?」


「……寒ぃ」


肩に毛布が掛けられた。


「中入れば?」


「分かってる」


「じゃあ何でここいんの」


「…………」


ガイアが空を見る。


「ファルコ待ってる」


「まだ帰ってこねぇだろ」


「分かってるよ」


「四時間かかるんだろ?」


「分かってるって」


ジジはそれ以上言わなかった。

ガイアの後ろへ回る。


「……何してんの?」


「俺も入る」


「は?」


ガイアの肩に掛けた毛布を広げ、そのまま後ろから潜り込んできた。

大きな身体が背中へ触れる。


「狭ぇよ」


「ガイアが前行けば」


「お前がでかいんだよ」


「寒いんだろ」


「……まあ」


腹へ腕が回る。

すっぽり包まれた。


「…………」


「これならあったかい?」


「…………まあ」


「そ」


ジジの腕が緩む気配はない。

ガイアは少しだけ身体の力を抜いた。


背中を預ける。

それだけでは足りなくなって。

さらに後ろへ寄る。

後頭部が、ジジの顎へ触れた。


「…………」


温かい。

さっきまで冷えていた背中が、すぐに温まっていく。


「……あったけぇ」


「寒かったんじゃん」


「うるせぇ」


ジジが少し笑った。

また静かになる。

二人で同じ空を見る。


「……ガイア」


「ん?」


「親父さんの返事、怖い?」


「…………」


ガイアはすぐには答えなかった。

強がる理由も。

今は、あまりなかった。


「……まあな」


「そっか」


腹に回っていた腕が、少し強くなる。


ぎゅっと。

ガイアの身体がさらにジジへ引き寄せられた。


肩に、ジジの顎が乗る。


「返事、一緒に見るから」


「…………」


ガイアは目を伏せた。

胸の奥が、少しだけ緩む。


「……うん」


自分でも驚くほど。

素直に声が出た。

ジジは何も言わなかった。


ただ、離さなかった。

ガイアも。

その腕の中から出ようとはしなかった。


しばらくして。


「……ほんと、お前あったけぇな」


「そう?」


「湯たんぽ」


「…………」


「何?」


「前も言ってたな、それ」


「…………あ」


ガイアが少し顔を上げる。


思い出した。


「……あったな」


「最後の宿?」


「ああ」


「ガイアが寒ぃ寒ぃ言ってた時」


「言ってねぇよ」


「言ってたじゃん」


「……ちょっとしか言ってねぇ」


「俺の寝台入ってきた」


「寒かったんだよ」


「うん」


ガイアが少し黙る。


「…………」


「何?」


「そういや、お前」


「ん?」


「あん時、俺のこと抱いてたよな」


「そうなのか?」


「覚えてねぇの?」


「寝てたし」


「腹に腕回して、引き寄せて」


「ふうん」


「髪に顔突っ込んでた」


「…………」


ジジが少し考える。


「俺、ルナリスいなくて寂しかったんだと思ってた」


「違うんじゃねぇの」


「……何で」


「多分、ガイアの匂い嗅ぎたかったんだと思う」


「…………」


ガイアの動きが止まる。

ゆっくり顔だけ振り返った。


「……は?」


「落ち着くから」


「…………お前さぁ」


「何」


「今それ言う?」


「聞いたのお前じゃん」


「そうだけど」


ガイアは前を向いた。

片手で顔を覆う。


「……マジかよ」


「何が」


「俺、あの時どんだけ悩んだと思ってんだよ」


「知らねぇよ」


「ルナリスいなくて寂しいから俺抱いてんだって、必死に――」


言いかけて止まる。


「…………」


「何?」


「何でもねぇ」


「気になる」


「忘れろ」


「無理」


「うるせぇ」


ジジが笑う。


「笑うな」


「笑ってねぇ」


「笑ってんだろ」


ガイアは呆れたように息を吐いた。


けれど。

ジジの腕からは出なかった。


むしろ。

腹に回された腕へ、自分の手を重ねる。


「…………」


夜空を見る。

さっきまで。


あれほど長く感じていた時間が。

少しだけ短くなった気がした。


親父が何と返してくるかは分からない。

怖いものは怖い。

それでも。

返事を見る時。


一人ではない。


「……ジジ」


「何?」


「ファルコ来たら起こすから」


「起きてる」


「眠そうじゃん」


「起きてるって」


「寝てもいいぞ」


「やだ」


「何で」


「一緒に待ってる」


「…………」


ガイアが少し笑う。


「そっか」


「ああ」


再び静かになる。

毛布の中。

ジジの体温に包まれたまま。


ガイアは南の空を見ていた。


やがて。


遠く。

星とは違う何かが、夜空を横切った。

ガイアの目が細くなる。


「…………」


身体を起こす。


「ジジ」


「ん?」


「来た」


南の空。

月明かりの下。

大きな翼が、一度。


ゆっくりと羽ばたいた。

ファルコが。


帰ってきた。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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