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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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169/216

知らないお前

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

しばらくしても、ジジはガイアを離さなかった。

玄関の前で、腕を回したまま動かない。


「……ジジ」


「何」


「いつまでやってんの」


「…………」


「もう帰ってきただろ」


「ん」


返事だけは素直だった。

ガイアが息を吐く。


「離せって」


「もう少し」


「さっきからもう少しが長ぇんだよ」


「…………」


それでも腕は緩まない。

ガイアはしばらくそのままでいた。


「……何で薬草採取なんだよ」


不意にジジが言った。


「ん?」


「依頼」


「ああ」


「薬草採取って、ブロンズとかじゃねぇの?」


「そ」


「ミスリル無駄遣いすんなよ」


「別にいいだろ」


「他になかったのかよ」


「あったけど」


「じゃあ何で」


ガイアが少し考える。


「……今夜帰ってこれねぇじゃん」


「…………」


ジジの腕が止まった。


「ミスリルの依頼なんか受けたら、近場じゃ済まねぇだろ」


「…………」


「だから適当に近場で終わるやつ選んだだけ」


ジジは何も言わなかった。


「何」


「…………」


「ジジ?」


腕に力が入った。


「痛ぇって」


「……ガイア」


「何だよ」


「好きだ」


「分かったって」


「…………」


「苦しい…」


ようやく少しだけ腕が緩んだ。

ガイアはその隙に身体を離す。


「ったく……」


片手を上げ、指先を見る。


「薬草くせぇ」


「嗅がせて」


「嫌だよ」


「何で」


「犬かよ…風呂入ってくる」


ガイアが奥へ向かう。

ジジも一歩ついていった。


「俺も入る」


ガイアが振り返った。


「意味分かんねぇ」


「俺も風呂――」


「どう見ても入った後だろ」


「…………」


「茶でも用意しとけ」


ガイアはそのまま浴室へ向かった。

ジジは廊下に立ったまま、その背中を見送る。


少しして、台所へ向かった。


——————————————————————


湯を沸かす。

茶葉を入れる。

器を二つ並べる。

いつもと同じことだった。


けれど、妙に落ち着かなかった。

ジジは椅子へ座る。


「…………」


自分の唇へ指を触れた。


少し前。

ガイアに触れた。

ガイアからも触れられた。


――俺も好き


口元が僅かに緩む。

自分で気づいて、すぐに戻した。


風呂場の方を見る。

まだ戻ってこない。


「…………」


立ち上がり、茶を確認する。

まだ早い。

座る。


しばらくして、また立つ。


「何してんの、お前」


声に振り返った。

ガイアが立っていた。


「……別に」


「さっきから座ったり立ったりしてただろ」


「見てたのか?」


「見えるだろ」


銀髪はまだ少し濡れていた。

いつもの寝間着に着替えている。

ジジはしばらくガイアを見る。


「何」


「…………」


「何だよ」


「いい匂いする」


「風呂入ったからな」


「そうじゃなくて」


「…………」


ガイアがジジを見る。

ジジも見返す。


「……茶」


「はい」


ガイアはそれ以上触れず、椅子へ座った。

ジジも向かいへ座る。

カップを渡す。


「ありがと」


「ん」


湯気が静かに上がる。

家の中は静かだった。

ルナリスはもう眠っている。


ガイアが茶を一口飲む。

ジジはカップを持ったまま、その姿を見ていた。


「……何」


「ヴァレイアのこと、もっと知りたい」


ガイアの手が止まった。


「何?」


「島のこと」


「何が知りてぇんだよ」


「色々」


「ざっくり過ぎんだろ」


「じゃあ……」


ジジが少し考える。


「ファルコって、ずっと一緒だったのか?」


「ファルコ?」


「ああ」


ガイアはカップを置いた。


「俺が生まれた頃は、まだ雛だった」


「……あれが?」


「あれにも雛の頃くらいある」


「想像つかねぇ」


「先々代の族長が可愛がってた大鷹の子供だよ」


「へえ」


「赤ん坊の頃に会って、共鳴した」


「共鳴?」


「ああ。それからファルコの目と俺の目が繋がった」


ジジが眉を上げる。


「じゃあ、お前があいつの見てるもん分かるのって昔から?」


「共鳴した時から」


「……すげぇな」


ガイアが肩を竦める。

ジジは茶を飲んだ。


「精霊が棲む島って、どんな感じなんだ?」


「どんなって……」


「そこら中に精霊がいるとか?」


「んー……」


ガイアが少し考える。


「普通に生活してりゃ、何の変哲もない南の島だよ」


「普通…?」


「暑いだけ」


ジジがじっとガイアを見る。


「何だよ」


「お前の普通、もう信用してねぇ」


「何でだよ」


「昨日から聞いてる話で、普通だったこと一個もねぇだろ」


「住んでりゃ普通なんだよ」


「島の奴らも、みんな精霊ついてんの?」


「いや」


「契約してないのか?」


「しねぇよ」


「何で?」


ガイアが少し首を傾げた。


「そもそも、そういう考え方がねぇんだよな」


「契約が?」


「そ」


ガイアは窓の外へ目を向けた。


「島自体が精霊みたいなもんだから」


「…………」


「何」


「やっぱ普通じゃねぇじゃん」


「だから、住んでりゃ普通なんだって」


ジジが小さく笑った。

ガイアも茶を飲む。


「飯は?」


「南国のもんばっか」


「うまい?」


「俺は好き」


「ルナ食えるかな」


「それは分かんねぇな。

 お前らには苦手なもんもあるかもしれねぇし」


「果物は好きだぞ」


「なら結構食えるんじゃねぇの」


「魚も?」


「あるよ。時期によって全然違うけど」


「時期?」


「海流が変わるから」


「季節あんだ」


「一年中夏」


「じゃあ季節ねぇじゃん」


「海は変わる」


ガイアはカップを指先で回した。


「魚が変わったり、クラゲが来たり。

 クジラとかマンタが近くまで来る時期もある」


「クジラ?」


「ああ」


「近くまで?」


「来るよ」


「…………」


ジジが少し考える。


「ルナ、絶対喜ぶな」


「だろうな」


ガイアが笑った。

その顔を、ジジはしばらく見ていた。


「雨は?」


「降らねぇ」


「全然?」


「全然」


「一年中暑くて雨降らねぇの?」


「そう」


「風呂どうすんの」


「何でそこに飛ぶんだよ」


「暑いなら気になった」


「基本温泉みてぇなかんじ、あと蒸し風呂もある」


「蒸し風呂?」


「地熱であったまってる洞窟」


「洞窟で風呂入んの?」


「風呂っつーか、蒸される」


「…………」


「熱くなったら海入る」


「それはやりたい」


「気持ちいいぞ」


「ルナも入れる?」


「長くいなきゃ大丈夫じゃねぇかな」


「へえ……」


ジジはまた茶を飲んだ。

少し温くなっていた。


「…………」


「まだあんの?」


「ある」


「何」


「お前ん家」


ガイアが僅かに眉を上げた。


「俺ん家?」


「どんなとこ?」


「普通」


「だから信用できねぇって」


「普通だよ」


「でかい?」


「まあ……な」


「ほら」


「何がほらなんだよ」


「海の近く?」


「いや、島の真ん中」


「真ん中?」


「高台になってる。島をぐるっと見渡せる」


「…………」


「何」


「それのどこが普通なんだよ」


「家は家だろ」


「見た目は?」


「…………」


ガイアが少し考えた。


「要塞っぽい」


「全然普通じゃねぇじゃん」


「うるせぇな」


ジジが笑った。

ガイアも少しだけ口元を緩める。

そのまま、しばらく静かな時間が流れた。


「……とにかく」


ガイアがジジを見る。


「今は、一度ヴァレイアへ行ってみる。それだけ考えりゃいい」


「…………」


「島がルナリスを受け入れるかも、まだ分からねぇからな」


「ああ」


「受け入れられたとしても、その先はまた別の話だ」


ジジは黙って聞いている。


「ルナリスには児童所に友達もいる」


「ああ」


「ここで暮らしてきた時間もある」


ガイアは少し間を置いた。


「ヴァレイアへ行けたからって、何かを捨てる必要はねぇよ」


ジジがガイアを見る。


「そうだな」


「もしルナが気に入って、また行きたいって言うなら、その時に考えればいい」


「…………」


「俺はただ、ルナが何も気にしないでいられる場所があるなら、

 見せてやりたいだけだ」


ジジはカップへ視線を落とした。


「……うん」


少しして、顔を上げる。


「まずは行けるかどうか、か」


「ああ」


「俺も含めて」


「そういうこと」


ジジは小さく息を吐いた。


「俺だけ弾かれたら笑うな」


「笑わねぇよ」


「ちょっとは笑うだろ」


「その時になったら考える」


「お前そればっかだな」


「分かんねぇもん今考えてどうすんだよ」


「まあな」


ガイアが残っていた茶を飲み干した。


「……もう遅い。寝るぞ」


二人で立ち上がる。

ジジがカップを持って台所へ向かった。


ガイアは先に寝室へ入る。

少ししてジジも戻った。


ベッドの中央では、ルナリスが眠っている。

小さな身体が布団に埋もれていた。

その右側へガイアが入る。

ジジは反対側へ横になった。


「…………」


「…………」


ルナリスを挟んで、二人の目が合う。


「何」


「別に」


「寝ろよ」


「わかってるよ」


ガイアが目を閉じる。

ジジも目を閉じた。


「…………」


しばらくして。


「ガイア」


「……何」


「好きだ」


「…………」


ガイアが目を開ける。

ルナリスの向こう側で、ジジがこちらを見ていた。


「お前、今日何回言うんだよ」


「分かんねぇ」


「もういいから寝ろ」


「はいはい」


「…………」


「…………」


「ジジ」


「何」


「俺も好きだよ」


「…………」


ジジの口元が緩んだ。


「そう」


「だから寝ろ」


「わかった」


今度こそ目を閉じる。

二人の間では、何も知らないルナリスが静かな寝息を立てていた。


いつもと同じベッド。

いつもと同じ三人。

その夜も、三人は同じ場所で眠った。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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