ガイアという名前
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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しばらくして。
ようやく落ち着いたガイアは、居間のソファに座っていた。
ジジが水の入ったグラスを差し出す。
「ほら」
「……ありがと」
受け取ったガイアが、一口飲む。
目元はまだ赤い。
「…………」
「…………」
ジジは向かいに座ったまま、ガイアを見ていた。
「……何だよ」
「いや」
「さっきから見すぎだろ」
「目、腫れてんなと思って」
「うるせぇ」
ガイアが眉を寄せる。
「明日ルナにバレるぞ」
「お前が言わなきゃいいだろ」
「見りゃ分かんだろ」
「…………」
「泣いた? って絶対聞く」
「……寝起きって言う」
「無理だろ」
「じゃあお前が何とかしろ」
「何で俺が」
「お前のせいだろ」
「まだ言ってんの?」
「うるせぇ」
ジジが少し笑った。
さっきまであれだけ泣いていたくせに、もういつものガイアだった。
いつもの顔で。
いつもの声で。
いつものように、口が悪い。
昼間の姿が嘘だったようにも見える。
けれど、嘘ではない。
あれもガイアだった。
「そういやさ」
「何」
「あの服」
「服?」
「今日着てたやつ」
「ああ」
「どこにあんの?」
ガイアがグラスから口を離す。
「……バインス」
「......は?」
「崖の岩場」
「…………」
ジジが眉を寄せた。
「岩場?」
「隠してた」
「服を?」
「ああ」
「何で?」
「何でって……バレんだろ」
「いつからそこにあんの?」
「大陸来てから」
「…………」
ジジがガイアを見る。
「百二十年?」
「そうだよ」
「よく残ってんな」
「そのまま放り込んでるわけねぇだろ。保存はしてある」
「装身具も?」
「ああ。一式」
「…………」
「何だよ」
ジジは少し考えた。
「島出た時、あれ着てたってこと?」
ガイアの視線が僅かに止まる。
「……ああ」
「正装で?」
「普段着だかんな」
ジジはグラスを持つガイアの手を見る。
「じゃあ、大陸来てから脱いで隠したんだ」
「……まあな」
「捨てなかったんだな」
「…………」
ガイアが黙った。
ジジが顔を見る。
「さっき、全部捨てたつもりだったって言ってたじゃん」
「生き方の話だよ」
「でも服は残した?」
「…………」
「何で?」
ガイアは答えなかった。
グラスの中の水を見ている。
「ガイア?」
「……捨てられなかった」
小さく答えた。
「…………」
「それだけは、どうしても捨てられなかった」
ジジはしばらくガイアを見ていた。
「そっか」
「ああ」
それ以上は聞かなかった。
ガイアも何も言わない。
百二十年前。
あの服を着たまま島を出た。
そして大陸へ渡り、脱いだ。
それでも、捨てることだけはできなかった。
今日までずっと。
バインスの崖の岩場に、誰にも知られないまま残していた。
「…………」
「何」
「いや」
ジジが背もたれへ身体を預ける。
「俺、お前の知らねぇことまだいっぱいあんだなと思って」
「当たり前だろ」
「当たり前?」
「俺、二百三十年生きてんだぞ」
「俺が知ってんのお前の十年くらい?」
「それくらいだろ」
「少な」
「お前が短ぇんだよ」
「人間に言うなよ」
ガイアが少し笑った。
ジジもつられて笑う。
「じゃあさ」
「何」
「今度から聞いたら答えんの?」
ガイアがジジを見る。
「……内容による」
「何だよそれ」
「何でもかんでも話すとは言ってねぇ」
「めんどくせぇな」
「うるせぇ」
「じゃあ一個」
「何」
「なんでガイアなの?」
「……何が」
「名前」
ジジがガイアを指す。
「本当はガレイヴィアなんだろ?」
「そうだけど」
「なのに何でガイア?」
「ああ……」
ガイアがグラスをテーブルへ置く。
「島を出てから使い始めた」
「何で?」
「ガレイヴィアじゃ、俺が何者か分かる奴がいるかもしんねぇじゃん」
「だから偽名?」
「……まあ、そうなるな」
「レグラスは通名って言ってたけど」
「通名じゃねえよ」
「でも何でガイア?」
「本名から適当に取った」
「どこを?」
「ガと、イと、ア」
「適当だな」
「百二十年前の俺に言え」
「お前だろ」
「覚えてねぇよ」
「…………」
ジジは少し考える。
「名前だけ変えたかったの?」
ガイアがジジを見る。
「身分隠すために」
「……それもある」
「それも?」
少しだけ間が空いた。
ガイアはソファの背へ身体を預ける。
「普通のエルフでいたかったんだよ」
「…………」
「族長の息子でも、ラハシェルでもねぇ」
ガイアは天井を見る。
「ただのエルフとして大陸歩いて、好きなところ行って、好きなことして」
「…………」
「そうやって生きてみたかった」
ジジは黙って聞いていた。
「そのためには、ガレイヴィアじゃ都合悪かったんだよ」
「だからガイア?」
「ああ」
「ふーん……」
ジジがガイアを見る。
「じゃあヴァレイア帰ったら?」
「ガレイヴィアだよ」
「ガイアじゃなくなるってこと?」
ガイアがジジを見る。
「……名前はな」
「みんなガレイヴィアって呼ぶんだ」
「そうなるな」
ジジは初めて知ったように頷いた。
実際、初めて知ったのだが。
「じゃあ俺も、ヴァレイア行ったらガレイヴィアって呼んだ方がいい?」
「やめろ」
即答だった。
「何で」
「お前にそう呼ばれんのは気持ち悪ぃ」
「何でだよ」
「気持ち悪ぃもんは気持ち悪ぃんだよ」
「みんなそう呼ぶんだろ?」
「あっちじゃな」
「じゃあ俺とルナだけガイア?」
「……別にいいだろ」
「ふーん」
ジジは少し考えた。
それから、何でもないように口を開く。
「じゃあガイア」
「……何」
いつもの返事だった。
「…………」
「何だよ」
「いや」
ジジは少し笑う。
「やっぱそっちの方がいいな」
「だろ」
やがてガイアが欠伸をする。
「……眠ぃ」
「寝れば」
「そうする」
ガイアが立ち上がった。
「お前も早く寝ろよ」
「分かってる」
「どうせまた夜更かしすんだろ」
「しねぇよ」
「信用ならねぇ」
「うるせぇな」
ガイアが居間を出ていく。
「おやすみ」
「……ん。おやすみ」
足音が遠ざかる。
やがて、寝室の扉が閉まった。
「…………」
一人になった居間は静かだった。
ジジはソファに座ったまま、ぼんやりと向かいを見る。
さっきまでガイアが座っていた場所。
「…………」
昼間とは、まるで違った。
ガレイヴィア・イル=ネア・ラハシェル。
あの姿を思い出す。
見慣れない正装。
装身具。
レグラスに頭を下げられ、それを静かに受けていた男。
知らないガイアだった。
けれど。
今ここにいたのは、いつものガイアだった。
口が悪くて。
面倒くさくて。
すぐ睨んできて。
「…………」
ふと。
少し前のことを思い出した。
俯いた顔。
濡れた金色の目。
自分の服を掴んだ指。
――お前のせいだろ。
そして。
その額へ触れた、自分の唇。
「…………」
ジジは無意識に、自分の口元へ指をやった。
何であんなことしたんだろう。
考えてみても、よく分からない。
泣いていたから。
慰めようと思った。
泣き止ませようと思った。
多分、それだけだった。
「…………」
けれど。
あの時は。
そうしたかった。
ただ、それだけだった。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




