手放したくないもの
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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ガイアがルシーダ家を出る頃には、午後の日差しも傾き始めていた。
庭に出る。
ファルコが翼を広げると、再び強い風が吹いた。
銀髪が揺れる。
ガイアはレグラスとアグラディアへ向き直った。
「突然このような話を持ち込んですまなかった」
「とんでもございません」
レグラスが静かに頭を下げる。
「ルナリスの意思も確認できました。私どもに異論はございません」
アグラディアも頷いた。
「ヴァレイアがルナリスを受け入れるのであれば、
時折あちらで過ごすことも、この子にとって良い経験になると思います」
「ああ」
ガイアは一度頷いた。
「二人の理解に感謝する」
「――では、こちらからヴァレイアへ話を通す」
ガイアはファルコへ向かう。
「ガイア」
ルナリスの声に振り返った。
「ん?」
「今日帰ってきてね」
先ほどまでの張り詰めた空気が、僅かに緩む。
「……ああ」
それだけだった。
ガイアはファルコの脚に腕をかけ、足先で鉤爪へ合図する。
巨大な翼が地面を打った。
風が巻き起こる。
ファルコの身体が浮き上がり、そのまま空へ昇っていった。
四人は庭からそれを見送った。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
やがて、その姿も小さくなっていく。
風が収まった。
ジジが空を見上げたまま口を開く。
「……つーか」
「何?」
「名前違うんだけど」
アグラディアがジジを見る。
「ガレイヴィアって誰だよ」
「ガイアだ」
レグラスが答える。
「それは分かってる。何でガイアなんだよ」
「短名だろう」
「短名?」
「正式名の一部を取って、日常的な呼び名にする文化は珍しくない」
ルナリスが首を傾げる。
「ガイア、ガイアじゃないの?」
「ガイアではある」
「どっちだよ」
「どちらもだ」
「エルフめんどくせぇな」
「一緒にしないでもらえるか」
レグラスが僅かに眉を寄せた。
「まさか、ラハシェル族の直系が百年以上も大陸にいたとはな」
レグラスもまだ空を見ていた。
アグラディアが小さく息を吐いた。
「島がそもそも受け入れないって……凄い話だね」
レグラスが静かに頷く。
「我々が知る精霊との在り方とは、随分異なるようだ」
「精霊?」
ジジが聞く。
「我々は精霊と契約を結び、共に生きる。
だが、ヴァレイアでは島そのものが外から来る者を選ぶという」
「…………」
「少なくとも、私が知る限り、そのような土地は他にない」
アグラディアが腕を組む。
「行き方を知ったところで辿り着けず、
たとえ辿り着いても入れるとは限らない……か」
ジジが眉を寄せた。
「意味分かんねぇな」
「だからこそ、外部には知られていないのだろう」
レグラスが答える。
「ラハシェル族が島を隠しているだけではない」
一度、言葉を切る。
「島そのものが、外の世界から自らを閉ざしている」
「そんなにやべぇこと聞いたの、俺ら」
「相当ね」
「…………」
ジジはもう一度、空を見る。
そこにはもう、ファルコの姿はなかった。
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家に帰ってからも、ルナリスはヴァレイアの話をしていた。
夕食を食べながらも変わらない。
「どんなお花あるかな」
「知らねぇ」
「お魚いっぱいいるって」
「そう言ってたな」
ルナリスがジジを見る。
「ジジ、何も知らないの?」
「俺も今日初めて聞いたんだよ」
「ガイアと長いのに?」
「そうだよ」
「なんで?」
「俺が聞きてぇよ」
ルナリスは少し考えた。
「ガイア帰ってきたら聞いてみよ?」
「……そうだな」
食事が終わり、風呂に入り、いつもの時間になる。
ルナリスは先にベッドへ入った。
しばらく隣にいたジジは、寝息が聞こえ始めると静かに寝室を出た。
ガイアはまだ帰っていない。
「…………」
居間の椅子に座る。
今日のことを思い返す。
ヴァレイア。
ラハシェル族。
族長の息子。
そして。
ガレイヴィア・イル=ネア・ラハシェル。
「…………」
何年一緒にいた。
何度依頼へ行った。
宿舎の同じ部屋で暮らした。
互いに命を預けた。
それなのに、何一つ知らなかった。
時計の音だけが響く。
夜が深くなった頃。
玄関の扉が開いた。
「……」
ジジが顔を上げる。
いつものガイアだった。
見慣れた服。
見慣れた銀髪。
昼間の装身具も、正装もない。
ガイアが居間へ入ってくる。
「まだ起きて――」
ジジと目が合った。
「…………」
「…………」
ガイアの足が止まる。
「……何だよ」
「座れ」
「…………」
「ガイア。座れ」
「……分かった」
ガイアは大人しく向かいの椅子へ座った。
ジジは腕を組む。
「お前、俺に何年黙ってた」
「…………」
「俺、お前のこと何にも知らなかったじゃねぇか」
ガイアは黙っている。
「南の島って何だよ。ヴァレイアって何だよ。ラハシェルって何だよ」
「…………」
「族長の息子って何だよ」
「……そのまま」
「そういうこと聞いてんじゃねぇよ」
「分かってる」
ジジはしばらくガイアを見ていた。
「……あと」
「何」
「お前、ガイアじゃねぇの?」
「…………」
ガイアの視線が止まった。
「今日、違う名前だっただろ」
「……ガレイヴィア」
「それ」
「ガレイヴィア・イル=ネア・ラハシェル」
「何で俺、お前の本当の名前知らねぇの」
「…………」
ガイアは少し黙った。
「……本当の名前は、大陸で使いたくなかった」
「何で」
「捨てたつもりだったから」
ジジが黙る。
「島を出た時に、全部」
ガイアは視線を落とした。
「ガレイヴィア・イル=ネア・ラハシェルとして生きることも、
族長の息子として生きることも、いつか島を背負うことも」
組んだ指先に、僅かに力が入る。
「全部置いてきた」
「…………」
「大陸では、ただのガイアでいたかった」
ジジはしばらく何も言わなかった。
「何で言わなかった」
「……言うことでもねぇと思ってたんだよ」
「俺にも?」
「最初はな」
「最初は?」
ガイアは少し黙った。
「戻るつもりもなかったし、ガレイヴィアとして生きるつもりもなかった。
俺にとっては、もう終わったことだったから」
「…………」
「昔住んでた島の話なんか、わざわざする必要ねぇだろ」
「でも、俺とは長ぇじゃん」
「だからだよ」
「何が」
「長くなりすぎたんだよ」
ジジが眉を寄せる。
「最初は別に言わなくてもいいと思ってた。
でも何年も一緒にいて……今さら言ったら、お前絶対こうなるだろ」
「こうって?」
「何で今まで言わなかったって」
「なってるな」
「だろ」
「…………」
「そのうちでいいって思ってたら、そのうちが来なかった」
ジジはしばらくガイアを見る。
「でも俺には言えただろ」
「…………」
「島のこと全部じゃなくても、族長の息子だとか、本当は名前違うとか」
「……まあな」
「俺なら態度変えねぇと思わなかった?」
「思ってたよ」
返事はすぐだった。
「じゃあ言えよ」
「……知らねぇよ」
「は?」
「分かんねぇんだよ」
ガイアが僅かに眉を寄せる。
「お前なら変わらねぇって思ってた。バルトも、ルナも、多分変わらねぇ」
「…………」
「でも、今まで通りでいられんなら、それでいいって思ったんだよ」
ジジは黙って聞いている。
「今日、レグラス見ただろ」
「うん」
「俺がガイアだった時は普通だった」
「…………」
「名前知った途端、頭下げた」
「あれは――」
「分かってる。あいつの立場なら当然だ」
ガイアは視線を落とした。
「だから嫌だったんだよ」
「俺もああなると思った?」
「思ってねぇよ」
即答だった。
「じゃあ何で」
「だから知らねぇって」
「…………」
「お前はならねぇと思ってたよ」
少し間が空く。
「……でも、ならねぇって確かめる必要もなかっただろ。今までは」
「…………」
ジジはガイアを見ていた。
やがて口を開く。
「じゃあ何で今日、あんな格好してきたんだよ」
ガイアの指が止まった。
「あれ着て、本当の名前まで名乗ったら、俺にも分かるだろ」
「ああ」
「何で」
「ルナがいたからだよ」
ジジの眉が僅かに動く。
「ルナをヴァレイアに連れてく話をしに行くのに、俺だけ逃げたままじゃ駄目だろ」
「…………」
「自分が何者か隠したまま、ルナにだけ島との繋がりを持たせるのは違うと思った」
「俺にバレるの分かってて?」
「……ん」
「…………」
「それでも、ルナにあの島のこと教えたかった」
ガイアは一度息を吐く。
「草原でファルコと遊んだ時、ルナ聞いただろ」
――止めた方がいい?
ジジも覚えていた。
「……ああ」
「あれがずっと残ってた」
「…………」
「止めなくていいって言ったら、ずっと笑ってた」
ガイアの表情が僅かに緩む。
「ルナに、ああしていられる場所が一つくらいあってもいいと思った」
「うん」
「前は話すつもりなかったけどな」
「何で」
「お前とマーサが一緒になると思ってたから」
「……まだそれ?」
「黙って聞け」
「はい」
ガイアが一度ジジを睨む。
「ルナが島へ行くなら、お前も行くだろ。その度にマーサ置いてくことになる」
「…………」
「そこまでして出す話じゃねぇと思ってた」
「壮大な勘違いだったな」
「うるせぇ」
ジジが小さく笑った。
「でも違った?」
「ああ」
「だから?」
「踏ん切りがついた」
ガイアは少しだけ視線を落とした。
「俺のことは、もういいかって」
「…………」
「ルナに、何も気にせず笑っていられる場所が一つ増えるなら、それでいい」
ジジはしばらく黙っていた。
「じゃあ次は?」
「ヴァレイアに話を通す」
「親父さんに?」
「ああ」
「百二十年ぶりだろ」
「……まあな」
「大丈夫なの?」
「知らねぇ。帰ってみなきゃ分かんねぇよ」
「そっか」
それだけだった。
ジジはガイアを見ていた。
今日。
見たことのない姿で、聞いたことのない名を名乗った時。
ただ驚いた。
何で今まで言わなかったのかと思った。
腹も立った。
けれど。
ガイアは、百二十年前に置いてきたものを自分から拾い上げた。
ルナリスのために。
自分がずっとガイアとして生きるために置いてきたものを。
「…………」
ジジは椅子から腰を上げた。
ガイアが顔を上げる。
「……何」
ジジはガイアの前まで歩き、その場で膝をついた。
座っているガイアと目線が近くなる。
「…………?」
そのまま腕を伸ばす。
ガイアの身体を抱き寄せた。
「…………」
身体が固まる。
「……ジジ?」
ジジの腕に力が入った。
「ガイア」
「何」
「ありがとう」
「…………」
ガイアは動かなかった。
ジジの肩越しに、何もない壁を見ている。
やがて。
「……ごめん」
掠れた声が落ちた。
「何が」
「言えなくて」
「…………」
「ずっと……言えなくて、ごめん」
声が震えた。
ジジが僅かに身体を離す。
「ガイア?」
ガイアは俯いていた。
銀髪の隙間から、雫が落ちる。
「…………」
ジジの目が僅かに開く。
「お前、泣いてんの?」
「……知らねぇよ」
「知らねぇって何だよ」
「俺が聞きてぇよ……」
また一つ、雫が落ちた。
ジジはしばらくガイアを見る。
「俺、なんも変わってねぇだろ」
「…………」
「ガイア」
「何」
「お前はガイアだ」
「…………」
「それ以外知らねぇよ」
ガイアの目から、また涙が落ちる。
「名前は長ぇし、よく分かんなかったけど」
「……お前な」
「でもガイアだ」
「…………」
ガイアの額が、ジジの胸元へ触れた。
ジジはそのままガイアを抱いていた。
ガイアも離れなかった。
むしろ少しずつ、身体から力が抜けていく。
温かかった。
ジジの腕も。
胸元も。
ずっと知っていたはずの温度だった。
「……ジジ」
「ん?」
「…………」
何かを言おうとして、やめる。
代わりにジジの服を掴んだ。
この温かさを手放したくない。
そのことだけは、はっきりしていた。
ジジが少し身体を離す。
濡れた頬に手を添え、親指で涙を拭った。
「泣くな」
「……無理」
「なんでだよ」
「知らねぇよ……」
また涙が溢れた。
「おい」
「……お前のせいだろ」
「なんで俺なんだよ」
「知らねぇって……」
ジジは困ったようにその顔を見る。
しばらくして。
何も考えずに顔を寄せた。
ガイアの額へ、唇が触れる。
「…………」
ガイアが止まる。
ジジも、離れてから止まった。
「…………」
「…………」
金色の目がジジを見る。
「……ジジ」
「何」
「……」
「泣き止め」
「そういう問題じゃ――」
声と一緒に、また涙が落ちた。
「……おい」
ガイアは俯く。
「……だから、お前のせいだって……」
「何で増えてんだよ」
「うるせぇ……」
ジジはもう一度ガイアを抱き寄せた。
ガイアも抵抗しなかった。
ジジの肩へ顔を埋める。
背中に、ジジの腕が回る。
「…………」
温かい。
ガイアは目を閉じた。
今はただ、その温かさの中にいたかった。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




