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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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165/216

もうひとつの場所

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

応接室へ場所を移しても、ジジはまだガイアを見ていた。

レグラスとアグラディアの正面に、

見慣れない正装を纏ったガイアが座っている。

レグラス達の後ろにジジとルナリスが座った。


「…………」


誰も口を開かない。

最初に沈黙を破ったのはジジだった。


「……ちょっと待てよ」


ガイアが視線を向ける。


「全然話が読めねぇ」


「…………」


「ガイア、お前何なんだよ」


ガイアが答えるより先に、レグラスが口を開いた。


「ジジ。ラハシェル族について、どこまで知っている」


「知らねぇよ」


「ヴァレイア島は」


「……知らねぇ」


ジジが眉を寄せる。


「古い伝承に残る島だ」


レグラスは静かに続けた。


「精霊が棲まうとされる島、ヴァレイア。

 エルフが生まれる遥か以前から存在するとされている」


「…………」


「その島を守護してきた一族が、ラハシェル族だ」


ジジがガイアを見る。


「……お前、そこの奴なの?」


「ああ」


「…………」


しばらく見つめる。


「初めて聞いたんだけど」


「話していないからな」


ジジの眉間に皺が寄った。

いつものガイアなら、ここで何か一言返してくる。


だが、今日は違った。


「南の島って言ってたの、そこ?」


「そうだ」


「百二十年帰ってねぇって言ってた島?」


「ああ」


「…………」


ジジはガイアを見たまま、もう一度レグラスへ向き直った。


「でも、それとさっきの何が関係あんだよ」


「何がだ」


「レグラスがお前に頭下げてたやつ」


レグラスは僅かに間を置いた。


「私の六ヶ国議長という地位は、同盟六ヶ国のエルフ政治におけるものだ」


「ああ」


「ラハシェル族に対する敬意は、それとは異なる」


「…………?」


「我々エルフには、国という枠組みより古くから受け継がれてきた秩序がある。

 精霊への信仰も、その一つだ」


レグラスの視線がガイアへ向く。


「ラハシェル族は、精霊の棲まう地を守り続けてきた一族として、

 その中でも特別な位置にある」


「…………」


ジジは黙って聞いている。


「そしてガレイヴィア殿は、そのラハシェル族を率いる族長、ギルム・ラハシェル殿の一子だ」


「…………」


ジジがゆっくりガイアを見る。

ガイアも静かにその視線を受けた。


「……お前、偉かったの?」


「そういう話ではない」


「でも――」


「ジジ」


アグラディアが穏やかに遮った。


「役職の上下ではないんだ」


「……どういうこと?」


「長い歴史の中で、ラハシェル族そのものが敬意を払われてきた、と考えればいい」


「…………」


ジジは再びガイアを見る。


「……情報多すぎんだよ」


「今は、それだけ分かっていればいい」


「お前な……」


ジジは何か言いかけた。

だが、正面に座るガイアを見て、口を閉じた。

ガイアがレグラスへ向き直る。


「話を進めたい」


「承知いたしました」


レグラスも姿勢を正した。

ガイアは静かに口を開く。


「今日、この姿でここへ来たのは、ルナリスについて一つ提案があるためだ」


レグラスとアグラディアがガイアを見る。


「ここ数カ月、ルナリスの訓練を見てきた」


低く、落ち着いた声が室内に響く。


「力の制御を覚える必要があることは理解している。

 身体への負担を考えても、必要な訓練だ」


アグラディアが静かに聞いている。


「また、力を無闇に見せることが、ルナリス自身を危険に晒すことも理解している」


「…………」


「二人がルナリスを守るために行っていることに、異論はない」


アグラディアが僅かに頷いた。


「だが」


ガイアは一度、言葉を切った。


「訓練を見ているうちに、一つ考えるようになった」


その視線がルナリスへ向く。


「この先もルナリスは、嬉しいことがあるたびに

 周囲を確かめなければならないのか」


「…………」


「ここなら花を咲かせてもいい。ここでは抑えなければならない。

 精霊が応えてもいい場所なのか、そのたびに考える」


レグラスもアグラディアも何も言わない。


「力を制御することと、喜ぶことを自制することは違う」


ガイアの視線が僅かに落ちる。


「それでも今の環境にいる限り、その二つを完全に切り離すことは難しい」


部屋が静まり返る。


「ルナリスは十五年、暗闇の中にいた」


ジジがガイアを見る。


「視力を奪われ、両脚を失った状態で生きてきた」


ルナリスは黙ってガイアを見ていた。


「歩けるようになった」


一度、間を置く。


「ようやく、自分の目で世界を見ることができるようになった」


ガイアの声は変わらない。


「それなのに、この先命尽きるまで、

 力ある限り常に周囲を気にして生きなければならないのか」


「…………」


「私は、そう考えるようになった」


長い沈黙が落ちた。

ガイアはレグラスを見る。


「そこで、二人に伺いたい」


「拝聴いたします」


「ルナリスに、力を抑えなくてもよい場所を与えることを、どう考える」


アグラディアの目が僅かに動いた。


「……抑えなくてもよい場所、ですか」


「ああ」


「制御を教えない、という意味でしょうか」


「違う」


ガイアは即座に否定した。


「制御を身につけることは必要だ。

 身体への負担を知り、自らの意思で力を止められるようになることも

 必要だと考えている」


「…………」


「だが、自ら止められることと、

 常に止めていなければならないことは同じではない」


アグラディアが黙る。


「抑えることを学ぶのであれば」


ガイアは続けた。


「同時に、抑えなくてもよい場所があってもいいのではないかと考えている」


レグラスが静かにガイアを見つめている。


「花を咲かせたいと思った時に、咲かせてもいい」


「…………」


「精霊が応えたなら、それを止めなくてもいい」


ルナリスがガイアを見る。


「そのような場所を、私からルナリスへ提案することを許していただきたい」


今度はレグラスとアグラディアが互いを見る。

先に口を開いたのはアグラディアだった。


「その場所というのが……ヴァレイアなのですね」


「ああ」


ガイアは頷いた。


「ただし」


その一言で、二人の視線が戻る。


「ルナリスがヴァレイアへ入れると決まっている訳ではない」


アグラディアが僅かに眉を寄せた。


「……どういうことでしょうか」


ガイアがアグラディアを見る。


「何が聞きたい」


「ヴァレイアのことが書かれた文献は、ごく僅かです」


「ああ」


「残されているのは、『目指しても辿り着くことのできぬ神秘の島』という記述」


アグラディアが続ける。


「南方にあること。ラハシェル族が住み、代々島を守っているということくらいです」


ガイアの目が僅かに細くなる。


「……神秘の島、か」


「航路が知られていない、という意味だと考えておりました」


「外の者が知る航路はない」


アグラディアが僅かに目を見開く。


「では、ラハシェル族の方でなければ、ヴァレイアへは辿り着けないのですか」


ガイアはすぐには答えなかった。


「少なくとも、目指せば辿り着けるような島ではない」


「…………」


「だが、そこは今話すことではない」


アグラディアはそれ以上は聞かなかった。


少し間を置いて、別の問いを向ける。


「では、ガレイヴィア様がルナリスをお連れになれば、ヴァレイアへ入ることはできるのでしょうか」


「それも分からない」


「……分からない?」


「ああ」


ガイアは静かに答えた。


「ヴァレイアは、来た者すべてを受け入れる島ではない」


アグラディアがゆっくり口を開く。


「それは……ラハシェル族の方々が判断するのですか」


「いや」


ガイアは首を振った。


「我々ではない」


「では、誰が」


短い沈黙が落ちる。


「島そのものだ」


「…………」


レグラスもアグラディアも、何も言わなかった。


ガイアは続ける。


「だから、私にも分からない」


その視線がルナリスへ向く。


「私はルナをヴァレイアへ連れて行くことはできる」


一度、言葉を切った。


「ヴァレイアが、ルナを受け入れるかどうかだ」


ルナリスを見たまま、静かに続けた。


「――まずは、それを確かめたい」


レグラスもアグラディアも、何も言わなかった。

長い沈黙が落ちる。


やがてレグラスが口を開いた。


「……そこまで、我々に明かしてよろしいのですか」


ガイアは答えなかった。


「今のお話は、ラハシェル族が外部に明かしていないものでは」


「そうだ」


アグラディアが僅かに目を見開く。

ガイアの表情は変わらなかった。


「本来、島の外へ持ち出すことを許されていない」


「…………」


「だが、ルナリスの教育を担っているのは二人だ」


ガイアはレグラスとアグラディアを見る。


「その二人に判断を求めながら、判断に必要なものを伏せるつもりはない」


「ガレイヴィア殿……」


「私の判断で話した」


静かな声だった。


「責は、私が負う」


「…………」


やがてレグラスが、静かに片手を胸元へ置く。

室内の空気が僅かに揺れた。

その傍らに、精霊の気配が現れる。


「では――」


レグラスはガイアを見る。


「ヴァレイアについて、伺ったことのすべてを秘匿とすることを」


一度、言葉を切る。


「我が精霊に、お誓い申し上げます」


アグラディアも静かに胸元へ手を置いた。

微かな光が、その傍らに現れる。


「私も同じく」


アグラディアはガイアを見る。


「ヴァレイアについて知り得た一切を秘匿とすることを、

 我が精霊にお誓い申し上げます」


ガイアは二人を静かに見つめた。


「――感謝する」


しばらく誰も言葉を発しなかった。

やがてレグラスが口を開く。


「もし、ヴァレイアがルナリスを受け入れた場合は」


ガイアが静かに答える。


「時折、滞在できる場所の一つにできればと考えている」


「移住ではない、と」


「ああ」


ガイアは頷いた。


「ルナリスにはバインスで築いてきた生活がある。ここで学ぶべきこともある」


机の上に置かれた教材へ視線を向ける。


「エルフ語、古エルフ語、精霊学、ハイエルフの歴史。

 二人から受けている教育を止めるつもりもない」


「…………」


「ヴァレイアか、バインスか。そのどちらかを選ばせたいわけではない」


ガイアは静かに続けた。


「帰る場所が一つでなければならない理由もないだろう」


レグラスは二人を見た。


「……ジジは、どうなさるおつもりですか」


ガイアはジジを見る。


「同行してもらいたいと考えている」


ジジが僅かに身体を起こした。


「俺も?」


「ああ」


「……人間でも入れるのか」


「分からない」


「…………」


「ジジについても、島が受け入れるかは私には分からない」


ジジはしばらくガイアを見る。


「俺が入れなかったら?」


「その時は、その時に考える」


ガイアは迷わなかった。


「ルナリスとお前を引き離すことを前提とした提案ではない」


「…………」


「まずは、三人でヴァレイアを目指したい」


ジジが僅かに目を見開く。


「島がどう判断するのか。それを確かめてからだ」


ガイアは、ルナリスへ視線を移した。

その表情が僅かに和らいだ。


「ルナ」


「なに?」


「これは、こうしろって話じゃない」


先ほどまでより、声が柔らかくなる。


「もしヴァレイアがお前を受け入れたら、

 好きに力を使っていい場所が一つ増えるかもしれない。そういう話だ」


「…………」


「行きたくなければ、行かなくていい」


ルナリスがガイアを見る。


「ガイア、怒らない?」


「怒るわけないだろ」


「…………」


「ルナが決めればいい」


ルナリスは少し考える。


「……行けるか、まだ分からないの?」


「ああ」


「行ってみないと?」


「分からない」


ルナリスはしばらく考えていた。


「……入れてくれなかったら?」


「帰ってくればいい」


「バインスに?」


「ああ」


ガイアは静かに答えた。


「何も変わらない」


「ヴァレイアって、どんなところ?」


「海に囲まれた島だ」


「お花ある?」


「あるよ」


「いっぱい?」


「ああ。いっぱいある」


「ファルコもいる?」


「いる」


「海も?」


「あるよ」


「お魚は?」


「たくさんいる」


「ジジも行ける?」


ガイアは少し黙った。


「……それも、分からない」


「ジジも?」


「ああ」


ルナリスが隣を見る。


「ジジ、人間だから?」


「それだけじゃない」


ガイアは静かに答えた。


「誰なら入れるって、俺が決められることじゃないんだ」


「…………」


「でも、ジジも一緒に行く」


ジジがガイアを見る。


「三人で島を目指す」


「ジジが入れなかったら?」


「その時は、その時に考える」


ガイアはルナリスを見る。


「まずは三人で行ってみる。それからだ」


「………」


ルナリスは少し考えてから、頷いた。


「……今、決めるの?」


「いや」


ガイアはゆっくり首を振った。


「すぐに返事はいらない」


「…………」


「行ってみたいと思ったら、その時に言えばいい」


ルナリスは少し考えた。


「……ルナ、行ってみたい」


ガイアの口元が僅かに緩んだ。


「そっか」


「うん」


「じゃあ、一度行ってみよう」


「ジジも?」


ガイアがジジを見る。


「ああ。三人で行く」


ルナリスもジジを見る。

ジジは少し黙ってから頷いた。


「……行く」


「三人で?」


「ああ」


ルナリスが笑った。


「楽しみ」


ガイアも小さく笑う。

それ以上、何も言わなかった。


窓の外で。

庭の花が、風に揺れていた。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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