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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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162/216

風の遊び

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

訓練のない日の午後。

街から少し離れた草原に、三人の姿があった。


見渡す限り背の低い草が続き、遠くに森が見える。

人の姿はない。

風が吹くたび、草原が大きな波のように揺れていた。


「ファルコ!」


ルナリスの声が響く。

少し離れたところにいたファルコが、大きな頭を持ち上げた。


ルナリスが駆けていく。

ファルコも翼を少し広げ、身体を低くした。


「待って!」


当然、待たない。

ファルコが長い脚で走り出す。


「待ってってば!」


ルナリスがその後を追う。

巨体が、ルナリスに合わせるように草原を走っていく。

その姿を、ジジとガイアは少し離れた場所から見ていた。


「……あいつ、遊んでんの?」


ジジが聞く。


「見りゃ分かんだろ」


「ファルコが?」


「そうだよ」


「鳥ってあんな遊び方すんの?」


「普通の鳥と一緒にすんなよ」


ガイアが笑う。

ファルコが急に方向を変えた。


追いかけていたルナリスが慌てて止まる。


「ずるい!」


ファルコが振り返る。


「もう一回!」


再びルナリスが走る。

今度はファルコが追う側だった。


大きな身体でゆっくりと後を追う。

ルナリスが何度も振り返りながら逃げる。


「来てる!」


「前見ろ、ルナ」


ジジが声を飛ばす。


「大丈夫!」


「転ぶぞ」


「転ばない!」


言った直後、足が草に引っ掛かった。


「わっ」


前につんのめる。

その身体を、大きなくちばしが服ごと軽く引っ掛けた。

ルナリスの身体が地面へ落ちる寸前で止まる。


「…………」


ファルコがゆっくりルナリスを下ろした。


「……ありがと」


ルナリスがその首元へ抱きつく。

ファルコが低く鳴いた。


ジジが息を吐く。


「だから言っただろ」


「転んでないよ」


「ファルコが止めただけだろ」


「じゃあ転んでない」


「そういう問題じゃねぇよ」


ガイアが隣で笑った。


「まあいいじゃん。怪我してねぇんだから」


「お前も甘やかすな」


「お前に言われたくねぇよ」


ルナリスはもう二人の話を聞いていなかった。

ファルコの首元を撫でている。


「ファルコ、ふわふわ」


ファルコが目を細めた。


「気持ちいい?」


もう一度、低く鳴く。


「気持ちいいって」


「お前分かんの?」


ジジが聞く。


「分かるよ」


「ほんとかよ」


「ほんと」


ファルコがルナリスへ頭を擦り寄せる。

その勢いでルナリスの身体が少し傾いた。


「重い!」


それでも笑っている。

ファルコも楽しそうだった。


風が、その周りを緩やかに回っている。

小さな光がいくつか、巨体の周囲を漂っていた。


ガイアがそれを見る。


「……機嫌いいな」


「ファルコ?」


「ああ」


「分かんの?」


「長ぇ付き合いだからな」


「何歳なんだよ、あいつ」


「知らね」


「知らねぇの?」


「聞いたことねぇもん」


その時、ファルコが大きく翼を広げた。

風が吹く。

ルナリスの髪が舞い上がった。


「わっ」


ファルコが一度、大きく羽ばたく。

巨体が地面を離れた。


「ファルコ!」


ルナリスが空を見上げる。

ファルコはそのまま高度を上げていった。

銀灰色の翼が、青い空を横切る。

一度、大きく旋回する。


「どこ行くの?」


「見てろ」


ガイアが言った。


「何するの?」


「さあな」


「ガイアも知らないの?」


「今のあいつが何考えてるかなんて分かんねぇよ」


ファルコがさらに高く昇る。

やがて翼を大きく広げた。

その直後。


空に、白銀の筋が走った。


「…………」


ルナリスが目を見開く。

ファルコの後ろに、細長い風の軌跡が残っている。

白い光を含んだ風が、空に一本の線を描いていた。


「……何、あれ」


ジジも見上げる。


「風」


ガイアが答える。


「見りゃ分かる」


「じゃあ聞くなよ」


ファルコが旋回する。

白銀の軌跡も、その動きを追った。

大きな円が空に描かれていく。


一周。

二周。


やがて巨大な風の輪が完成した。


「すごい……」


ルナリスは瞬きもせず見ていた。

ファルコが輪の外へ抜ける。

大きく旋回し。


今度は真正面から、その中心へ向かった。

一気に加速する。


白銀の軌跡を引きながら、風の輪を突き抜けた。

弾けた。

空に浮かんでいた輪が、無数の光へ変わる。

白銀の粒が、風に乗って草原へ降り始めた。


「…………!」


ルナリスが両手を広げる。

光は雨のように降りながら、触れる前に小さく消えていく。


髪の上。

手のひら。

足元の草。


どこにも残らない。


「ジジ!」


ルナリスが振り返った。


「見て!」


「見てるよ」


「ガイア!」


「見てるって」


「すごい!」


ファルコが空で大きく鳴いた。

ルナリスが笑う。


「すごい! ファルコ、もう一回!」


その瞬間だった。


ルナリスの白い髪が、碧色へ変わる。

足元で、小さな花が開いた。


一輪。

その少し先でも。

また一輪。


風に揺れる草の間から、次々と色が現れていく。

精霊の光がルナリスの周囲へ集まり始めた。

ファルコもそれに応えるように鳴く。

翼が大きく羽ばたいた。

草原を風が駆け抜ける。


「…………」


ルナリスが足元を見る。

笑っていた顔が止まった。


「あ……」


花が咲いている。

自分を中心に、いくつも。


「…………」


ルナリスは少しだけ周囲を見回した。

それから、ガイアを見る。


「ガイア」


「ん?」


「お花、咲いちゃった」


「ああ」


「…………」


少し迷ってから聞く。


「止めた方がいい?」


ガイアは答えず、辺りを見た。

どこまでも続く草原。

遠くに森があるだけだった。

人の姿はない。


ガイアがジジを見る。

ジジも辺りを見回した。


「……ここならいいんじゃねぇの」


ルナリスがジジを見る。


「いいの?」


「ああ」


ジジは咲いた花を見る。


「誰もいねぇし」


「…………」


「せっかく遊びに来たんだから、好きにしろよ」


ルナリスの顔が明るくなった。


ガイアも笑う。


「だってよ」


「うん!」


ルナリスが空を見上げる。


「ファルコ!」


大きな声が草原に響いた。


「もう一回!」


ファルコが応える。

高く、高く上がっていく。

白銀の風が、その後ろに伸びた。


ルナリスが走り出す。

空を見上げながら、ファルコを追うように草原を駆けていく。

笑い声が響く。

その足元から。

次々と花が開いていった。


赤。

白。

黄色。

紫。


草の中に、小さな花が広がっていく。

もうルナリスは止めなかった。


ファルコが大きな輪を描く。

白銀の風が空に残る。

ルナリスが歓声を上げる。


花が咲く。

風が吹く。

精霊の光が舞う。


ファルコも楽しそうに鳴いていた。


「……すげぇ」


ジジが笑った。


ガイアも笑う。


「楽しそうだな」


「ああ」


「ファルコも」


「だな」


ジジは走り回るルナリスを見ていた。


「たまには、こういうとこ連れてくりゃいいな」


「…………」


「ここなら誰にも見られねぇし」


ガイアが横を見る。

ジジはルナリスを見たままだった。


「好きにやらせてやれるだろ」


「……そうだな」


ガイアも再び草原を見る。

ルナリスが両手を上げている。


その頭上を、ファルコが低く横切った。

風に煽られて、ルナリスが笑いながらしゃがみ込む。


「ファルコ!」


大きな鳴き声が返る。

また花が開いた。


——————————————————————


日が傾き始めた頃。


「ルナ、帰るぞ」


「もう?」


「もうだよ」


「まだ遊びたい」


「また来りゃいいだろ」


「明日?」


「明日は無理」


「じゃあ明後日」


「分かんねぇよ」


ルナリスは不満そうにしながら、ファルコの首元を撫でた。


「また遊ぼうね」


ファルコが頭を寄せる。


「約束ね」


低い鳴き声が返った。


「約束したって」


「ほんとかよ」


ジジが言う。


「したの」


「はいはい」


「はいは一回」


「……誰に似たんだよ」


「お前じゃね?」


ガイアが言う。


「何で俺だよ」


「口悪ぃし」


「お前が言うな」


ルナリスが笑う。


「早く帰ろ」


「ルナが帰らねぇって言ってたんだろ」


「お腹すいた」


「自由だな、ルナ」


三人が歩き出す。

ファルコもその後ろをゆっくり歩いていた。


少し進んだところで、ガイアが足を止めた。

振り返る。

草原の一角。


さっきまで何もなかった場所に、たくさんの花が咲いている。

風が吹くたび、色とりどりの花が揺れていた。

ルナリスは、途中で一度だけ聞いた。


――止めた方がいい?


止めなくていいと分かったあとは、一度も聞かなかった。

ただ笑っていた。

走って。

ファルコを呼んで。

空を見上げて。


咲いた花を気にすることもなく、遊んでいた。


「ガイアー!」


遠くからルナリスの声がした。


「置いてくよ!」


「今行く」


ガイアは答えた。


もう一度だけ、花の咲いた草原を見る。

それから二人の方へ歩き出した。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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