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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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157/216

書記の仕事

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

ギルドへ戻る頃には、日はすっかり傾いていた。

扉を開けると、いつもの喧騒が三人を迎えた。


依頼帰りの冒険者たちの声。

受付で交わされるやり取り。

酒場の方から聞こえる笑い声。


つい先ほどまでいた、亀裂だらけの法廷とはまるで違う。

裁判所を出てから、三人の間に大した会話はなかった。


バルトはそのまま奥へ向かい、抱えていた書類を机の上へ置いた。

ジジも近くの椅子へ腰を下ろす。

ガイアは壁際に寄りかかった。


「…………」


誰もすぐには口を開かなかった。

数時間前まで議員だった三人に、精霊との契約解除が言い渡された。


軽い処罰ではない。

二度と精霊と契約を結ぶことはできない。

精霊と共に生きてきたエルフにとって、それがどれほど重いものなのか。


ジジもガイアも分かっていた。

バルトは机の上に置いた自分の記録へ目を落とした。


「…………」


長い息を吐く。

ジジが顔を上げた。

ガイアもバルトを見る。


「……全然分かんなかったぞ」


「…………」


「…………」


ジジが眉を寄せた。


「……何が?」


「裁判だよ!」


バルトの声がギルドに響いた。


「最初から最後までエルフ語じゃねぇか!」


「……そりゃそうだろ」


「何でだよ!」


「エルフの裁判だから」


「それは分かってる!」


ガイアが壁から身体を起こした。


「でもお前、ずっとなんか書いてたじゃん」


「書いてたよ」


「何書いてたんだよ」


「…………」


バルトが黙った。

ジジとガイアが顔を見合わせる。


「何だよ」


「……別に」


「見せろ」


「嫌だ」


「何でだよ」


「いいから」


バルトが紙を掴む。

ガイアがその手元を覗き込んだ。


「余計気になるだろ。見せろよ」


「やめろ!」


「ジジ」


「ん」


「そっち押さえろ」


「おう」


「お前まで何でそっちなんだよ!」


二人が左右から手を伸ばす。


「触んな!」


「見せろって」


「お前らガキか!」


しばらく抵抗していたバルトだったが、やがて諦めたように紙から手を離した。


「……笑うなよ」


「笑わねぇよ」


「絶対だぞ」


「早く見せろって」


ガイアが紙を持ち上げる。

ジジも隣から覗き込んだ。


そこには、バルトの字でいくつもの記録が残されていた。


『レグラス、何か話す』


「…………」


『議員三人、何か言っている』


「…………」


ジジがバルトを見る。


「お前……」


「しょうがねぇだろ」


「いや、まだ何も言ってねぇよ」


「顔が言ってんだよ!」


ガイアが続きを追う。


『ジジ、立つ』


「ぶはっ!」


ガイアが盛大に吹き出した。


「お前……何だよこれ!」


「笑うなっつっただろ!」


「いや、だって……っ」


その下をジジが読む。


『ガイア、ジジを止める』


『ジジ、座る』


「ぶはっ!」


今度はジジが噴き出した。

一度俯いたかと思うと、すぐに声を上げる。


「あっはっはっはっはっは!」


「お前まで笑うな!」


「いや……っ、何だよこれ……!」


「しょうがねぇだろ! 何言ってるか一個も分かんねぇんだから!」


ガイアはすでに肩を震わせている。


「待って、まだある」


「もう読むな!」


紙を奪おうとするバルトから、ガイアがひょいと遠ざける。


『モルギアナ、何か言う』


『レグラス、怒っている?』


「……怒っている?」


ジジが読み上げる。


「そこ疑問形なんだ…っあはははは」


「分かんねぇんだよ!」


ガイアが次の行を見る。


『地震』


「ぶはっ!」


ジジとガイアが同時に噴き出した。


「あっははははは!」


「地震って……!」


「地震だろうが!!」


「いや、そうだけど……っ」


ジジが腹を押さえる。


「は、は、腹痛てぇ……」


「何でそこまで笑うんだよ!」


「だってお前……っ、

 さっきまでレグラスがなんか言ってるとか書いてたのに、急に『地震』て……!」


「実際そうだっただろ!」


「はははは! 間違ってねぇ!」


ガイアが紙を持ったまま机へ手をつく。


「待って……まだあんぞ」


「もういいだろ!」


『かなりでかい』


「ぶはっ!」


ジジが机に突っ伏した。


「まじ……腹いてぇ……」


「お前ら笑いすぎだろ!」


『壁割れた』


「あっははははは!」


ガイアが腹を抱える。


「あー……無理……!」


「だから読むなって言ってんだろ!」


「まだある、まだある」


「やめろ!」


『ジジ、何か言う』


『全員驚く』


一瞬。


ジジとガイアが黙った。


「…………」


「…………」


二人が顔を見合わせる。


「ぶはっ!」


また同時に噴き出した。


「あっははははは!」


「お前……っ、これで六ヶ国に報告するつもりだったのかよ?!」


「うるせぇ!!」


「『ジジ、何か言う』って何だよ!」


「何言ったか分かんねぇんだからしょうがねぇだろ!」


「ははははは!」


「笑うな!」


バルトが机を叩く。


「俺はなぁ! バインス側の書記として、

 審理の内容を全部記録するつもりで行ったんだよ!」


「ははっ……豪語してたな」


「必要なら六ヶ国にも報告するつもりだった!」


「言ってた言ってた」


「そしたら始まった瞬間から全部エルフ語だ!」


「あっははははは!」


「だから笑うな!!」


ガイアが笑いすぎて目元を拭う。


「お前、最初の時点で言えよ……!」


「言えるか!」


「何で」


「自分から書記やるって言ったんだぞ!」


「ぶはっ!」


ジジがまた噴き出す。


「そこ意地張ってどうすんだよ!」


「うるせぇ!」


「で、数時間ずっとこれ書いてたのか?」


「そうだよ!」


「ははははは!」


「お前ら本当にいい加減にしろ!」


ジジは腹を押さえたまま椅子の背にもたれた。


「あー……笑い死ぬかと思った」


ガイアも机に手をついたまま息を整えている。


「はあ、はあ……腹痛てぇ……」


「ったく……」


バルトが二人を睨む。


「何だったんだ、俺の数時間……」


「…………」


ガイアが顔を上げた。


「多分、正式な議事録あると思うぞ」


「…………」


バルトが止まる。

ジジもガイアを見る。


「レグラスに翻訳版送ってもらえよ」


「…………」


沈黙。


バルトがゆっくりと顔を上げた。


「……それ、先に言えよ」


「ぶはっ!」


ジジが噴き出す。


「あっははははは!」


ガイアも再び声を上げた。


「何でまた笑うんだよ!!」


「あー……腹いてぇ……!」


「ガイア、お前……っ、今まで気づかなかったんだよ?」


「今思いついた!」


「ははははは!」


「もう帰れお前ら!」


何がおかしいのか、途中からもう分からなかった。


バルトが怒鳴るたびに、ジジとガイアはまた笑った。

ガイアが何か言えばジジが噴き出し、ジジが笑えばガイアもつられて笑う。


バルトまで、とうとう堪えきれなくなった。


「ったく……お前ら……」


口元が緩む。


「……ははっ」


「お前も笑ってんじゃん」


「うるせぇ!」


「はははは!」


三人の笑い声が重なった。


張り詰めていたものが、ようやく切れたようだった。

ルナリスを連れ去ろうとした者たちは明らかになった。

審理も終わった。

処罰も決まった。

もう、あの偽造書簡に怯える必要はない。

三人とも、ようやくそれを実感していた。

しばらくして。


「あー……久しぶりにこんな笑った……」


ジジが目尻を拭いながら、長く息を吐いた。

ガイアも笑い疲れたように椅子へ座る。


「……腹抱えたな」


「お前ら笑いすぎなんだよ」


「だってお前の記録が……」


「もういい!」


「ははっ」


また少しだけ笑う。

やがて、静かになった。


先ほどまでとは違う沈黙だった。

バルトが椅子へ深く腰を下ろす。


「…………」


机の上には、例の記録が残っている。


『ジジ、立つ』


『ガイア、ジジを止める』


『地震』


『かなりでかい』


『壁割れた』


バルトはそれをしばらく見つめた。


「…………」


ぐしゃり。


紙を丸める。


「あっ!」


ガイアが声を上げた。


「何すんだよ!」


「捨てるんだよ!」


「取っとけよ。記念に」


「何の記念だ!」


「バインス側書記としての初仕事」


「ぶん殴るぞ!」


ジジが横でまた笑う。

バルトは丸めた紙をガイアへ投げつけた。


ガイアが首を傾けて避ける。


「危ねぇな」


「当ててんだよ!」


「…………」


ジジが椅子に座ったまま、二人を見ていた。

その口元にはまだ笑みが残っている。


バルトが息を吐く。


「……まあ」


ガイアも顔を向けた。


「これで、一件落着だな」


「…………」


ジジの表情から、ゆっくりと笑みが消えた。

けれど、もう険しくはなかった。


「ああ」


ガイアも小さく頷く。


「終わったな」


「ああ」


短い言葉だった。

それで十分だった。


バルトが机の上を片づけ始める。


「となると、止めてた話も動かせるか」


「止めてた話?」


「ルナリスだよ」


ジジが顔を上げる。


「児童所の警備も、そもそもそのためだったろ」


ルナリスが持つ力。

千里眼。

そして、精霊との異常なほどの親和性。


本人にもまだ扱い方の分からない力を知るために、

レグラスとアグラディアの協力を得ることになっていた。


だが、偽造書簡の一件で話は止まっていた。


「……訓練か」


「ああ」


バルトが頷く。


「今度こそ始められるんじゃねぇか」


ジジは少し黙った。

隣からガイアがジジを見る。


「心配?」


「……まあな」


ジジは椅子の背にもたれた。

少し考えてから、息を吐く。


「でも、いつまでも何もさせねぇわけにもいかねぇだろ」


ガイアが僅かに笑った。


「そだな」


「本人もやりたがってたしな」


「ああ」


バルトが頷く。


「じゃあジジ、レグラスに連絡しとけ」


「ああ」


「ついでに議事録も頼んどけ」


「何で」


バルトは当然のように答える。


「エルフ語読めんの?」


「翻訳版だよ!」


ガイアが吹き出す。


「ぶはっ!」


「また笑うな!」


ジジも口元を押さえた。


偽造書簡を巡る騒動は終わった。

そして。

止まっていたルナリスの時間が、ようやく再び動き始める。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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