大地の怒り
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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石床を伝う亀裂が、ゆっくりと伸びていく。
誰も動かなかった。
傍聴席に集まった議員たちも。
ガルドも、ジザールも。
モルギアナさえ、言葉を失っていた。
床の下から、低い地鳴りが響いている。
<……エルフのために、使うべきだと>
次の瞬間。
轟音が響いた。
「――っ!」
床が大きく跳ねる。
机の上の書類が宙へ舞った。
傍聴席から悲鳴が上がる。
壁際の燭台が倒れ、椅子が床を滑る。
バルトが咄嗟に机へ手をついた。
「何だ?!」
ジジも椅子の背を掴む。
「……おい」
揺れは収まらない。
床が左右に大きく振られ、壁に走っていた亀裂が一気に天井近くまで伸びる。
石の破片がぱらぱらと落ちた。
「レグラス……」
ジジが正面を見る。
ガイアも同じ場所を見ていた。
「……大地の精霊だ」
「は?」
「あいつの精霊が反応してる」
ガイアの表情から、いつもの余裕が消えていた。
レグラスは何もしていない。
杖を振ったわけでもない。
何かを唱えたわけでもない。
ただ、そこに座っている。
それでも大地そのものが、彼の怒りに呼応していた。
「……父上」
アグラディアがレグラスを見る。
その声にも、僅かな緊張が混じっていた。
レグラスは答えない。
机の上に置かれた手が、固く握られている。
<精霊を……>
声が震えた。
<力としてしか見ていないのか>
モルギアナが青ざめる。
<議長、私は――>
<精霊は道具ではない>
低い声が響く。
<まして、ルナリスもだ>
大地が再び唸った。
モルギアナの肩が跳ねる。
<我々は、ただエルフの未来を――>
<未来?>
レグラスが立ち上がる。
その瞬間、床が大きく軋んだ。
<一人の子どもの意思を無視して>
一歩。
<人間との約束を踏みにじり>
もう一歩。
<私の名を騙り>
モルギアナの前で足が止まる。
<精霊に愛された者の力を、自らのために利用する>
レグラスの声が低くなる。
<それがエルフの未来だと言うのか>
<違います……! 私はただ、あの力を正しく――>
<正しく?>
<エルフのために――>
<ふざけるな!!>
轟音。
今までとは比べものにならない揺れが、建物全体を襲った。
「うおっ……!」
バルトが机へしがみつく。
傍聴席の議員たちが一斉に身を伏せた。
椅子が倒れる。
窓が激しく鳴る。
天井から細かな石片と砂埃が降り注ぐ。
ガルドが椅子から転げ落ち、ジザールが床へ手をつく。
モルギアナは立っていることすらできず、その場へ膝をついた。
「ジジ!」
ガイアが腕を掴む。
大きく身体が傾いたジジを引き寄せる。
「っ……何だこれ!」
「動くな!」
床が波打つように揺れていた。
石壁に次々と亀裂が走る。
低く響く地鳴りは、建物の下からではない。
もっと深い場所から響いている。
大地そのものが怒っている。
そんな錯覚さえ覚えるほどだった。
やがて。
少しずつ揺れが弱くなっていく。
誰も声を出さない。
床に散らばった書類。
倒れた椅子。
割れた燭台。
壁を走る無数の亀裂。
その中心に、レグラスだけが立っていた。
「…………」
ジジがガイアを見る。
「……あいつ、こんな強ぇの?」
ガイアはしばらくレグラスを見ていた。
「ああ」
短く答える。
「……俺もここまでとは思ってなかったけどな」
揺れが完全に止まった。
静まり返った室内で、レグラスがモルギアナを見る。
<精霊と共に生きることを誇りとする者が、その精霊を利用しようとする>
モルギアナは顔を上げられない。
<そのために、一人の子どもまで利用する>
レグラスの視線が、ガルドとジザールへ移る。
誰も反論しなかった。
できなかった。
しばらくして、レグラスは自分の席へ戻った。
倒れていた椅子を起こす。
腰を下ろすと、アグラディアが静かに口を開いた。
「……父上。審理を続けられますか」
「ああ」
「分かりました」
アグラディアはそれ以上何も言わなかった。
バルトも散らばった紙を拾い集める。
ガイアが小さく息を吐いた。
ジジはまだ壁の亀裂を見ている。
「……すげぇな」
「今そこ感心するとこじゃねぇだろ」
「いや、だって」
「あとにしろ」
「…………」
審理が再開された。
モルギアナの供述によって、事件の全容が明らかになっていく。
ルナリスに関する噂を集めたこと。
児童所へ通っていることを確認したこと。
レグラスがギルドへ警備依頼を出したことを知り、
その内容を利用することを思いついたこと。
ガルドとジザールへ協力を持ちかけたこと。
ジザールが本来の依頼内容を確認する手段を用意し、
ガルドが偽造された書簡を正式な依頼に見せかけるために動いた。
そしてモルギアナが、すべてを計画した。
三人は、もう責任を押しつけ合わなかった。
傍聴していた議員たちからも、反論する声は上がらない。
やがて、レグラスが三人を見る。
<以上の供述について、相違はあるか>
沈黙。
最初にモルギアナが答えた。
<……ありません>
ガルドも、遅れて首を横に振る。
ジザールも同じだった。
レグラスはしばらく三人を見た。
そして視線を動かす。
ジジへ。
<ジジ・ガルシア>
呼ばれたジジが顔を上げる。
<今回、最も大きな被害を受けかけたのはルナリスだ>
「…………」
<そして、ルナリスを守る者として、お前にも問う>
法廷の空気が再び張り詰める。
<三名に対し、希望する処罰はあるか>
ガイアが隣からジジを見る。
ガルド。
モルギアナ。
ジザール。
一人ずつ見ていた。
ジジが口を開く。
エルフ語だった。
<三人の、精霊との契約を解除を求める>
「…………」
空気が凍った。
傍聴席から、息を呑む音が聞こえる。
アグラディアが僅かに目を見開いた。
モルギアナの顔から血の気が引いた。
ガルドが立ち上がる。
<待ってくれ!>
ジザールも続く。
<それだけは――!>
<座れ>
レグラスの一言で、二人の動きが止まった。
ジジは三人を見たままだった。
<お前らは、精霊を利用しようとした>
静かな声だった。
<だったら、もう二度と精霊に触れるな>
モルギアナが唇を震わせる。
<……それが、どういう意味か分かっているのですか>
<分かってる>
即答だった。
精霊との契約を失う。
それは単に力を使えなくなることではない。
精霊の声を聞くことも。
その姿を感じることも。
力を借りることも。
二度と契約を結び直すこともできない。
精霊と共に生きるこエルフにとって、
それは肉体の死とは別の意味を持つ。
エルフとしての生を終わらせる。
死刑にも等しい極刑だった。
長い沈黙のあと。
レグラスが口を開いた。
<……認めよう>
傍聴席がざわめく。
<ガルド・ヴァルセイン。モルギアナ・セルヴィア。ジザール・アルヴェリス>
三人を見る。
<お前たち三名に対し、精霊との契約解除を命じる>
モルギアナが目を閉じた。
ガルドは何かを言おうとしたが、声にならない。
ジザールは俯いたままだった。
<この処罰については、私が責任を負う>
レグラスがアグラディアを見る。
「執行書を」
「はい、父上」
アグラディアが一枚の書類を差し出す。
レグラスは内容を確認する。
そして。
迷うことなく、署名した。
ペン先が紙から離れる。
その瞬間。
三人の処罰が正式に決定した。
「…………」
ジジは何も言わなかった。
やがて審理の終了が告げられる。
傍聴席の議員たちが立ち上がり、少しずつ法廷を出ていく。
三人は出口へ向かう。
先にバルトが出る。
続いてジジ。
最後にガイアが扉へ手をかけた。
「…………」
足が止まる。
振り返る。
ガルド。
モルギアナ。
ジザール。
三人を、金色の目が捉える。
<……見てるからな>
低い声だった。
それだけ言って、ガイアは法廷を出た。
亀裂だらけになった法廷に、三人の議員だけが残された。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




