噂
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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偽造された書簡が見つかってから、三日が経った。
ルナリスの訓練は、いったん延期されている。
児童所へ通うこと自体は変わらない。
ただし、一人にはしない。
送り迎えは必ずジジとガイアがする。
それだけは、書簡が見つかった日から徹底されていた。
その日の午後。
ジジとバルトは、レグラスの屋敷を訪れていた。
先日の書簡について、話がある。
そう連絡を受けたためだった。
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案内された部屋には、すでにレグラスとアグラディアがいた。
そして、もう一人。
「ジジ!」
ジジの姿を見るなり、ルナリスが駆け寄ってくる。
「ルナ、来てたのか」
「バルトも!」
「よお、ルナリス」
バルトが片手を上げる。
ジジは目の前まで来たルナリスの頭を撫でた。
「何でここにいんの?」
「児童所から来た!」
「アグラディアと?」
「うん!」
アグラディアが笑う。
「今日は僕が連れてきたんだ」
「そっか」
ジジはレグラスを見る。
「話って?」
「ああ」
レグラスの表情を見る。
それだけで、ただ呼ばれたわけではないことは分かった。
ジジはもう一度ルナリスを見る。
「ルナ」
「なに?」
「ちょっとだけ待っててくれねぇ?」
「どこで?」
レグラスが傍に控えていた者へ視線を向けた。
「庭へ連れていってやってくれ」
「承知しました」
ルナリスが窓の外を見る。
「お庭?」
「行ってこい」
「行く!」
あっさりとジジから離れる。
「走んな」
「走らない!」
そう言った直後には、すでに小走りになっている。
「走ってんじゃん」
「走ってない!」
声だけを残し、ルナリスは使用人と部屋を出ていった。
扉が閉まる。
ジジが椅子へ座った。
「で?」
バルトも隣へ座る。
レグラスとアグラディアが向かいにいる。
レグラスが口を開いた。
「先日の書簡について調べる中で、別の事実が分かった」
「別?」
「ああ」
レグラスがアグラディアを見る。
「アグラディア」
「はい、父上」
アグラディアが机の上へ数枚の書類を置いた。
「僕から話すね」
ジジが頷く。
「まず、ルナリスが児童所へ出入りしているところを、
これまでに何人ものエルフが見ていたことが分かった」
「それは普通じゃねぇの?」
「それだけならね」
アグラディアが続ける。
「最初は、珍しい子供が児童所に通っているっていう程度だったみたい。
白い髪に碧い瞳をした、人間に見える子供がいるって」
「…………」
「それから、前に僕とララノアが見た花のこと、覚えてる?」
「ああ」
ルナリスの周囲に、一斉に花が咲いた。
本人が何かをしたわけでもない。
ただ楽しそうに笑っていた。
それだけだった。
「あれを見ていたのは、職員だけじゃなかったんだ」
「他にもいたのか?」
「そうなんだ。少し離れたところから見ていたエルフが何人かいる」
バルトが腕を組む。
「それが噂になったのか」
「そうみたいだね」
アグラディアが頷く。
「何もなかった場所に、一斉に花が咲いた。
ルナリス自身が精霊術を使った様子もない。
それなのに、精霊があの子に反応するように動いた」
ジジは黙って聞いている。
「それで、レジーナ様の名前が出始めた」
ジジの目が僅かに動く。
「白い髪と碧い瞳。
それに、精霊を自在に纏ったと伝えられているレジーナ様と、
ルナリスの周囲で起きる現象が似ているんじゃないかって」
アグラディアは一度言葉を切った。
「ルナリスは、レジーナ様の娘なんじゃないか。そういう噂になってる」
部屋が静かになる。
バルトがレグラスを見る。
レグラスは何も言わなかった。
ジジが椅子の背へ身体を預ける。
「……まあ、合ってるけど」
「そうだね」
「それが書簡と何の関係あんの?」
「問題は、その先なんだ」
アグラディアの表情が少し硬くなった。
「ルナリスが人間と暮らしていることも知られてる」
「俺?」
「うん」
「…………」
「レジーナ様の娘であるなら、エルフにとって非常に貴重な存在になる。
しかも、レジーナ様と同じように精霊へ強く影響を与える力を
持っている可能性がある」
「それで?」
今度はレグラスが答えた。
「そのような存在を、人間のもとで育てたままでいいのかという声が出ている」
ジジの目が細くなる。
「……俺が人間だから?」
「そうだ」
レグラスは誤魔化さなかった。
「人間ではなく、エルフが保護すべきだと考えている者がいる」
「…………」
ジジの指が、椅子の肘掛けを一度叩いた。
「だから俺とルナを離そうとした?」
「まだ断定はできない」
「でも可能性はあるんだろ」
「ある」
短い返答だった。
バルトが机の上の書類へ目を落とす。
「人間の保護者を遠ざけて、エルフ側でルナリスを保護する。
そのためにあの書簡を作ったと考えれば、内容は繋がるな」
「そういうこと」
アグラディアが答えた。
「ただ、まだ偽造した人物までは分かってない」
「正規の依頼を知ってた奴については?」
ジジが聞く。
レグラスが答える。
「調査中だ。だが、今回分かったことと照らし合わせれば、
絞り込める可能性はある」
「他にも何か分かった?」
「ああ」
レグラスがアグラディアを見る。
アグラディアは父へ顔を向けた。
「父上、ルナリスについて聞き回っていた者の件もお話ししてよろしいですか?」
「構わない」
「分かりました」
アグラディアがジジたちへ向き直る。
「噂が広がるより前から、
ルナリスについて詳しく知ろうとしていた人がいるみたいなんだ」
「詳しく?」
「年齢。住んでいる場所。誰と暮らしているのか。
児童所にはどのくらいの頻度で来ているのか」
ジジの表情が変わった。
「……誰」
「まだそこまでは分かってない」
「…………」
「ただ、偶然興味を持っただけとは考えにくい」
バルトが眉を寄せた。
「書簡が届く前からか?」
「そう」
「なら、最初からルナリスに目をつけてた奴がいるってことか」
「その可能性はあると思う」
ジジは黙った。
窓の外から、微かにルナリスの笑い声が聞こえてくる。
そちらへ一度だけ目を向けた。
「……で」
ジジがレグラスを見る。
「どうする?」
「噂の出所を追う」
レグラスは答えた。
「書簡の経路だけではなく、
ルナリスを人間から引き離すべきだと主張している者を調べる」
「その中に、正規の依頼内容を知れる奴がいたら」
「ああ」
「繋がるか」
「可能性は高い」
バルトが口を開く。
「ギルド側も引き続き調べる。こっちに届いた後の経路は俺が追う」
「よろしく頼む」
レグラスが答えた。
ジジがレグラスを見る。
「俺は?」
「これまで通りにしていてくれ」
「ルナも?」
「ああ。ただし、一人にはしないことだ」
「元々しねぇよ」
「分かっている」
レグラスは一度頷いた。
それから、少し間を置く。
「ジジ」
「何?」
「一つ、明確にしておく」
ジジが顔を上げる。
「ルナリスの保護者はお前だ」
「…………」
「お前が人間であることも、ルナリスがエルフの血を引いていることも、
それを覆す理由にはならない」
レグラスの声は静かだった。
「まして、どのような力を持っているかなど関係ない」
ジジは黙ってレグラスを見る。
「誰の血を引いていようと、どれほど稀有な力を持っていようと、
それを理由に他者がルナリスの居場所を決める権利はない」
「…………」
「少なくとも、私はそのような考えを認めるつもりはない」
ジジの視線が僅かに下がった。
「僕も同じだよ」
アグラディアが続ける。
「ルナリスが誰の子供なのか、どんな力を持っているのか。
それが分かったからって、
ジジがあの子を守ってきたことまで変わるわけじゃない」
「…………」
「ルナリスにとって、ジジが家族であることもね」
しばらく誰も口を開かなかった。
窓の外から、また笑い声が聞こえた。
今度は少し近い。
ジジが小さく息を吐く。
「……そっか」
レグラスを見る。
「分かった」
それから少し間を置いた。
「……ありがと」
レグラスの表情が僅かに緩む。
「ああ」
バルトが椅子の背へ身体を預けた。
「となると、しばらくはお互いに調査だな」
「ああ」
「何か分かったらすぐ連絡を寄越してくれ」
「そうしよう」
話が一段落したところで、庭の方から足音が近づいてきた。
ぱたぱたと軽い音が廊下を走ってくる。
ジジが扉を見る。
「……走ってんな」
直後。
扉が開いた。
「ジジ!」
「ほら」
ルナリスが部屋へ飛び込んでくる。
「走んなっつっただろ」
「走ってない!」
「じゃあ今の何だよ」
「早歩き!」
「嘘つけ」
ルナリスはそのままジジのところまで来た。
「お庭に蝶々いた!」
「へえ」
「青いやつ!」
「捕まえた?」
「捕まえないよ。かわいそうでしょ」
「そっか」
ジジが頭を撫でる。
レグラスはその様子を黙って見ていた。
人間だから。
ただそれだけの理由で、この男からルナリスを引き離そうとしている者がいる。
十五年。
目の前の男が、この子供を探していたことも知らずに。
レグラスの目が僅かに細くなった。
「バルト」
「なんだ?」
「調査を急ごう」
「ああ」
レグラスは窓の外へ目を向けた。
穏やかな庭に、午後の光が落ちている。
誰が。
何のために。
自らの名を使ったのか。
その答えは、まだ見えていなかった。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




