署名
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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翌日。
ジジがギルドへ入ると、受付の奥にいたバルトに呼び止められた。
「ジジ」
「ん」
「ちょっといいか」
バルトの手には、一通の書簡があった。
「レグラスからだ。
ルナリスの訓練に合わせて、児童所周辺の警備を頼みたいって話だったろ」
「ああ」
昨日、レグラスたちと話したばかりだ。
「正式な依頼が届いたんだが……一応、お前も見とけ」
「何で?」
「ルナリスのことだからだよ」
差し出された書簡を受け取る。
封を開き、中身を取り出した。
六カ国議長、レグラス・ルシーダからギルドへ宛てられた正式な依頼書だった。
ジジはその場で目を通していく。
訓練中、児童所周辺の警備を行うこと。
そこまでは聞いていた通りだった。
次へ目を移す。
ルナリス本人の護衛。
「…………」
そんな話は聞いていない。
だが、訓練の内容を考えれば、追加されたとしても不思議ではなかった。
さらに下へ目を移す。
そこで、ジジの目が止まった。
訓練期間中、ルナリス以外の児童所への立ち入りを禁ずる。
保護者を含め、同行者は認めない。
「…………」
もう一度読む。
内容は変わらない。
「ジジ?」
バルトが顔を覗く。
「……話が違ぇ」
「何がだ?」
「昨日、俺も同席するって決めた」
ジジは書簡から目を上げた。
「レグラスとアグラディアがルナに教える。
その時は俺も一緒にいるって話だった」
「昨日か?」
「ああ」
バルトの表情が変わった。
ジジは再び書簡へ目を落とす。
末尾には、確かに名が記されていた。
―レグラス・ルシーダ―
「…………」
エルフにとって、署名は重い。
自らの名を記すことには、精霊との契約にも等しい意味がある。
マリアからエルフ語を教わっていた頃、そのことも教えられた。
だからこそ、ルナリスの訓練について交わした同意書にも、
ジジは自分の名を書いた。
その意味を知った上で。
昨日、直接話したばかりだった。
ルナリスの訓練にはジジも同席する。
レグラスはそう言った。
それを翌日になって、自らの名を記した正式な書簡で覆した。
紙を持つ指に力が入る。
「……ふざけんなよ」
「おい、待て」
バルトが声を掛けた時には、ジジはもう歩き出していた。
「レグラスんとこ行く」
「俺も行く」
「別にいい」
「よくない」
バルトが後を追う。
「その書簡はギルドに届いた正式な依頼だ。俺にも確認する責任がある」
「……勝手にしろ」
「だから一人で突っ走るなと言ってるんだ」
ジジは答えず、そのままギルドを出た。
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エルフ居住区へ入ってからも、ジジの歩調は緩まなかった。
レグラスのもとへ着くと、取り次ぎを待つこともなく奥へ進む。
「レグラス」
低い声が響いた。
レグラスが振り返る。
傍にはアグラディアもいた。
「ジジ?」
アグラディアが目を丸くした。
「どうしたの?」
ジジは答えなかった。
真っ直ぐレグラスの前まで歩く。
そして手にしていた書簡を、その胸元へ突きつけた。
「何だ、これは」
レグラスが眉を寄せる。
「……何の話だ」
「昨日言ったよな」
「何をだ」
「ルナの訓練には俺も同席するって」
「ああ」
即答だった。
「それがどうした」
ジジの眉間に深く皺が寄る。
次の瞬間。
レグラスの胸ぐらを掴んだ。
「ジジ!」
アグラディアが立ち上がる。
「おい!」
バルトも後ろからジジの肩を掴んだ。
だが、ジジはレグラスから目を逸らさなかった。
<署名は、エルフにとって契約と同じではなかったのか>
流暢なエルフ語だった。
アグラディアが言葉を止める。
レグラスの目も僅かに見開かれた。
ジジがエルフ語を理解していることは知っている。
読み書きができることも聞いていた。
だが、これほど自然に話す姿を見るのは初めてだった。
「昨日、ルナの訓練には俺も同席する、そう約束したな」
ジジの手に力が入る。
「お前たちを信用して、ルナをここへ通わせてる」
レグラスは黙ってジジを見る。
「お前らの家に泊まらせることまで許した。
それを分かった上で、これはどういうつもりなんだよ」
「待て」
レグラスの声が低くなる。
「まず、それを見せろ」
「自分で書いたんだろ」
「いいから見せろ」
ジジはしばらくレグラスを睨んでいた。
やがて胸ぐらから手を離し、書簡を渡す。
レグラスは乱れた襟元にも構わず、紙を開いた。
目を通していく。
最初の項目で、一度目が止まる。
そのまま次へ。
さらに、その次へ。
表情が変わった。
最後まで読み、末尾に記された自分の名を見る。
「…………」
「何とか言えよ」
レグラスは書簡から顔を上げた。
「……これは、私が出したものではない」
「何?」
「私がギルドへ依頼したのは、訓練中の児童所周辺の警備のみだ」
「…………」
ジジが書簡を見る。
レグラスの視線が再び紙面を下る。
「ルナリス本人の護衛も、保護者の立ち入りを禁ずる指示も出していない」
「……じゃあ何だよ、これ」
「僕にも見せてもらっていい?」
アグラディアが手を伸ばした。
レグラスから書簡を受け取り、目を通す。
「……確かに父上の名前がある」
「筆跡も似せてある」
「似せてある?」
ジジが聞き返す。
「ああ」
レグラスが答える。
「私のものではない」
アグラディアは書面を見つめた。
「元の依頼を使って、誰かが作り直した……?」
「おそらくな」
レグラスが書簡を受け取る。
バルトの表情が険しくなった。
「ってことは、元の依頼を知ってた奴か」
「その可能性が高い」
レグラスはもう一度、最初から書面を見る。
「私が出した依頼を利用したということは、
その内容を知る立場にいた者が関わっている可能性が高い」
「……心当たりあんのかよ」
ジジが聞く。
「今の段階では何とも言えない」
「…………」
「だが、調べることはできる」
レグラスが書簡を折り畳む。
「正規の依頼がどのように扱われ、誰の手を経たのか。まずそこから確認する」
バルトが頷く。
「ギルド側も調べる。こっちに届いてから誰が扱ったかは追える」
「頼む」
「偽物の方も預からせてくれ。
正式な依頼としてギルドに届いた以上、こっちでも記録が必要だ」
「ああ」
レグラスは書簡をバルトへ渡した。
ジジは二人のやり取りを黙って見ていた。
やがて口を開く。
「……誰かが、お前の名前使って俺とルナを離そうとしたってことだな」
部屋が静かになる。
レグラスがジジを見る。
「そうだ」
ジジの拳が握られた。
「誰だよ」
「今は分からない」
「だったら――」
「私が調べる」
レグラスが遮った。
「…………」
「この件は、私が責任を持って調査する」
静かな声だった。
「誰が、何の目的で書簡を作り直したのか。
なぜ君をルナリスから離そうとしたのか」
レグラスはジジを真っ直ぐ見た。
「必ず明らかにする」
「……父上」
アグラディアがレグラスを見る。
「訓練はどうなさいますか?」
「一旦延期する」
「分かりました」
「それまではこれまで通りだ。ルナリスを一人にしないように」
「はい」
ジジはまだレグラスを見ていた。
「……本当に、お前じゃねぇんだな」
「ああ」
「昨日決めたことを変えるつもりもない?」
「ない」
レグラスは迷わなかった。
「ルナリスの訓練には、お前が同席する。それが我々の交わした約束だ」
「…………」
しばらく、誰も口を開かなかった。
やがてレグラスが右手を胸元へ置いた。
「私の精霊に誓おう」
ジジの目が僅かに動く。
「この件は、必ず私が明らかにする」
エルフが精霊に誓う。
その言葉が軽いものではないことを、ジジは知っていた。
レグラスの目に迷いはなかった。
ジジはしばらくその顔を見つめる。
やがて、握っていた拳から力を抜いた。
「……分かった。さっきは悪かった」
レグラスが頷く。
「ただし」
ジジが続ける。
「ルナに何かあったら、調査が終わるまでなんて待たねぇからな」
「ああ」
「俺が動く」
「それで構わない」
レグラスは答えた。
バルトが小さく息を吐く。
アグラディアは、バルトの手にある書簡を見つめていた。
本来なら、ただ児童所の周囲を守るためだけだった依頼。
そこへ誰かが言葉を足した。
ルナリス本人を守るという名目で。
その保護者を、傍から遠ざけるために。
「バルト」
レグラスが呼ぶ。
「何だ」
「この件は、しばらく伏せてもらいたい」
「ああ。ギルド内には俺から話す」
「よろしく頼む」
「僕も児童所の職員には余計なことを話さないようにしておくよ」
アグラディアが言った。
レグラスが頷く。
「そうしてくれ」
ジジはもう一度、バルトが持つ書簡を見た。
その末尾には、レグラス・ルシーダの名がある。
だが、その名を書いたのはレグラスではない。
誰かが。
ルナリスと自分を引き離すために。
ジジの目が細くなった。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




