精霊の歓喜
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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翌朝。
児童所へ向かう道を、三人で歩いていた。
ルナリスはいつも通り、ジジとガイアの間にいる。
「今日もお花咲くかな」
「どうだろうな」
ジジが答える。
「ルナ、昨日のお花好き」
「いっぱい咲いたもんな」
「うん! 虹も!」
ルナリスが嬉しそうに両手を広げた。
「月虹な」
ガイアが訂正する。
「げっこう!」
「覚えてんじゃん」
「ガイアが出した!」
「そうだな」
「また見たい!」
「夜にならねぇと無理」
「じゃあ夜!」
「今日もやんの?」
「見たい!」
「……元気だな、お前」
ガイアが笑いながらルナリスの頭を撫でる。
ジジは二人の横を歩きながら、昨夜のことを思い返していた。
月虹を見て喜ぶルナリス。
碧色へ変わった髪。
何もなかった石畳から、一斉に咲いた花。
そして。
ガイアの風の精霊を感じて、
――楽しそう。
そう言った。
花については、以前にもあった。
だが今回は、共鳴を終えた後だ。
あの火や水と同じものなのか。
それとも違うのか。
昨夜、二人で話しても結論は出なかった。
その答えを聞くために、今日はガイアも一緒だった。
児童所へ着く。
庭にはすでに何人かの子供たちがいた。
「おはよう!」
ルナリスは二人の間から抜け、そのまま走っていく。
「おはよー!」
すぐに声が返ってくる。
ルナリスはそのまま子供たちの輪へ混ざった。
ガイアがその背中を見る。
「朝っぱらからほんと元気」
「昨日あんだけ遊んだのにな」
「帰ってすぐ寝てたもんな」
「寝りゃ回復すんだろ」
「羨ましいな」
二人は建物へ入った。
アグラディアはすぐに見つかった。
「おはよう。二人揃って珍しいね」
「ちょっと話ある」
ジジが言う。
アグラディアの表情が僅かに変わった。
「ルナリスのこと?」
「ああ」
「分かった。こっちへ」
二人は奥の部屋へ通された。
——————————————————————
「――花が?」
「ああ」
ジジが頷いた。
「運河の石畳から一気に咲いた」
アグラディアが少し眉を上げる。
「どんな状況だった?」
「俺が月虹見せてた」
ガイアが答えた。
「風と波の精霊を借りて、水飛沫上げて。そこに月の光通して」
「なるほど」
「ルナがめちゃくちゃ喜んでた」
ジジが続ける。
「そしたら髪が碧になって、足元から花が咲き始めた」
「最初は何輪かだったけどな」
ガイアが言う。
「ルナが花に気づいて、もっと喜んだら一気に増えた」
「……そうなんだ」
アグラディアが少し考える。
「ルナリス自身は?」
「何もしてねぇ」
「咲かせようともしてなかった」
「むしろ花が出てから気づいてたな」
「身体の方は?」
「何ともなかった」
ジジが即答する。
「動悸も?」
「ない」
「その後、何か変わったことは?」
「帰って普通に寝た」
「朝もあれ」
ジジが庭の方を顎で示す。
外からルナリスの笑い声が聞こえてくる。
アグラディアが小さく笑った。
「元気そうだね」
「元気すぎるくらい」
「でさ」
ジジが机へ肘をつく。
「俺ら昨日、寝る前に話してたんだけど」
「うん」
「前の火とか水と同じなのか分かんなくて」
アグラディアの表情が少し変わる。
「……なるほど」
「同じなの?」
アグラディアはすぐには答えなかった。
しばらく考えてから、ゆっくり首を振る。
「たぶん、少し違うと思う」
「違う?」
「共鳴する前に起きていた火や水の反応は、精霊の核が不安定な状態で起きていたものだよね」
「ああ」
「ルナリス自身の感情とは関係なく起きることもあった」
ジジが頷く。
水が凍った時も。
火が突然大きくなった時も。
ルナリスは何も望んでいなかった。
「でも」
アグラディアが続ける。
「花は、前から少し違った」
ジジが顔を上げる。
「月下美人の時?」
「うん」
アグラディアが頷く。
「あの時は、ルナリスが強く『見たい』と思った。その直後に周囲の花が一斉に咲いた」
「……そうだったな」
「昨日は?」
ガイアが答える。
「嬉しかった」
「かなり?」
「めちゃくちゃ」
「だったと思う」
ジジも頷いた。
「虹見て、花まで咲いて。ずっと笑ってた」
「なら」
アグラディアは少し考えてから言った。
「共鳴によって核の不安定さが落ち着いたことで、火や水みたいな無秩序な反応は止まった。でも――」
二人を見る。
「ルナリス自身が元々持っている、精霊との強い親和性までは消えていないんだと思う」
「親和性?」
「うん」
アグラディアは机の上で指を組んだ。
「特に植物の精霊が、ルナリスの強い感情に反応している可能性が高い」
ジジが少し眉を寄せる。
「……レジーナみたいに?」
「そうだね」
その名前に、ガイアも僅かに表情を変えた。
「レジーナも、植物の精霊にとても好かれていた。
本人が命令したり、力を借りたりしなくても、感情に応じて植物が反応することがあった」
「じゃあルナも?」
「近い性質を受け継いでいるのかもしれない」
ジジは少し黙った。
「……じゃあ昨日の花は、暴走じゃない?」
「今のところは、そう考えていいと思う」
アグラディアが答える。
「少なくとも、以前の火や水と同じものには見えない」
ジジの肩から少し力が抜けた。
「そっか」
ガイアが口を開く。
「あとさ」
「うん?」
「俺の風の精霊が楽しそうだって言ってたぞ」
アグラディアがガイアを見る。
「昨日も?」
「ああ」
「前にも言ってたよな」
ジジが続ける。
「ガイアが風出した時。『楽しそう』って」
「そうだったね」
アグラディアは少し考える。
「もしかしたらルナリスは、精霊の感情を感じ取れるのかもしれない」
ジジが眉を上げる。
「使えるってこと?」
「それは違うと思う」
アグラディアはすぐに首を振った。
「感じ取れることと、精霊の力を扱えることは別だよ」
「じゃあ何?」
「これも、レジーナの親和性に近いものだと思う」
「…………」
「精霊の存在を感じる。感情が分かる。向こうから寄ってくる。自分の感情に応えてくれる」
アグラディアは一度言葉を切る。
「でも、それは精霊を使役できるという意味じゃない」
ガイアが小さく頷いた。
「……なるほどな」
「ガイアの風の精霊が楽しそうだったのも、ルナリスが何かしたからじゃない?」
「今の話だけなら、そうは思わない」
「じゃあ、ただ分かっただけ?」
「おそらくね」
ジジが椅子へ深く座り直す。
「……すっきりした」
「昨日ずっと分かんねぇって言ってたもんな」
「お前もだろ」
「俺も」
アグラディアが二人を見て、少し笑った。
「ただし、まだ仮説だよ」
「分かってる」
「昨日の花だけで全部決めるつもりはない。
これからどういう時に反応するのか、身体への負担がないのかも見ていきたい」
ジジが頷く。
「どうやって?」
「まずは本人に知ってもらうところからかな」
「花のこと?」
「うん」
アグラディアは庭へ目を向ける。
「自分がどんな時に何を感じて、その時に周りで何が起きたのか。それを少しずつ結びつけていく」
「いきなり何かやらせる?」
「やらせないよ」
「花咲かせろとか?」
「しない」
「千里眼は?」
「それもしない」
ジジがようやく頷く。
「ならいい」
アグラディアが苦笑する。
「ずいぶん警戒するね」
「そりゃするだろ」
「まあ、そうだね」
ガイアも庭を見る。
窓の向こう。
ルナリスが他の子供たちと走っている。
白い髪が揺れる。
その足元に、花は咲いていない。
今はただ。
楽しそうに遊んでいるだけだった。
「父上にも話しておくよ」
アグラディアが言った。
ジジが振り向く。
「レグラスに?」
「うん。昨日のことも、今話した仮説も」
「分かった」
「その上で、ルナリスにどう教えていくか相談したい」
「俺もいる?」
「もちろん」
アグラディアは即答した。
「ルナリス本人にも説明するし、ジジにも全部話す」
ジジは小さく頷いた。
——————————————————————
昼前。
アグラディアから話を聞いたレグラスが、児童所を訪れた。
ルナリスは昼食を終え、庭で遊んでいる。
窓の向こう。
他の子供を追いかけて走る小さな姿を、レグラスはしばらく黙って見ていた。
「昨日の件は聞いた」
「ああ」
ジジが答える。
ガイアも壁際に立っていた。
「アグラディアの見解に、私も異論はない」
「花は、前の暴走とは違うって?」
「可能性は高い」
レグラスは答える。
「共鳴以降、火や水のような無秩序な反応は起きていない。身体への負担も見られない」
「うん」
「そして植物の反応は、それ以前からルナリスの強い感情と重なって起きている」
レグラスの視線が、庭のルナリスへ向く。
「姉にも、よく似た性質があった」
ジジがその横顔を見る。
「レジーナ?」
「ああ」
短い返事だった。
「ただし」
レグラスは再びジジへ向き直る。
「現時点で断定はしない」
「まだ分かんない?」
「前例が少なすぎる」
「そっか」
「ルナリスはレジーナではない」
レグラスは静かに続けた。
「似た性質を持っているからといって、同じものとして扱うべきでもない」
ジジが頷いた。
「だから観察する?」
「ああ」
アグラディアが隣で口を開く。
「それと、父上とも話したんだけど」
「何?」
「ルナリスに精霊について少しずつ学んでもらった方がいいと思う」
ジジが二人を見る。
「勉強?」
「そう」
アグラディアが頷いた。
「精霊がどういう存在なのか。エルフがどう関わってきたのか。
それから、自分の周りで起きていること」
レグラスが続ける。
「力を使わせるためではない」
「…………」
「自分に何が起きているのかを知らないままにしておく方が危険だ」
ジジは少し考える。
「それは分かる」
「最初は学ぶことと観察が中心になる」
「訓練は?」
「必要だと判断した場合は、その都度相談する」
ジジの目がレグラスへ向く。
「勝手にはやらない?」
「ああ」
「ルナが嫌がったら?」
「無理に続けない」
アグラディアも頷いた。
「体調や気持ちに負担が出たら、その時点で止めるよ」
「……分かった」
ガイアが腕を組んだまま口を開く。
「俺は?」
レグラスがガイアを見る。
「必要な時に、協力をお願いしたい」
「風の精霊?」
「それもある」
アグラディアが答える。
「ルナリスが以前からガイアの精霊の感情を感じ取っているなら、比較する時にいてもらえると助かる」
「毎回?」
「そこまではお願いしないよ」
「ならいい」
ジジが横を見る。
「暇なんだから毎回来れば」
「何でお前が決めんだよ」
「別にいいじゃん」
「俺にも予定あんだよ」
「何の」
「色々だよ」
「例えば?」
「うるせぇな」
アグラディアが笑う。
レグラスは一度、小さく息を吐いた。
「話を戻すぞ」
二人が黙る。
「頻度は、まず週に三回程度を考えている」
「三回」
「ああ。長時間は行わない」
「誰が見る?」
「私とアグラディアが責任を持つ」
「俺は?」
「同席してもらう」
ジジの目が僅かに動く。
「毎回?」
「当面は」
レグラスは迷わず答えた。
「ルナリスに何を行っているのか、保護者である君が把握できない状態にはしない」
しばらく。
ジジはレグラスを見ていた。
「……分かった」
「それから」
レグラスが続ける。
「学習や観察を行う時間帯は、児童所周辺へ警備を置く」
「警備?」
ジジの眉が寄る。
「何か起きると思ってんの?」
「分からないから置く」
「……どういう意味?」
「昨日の開花そのものに危険性は見られない」
レグラスは静かに答える。
「だが、ルナリスの能力が不用意に外部へ知られることは避けたい」
「ああ……」
ジジが納得する。
「そっちか」
「児童所には他の子供たちもいる。見物人や余計な者が集まれば、彼らにも影響が出る」
「分かった」
「警備については、私からギルドへ正式に依頼する」
ジジが確認する。
「児童所の周りだけ?」
「ああ」
レグラスが頷いた。
「周辺の警備のみだ」
「分かった」
アグラディアが机の引き出しを開け、一枚の紙を取り出した。
「じゃあ、今日決めたことは書面に残しておこうか」
ジジがそちらを見る。
「書面?」
「うん。後で話が食い違わないように」
羽根ペンを取り、紙へ書き始める。
ルナリスに行うのは、精霊についての学習と現象の観察を中心とすること。
本人へ無理に能力を使わせないこと。
体調や精神面へ負担が見られた場合は中止すること。
当面の間、ジジが同席すること。
内容を変更する場合は、事前にジジへ説明し、同意を得ること。
そして。
児童所周辺の警備については、別途レグラスからギルドへ正式に依頼すること。
書き終える。
アグラディアは紙をジジへ差し出した。
「一度、全部読んで」
ジジが受け取る。
最初から最後まで目を通した。
一行ずつ。
ゆっくり確認していく。
「……ここ」
「何?」
「内容変える時は、先に俺に話すってことでいいんだな?」
「うん」
「勝手に訓練増やしたりしない?」
「しないよ」
「ルナだけ残して何かするとかも?」
「しない」
ジジが今度はレグラスを見る。
「レグラスも?」
「ああ」
レグラスは真っ直ぐ答えた。
「この内容で進める」
ジジはもう一度、書面へ目を落とした。
「……分かった」
羽根ペンを受け取る。
紙の下へ自分の名を書いた。
――ジジ・ガルシア。
ペンを置く。
レグラスも、その隣へ名を記す。
――レグラス・ルシーダ。
最後に。
アグラディア。
――アグラディア・ルシーダ。
三人の名が並んだ。
アグラディアが書面を確認する。
「これで決まりだね」
「ああ」
ジジが答えた。
その時。
庭から足音が近づいてきた。
ばたばたと廊下を走る音。
次の瞬間。
扉が開いた。
「ジジ!」
ルナリスが飛び込んでくる。
「ん」
「何してるの?」
「ルナの話」
「ルナ?」
「そう」
ルナリスが机の上の紙を覗き込む。
「お勉強?」
アグラディアがしゃがみ、ルナリスと目線を合わせた。
「そう。ルナリスに、精霊のことを少しずつ勉強してもらおうと思ってるんだ」
「精霊?」
「うん」
「ガイアの風の子も?」
「そうだね」
ルナリスの顔が明るくなる。
「お花も?」
「昨日のお花のことも調べよう」
「ルナがお花咲かせたの?」
アグラディアはすぐには頷かなかった。
「それを、これから一緒に調べるんだよ」
「どうやって?」
「ルナリスがどんな時にお花が咲くのか、少しずつ見ていく」
「昨日は嬉しかった!」
「そうだね」
「月虹きれいだった!」
「うん」
「また見る!」
ガイアが横から口を挟む。
「勉強と月虹は別だぞ」
「ガイア出してくれる?」
「毎回はやらねぇ」
「なんで?」
「何でって……」
「見たい!」
「……また今度な」
ジジが鼻で笑う。
「甘ぇ」
ガイアが振り向く。
「お前に言われたくねぇ」
「何で」
「自覚ねぇならもういい」
ルナリスは二人を見比べてから、楽しそうに笑った。
それから。
部屋の奥にいるレグラスに気づく。
「おじさん!」
レグラスの眉が僅かに動いた。
「……何だ」
ルナリスが駆け寄る。
その手を掴んだ。
「遊ぼ!」
「私はそのために来たのではない」
「お話終わった?」
レグラスが机を見る。
三人の署名が並んだ書面。
アグラディア。
ジジ。
そして。
自分の手を引いているルナリス。
「……終わった」
「じゃあ遊ぼ!」
「…………」
「おじさん!」
レグラスはしばらく黙っていた。
やがて、小さく息を吐く。
「少しだけだ」
「やった!」
ルナリスがそのままレグラスを庭へ引っ張っていく。
「走るな」
「大丈夫!」
「大丈夫ではない。前を見ろ」
「見てるよ!」
「なら速度を落とせ」
「おじさん遅い!」
「……誰のために言っていると思っている」
二人の声が遠ざかっていく。
ジジはその後ろ姿を見送った。
アグラディアが隣で小さく笑う。
「父上、完全に負けてるね」
「弱ぇな」
ガイアが言う。
ジジが横を見る。
「お前もだろ」
「お前にだけは言われたくねぇよ」
庭から。
ルナリスの楽しそうな笑い声が聞こえていた。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




