月虹
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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夕方。
ガイアが児童所へ着くと、庭では子供たちがまだ遊んでいた。
その中から白色の髪が駆けてくる。
「ガイア!」
「おかえり」
ルナリスはそのままガイアの前まで走ってきた。
「今日ね、お絵描きした!」
「何描いたんだ?」
「ファルコ!」
「またファルコ?」
「うん!」
ガイアが笑いながら、その頭を撫でる。
「帰るぞ」
「うん!」
アグラディアに挨拶をして児童所を出る。
ルナリスはガイアの隣を歩きながら、今日あったことを次々と話していた。
しばらく歩いたところで、ふと思い出したように顔を上げる。
「ガイア」
「ん?」
「ドーラのところ行きたい!」
「今日?」
「うん!」
ガイアは少し考えた。
「いいよ。ジジ帰ってきたら行くか」
「やった!」
ルナリスが嬉しそうに笑う。
二人はそのまま家へ向かった。
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ジジが帰ってきたのは、それからしばらくしてからだった。
「おかえり!」
扉が開くなり、ルナリスが駆け寄る。
「ただいま」
ジジはその頭を撫でた。
「ジジ、今日ドーラのところ行きたい!」
「ドーラ?」
「うん!」
ジジがガイアを見る。
「ルナが行きたいって」
「いいよ」
「やった!」
三人で家を出た。
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ドーラの酒場は、今日も人が多かった。
扉を開けると、すぐにドーラが気づく。
「あら、いらっしゃい」
「ドーラ!」
「ルナリス、今日も元気だねぇー」
「うん!」
いつもの席に三人で座る。
料理が運ばれてくると、ルナリスはすぐに手を伸ばした。
「待て、熱いぞ」
ガイアが皿を少し遠ざける。
「食べられるよ」
「火傷すんぞ」
「しない」
「する」
ガイアは自分の酒を一口飲むと、ルナリスの皿を引き寄せた。
大きな肉を食べやすい大きさに切って戻す。
「ほら」
「ありがと」
「ゆっくり食えよ」
「うん」
ジジは向かいからその様子を見ていた。
ふと、少し離れた席に座る女がこちらを見ていることに気づく。
一人がガイアを見る。
隣の女がその視線を辿り、同じようにガイアへ目を向けた。
二人の視線がしばらくそこに留まる。
ガイアが髪を耳に掛けると、片方の女が何かを言いかけ、
もう一人の腕を軽く叩いた。
「…………」
ガイアは気づいている様子もなく、酒を口に運んでいる。
少し離れた別の卓では、男が酒を口へ運びながらガイアを見ていた。
目が合いそうになると逸らし、しばらくするとまた見る。
「……エルフ?」
そんな声が聞こえた。
「男だろ」
「分かってるよ」
「綺麗な顔してんな」
声は小さい。
ガイアには届いているはずだった。
長い銀髪に、褐色の肌。
尖った耳。
金色の瞳。
黙っていれば、男とも女とも一目では分からないような整った顔立ちをしている。
昔から、ガイアはよく人目を引いた。
二人で酒を飲んでいた頃にも、女から声を掛けられることは珍しくなかった。
男が振り返ることもある。
そんなことは、ジジも知っていた。
知っていたはずだった。
「…………」
ガイアは何も気にしていない。
片手で酒を飲みながら、もう片方の手でルナリスの皿を自分の方へ寄せた。
「ルナ、それでかい」
「食べられるよ」
「喉詰まらせんぞ」
「大丈夫」
「大丈夫じゃねぇよ。貸して」
野菜をを小さく切り分け、皿を戻す。
「ほら」
「ありがと」
ガイアが酒を飲む。
銀髪が肩から滑り落ちた。
「……お前」
「ん?」
「気になんねぇの?」
「何が?」
「周りの目」
ガイアが一度だけ周囲を見る。
本当に今初めて気づいたような顔だった。
「……なんで?」
「噂されてんじゃん」
「別に……?」
「ふぅん」
「何だよ」
「いや」
ジジは自分の皿へ目を落とした。
少しして、また顔を上げる。
ガイアはルナリスの口元についたものを指で取っていた。
「自分で拭けよ」
「見えなかった」
「そりゃそうだろ」
「ガイアがやって」
「今やっただろ」
ルナリスが笑う。
ガイアも笑った。
「…………」
――触りたくなるし、ずっと見てたくなるわよね。
昼間のマーサの声が頭を過ぎた。
「ジジ?」
「ん?」
ルナリスがこちらを見ていた。
「食べないの?」
「ああ」
ジジは再び皿へ目を落とした。
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酒場を出る頃には、すっかり夜になっていた。
ルナリスが二人の間を歩く。
「星いっぱい」
「今日はよく見えるな」
ガイアが空を見上げる。
ルナリスも真似をして上を向いた。
「もっと見たい」
「だったらあっちの運河通って帰るか」
「運河?」
「水にも映るぞ」
「行く!」
ルナリスがすぐに進む方向を変える。
三人で運河へ向かった。
夜の運河は静かだった。
建物から漏れる明かりが水面に揺れ、その上に月の光が落ちている。
ルナリスが石畳の端へ近づいた。
「ジジ! ガイア!」
「落ちんなよ」
「見て!」
水面を指差す。
夜空の星が、揺れる水の中にも散らばっていた。
「星いっぱい!」
ルナリスがしゃがみ込む。
「お空にもあるし、ここにもある!」
「綺麗だろ」
「うん!」
ガイアもその隣にしゃがんだ。
しばらく水面を見ていたが、やがてルナリスへ顔を向ける。
「ルナ」
「なに?」
「見てろ?」
「?」
ガイアが運河へ手を伸ばした。
風が吹く。
長い銀髪がさらりと揺れた。
水面が小さく波打つ。
そこから細かな水飛沫が舞い上がり、月の光を受けながら風に乗って広がっていく。
「わ……」
その中に、淡い色が浮かんだ。
夜の運河の上に、小さな虹が弧を描く。
ルナリスの目が大きく開いた。
「虹!」
「月虹っていうんだ」
「げっこう?」
「そう。月の光でできる虹」
「お月さまの虹?」
「そういうこと」
「すごい!」
ルナリスが立ち上がった。
「ガイア、すごい!」
「だろ?」
「きれい!」
弾けるような声が、夜の運河に響いた。
ジジはその横顔を見ていた。
月虹を映した碧色の瞳。
水面へ落ちる月明かり。
揺れる光。
ルナリスは何度も瞬きをしながら、全部を見ようとしていた。
その時だった。
ルナリスの白い髪が、ゆっくりと碧色へ変わっていく。
「……ルナ?」
ジジが気づく。
同時に。
石畳の隙間から、小さな芽が顔を出した。
一つ。
また一つ。
芽は瞬く間に茎を伸ばし、柔らかな葉を広げる。
「……ん?」
ガイアが足元を見る。
次の瞬間。
石畳の隙間という隙間から、一斉に花が咲いた。
白。
黄。
淡い紫。
小さな花々が次々と開き、ルナリスの周りへ広がっていく。
「わあ……!」
ルナリスが足元を見る。
「お花!」
ガイアの目が僅かに見開かれた。
月虹を保ったまま、咲き広がる花を見る。
「……俺、花は何もしてねぇぞ」
「分かってる」
ジジも足元へ目を落とす。
「前と同じか」
「多分な」
ルナリスはそんな二人の会話など気にしていなかった。
咲いた花を見て。
月虹を見て。
嬉しそうに笑っている。
「ガイア!」
「何」
「あの子たちも楽しそう!」
ガイアの目が動く。
「あの子たち?」
「ガイアの風の子たち」
一瞬。
ガイアが黙った。
「そうか」
ガイアが小さく笑う。
ルナリスはまた月虹を見上げた。
「きれい……!」
その足元で。
また一輪。
小さな花が開いた。
ジジとガイアは同時にそれを見る。
そして。
同時にルナリスへ視線を戻した。
当の本人は何も気づかず。
月の光でできた虹を、ただ嬉しそうに見上げていた。
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家へ戻ると、ルナリスはすぐに眠った。
遊び疲れたのか、今日はいつもより早い。
寝台の真ん中で、小さな寝息を立てている。
ジジとガイアは、その両側に横になっていた。
「…………」
ガイアが天井を見ている。
「さっきの」
「前の火とか水みてぇなやつかな?」
「分かんねぇ」
「……そっか」
しばらく沈黙が続いた。
ルナリスが小さく寝返りを打つ。
ガイアが布団を掛け直した。
「でも、ルナ楽しそうだったな」
「ああ」
ガイアは少し考える。
「俺の風の精霊も楽しそうだって言ってたな」
「前にも分かってたよな」
「ああ。俺が風出した時」
「楽しそうって」
「言ってた」
ジジが天井を見る。
「やっぱ精霊の気持ちは分かるんだな」
「……みてぇだな」
また静かになる。
ルナリスの寝息だけが聞こえる。
「アグラディアには話しといた方がいいな」
ガイアが言う。
「俺もそう思ってた」
「明日、ルナ送る時に話す?」
「ああ」
「俺も行く」
ジジが横目で見る。
「何で」
「俺の精霊のこともあるだろ」
「そっか」
「そっかじゃねぇよ」
「分かった」
ガイアが小さく息を吐く。
「……ほんっとお前、適当だな」
「うるせぇ」
「はいはい」
少しして。
ジジがルナリスを見る。
「…………」
ガイアが顔を上げる。
目が合った。
「何?」
「……いや」
「何だよ」
「何でもねぇ」
ガイアが眉を寄せる。
「今日それ多くね?」
「うるせぇな」
「こっちの台詞だわ」
ガイアはそう言って、再び横になった。
「寝る」
「寝ろ」
「おやすみ」
「……おやすみ」
ガイアが目を閉じる。
少しして。
ジジも目を閉じた。
真ん中では、ルナリスが静かに眠っている。
窓の外。
月はまだ高い。
運河の石畳には。
夜風に揺れる小さな花が、いくつも残っていた。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




