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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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147/216

触れたい

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

昼を過ぎた頃。


ガイアはバインスの外れまで来ていた。

街道から外れた草地を歩き、大きな木の下で足を止める。


「ファルコ」


空を見上げる。

しばらくすると、大きな影が横切った。

ファルコが旋回しながら高度を落とし、ガイアの前へ降りる。

風に銀髪が揺れた。


「…………」


ガイアは近づいて、ファルコの嘴の横を撫でる。

金色の瞳がガイアを見る。


「頼めるか?」


ファルコが首を傾けた。

ガイアは少し黙った。


「……ヴァレイア」


ファルコの金色の瞳が細くなり、大きく翼を広げた。

風が吹く。


翼の先から、羽根が伸びていく。

一枚、また一枚。


両翼だけが、普段よりも長く、大きく広がっていく。

十メートルを超える巨体が、さらに一回り大きくなる。

左右へ伸びた翼は、大きな屋敷一つを覆ってしまえそうなほど。


地面が翳る。

羽ばたいてすらいない。


ただ翼を広げただけで、周囲の草木が大きく揺れた。

ガイアの銀髪が風に煽られる。


ファルコが低く鳴いた。


「行ってこい」


地面を蹴る。

一度、大きく羽ばたく。

爆風と共に巨体が一気に空へ上がった。

二度目には、さらに高く。

ガイアは小さくなっていく姿を見上げていた。

やがて見えなくなる。


「…………」


木陰へ戻る。

岩を背にして座り、片膝を立てた。

目を閉じる。


——————————————————————


空が見えた。


ファルコの視界。

森が遠ざかる。

山を越える。

いくつもの街や川が小さく流れていく。

やがて海へ出た。


「…………」


ガイアは目を閉じたまま、岩へ身体を預けていた。

長い。

ひたすら海が続く。

それでもファルコは飛び続ける。


どれだけ時間が経ったか。

海の向こうに、ようやく白いものが見えた。

霧。

進むほど濃くなっていく。

やがて視界のすべてが白く覆われた。


ファルコは速度を落とさない。

右へ。

少し南へ。

また進路を変える。

何も見えない霧の中を、迷うことなく進んでいく。


「…………」


白い視界に、色が差した。

緑。

霧を抜ける。

森が広がった。

その向こうに海岸が見える。

ヴァレイア。


「…………」


ファルコが島の上空を飛ぶ。

森を越える。

集落が見える。

海沿いの道。

家々。

見慣れた景色が流れていく。

ガイアは何も言わなかった。

ファルコがゆっくりと高度を落とす。


「…………」


ガイアの眉が僅かに下がった。

視界の先を追う。

しばらく、そのまま見ていた。


「…………元気そうだな」


小さく呟く。


ファルコが再び高度を上げる。

島が遠ざかっていく。


「…………」


ガイアはもう少しだけ眺めていた。


「……もういいよ」


繋がっていた視界を切る。

自分の目を開けた。


「…………っ」


すぐに目元を押さえる。

岩へ深く背を預けた。

大きく息を吐く。


「……はぁ」


しばらく動けなかった。


「…………」


もう一度、息を吐く。


「遠っ」


目を閉じる。

そのまま木陰で、しばらく休んでいた。


——————————————————————


夕方。

児童所へルナリスを迎えに行き、そのままレグラスの家へ向かった。


「ガイアも泊まる?」


「泊まらねぇよ」


「なんで?」


「何でって……俺は帰るから」


「ジジいるもんね」


「…………」


ルナリスがガイアを見上げる。


「何?」


「何でもねぇよ」


「ガイア今日眠そう」


「ちょっとな」


「お昼寝した?」


「少し」


「ルナもしたよ」


「そっか」


レグラスの家が見えてくる。

ルナリスがガイアの手を引いた。


「早く!」


「分かったから走んなって」


「おじさーん!」


門の前から声を上げる。

ガイアは小さく笑い、その後ろを歩いた。


——————————————————————


ルナリスを預けて家へ戻る頃には、日が暮れていた。


扉を開ける。

まだジジは帰っていない。


「…………」


静かだった。

ガイアは居間へ入り、椅子へ座る。

いつもならルナリスの声がする。

台所へ行けばついてくる。

何を作るのかと聞いてくる。


「…………」


ガイアは頬杖をついた。

そのまま目を閉じる。

少しだけ。

そう思ったところで、扉が開いた。


「ただいま」


ガイアが目を開ける。


「……おかえり」


ジジが入ってくる。


「寝てた?」


「寝てねぇよ」


「眠いの?」


「ちょっと」


ジジがガイアを見る。


「今日忙しかった?」


「別に」


「別にって」


「その辺ぶらぶらしてた」


「ふうん」


ジジはそれ以上聞かなかった。


「ルナは?」


「レグラスんとこ置いてきた」


「ああ、そっか」


ジジが部屋を見回す。


「静かだな」


「な」


「変な感じ」


「一晩いねぇだけだろ」


「そうだけど」


ジジがガイアの向かいへ座った。


「今日何食う?」


「何でもいい」


「今日は俺作よ」


「え」


「ガイア疲れてるみてぇだし」


「いや……」


ガイアが少し考える。


「食えんの作れんの?」


「失礼だな」


「お前料理してるとこあんま見ねぇもん」


「できるよ。普通に」


「じゃあ作って」


「わかった」


ジジが立ち上がる。

ガイアはその背中を見たあと、椅子へ深く座り直した。


「……眠」


「寝てていいよ」


「寝たら飯食えねぇだろ」


「起こす」


「…………」


ガイアは少し黙った。


「じゃあちょっと寝る」


「ん」


「できたら起こして」


「分かった」


ガイアは寝台へ向かった。


——————————————————————


「ガイア」


肩を軽く叩かれる。


「ん……」


「飯」


「…………」


ガイアが目を開ける。

ジジが覗き込んでいた。


「できた」


「……うん」


身体を起こす。


「どんくらい寝た?」


「そんな寝てねぇよ」


「そっか」


ガイアは髪を掻き上げた。

まだ眠い。

食卓へ行くと、料理が並んでいる。


「ちゃんと作れんじゃん」


「だから言っただろ」


「いただきます」


一口食べる。


「うま」


「作れんだって」


ガイアが笑った。

ジジも食べ始める。


二人だけの食卓は静かだった。


「ルナ、楽しそうだった?」


「めちゃくちゃ」


「そうか」


「門入る前からレグラス呼んでた」


「想像つく」


「明日迎え来いって」


「ガイアが行く?」


「行く」


「ふうん」


ガイアがジジを見る。


「何?」


「いや」


ジジは普通に食事を続けている。

ガイアも再び手を動かした。


——————————————————————


夜。

ガイアは寝台の端に横になった。

ジジが隣へ入る。

いつも真ん中にいるルナリスがいない。


「…………」


「何でそんな端いんの?」


「別に」


「落ちるぞ」


「落ちねぇよ」


「もっとこっち来れば?」


「大丈夫」


「最近お前、変」


「うるせぇ。寝ろ」


ジジが仰向けになる。

ガイアも背を向けた。


「おやすみ」


「おやすみ」


しばらくして、部屋が静かになった。

ガイアの呼吸がゆっくりになる。

そのまま眠りについた。


——————————————————————


夜中。

ジジが目を開けた。


「…………」


隣から静かな寝息が聞こえる。

顔を向ける。

ガイアがこちらを向いて眠っていた。


「…………」


ジジはしばらくその顔を見た。

銀色の後れ毛が頬にかかっている。

目を閉じていると、普段より随分静かに見えた。


長い睫毛。

閉じた瞼。

すっと通った鼻筋。

普段は悪態ばかり吐いている口元。


「…………綺麗な顔してんな」


そんなことは、ずっと前から知っていたはずだった。

十年も一緒にいる。

何度も見ている顔だ。

それなのに、こうしてじっと見ると妙に新鮮だった。


「…………」


寝顔を見るのは、いつ以来だったか。

ギルハイム。

洞窟で休んだ時。

あの時も、ガイアは隣で眠っていた。


その後のことを思い出す。


毒。

呪詛。


自分が意識を失っていた間のことは覚えていない。

後からバルトに聞いた。


ガイアが取り乱していたこと。

何度も名前を呼んでいたこと。

泣いていたこと。


目を覚ました時。

すぐそばにガイアがいた。

泣きながら笑っていた。

頬に涙が残っていた。


ジジはガイアの目元を見る。


「…………」


手を伸ばす。

親指が、閉じた瞼に触れた。

ゆっくりなぞる。

ガイアは起きない。


「……どんだけ泣いてたんだよ」


小さく呟く。

もう一度、目尻をなぞる。


「…………」


泣いたガイアを見たのはあの時が初めてだった。


港へ行った時のことを思い出す。

何も言わずに東へ行こうとしていた。


「……何でいなくなろうとしてたんだよ」


返事はない。

ジジはガイアを見たまま、眉を寄せた。


「…………」


自分が死ぬのは、あんなに嫌がった。

それなのに。

自分からいなくなるのはいいらしい。


「意味分かんねぇ」


指がもう一度、瞼に触れる。

ガイアは眠ったままだった。


「…………」


親指が目尻から離れる。

そのまま頬へ触れた。


「…………」


ジジの視線が下がる。

眠っているガイアの唇を見る。

指先が、ゆっくり動いた。

頬から下へ。

あと少し。


「…………っ」


手が止まった。

心臓が大きく鳴る。


「…………」


ジジは自分の手を見る。

すぐに引いた。


もう一度、ガイアを見る。


「…………」


心臓がまた鳴った。

さっきより速い。


「……俺」


何をしようとした。


分かっている。

ガイアの唇に触ろうとした。


「…………」


ジジはガイアから目を逸らした。


「……何やってんだよ」


返事はない。

隣では、ガイアが何も知らずに眠っている。

ジジは仰向けになった。

目を閉じる。


「…………」


心臓がうるさい。


しばらくして、また目を開けた。

横を見る。

ガイアはまだ眠っていた。


「…………」


ジジはすぐに顔を戻した。

もう一度目を閉じる。

それでも、なかなか眠れなかった。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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