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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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145/199

いつまでいる気だ

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

朝。

目を覚ましたジジが身体を起こすと、隣から声が飛んできた。


「寝てろ」


「……起きただけだろ」


「そのまま寝てろ」


「何でだよ」


ガイアはすでに起きていた。

長い銀髪を後ろで一本に纏めながら、寝台の端に腰掛けている。

その隣では、ルナリスがまだ布団に包まっていた。


「今日ルナ送ってくだろ」


「俺が行く」


「ガイアが?」


「そう言ってんだろ」


ジジが眉を寄せた。


「俺も行くけど」


「行かねぇよ」


「児童所くらい歩いて――」


「昨日、シャイアになんて言われた?」


「…………安静」


「じゃあ寝てろ」


「別に寝てろとは言われてねぇだろ」


「じゃあ座ってろ」


「それも言われてねぇ」


「めんどくせぇな、お前」


ガイアが振り返る。


「昨日港まで走ったせいで痛ぇんだろ?」


「もうそんな痛くねぇよ」


「嘘つけ」


「ほんとだって」


「今日は大人しくしてろ」


ジジは何か言おうとしたが、諦めたように枕へ頭を戻した。


「……じゃあ頼む」


「ああ」


「ギルドにも今日休むって言っといて」


「分かった」


「バルトに――」


「分かったって。ガキじゃねぇんだから一から十まで言わなくてもできる」


「はいはい」


そこで、二人の間から白い頭がもぞもぞと動いた。


「……ジジ」


「ん?」


「おはよう」


「おはよ」


ルナリスが目を擦りながら身体を起こす。

ガイアが振り返った。


「おはよ、ルナ」


「ガイアいる?」


「いるよ」


「今日もずっと?」


「……今はな」


「?」


ルナリスは首を傾げた。


「ほら、準備すんぞ。今日は俺が送ってく」


「ガイアが?」


「そ」


「ジジは?」


「こいつは留守番」


「何で?」


「昨日走ったから」


ルナリスがジジを見る。


「ジジ、走っちゃだめなのに」


「……分かってるよ」


「シャイアに怒られたでしょ」


「怒られた」


「だめだね」


「ルナに言われたくねぇんだけど」


「でもジジは港まで走ったんでしょ?」


「…………」


ガイアが横で吹き出した。


「ルナの勝ち」


「何の勝負だよ」


「ジジ、今日は走っちゃだめだよ」


「走らねぇよ」


「おうちにいてね」


「分かったって」


「いい子」


「…………」


ガイアが腹を抱えて笑い始めた。


「うるせぇよ」


「ははっ、いい子だってよ」


「早く連れてけ」


「はいはい」


——————————————————————


児童所へ向かう道を、ガイアとルナリスは並んで歩いていた。

ルナリスは朝から機嫌がいい。


「今日もガイアお迎え来る?」


「んー……たぶんな」


「ほんと?」


「…行くよ」


「やった!」


嬉しそうに笑う。

少し歩いたところで、ルナリスがガイアを見上げた。


「ジジ、大丈夫?」


「大丈夫だよ。昨日走ったから休まされてるだけ」


「なんで走ったの?」


「…………」


ガイアは前を向いた。


「ガイア追いかけたんでしょ?」


「……そうだな」


「なんでガイア追いかけたの?」


「知らねぇよ」


「ガイアどこ行こうとしてたの?」


「東」


「遠い?」


「遠いな」


「行っちゃうの?」


足が僅かに止まりかけた。

ガイアは隣を見る。

碧色の瞳が、まっすぐ自分を見上げていた。


「……今は行かない」


昨夜、自分で言った言葉だった。

ちゃんと帰ってくる。


「ほんと?」


「ほんと」


「よかった」


それだけでルナリスは笑った。


「ガイアいないと寂しいもん」


「…………そっか」


「ジジも寂しいと思う」


「……どうだろうな」


「寂しいよ」


「何でルナが分かんの?」


「分かるもん」


「へえ」


「だってジジ、ガイア大好きだもん」


「…………」


ガイアが止まった。

ルナリスは数歩進んでから振り返る。


「ガイア?」


「……何でもねぇ」


「行くよ?」


「はいはい」


再び歩き出す。


「…………」


子供の言うことだ。

何も考えるな。

ガイアは前を向いた。


——————————————————————


ルナリスを児童所へ送り届けると、その足でギルドへ向かった。

扉を開ける。


朝のギルドはすでに冒険者たちで賑わっていた。

依頼掲示板の前には人が集まり、受付では職員たちが忙しなく動いている。


ガイアはその中を進み、奥にいたバルトを見つけた。


「バルト」


「ん?」


バルトが顔を上げる。


「ジジ、今日休み」


「…………」


一瞬だけ間が空いた。


「何でお前が言いに来んだよ」


「昨日走ったせいでシャイアに安静って言われた」


「ああ」


バルトは納得したように頷いた。

それから、ガイアを見た。


「ほらみろ。めんどくせぇことになったじゃねぇか」


「……うるせぇな」


「だから言っただろ」


「何を」


「言わなくても分かんだろ」


「何だよそれ」


バルトは笑った。

それ以上は何も言わなかった。

ガイアも話すつもりはない。


「じゃあ伝えたからな」


「ああ」


ガイアが踵を返す。


「ガイア」


「何?」


「船は?」


ガイアが振り返る。


「乗らなかった」


「見りゃ分かる」


「じゃあ聞くなよ」


バルトはまた笑った。


「で、これからどこ行く?」


「市場」


「何しに?」


「飯の材料買いに」


「…………」


バルトが黙る。


「何だよ」


「いや」


「言えよ」


「何も言ってねぇだろ」


「顔が何か言ってんだよ」


「気のせいだ」


バルトは机の上の書類へ視線を戻した。


「行ってこい」


「……何なんだよ」


ガイアは眉を寄せながら、ギルドを出た。

バルトは最後まで何も言わなかった。


——————————————————————


市場は朝から人で溢れていた。

ガイアは露店を順番に覗きながら歩く。


肉。

魚。

野菜。

果物。

香草。


何を作るか考えながら、必要なものを選んでいく。

昨日の件は、自分にも原因がある。

黙って出ていこうとしなければ、ジジが港まで走ることもなかった。

今日くらいは面倒を見る。

それだけだ。


「兄ちゃん、こっちの肉今日入ったばっかだよ」


「んー……それ二つ」


「あいよ」


肉を受け取る。


次の店では野菜。

ジジは放っておくと肉ばかり食う。

病み上がりなんだから、もう少し色々食わせた方がいい。

ルナも食べる。

辛いものは避ける。


「…………」


魚も買う。

果物も少し。

昼は軽めにして。

夜は魚にするか。


明日の朝は――。


「パンケーキでも作ってやるか」


口にして。

止まった。


「…………」


ガイアは市場の真ん中で立ち止まった。


「……いや待てよ」


今日の飯。

分かる。


ジジは安静。

自分が原因の一つ。

だから作る。


ルナの分も必要。

分かる。

だが。


「……何で明日の朝飯考えてんの、俺」


昨日泊まった。

今朝ルナを児童所へ送った。

ギルドへジジの休みを伝えに行った。

今、市場で三人分の食材を買っている。


そして明日の朝食。


「…………」


ガイアは自分が持っている袋を見た。


「やば」


思わず口から出た。


「兄ちゃん?」


近くの店主が怪訝そうな顔をする。


「何でもねぇ」


「卵いるかい? 今日はいいの入ってるよ」


「…………」


卵。

パンケーキ。


「……いる」


「何個?」


ガイアは少し考えた。


「六個」


「あいよ」


買う。

結局買う。

卵を袋へ入れながら、ガイアは深く息を吐いた。


今日だけ。

今日はジジが安静だから。


明日の朝食まで買った理由については、考えないことにした。


——————————————————————


家へ戻る。

扉を開けると、居間にジジがいた。


寝てはいない。

椅子に座って本を読んでいる。

ガイアを見ると、顔を上げた。


「おかえり」


「……ただいま」


答えてから。

ガイアの足が止まった。


「…………」


ジジはすでに本へ視線を戻している。

何でもない言葉だった。


おかえり。

たったそれだけ。


「何買ってきた?」


「……飯」


「見りゃ分かる」


「じゃあ聞くなよ」


ジジが少し笑った。

ガイアは市場の袋を台所へ運ぶ。


「ルナ送れた?」


「送れた」


「ギルドは?」


「行った」


「バルト何か言ってた?」


「めんどくせぇことになったって笑ってた」


「何だよそれ」


「俺が聞きてぇよ」


ジジが笑う。

ガイアは袋から食材を取り出した。


肉。

野菜。

魚。

果物。

卵。


「…………」


ふと、手が止まる。


おかえり。

随分、久しぶりに言われた気がした。

いつ以来だったか。

思い出そうとして、やめた。


百二十年もふらふらしていれば、そんな言葉とは縁がなくなる。

帰る宿はあった。

戻る街もあった。

けれど。


扉を開けた自分へ向けられる言葉ではなかった。


「ガイア?」


「ん」


「どうした?」


「……何でもねぇよ」


食材へ視線を戻す。

悪くなかった。

それが少し、困った。


「昼何?」


「まだ決めてねぇ」


「腹減った」


「お前、病人のくせに元気だな」


「病人じゃねぇよ」


「じゃあ何で家にいんだよ」


「シャイアが休めって言うから」


「それを病み上がりって言うんだよ」


「腹は減るだろ」


「はいはい」


ガイアは袖を捲った。


「何か作ってやるよ」


当たり前のように返ってくる。

ガイアは一度、天井を見た。


昨日まで。

遠くへ行くつもりだった。

それが今は。


ジジの昼飯を作ろうとしている。

夕方になればルナを迎えに行く。

袋の中には、明日の朝の分まで入っている。


「…………」


いつまでいる気なんだ。

自分でも分からなかった。


ガイアは考えるのをやめて、昼食の支度を始めた。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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