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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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144/199

帰ってこい

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

家へ着く頃には、日はすっかり傾いていた。


「ただいまー!」


ルナリスが扉を開ける。

ジジはそのまま台所へ向かった。


「おい」


ガイアに後ろから服を掴まれる。


「何?」


「どこ行く気だよ」


「飯作る」


「座ってろ」


「飯くらい作れるって」


「安静って言われただろ」


「肩使わなきゃ平気だろ」


「座れ」


「うるせぇな」


「シャイアに言うぞ」


「…………」


ジジはガイアを見る。

ガイアも見る。


「……分かったよ」


渋々、居間の椅子へ腰を下ろした。

ガイアは台所へ向かい、食材を確認する。


「何あんの?」


「肉」


「また肉かよ」


「野菜もある」


「何?」


「知らねぇ」


「自分ちだろ」


「買ったのマーサだから」


「ああ……」


肉に野菜、卵。保存してある香草もある。


「まあ、何とかなるな」


ガイアは両袖を肘の上まで捲った。


「…………」


ジジの目が止まった。


左腕。

褐色の肌に、白く残った深い傷痕。

見覚えがあった。


十年前。

十八の頃。

まだブロンズだったジジが、身の程も知らずにゴールド級の依頼へ手を出した。

何とかなると思っていた。

実際には、何ともならなかった。

魔物の攻撃をまともに受けかけたところへ、

横から飛び込んできたのがガイアだった。

自分を庇った左腕から血を流しながら、怒鳴り散らしていた。


あの時の傷。

十年経った今も、ガイアの腕に残っている――


「ルナもお手伝いする!」


ルナリスの声に、ジジは顔を上げた。


「ん?」


ガイアが振り返る。


「ご飯作る!」


「できんの?」


「できる!」


「何できる?」


「…………」


ルナリスが考える。


「運ぶ!」


「じゃあ頼むわ」


「うん!」


ガイアから野菜を受け取り、両手で抱える。


「どこ?」


「そこの台」


「分かった!」


慎重に歩き、台へ置く。


「できた!」


「ありがと。じゃあ次これ」


「うん!」


今度は器を渡す。


「両手で持てよ」


「こう?」


「そうそう」


ガイアは肉を切りながら、時折ルナリスへ目を向ける。


「そこ滑るから気をつけろよ」


「うん」


「あと、それ触んな。熱くなるから」


「分かった」


「いい子だな、ルナは」


ルナリスが嬉しそうに笑った。


「次は?」


「じゃあ、これ混ぜる?」


「やる!」


木の匙を渡す。

ルナリスは真剣な顔で器の中を混ぜ始めた。


「こう?」


「もうちょいゆっくり」


「こう?」


「そう」


「ガイア、上手?」


「上手上手」


「ジジ!」


ルナリスが振り返る。


「ルナ上手だって!」


「よかったな」


「おいしくするね!」


「頼む」


「うん!」


再びガイアの方を向く。

ジジは椅子の背へ身体を預けた。


「…………」


ガイアの長い銀髪が、動くたび背中で揺れる。

捲った袖から伸びる左腕。

そこに残る、十年前の傷。


「ルナ、それ取って」


「これ?」


「そっち」


「これ?」


「それ」


「はい!」


「ありがと」


ガイアが笑う。

ルナリスも笑った。


「…………」


ジジは二人を見ていた。

別に珍しい光景ではない。

ガイアは昔から子供が好きだ。

ルナのことも、ずっと可愛がっている。


何度も見てきた。

それなのに今日は、妙に目が離れなかった。


「味見する?」


「する!」


「熱ぃから待てよ」


小さな匙へ少しだけ取り、ガイアが息を吹きかける。


「もういい?」


「まだ」


「もういい?」


「まだ」


「もういい?」


「ルナ、せっかちだなぁ」


「だって食べたい!」


「はいよ」


ガイアが笑いながら匙を差し出す。

ルナリスが口に入れた。


「おいしい!」


「マジ?」


「うん!」


「じゃあ成功だな」


「ジジにも!」


「まだ飯できてねぇだろ」


「味見!」


「後でいいよ」


「ルナがふーってする!」


「自分でできるって」


「ルナがするの!」


「……じゃあ頼む」


「うん!」


ガイアが吹き出した。


「甘ぇなぁ」


「何が?」


「何でも」


「…………」


ジジはまた二人を見る。


港まで走ったせいで身体は重い。

肩もまだ痛む。

シャイアには怒られた。

明日の鍛錬所まで禁止された。

それなのに。


今は妙に落ち着いていた。

ガイアがいる。

ルナがいる。

二人が目の前で笑っている。


「…………」


理由は分からなかった。

ただ、もう少し見ていたいと思った。


——————————————————————


夕食を終え、片付けまでガイアが済ませる頃には、外はすっかり暗くなっていた。


「じゃ、俺そろそろ行くわ」


「どこ行くんだよ」


ジジが聞いた。


「どこって……宿」


「取ってんの?」


「取ってねぇよ。今日出る予定だったし」


「宿舎は?」


「もう引き払った」


「じゃあ寝るとこねぇじゃん」


「今から探すよ」


「泊まってけば?」


「…………」


ガイアが止まった。


「何?」


「いや……」


「今から宿探すの面倒だろ」


「まあ……」


「じゃあここでいいじゃねぇか」


「…………」


ガイアは額を押さえた。


「ガイア泊まるの?」


ルナリスが嬉しそうに顔を上げる。


「いや、俺は――」


「泊まればいいじゃん!」


「…………」


「寝るところないんでしょ?」


「まあ……そうだけど」


「じゃあ一緒に寝る!」


「いやいやいや」


ガイアが即座に返した。


「何で?」


「何でって……」


ルナリスが首を傾げる。

ジジまで不思議そうにガイアを見る。


「…………」


ガイアがゆっくりジジを見る。


「何だよ」


「お前……」


「何?」


「…………いや、もういい」


「何が?」


「何でもねぇよ」


「変なの」


ガイアは深く息を吐いた。


「ガイア?」


ルナリスが顔を覗き込む。


「……分かった」


「泊まる?」


「泊まるよ」


「やった!」


ルナリスが両手を上げた。

ガイアはもう一度、深く息を吐いた。


——————————————————————


寝台には三人が並んだ。


ジジ。

ルナ。

ガイア。


ガイアは長い銀髪を後ろへ集め、

髪を三つに分けようとしたところで、小さな手が伸びてくる。


「ルナがやる!」


「できんの?」


「できる!」


「ほんとかよ」


「できるもん」


ルナリスはもう枕へ頭を乗せている。

寝転がったまま、ガイアの髪へ手を伸ばした。


「ガイア寝て」


「寝たらやりづれぇだろ」


「できるよ」


「ほんとかよ」


ガイアは笑いながら横になった。

ルナリスへ背中を向け、銀髪を後ろへ流してやる。


「ほら」


「動かないでね」


「動かねぇよ」


小さな指が髪を三つに分ける。


「あれ?」


「もう失敗してんの?」


「してない!」


「してるだろ」


「ガイア動いたから」


「動いてねぇよ」


「動いた!」


「ルナが引っ張ったんだろ」


「もう一回!」


髪が絡まれば、ガイアが少し解してまた渡す。


「ここ持って」


「これ?」


「そう。それをこっち」


「こっち?」


「違う。そっち」


「どっち?」


「……もう好きにやれ」


「うん!」


その向こうで、ジジは横向きになり、頬杖をついていた。

ガイアがルナに髪を任せている。


時々引っ張られて顔を顰める。

それでも怒らない。

ルナが笑えば、ガイアも笑う。


「…………」


ジジは黙ったまま、その姿を見ていた。

ふとガイアが振り返る。

視線が重なった。


「……何?」


「ん?」


「何見てんの」


「ガイア」


「…………何で俺見てんだよ」


「別に」


「別にって何だよ」


「ルナと遊んでんなと思って」


「そりゃ遊ぶだろ」


「うん」


それでも視線は逸れない。


「……見んなよ」


「何で?」


「何でも」


「変なの」


「…………」


ガイアは顔を戻した。


「ガイア、動かないで」


「分かってる」


「また動いた」


「今のはジジのせい」


「俺?」


「お前」


「何でだよ」


「うるせぇ」


しばらくして。

銀髪を掴んでいた小さな手が止まった。


「……ルナ?」


返事はない。

途中まで編んだ髪を握ったまま、ルナリスは眠っていた。


「寝てんじゃん」


ガイアが小さく笑った。


その指を一本ずつ開き、髪を抜く。

肩まで布団を掛けてやる。

それから静かに身体を起こした。

途中まで編まれた髪を一度ほどき、銀髪を後ろへ集める。


「ガイア」


ジジの声がした。


「ん?」


「左腕の傷……久しぶりに見た」


ガイアが左腕を見る。


「ああ、これ?」


右手で傷痕を軽く擦る。


「懐かしいな」


「十年前だろ」


「そんくらい?」


「俺、十八だった」


「あー……じゃあ十年か」


ガイアが傷を眺めながら笑った。


「マジでほんと、ぶっ飛ばしてやろうかと思ったよなー」


「俺を?」


「お前以外誰がいんだよ」


「助けたくせに」


「礼も謝罪もねぇし。

 ブロンズのくせにゴールドの依頼に手ぇ出して、

 何の策もなく突っ込んでくし」


「倒せると思ったんだよ」


「結果俺がこれだろ」


「最後倒したじゃねぇか」


「結果論なんだよ」


ジジが少し笑った。

そのまま手を伸ばす。

ガイアの笑みが止まった。


「…………」


ジジの指先が、左腕の傷へ触れる。

古い傷痕をゆっくりとなぞった。


「……あん時からだな」


「……何が」


「あん時から、お前いい匂いだなって思ったの」


「…………」


ガイアがジジを見る。


「お前、それ覚えてんの?」


「覚えてるよ」


指先が傷の上を滑る。


「ココナッツみてぇな匂いしてた」


「……プルメリアもな」


「そう、それ」


傷の端まで辿った指が止まる。


「今も同じ匂いする」


「…………」


ガイアは動かなかった。

ルナリスを挟んだ向こうから伸びてきたジジの手が、

自分の腕に触れている。


心臓の音が、やけに近かった。


「……ジジ」


「何?」


「そろそろ離してくんね?」


「痛い?」


「痛くねぇよ」


「じゃあ何で」


「…………何でも」


ジジは不思議そうな顔をしながら手を離した。

ガイアは前を向く。

銀髪を三つに分け、編み始める。

一本。

二本。

指を動かす。


「……本気で行こうとしてたんかよ」


手が止まった。


「…………」


振り返る。

ジジも起き上がっていた。

さっきまでの顔とは違う。

笑っていない。

真っ直ぐガイアを見ていた。


「……何だよ、急に」


「今日」


「…………」


「本気で、あのまま行くつもりだったのかよ」


ガイアは少し黙った。


「……まあ」


「いつ帰るかも決めないで?」


「いつものことだろ」


「…………」


「俺、昔からそうじゃね?」


ふらりと出ていく。

気が向けば戻る。


数ヶ月。

半年。


それがガイアだった。

ジジも知っている。


「今回は違ぇだろ」


「……何が?」


「分かんねぇけど」


ジジの眉が寄る。


「なんか違ぇだろ」


「…………」


「俺が今日ギルド行かなかったら、知らねぇままだった」


ガイアが視線を落とした。


「……そうだな」


「バルトに聞かなかったら、何も知らねぇままだっただろ」


「……まぁ」


「それが嫌なんだよ」


ガイアが顔を上げた。

ジジはまだ真顔だった。


「旅すんなって言ってるわけじゃねぇよ。行きたいなら行けばいい」


「…………」


「でも次から言えよ」


「……分かった」


「あと」


「何?」


「必ず帰ってこい」


「…………」


ガイアの目が僅かに見開かれた。


「……帰ってこいって?」


「ああ」


「いつになるか分かんなくても?」


「いいよ」


「……百年かもしんねぇぞ」


「それは長ぇよ」


ジジが即答した。


「俺死んでんじゃねぇか」


「…………」


ガイアは何も言わなかった。


百年。

バルトにもそう言った。

その頃には、目の前の人間はもういない。

分かった上で、それでもいいと思っていた。


もう二度と会わなくてもいい。

そう思って船へ乗ろうとした。


「もっと早く帰ってこいよ」


ジジが言った。


「…………」


「ガイア?」


ガイアはしばらくジジを見ていた。

やがて、小さく息を吐いた。


「……分かった」


「本当か?」


「ちゃんと帰ってくる」


ジジの表情から僅かに力が抜けた。


「ん。ならいい」


それだけ言って、再び横になる。

ガイアはしばらく動かなかった。

やがて前を向き、止まっていた三つ編みの続きを始める。

いつもと同じ手順なのに、指先が妙に落ち着かない。


十年前。

左腕から血を流していた自分に、ジジは言った。

いい匂いがする、と。

今日。

その傷を指でなぞりながら、今も同じ匂いがすると言った。

その上で。

帰ってこい、と。


「…………」


編み終えた銀髪を纏める。

ガイアは小さく息を吐いた。


それから二人の隣へ横になった。

眠っているルナリスの手が、ガイアの腕に触れる。

ガイアはその手を避けなかった。

ルナリスの向こうには、ジジがいる。


今日の昼まで。

ここへ戻るつもりなどなかった。


百年。

それほど遠くまで行ってしまうつもりだった。

ガイアは静かに目を閉じた。


東へ向かうはずだった日の夜。

ガイアは、また二人の隣にいた。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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