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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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143/184

帰る場所

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

「…走…った?」


シャイアの声が、診察室に落ちた。

寝台に腰掛けたジジは、僅かに視線を逸らした。


「……走った」


「どこから?」


「ギルド」


「どこまで?」


「…………港」


シャイアの手が止まった。


「港?」


「ああ」


「ギルドから?」


「そう」


「走って?」


「……だな」


シャイアはしばらく何も言わなかった。

壁際に立っていたガイアが、そっと視線を逸らす。


「ジジ」


「何」


「私、走っていいって言った?」


「言ってない」


「むしろ?」


「走るなって言われた」


「そうよね?」


「……はい」


シャイアが大きく息を吐いた。


「何考えてるの! この前まで死にかけてたのよ!?」


「分かってるって」


「分かってないから港まで走ったんでしょ!」


「間に合わねぇと思ったんだよ」


「何に!」


「…………」


ジジが黙る。

シャイアが眉を寄せた。


「何に間に合わないと思ったの?」


「……船」


横からガイアが答えた。


「船?」


「こいつ、俺追っかけてきた」


「…………」


シャイアがガイアを見る。

それからジジを見る。

もう一度、ガイアを見る。


「……何で?」


「俺が聞きてぇよ」


「ガイア」


「事実だろ」


シャイアの視線が二人の間を往復する。

何か言いたげだったが、それ以上は聞かなかった。

ジジの左肩へ手を伸ばす。


「腕上げて」


ジジが腕を上げる。

途中で眉が動いた。


「痛い?」


「ちょっと」


「ちょっとじゃないでしょ」


「……さっきより痛い」


「でしょうね」


シャイアは傷痕の周囲を慎重に確認した。


「幸い傷は開いてない。呪詛の痕にも変化はないわ」


「じゃあ平気だな」


「平気じゃない」


即答だった。


「治りかけてるところに負担を掛けたの。今日と明日は安静」


「明日仕事」


「安静」


「鍛錬所――」


「安静!」


「…………はい」


隣でガイアが鼻で笑った。


「当たり前だろ」


ジジが横を見る。


「誰のせいだよ」


「俺のせいにすんな!」


「ガイアが東行こうとするからだろ」


「お前が勝手に走ってきたんだろ!」


「言ってくれれば走らなかった」


「…………」


ガイアが詰まった。

シャイアが二人を見比べる。


「喧嘩するなら外でやって」


「してねぇよ」


二人の声が重なった。

シャイアは額を押さえた。


「とにかく。今日はもう大人しく帰ること。明日も鍛錬所は禁止」


「……分かった」


「本当に?」


「分かったって」


「ガイア」


「こいつが行こうとしたら止める」


「何でガイアに頼むんだよ」


「信用がないからでしょ」


「…………」


ジジは黙った。

ガイアが笑った。


——————————————————————


診療所を出ると、日は少し傾き始めていた。

ジジはゆっくりと歩いている。

その隣をガイアが歩く。


「肩」


「何?」


「痛ぇ?」


「ちょっと」


「だから走んなって言っただろ」


「だからガイアが――」


「もう俺のせいでいいよ」


ガイアが呆れたように言った。


「明日は大人しくしてろよ」


「分かってる」


「絶対だからな」


「ガイア、シャイアみたいになってる」


「誰のせいだよ」


今度はガイアが言った。

ジジが少し笑う。

そのまましばらく歩いたところで、ガイアが気づいた。


「……お前んち、こっちじゃなくね?」


「そだな」


「どこ行くんだよ」


「児童所」


「あそっか」


ガイアは納得したように前を向いた。


「ルナ迎えに行く」


「もうそんな時間か」


「今日は夕方までだから」


「毎日行ってんの?」


「今はな。シャイアんとこ毎日行かなくてよくなったから、一日通ってる」


「へえ」


ガイアが少し笑った。


「ちゃんと児童所通ってんだな」


「めちゃくちゃ楽しそうだよ」


「そりゃいい」


「朝早ぇんだよ」


「お前が?」


「ルナが」


「ならいいだろ」


「休みの日まで同じ時間に起きんだぞ」


「健康的じゃねぇか」


「俺が眠ぃ」


「知らねぇよ」


ガイアが笑う。

その横顔を、ジジが一度見る。

すぐに前を向いた。


——————————————————————


児童所へ着くと、庭にはまだ数人の子供たちが残っていた。

花壇の近くで、白い髪が揺れている。

ルナリスはしゃがみ込み、他の子供と何かを覗き込んでいた。


「ルナ」


ジジが呼ぶ。


ルナリスが顔を上げた。

碧色の瞳がジジを見つける。


「ジジ!」


立ち上がる。

そのまま走り出した。


「ルナ! 走んな!」


言われた瞬間、速度が落ちた。


「…………」


早歩きになる。

ジジの前まで来ると、頬を膨らませた。


「走ってないよ」


「最初走ってただろ」


「途中から歩いた」


「途中からじゃ遅ぇんだよ」


「転んでないもん」


「そういう問題じゃねぇ」


「もう走れるよ?」


「走れるのと走り回っていいのは別だろ」


「…………」


ルナリスが不満そうにジジを見る。

その時。


ジジの後ろからガイアが顔を出した。


「よ」


ルナリスの目が大きくなる。


「…………ガイア!」


今度こそ勢いよく走った。


「おい、ルナ!」


「ははっ」


ガイアがしゃがみ込む。

飛び込んできたルナリスを、そのまま両腕で受け止めた。


「ガイア!」


「おっと。元気だなぁ」


「ガイアもお迎え!?」


「まあ、そんな感じ」


「なんで!?」


「なんでって……」


ガイアがジジを見る。


「たまたま一緒だったから」


「ガイア最近来なかった!」


「……ごめんごめん」


「何してたの?」


「ちょっと色々」


「お仕事?」


「まあ、そんな感じ」


「今日もどっか行く?」


一瞬。

ガイアの表情が止まった。


「…………」


ジジも何も言わなかった。

ルナリスだけが、ガイアの顔を見ている。

やがてガイアは笑った。


「今日は行かねぇよ」


「ほんと?」


「ああ」


「じゃあ一緒に帰る?」


「……そうだな」


「やった!」


ルナリスが笑う。

ガイアの首へ腕を回した。

ガイアも笑いながら、その小さな身体を抱き上げる。


「ルナ、重くなった?」


「なってない!」


「なっただろ」


「なってないよ!」


「いっぱい食ってんじゃん」


「食べてる!」


「じゃあ重くなってんじゃん」


「なってない!」


「どっちだよ」


ルナリスが声を上げて笑う。

ジジはその横で、二人を見ていた。


「ルナリス」


児童所の中からアグラディアが出てくる。


「荷物忘れてるよ」


「あ!」


ガイアの腕から降り、アグラディアのところへ走ろうとする。


「ルナ」


ジジの声に、ぴたりと止まった。

今度は歩く。

ガイアが吹き出した。


「ちゃんと聞くじゃん」


「最近ずっと言ってんだよ。走んなって」


「お前が言えんの?」


「何で」


「今日港まで走った奴が」


「…………」


ジジが黙った。

ルナリスが荷物を受け取り、戻ってくる。


「ジジ走ったの?」


「…………」


「走った」


ガイアが答えた。


「しかもすげぇ速かった」


「何で?」


「俺追いかけて」


「余計なこと言うなよ」


ルナリスが不思議そうに二人を見る。


「ガイア逃げたの?」


「逃げてねぇよ!」


ガイアが即座に返した。

ジジが横で笑う。


「似たようなもんだろ」


「違ぇよ!」


「何が違うんだよ」


「全部だよ!」


「ふふっ」


アグラディアが笑った。

ガイアがそちらを見る。


「何だよ」


「いや。賑やかだなと思って」


「こいつがな」


「ガイアもだろ」


「俺は巻き込まれてんの!」


ルナリスはガイアの手を握った。


「帰ろ!」


「はいはい」


反対側の手でジジの手も握る。


「ジジも!」


「分かってるって」


三人が歩き出す。

アグラディアはその背中を見送った。


——————————————————————


帰り道。

ルナリスは真ん中を歩いた。


右手にジジ。

左手にガイア。


「今日ね、お花の絵描いたの」


「へえ」


ガイアが答える。


「何の花?」


「月下美人!」


「……そっか」


「ママのお花なんだって」


「そうだな」


「ガイア知ってる?」


「知ってる」


「ほんと?」


「俺の島にも咲くからな」


「島?」


ルナリスが顔を上げた。


「ガイアの島?」


「そう」


「どんなところ?」


「海があって、森があって……まあ、暑いとこ」


「お花いっぱい?」


「いっぱいある」


「見たい!」


「匂いのする花がたくさんある」


「ガイアの匂いのお花?」


「そうだな、プルメリアもたくさんある」


「ルナも行きたい!」


「島?」


「うん!」


「遠いぞ」


「ジジも一緒に行こうよ!」


「…………」


ガイアが黙った。

ルナリスはそのままジジを見る。


「ジジも行くよね?」


「行ってみてぇな」


「ほんと?」


「ああ」


「じゃあ三人で行こう!」


「…………」


ガイアは二人を見る。

ジジは特に気にした様子もなく歩いている。


「ガイア?」


「……」


少し間を置いて。

ガイアは笑った。


「いつかな」


「うん!」


ルナリスは満足そうに二人の手を握った。

三人の影が、夕暮れの道に長く伸びていた。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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