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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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142/174

行くなよ

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

昼前。

ギルドの受付には、いつも通り冒険者たちが行き交っていた。


ジジは午後から始まる鍛錬所の指導を前に、受付近くの椅子へ腰を下ろしていた。

手には候補生たちの記録がある。


「この二人、今日組ませていい?」


ジジが紙を差し出す。

バルトが受け取った。


「どれ」


「こいつと、こいつ」


「階級違うだろ」


「だから。下の方が動きいいから一回やらせたい」


「ああ……なるほどな」


バルトが記録を見る。


「お前、復帰して数日でもう全部把握してんのか」


「見てりゃ分かるだろ」


「普通は分かんねぇんだよ」


「そう?」


「そうだ」


バルトは紙を返した。


「まあ、無茶させんなよ」


「分かってる」


ジジは記録を受け取る。

そのまま何となくギルド内を見回した。


受付。

依頼板。

奥の酒場。

見慣れた顔はいくつもある。


「…………」


ふと、口を開いた。


「そういやガイアは?」


「ガイア?」


バルトが顔を上げた。


「あいつ今日、東だろ」


「…………は?」


ジジの手が止まった。


「そろそろ出航じゃねぇか?」


「……聞いてねぇ」


バルトが僅かに眉を寄せる。


「あいつ、何も言ってねぇのか?」


「…………」


ジジは答えなかった。


手元の記録へ視線を落とす。

文字が目に入らない。


「東って……どれくらい?」


「さあな。決めてねぇって言ってたぞ」


「いつ帰ってくんの」


「それも決めてねぇって」


「…………」


「ガイアのことだからな。半年かもしれねぇし、数年かもしれねぇ」


バルトはそこで口を閉じた。


百年。

ガイアが笑いながら口にした時間を、ジジには言わなかった。

ジジはまだ動かなかった。


「……何で」


「ん?」


「何で何も言わねぇんだよ」


小さな声だった。

バルトは答えない。


「…………」


また声が重なる。

『次に誰かが出ていこうとした時』

『行ってほしくないなら、ちゃんとそう言いなさい』


ジジの指が、手にしていた紙を僅かに握った。

そして。


『大切な人がいるなら、ちゃんと気持ち伝えなさいよ』

『いつまでも、そばにいるとは限らないんだから』


「…………」


顔を上げる。

壁に掛けられた時計を見る。


昼前。

東へ向かう船。


「……港」


「何?」


「東行きの船、どこの港?」


バルトがジジを見る。


「東側の船着き場だと思うが――」


言い終わる前だった。

ジジは手にしていた記録を受付へ置いた。


そのまま出口へ向かう。


「おい」


返事はない。


「ジジ」


歩く速度が上がる。


「おい、待て!」


ギルドの扉が開いた。

外へ出た瞬間。

ジジは走った。


「おい!!」


バルトが扉から顔を出す。


「お前まだ走っちゃ駄目だろ!!」


そのまま人混みの中へ消えていく。


「おい! ジジ!!」


バルトの声だけが通りへ響いた。


「……ったく」


頭を掻く。


「だから言っただろ、馬鹿エルフ……」


受付からマーサが出てきた。


「どうしたの?」


「あいつ、港行った」


「港?」


「ガイアが今日、東に出る」


マーサの表情が止まった。


「……え、ガイアどこか行くの?」


「ああ」


「ジジには?」


「言ってなかったらしい」


マーサは開いたままの扉を見る。

もうジジの姿は見えない。


「…………」


自分が伝えた言葉を思い出す。

マーサは小さく息を吐いた。


そして、誰にも届かない声で呟きながら笑った。


「……頑張って、ジジ」


——————————————————————


走る。

人を避ける。

荷車を回り込む。

通りを抜ける。

左肩に痛みが走った。


「っ……」


それでも止まらない。

息が上がる。


まだ身体は完全には戻っていない。

シャイアからは走るなと言われている。

分かっている。

そんなことはどうでもよかった。


「…………っ」


何で走っているのか。

自分でも分からなかった。

ガイアが旅に出ることなんて、初めてじゃない。

昔からそうだった。


ふらりといなくなる。

一週間。

長ければ数カ月。

そして、何事もなかったように帰ってくる。

今回も同じだ。

そう思えばいい。


なのに。


『最近ガイア来ないね』


違う。

何かが違う。

あいつは最近、来なかった。

距離を置くように。

少しずつ。

気づかれないように。


「……っ」


また肩が痛む。

ジジは構わず走った。


『行ってほしくないなら、ちゃんとそう言いなさい』


「…………」


行ってほしくない。


その言葉が浮かんだ瞬間。

足がさらに速くなった。


——————————————————————


港。

東へ向かう船では、出航の準備が進められていた。

荷物が積み込まれ、船員たちが声を掛け合っている。


「そろそろ乗れ!」


「はいはい」


ガイアは肩に鞄を掛けた。

荷物はそれだけだった。

長い旅になるかもしれない。

それでも必要なものは多くない。


「…………」


一度だけ街を見る。

バインス。

随分長くいた。


バルト。

ダンテ。

ドーラ。

マーサ。

ルナ。

そして。


「…………」


ガイアは視線を戻した。

考える必要はない。

もう決めた。


ジジはもう大丈夫だ。

ルナもいる。

マーサもいる。

自分がいなくても、何も変わらない。


「よし」


小さく息を吐く。

船へ向かって歩き出した。


——————————————————————


「っ……は……」


港が見えた。

ジジは走る。

人の間を抜ける。

船がいくつも並んでいる。


「東……」


どれだ。

立ち止まりそうになる。

近くにいた船員へ声を掛ける。


「東行きの船!」


「何だ?」


「東行く船どれ!」


「あれだよ。もう出るぞ」


指差された先。

大きな船。

船員が乗客を呼び込んでいる。


「…………」


ジジの目が人影を探す。

見つからない。


「ガイア……」


いない。

もう乗ったのか。

胸が強く脈打つ。


「…………っ」


さらに走る。

肩が痛い。

息が苦しい。

それでも。


船へ続く桟橋。

その手前。


銀色の長い髪が風に揺れた。


「…………」


いた。


鞄を肩に掛けた褐色の背中。

今まさに船へ向かっている。


「ガイア!!」


港に声が響いた。

ガイアの足が止まる。


「…………」


ゆっくり振り返った。

目を見開く。


「……は?」


ジジが走ってくる。

顔色は悪い。

息も完全に上がっている。

それでも止まらない。


「お、おい!」


ガイアが慌てて戻る。


「何してんだよ!」


ジジが目の前まで来た。


「っ……は……」


「お前、まだ走っちゃ駄目だろ!」


「…………」


「馬鹿か! 顔真っ青じゃねぇか!」


「ガイア」


「何だよ! とりあえず座れ!」


「何で言わなかった」


ガイアの動きが止まった。


「……何を」


「東行くこと」


「…………」


「何で俺に言わなかった」


ガイアは一瞬だけ黙る。

すぐに笑った。


「別に。いつものことじゃねぇか」


「…………」


「ちょっと旅してくるだけ」


「いつ帰ってくんの」


「さあ」


「さあって何だよ」


「決めてねぇもん」


ガイアは肩を竦めた。


「気に入ったとこあったら、しばらくいるかもしんねぇし」


「しばらくって?」


「知らねぇよ」


「…………」


「数年かもしんねぇし」


ジジはガイアを見る。


「……もっと?」


ガイアの笑みが僅かに止まった。


「…………」


「もっと帰ってこねぇつもり?」


「何だよ、急に」


「答えろよ」


「決めてねぇって」


「…………」


ガイアは視線を逸らした。


「ほら、もう行かねぇと」


船へ向き直る。

一歩。


その腕を掴まれた。


ガイアが止まる。


「…………」


振り返る。

ジジが腕を掴んでいた。


強く。


「ジジ」


「行くなよ」


ガイアの目が僅かに見開かれた。


「…………何?」


「行くな」


「……何言ってんだよ」


ガイアが笑おうとする。


「俺、元々こういう奴だろ。今までだって何回も――」


「今回は嫌だ」


言葉が止まった。


「…………」


ジジ自身も、自分の口から出た言葉に一瞬黙った。

それでも手は離さなかった。


「何でか分かんねぇけど」


息を整える。


「……行ってほしくねぇ」


ガイアは何も言わない。


風が二人の間を抜けた。


「ジジ」


「何」


「お前……」


ガイアがジジを見る。


汗だくで。

息を切らして。

まだ顔色も悪い。


ここまで走ってきたのだと、一目で分かった。


「……馬鹿じゃねぇの」


声が少し掠れた。


「あ?」


「シャイアに走るなって言われてんだろ」


「言われてる」


「何で走ってくんだよ」


「間に合わねぇと思ったから」


「…………」


「ガイア」


ジジは腕を掴んだまま言った。


「戻ろう」


「…………」


「一緒に」


ガイアは答えなかった。

船員の声が飛ぶ。


「乗るなら早くしろ! もう出るぞ!」


「…………」


ガイアが船を見る。


それから。

自分の腕を掴んでいる大きな手を見る。


最後に、ジジを見る。


「…………」


百年。

帰らなくてもいいと思っていた。

もう会わなくてもいいと思っていた。

そのつもりで、ここまで来た。


「……ほんっと」


ガイアが俯いた。


「馬鹿だな、お前」


「うるせぇ」


ガイアは小さく息を吐いた。

そして船へ向けていた身体を、ジジの方へ戻した。


「……分かった」


ジジの手から、僅かに力が抜ける。


「戻る?」


「ん」


「……よし」


「その代わり」


「何」


ガイアがジジの額を指で弾いた。


「まずシャイアんとこ行くぞ」


「痛ぇ」


「当たり前だろ!」


「平気だって」


「どこがだよ! 顔見ろ!」


「自分じゃ見えねぇよ」


「屁理屈言ってんじゃねぇ!」


ガイアは怒鳴りながら、ジジの身体を支えた。


「――ほら。歩けるか?」


「歩ける」


「ゆっくりな」


「分かってる」


二人は港を歩き出す。

少し進んだところで、ガイアが振り返った。


東へ向かう船が、ゆっくりと桟橋を離れていく。


「…………」


海へ出ていく船を見送る。

隣には、息を切らしたままのジジがいた。


「ガイア」


「何」


「行きたかった?」


ガイアは船を見た。

少しだけ笑う。


「……別に」


「そ」


ガイアは前を向いた。

ジジも隣を歩く。


二人の背後で、東行きの船は少しずつ小さくなっていった。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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