残された言葉
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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翌朝。
朝早くルナリスはレグラスに連れられ家に戻っていた。
「ジジ」
「…………」
「ジジ」
「っ......ルナ?帰ってきたのか?」
「うん」
「ジジ、起きて」
「……起きてる」
「目閉じてるよ」
「起きてるって」
布団の中から返ってきた声に、ルナリスはじっとジジの顔を見た。
「今日お仕事でしょ?」
「……ん」
「遅れるよ」
「分かってる」
「起きないの?」
「起きる」
「いつ?」
「今……」
そう言いながら動かない。
ルナリスは少し考えると、布団を掴んだ。
勢いよく引く。
「寒っ!」
ジジが目を開けた。
「何すんだよ!」
「起きた!」
「起きたじゃねぇよ!」
ルナリスは楽しそうに笑っている。
ジジは乱れた黒髪を掻き上げた。
「……昨日ちゃんと寝たのか?」
「寝たよ!」
「何時?」
「分かんない」
「遅くまで起きてたんじゃねぇだろうな」
「おじさんとお話してた」
「何の?」
「ママの話」
ジジの手が止まる。
「……そうか」
「うん!」
ルナリスは嬉しそうに頷いた。
「ママね、子供の時、おじさんに怒られても森に行ってたんだって」
「逆じゃねぇの?」
「何が?」
「レジーナの方が姉ちゃんだろ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「じゃあママがおじさん怒ってたのかな」
「知らねぇけど」
ルナリスは少し考えた。
「今度聞く」
「そうしろ」
ジジはようやく身体を起こした。
「泊まるの楽しかったか?」
「うん!」
即答だった。
「また泊まりたい!」
「もう?」
「駄目?」
「駄目じゃねぇよ」
「じゃあまた泊まる!」
「レグラスに聞いてからな」
「うん!」
ルナリスは上機嫌で部屋を出ていった。
ジジはその背中を見送った。
初めての外泊だった。
夜中に泣いて帰ってくるかもしれない。
眠れないと言い出すかもしれない。
そんな心配をしていたのは、どうやらジジだけだったらしい。
「…………」
少しだけ拍子抜けした。
それでも、悪い気はしなかった。
ルナリスには、自分の知らなかった家族がいる。
帰れる場所が、一つ増えた。
ジジは布団から出ると、大きく伸びをした。
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昼を過ぎた頃。
ギルドの鍛錬所では、木剣のぶつかる音が響いていた。
「違う」
ジジの声に、候補生が止まる。
「そこから振ったら遅ぇだろ」
「はい」
「相手見ろ。剣見んな」
「はい!」
「もう一回」
候補生が構える。
踏み込む。
今度は木人へ真っ直ぐ木剣が入った。
「そう。それ」
「ありがとうございます!」
「次」
ジジは壁際へ下がった。
まだ候補生と直接打ち合うことは禁止されているものの、
立って指導する程度なら問題なくなっていた。
左肩の痛みもほとんどない。
「随分戻ったな」
横から声がした。
バルトだった。
「何が?」
「動き」
「まだ何もしてねぇじゃん」
「立ってるだけで分かる」
「そうか?」
「ああ」
バルトは鍛錬所を見渡した。
「シャイアにはちゃんと診てもらってんだろうな」
「昨日行った」
「何て?」
「順調」
「ならいい」
バルトはしばらく候補生たちを見ていた。
ジジが隣を見る。
「暇なの?」
「ギルドマスターに向かって暇とは何だ」
「仕事してねぇじゃん」
「休憩だよ」
「ふうん」
「お前な……」
バルトが呆れたように息を吐く。
その時、一人の候補生が派手に木剣を落とした。
「あ」
「何やってんだよ」
ジジがそちらへ向かう。
バルトはその背中を見た。
何か言いかけたが、そのまま口を閉じた。
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夕方。
受付へ戻ると、マーサがいつも通り仕事をしていた。
「お疲れさま」
「ん」
ジジは受付前の椅子へ座った。
昨日のことがあったからといって、マーサの様子は変わらない。
いつもと同じだった。
書類を確認し、冒険者に声を掛け、時々他の職員へ指示を出す。
「身体、大丈夫?」
「平気」
「肩は?」
「痛くない」
「そう」
マーサは書類へ視線を戻した。
ジジはその横顔を見る。
「……マーサ」
「何?」
「昨日の飯、うまかった」
マーサの手が止まった。
それから少しだけ笑う。
「そう」
「ああ」
「ちゃんと野菜食べなさいよ」
「分かってる」
「本当に?」
「食うって」
「ならいいけど」
それだけだった。
ジジもそれ以上は言わなかった。
しばらくして、マーサが席を立つ。
書類を奥へ運んでいく。
ジジはその背中を見送った。
『ずっとジジのこと好きだった』
八年。
それだけの時間、自分は何も知らなかった。
一度も気づかなかった。
「…………」
椅子へ深く座る。
昨日、最後に言われた言葉が浮かんだ。
『大切な人がいるなら、ちゃんと気持ち伝えなさいよ』
大切な人。
ジジは眉を寄せた。
『いつまでも、そばにいるとは限らないんだから』
「…………」
どこかで似たようなことを言われた気がした。
しばらく考える。
そして、不意に思い出した。
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――次に誰かが出ていこうとした時。
あの日。
エレーンがマリアの家を出る前。
『もしこの先、あなたの傍で誰かが出ていこうとした時』
『行ってほしくないと思うなら、ちゃんと言うのよ』
「…………」
ジジは受付の椅子に座ったまま、眉間へ指を当てた。
「何なんだよ……」
エレーンも。
マーサも。
似たようなことを言う。
言え。
伝えろ。
いなくなってからでは遅い。
「…………」
自分はそんなに分かりにくいのだろうか。
そこまで考えて、またあの声が浮かんだ。
『最近ガイア来ないね』
ルナの声。
ジジは顔を上げる。
「…………」
最近、家に来ない。
最後に会ったのは鍛錬所だった。
『じゃあな』
「…………」
ジジは受付の向こうを見る。
ガイアはいない。
今日も見ていなかった。
「マーサ」
奥から戻ってきたマーサが顔を上げる。
「何?」
「今日ガイア来た?」
「ガイア?」
「ああ」
マーサは少し考える。
「今日は見てないけど」
「そうか」
「用事?」
「いや」
ジジは椅子から立ち上がった。
「何でもねぇ」
マーサはその顔を見た。
「……そう」
それ以上は聞かなかった。
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同じ頃。
港では夕暮れの光が海面を赤く染めていた。
ガイアは停泊している船を見上げた。
「明日の昼?」
「ああ。昼過ぎには出る」
船員が答える。
「遅れんなよ。荷物積んだら待たねぇからな」
「分かってる」
「東へ行くなら、途中で二つ港に寄る。どこで降りる?」
「まだ決めてねぇ」
「決めてねぇのか?」
「気分で」
船員が呆れた顔をする。
「変わった奴だな」
「よく言われる」
ガイアは笑った。
船から離れ、港を歩く。
海風が銀髪を揺らした。
潮の匂いがする。
「…………」
足を止める。
水平線へ視線を向けた。
海を見るのは好きだった。
故郷を出てからも、それは変わらない。
どこの海も違う。
風も違う。
波の音も違う。
それでも、どこか懐かしかった。
「……船も久しぶりだな」
小さく呟く。
明日の昼には、この港を離れる。
東へ。
その先は決めていない。
気に入った土地があれば滞在する。
また飽きれば移動する。
今までと同じだった。
「…………」
ガイアは海から視線を外した。
そのまま街へ戻っていった。
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夜。
ジジの家では、ルナリスが机いっぱいに紙を広げていた。
「ジジ、見て」
「何?」
「これママ」
紙には人らしきものが描かれていた。
長い髪。
その周囲には花がいくつも描かれている。
「レジーナ?」
「うん!」
「見たことあんの?」
「本に絵あった」
「へぇ」
「これおじさん」
隣にはもう一人。
「何でこんな怒ってんの」
「怒ってないよ」
「眉毛すげぇぞ」
「おじさんこういう顔」
「……まあ、分かる」
ルナリスが次の紙を出す。
「これアグラディア」
「こっちは笑ってんじゃん」
「アグラディア笑うよ」
「レグラスもたまには笑うだろ」
「見たことない」
「俺もないかも」
ルナリスが笑った。
ジジも小さく笑う。
穏やかな夜だった。
それでも、ふとした瞬間。
ジジの頭には、昼間思い出した言葉が残っていた。
『行ってほしくないなら、ちゃんとそう言いなさい』
『大切な人がいるなら、ちゃんと気持ち伝えなさいよ』
「…………」
「ジジ?」
「ん?」
「どうしたの?」
「何でもねぇよ」
ルナリスはまた絵を描き始めた。
ジジはその隣で頬杖をつく。
「……何で二人とも似たようなこと言うんだよ」
「何が?」
「こっちの話」
「変なの」
「うるせぇ」
ルナリスが笑った。
ジジも紙へ視線を戻す。
まだ、その言葉が誰に繋がるのかは分からなかった。
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同じ夜。
ガイアは宿で鞄を閉じた。
準備は終わった。
明日の朝、港へ行く。
それだけだった。
窓辺へ寄り、街を見る。
遠くにギルドの灯りが見えた。
「…………」
バルトの言葉が浮かぶ。
『行くなら、ちゃんと顔見て行けよ』
ガイアは少しだけ笑った。
「……別にいいだろ」
誰もいない部屋に声が落ちる。
ジジはもう元気だった。
ルナも元気だ。
それで十分だった。
ガイアは窓から離れる。
灯りを消した。
明日の昼。
東へ向かう船が、バインスの港を出る
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




