東へ
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═
――少し時を遡る
ギルドへ着いた頃には、すっかり日が落ちていた。
ガイアが扉を開けると、昼間の喧騒はもうない。
依頼帰りの冒険者が数人残り、受付では夜番の職員が書類を整理していた。
マーサの姿はない。
当然だった。
ガイアは受付を横切り、そのまま奥へ向かった。
「バルトいる?」
「ギルドマスターなら奥ですよ」
「ん、ありがと」
軽く手を上げ、そのまま執務室の扉を開ける。
「バルト」
机に向かっていたバルトが顔を上げた。
「おう。珍しいな、こんな時間に」
「そう?」
「依頼か?」
「いや」
ガイアは適当な椅子を引き、腰を下ろした。
「ちょっと話あってさ」
「何だ」
「東って今、船出てる?」
「東?」
バルトが眉を寄せる。
「港からか?」
「そ」
「定期船なら出てんだろ。行き先にもよるが」
「ふうん」
「何だ、依頼じゃねぇのか」
「違う」
ガイアは椅子の背へ身体を預けた。
「俺、バインス出るわ」
バルトの手が止まる。
「……またか」
「またって何だよ」
「まただろ。お前、元々ふらふらしてんじゃねぇか」
「ハハッ。まあな」
「今度は東か?」
「ああ。あっち、まだあんまちゃんと回ってねぇんだよな」
「へえ」
「たまにはのんびり海出んのもいいかなって」
「ファルコじゃねぇのか」
「今回はいいや。別に急いでねぇし」
バルトは手元の書類を置いた。
「いつ出る」
「明後日」
「早ぇな」
「そう?」
「そうだろ。今決めたんじゃねぇのか」
「いや、ちょこちょこ準備はしてる」
「もうしてんのかよ」
「旅道具なんか大して要らねぇし。船さえ取れりゃいつでも出れる」
「行き先は?」
「決めてねぇ」
「は?」
「東行って、適当に降りて、そっから気分」
「相変わらずだな」
「予定決めて旅して何が楽しいんだよ」
「普通は決めんだよ」
「俺は普通じゃねぇから」
バルトは呆れたように息を吐く。
「まあ、お前ならどこ放り出しても死なねぇだろ」
「だろ?」
「で、どれくらい行くんだ」
「さあ」
「さあって」
「決めてねぇって」
「半年か、一年......」
ガイアは肩を竦めた。
「もっとかもな」
「……長ぇだろ」
「気に入ったとこあったら、そのままいるかもしんねぇし」
「…………」
バルトが黙る。
ガイアは机の端に積まれた依頼書へ手を伸ばした。
「これ何?」
「護衛」
「東?」
「北だ」
「じゃあいらね」
元の場所へ戻す。
バルトはそんなガイアを見ていた。
「ガイア」
「ん」
「お前、もう帰ってこねぇ気だろ」
ガイアが顔を上げた。
「なんで?」
「そんな顔してんぞ」
「どんな顔だよ」
「知るか」
「何だそれ」
ガイアは少し笑った。
それから、少し考えるように天井を見る。
「……百年くれぇ帰ってこねーかもなー」
軽い声だった。
バルトの眉間に皺が寄る。
「馬鹿野郎」
「何だよ」
「俺がくたばっちまうじゃねぇか」
「死ぬ時は連絡しろよ」
「どこに連絡すんだよ」
「探せばいいだろ」
「世界のどこにいるかも分かんねぇエルフをどうやって探すんだ」
「精霊にでも頼め」
「俺は精霊と喋れねぇよ」
「じゃあダンテに頼め」
「あいつも喋れねぇわ」
「使えねぇ兄弟だな」
「ぶん殴るぞ」
ガイアが声を上げて笑った。
バルトはしばらくその顔を見ていた。
「……会いたくねぇ奴でもいんのか?」
笑い声が止まった。
ほんの一瞬だった。
「なんでそうなんだよ」
「百年帰ってこねぇなんて、そういうことだろ」
「そんなんじゃねぇよ」
ガイアはまた笑った。
「ちょっと長ぇ旅したくなっただけ」
「…………」
「何だよ」
「いや」
「言いてぇことあんなら言えよ」
「言ったところで、お前は言わねぇだろ」
ガイアの眉が僅かに上がる。
「何を?」
「それだよ」
「意味分かんねぇ」
バルトは答えなかった。
ガイアが机の上にあった紙を弄る。
「東って今の時期、海荒れる?」
「場所による。南回りなら比較的穏やかじゃねぇか」
「じゃあそっちかな」
「船旅したいだけだろ、お前」
「バレた?」
ガイアは笑いながら紙を戻した。
「まあ、急ぐ理由もねぇし」
「…………」
バルトは椅子へ深く座り直した。
「ジジには言ったのか?」
ガイアの指が止まった。
「……言ってねぇよ」
「言わねぇのか」
「別にいいだろ」
「明後日だぞ」
「いつものことじゃねぇか」
「今まではな」
ガイアがバルトを見る。
「何が違ぇんだよ」
「さあな」
「なら言うなよ」
「あいつ仕事戻ったばっかだろ」
「もう元気っぽくね?」
「まだ完全じゃねぇ」
「シャイアが仕事していいって言ってんだから大丈夫だろ」
「ルナリスは?」
「元気」
即答だった。
「目も見える。走り回ってるって言ってた」
「……ああ」
「もう大丈夫だろ」
その言葉に、バルトが目を細めた。
「何が」
「何がって?」
「何でお前が『もう大丈夫』って判断してんだ」
「別にいいだろ」
「ガイア」
「何だよ」
「お前がいなくても大丈夫かどうかなんて、最初から関係ねぇだろ」
ガイアは黙った。
「ジジは昔から一人で生きてきた。ルナリスだって、今はもう元気だ」
「知ってるよ」
「なら何だ」
「何でもねぇって」
ガイアは笑った。
「俺が勝手に旅出るだけ」
「…………」
「深く考えすぎなんだよ、お前」
「お前が分かりやす過ぎんだよ」
「どこが」
「全部」
「意味分かんねぇ」
「そういうことにしといてやる」
バルトはそれ以上聞かなかった。
ガイアも何も言わなかった。
しばらくして、ガイアが立ち上がる。
「じゃ、帰るわ」
「おう」
扉へ向かう。
「ガイア」
「何」
振り返る。
バルトは椅子に座ったまま、ガイアを見ていた。
「行くなら、ちゃんと顔見て行けよ」
「…………」
「後で面倒くせぇことになんぞ」
ガイアが鼻で笑う。
「ならねぇよ」
「そうか?」
「いつものことだって」
「…………」
「じゃあな」
ガイアは扉を開けた。
「明日は来んのか?」
「多分」
「多分かよ」
「暇だったらな」
「最後くらい顔出せ」
「まだ死なねぇって」
「俺は死ぬかもしれねぇだろ」
「明日までに?」
「分かんねぇぞ」
「死んだらダンテ呼んどけよ」
「だから何でだよ」
ガイアが笑いながら扉を閉めた。
静かになった執務室で、バルトは閉じた扉を見ていた。
「…………」
机の上の書類へ視線を戻す。
だが、すぐには手を伸ばさなかった。
——————————————————————
夜の通りは静かだった。
ガイアは一人で歩いていた。
風が銀髪を揺らす。
「…………」
足は止めなかった。
しばらく歩いたところで、ふと夜空を見上げる。
「百年、か」
自分で口にした言葉に、小さく笑った。
百年。
人間にとっては、一生にも等しい時間だった。
エルフにとってはそこまで長い時間ではない。
それでも、ガイアには選べる時間だった。
十年でも。
五十年でも。
百年でも。
帰らないことはできる。
「…………」
夕方に見た二人の姿が浮かぶ。
並んで歩くジジとマーサ。
食材を持って。
同じ家へ入っていった。
ガイアは視線を落とした。
「……よかったじゃん」
誰に向けた言葉なのか、自分でも確かめることはなかった。
「八年だもんな」
マーサがジジを見続けてきた時間を、ガイアは知っている。
まだ新人だった頃から。
依頼から帰ってくるのを待っていた時も。
何度も茶化した。
何度も背中を押した。
それでもマーサは、ずっと言えずにいた。
「…………」
ガイアの口元に、僅かに笑みが浮かぶ。
「頑張れよ、マーサ」
声は夜の通りへ消えた。
ガイアはそのまま歩き続けた。
宿へ戻ると、部屋の隅には旅道具がまとめられていた。
必要なものは多くない。
着替え。
保存食。
薬。
最低限の野営道具。
剣があれば、あとはどうとでもなる。
ガイアは棚を開け、残っていた小物を鞄へ入れた。
「…………」
荷物を見下ろす。
ほとんど終わっている。
明日、船の確認をして。
必要なものを少し買い足せばいい。
明後日の朝には港へ向かえる。
窓を開ける。
夜風が入った。
遠くに街の灯りが見える。
長く滞在した街だった。
いつからか、帰ってくる場所のようになっていた。
それでもガイアは、昔からそうしてきた。
一つの土地に留まりすぎれば、また次へ行く。
ただそれだけのことだった。
「……東か」
窓枠へ腕を置く。
「どこまで行くかな」
少し笑う。
═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═
お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




