それぞれの想い
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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夕方。
ギルドの鍛錬所では、最後の候補生が木剣を片付けていた。
「今日はここまで」
ジジが声を掛ける。
「ありがとうございました!」
候補生たちが頭を下げ、それぞれ更衣室へ向かっていく。
ジジは壁際の椅子から立ち上がった。
左肩を軽く回す。
痛みはほとんどない。
長く立っていても、以前ほど身体が重くなることはなくなっていた。
鍛錬所を出て受付へ向かう。
「終わったか」
奥から出てきたバルトが声を掛けた。
「ああ」
「今日は随分長くいたな」
「これくらい平気」
「シャイアには?」
「言ってある」
「本当か?」
「何で疑うんだよ」
「お前だから」
「……みんなそれ言うな」
バルトが笑った。
受付ではマーサが書類をまとめていた。
ジジはその前を通り、そのまま出口へ向かおうとする。
「ジジ」
「何?」
マーサが顔を上げた。
「ルナリスは?」
「今日いない」
「児童所?」
「いや」
ジジが立ち止まる。
「レグラスんとこ泊まるんだって」
マーサの手が止まった。
「泊まるの?」
「ああ。昨日急に言い出してさ」
バルトが笑う。
「ついに泊まりまで行ったか」
「おじさんの家行くって朝からうるさかった」
「いいことじゃねぇか」
「まあな」
ジジが肩を竦める。
「じゃ、帰るわ」
「ああ。無茶すんなよ」
「しねぇよ」
「ジジ」
もう一度、マーサが呼んだ。
「ん?」
「今日、ご飯一人?」
「そうだけど」
マーサは一度、手元の書類を見た。
「……じゃあ、一緒に食べない?」
ジジが僅かに目を丸くする。
「飯?」
「そう」
「珍しいな」
「何よ」
「マーサから誘ってくんの」
「嫌ならいいけど」
「嫌とは言ってねぇだろ」
「なら決まり」
マーサは書類をまとめ、席を立った。
「病み上がりの人一人にしたら、また肉とパンだけで済ませそうだし」
「この前ちゃんと野菜食ったって」
「一回でしょ」
「今日も食うよ」
「信用できない」
「何でだよ」
「日頃の行い」
奥でバルトが吹き出した。
「何笑ってんだよ」
「いや、何でもねぇ」
マーサは上着を手に取った。
「ちょっと買い物してから行きましょ」
二人は並んでギルドを出た。
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「それ多くねぇ?」
「何が?」
「肉」
「二人分でしょ」
「そんな食わねぇよ」
「誰が?」
「俺」
マーサが振り返った。
「よく言うわよ」
「昔ほど食わねぇって」
「昔がおかしかったの」
マーサは籠へ野菜を入れる。
「これも」
「そんな要る?」
「明日食べればいいでしょ」
「勝手に明日の分まで買ってんじゃん」
「どうせ家に何もないんでしょ」
「あるよ」
「何が?」
「……肉」
「ほら」
ジジが黙った。
マーサが笑う。
「あとパン買って帰りましょ」
「それくらい俺持つ」
「重くない?」
「これで重かったら仕事戻れてねぇよ」
「肩痛くなったら渡して」
「分かった」
買い物を終え、二人は通りを歩いた。
空は赤く染まり始めている。
「ルナ、ちゃんと寝れんのかな」
ジジが呟いた。
「大丈夫でしょ。レグラスと居るんだし。アグラディアもいるんじゃない?」
「多分」
「なら心配ないわよ」
「……ん」
家が見えてくる。
マーサが隣を見る。
「寂しい?」
「何で俺が」
「ずっと一緒に寝てたんでしょ?」
「そうだけど」
「じゃあ今日、久しぶりに一人じゃない」
「別に平気だよ」
「そう」
マーサが小さく笑った。
「何」
「何でもない」
「変なの」
二人はそのまま家へ向かった。
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少し離れた通りを、ガイアが歩いていた。
銀髪が夕方の風に揺れる。
ギルドへ向かう途中だった。
角を曲がる。
前を歩く二人が見えた。
ガイアの足が止まった。
「…………」
ジジとマーサだった。
マーサが何かを話す。
ジジが答える。
マーサが笑った。
二人の手には食材の入った袋がある。
ガイアはその場に立ったまま、二人を見ていた。
ジジが家の扉を開ける。
マーサが先に入った。
続いてジジが入る。
扉が閉まった。
「…………」
ガイアは動かなかった。
閉じた扉へ視線を向けたまま、しばらく立っていた。
やがて、僅かに俯く。
「……そうだよ」
小さな声が落ちた。
もう一度、家を見る。
「……これでいい」
ガイアは前を向き、少し笑っていた。
そのまま、ギルドへ向かって歩き出した。
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「ジジ、座ってて」
「何かやるよ」
「じゃあ野菜洗って」
「それだけ?」
「それだけ」
「子供じゃねぇんだけど」
「左肩まだ治りきってないでしょ」
「包丁くらい使える」
「知ってるわよ」
マーサが鍋を取り出す。
「今日は私が作るって言ったんだから任せなさい」
「……はいはい」
ジジは野菜を洗い始めた。
「ルナだったら手伝わせんのに」
「ルナリスは怪我してないでしょ」
「この前まで寝込んでた」
「もう元気じゃない」
「元気すぎんだよ」
「まだ走ってるの?」
「毎日」
「五歳なんだから走るわよ」
「転んだら危ねぇだろ」
「ジジ」
「何」
「過保護」
「ガイアにも言われた」
マーサの手が一瞬止まった。
「……そう」
「子供なんだから転ぶくらい普通だって」
「珍しく正しいこと言うじゃない」
「珍しくは余計だろ」
「本人いないからいいの」
ジジが笑った。
マーサも笑い、鍋へ食材を入れた。
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「うまい」
「ほんと?」
「これ何入ってんの?」
「教えない」
「何で」
「また作ってって言われた時のため」
「作り方聞けば自分で作れるだろ」
「だから教えないの」
「ケチ」
二人の間に料理が並んでいた。
ジジがパンをちぎる。
「ギルド最近どう?」
「普通よ」
「依頼多い?」
「まあまあ。ジジがいない間、鍛錬所の方はバルトが大変そうだったけど」
「今日見たらひでぇのいた」
「初日からそれ?」
「木剣振るたび目ぇ閉じんの」
マーサが笑う。
「怖いんじゃない?」
「相手木人だぞ」
「仕方ないでしょ。最初なんだから」
「俺あんなだったかな」
「知らないわよ。私がギルド入った時にはもうゴールドだったでしょ」
「ああ、そっか」
ジジがスープを飲む。
「八年前か」
マーサの視線が僅かに止まった。
「……そうね」
「長ぇな」
「ほんとにね」
マーサは小さく笑った。
少しして、ジジが窓を見る。
外はもう暗くなっていた。
「……ルナ、今頃何してんだろ」
「またそれ?」
「いや、別に」
「心配なら見に行けば?」
「それは嫌」
「何でよ」
「ルナが泊まりたいって言ったんだから、俺が行ったら意味ねぇだろ」
「じゃあ大人しく待ってなさい」
「分かってる」
少しの沈黙。
ジジはパンを皿へ置いた。
「俺さ」
「何?」
「家族って、よく分かんねぇんだよな」
マーサが顔を上げた。
「……家族?」
「そう」
ジジは椅子へ背を預ける。
「親のこと覚えてねぇ。ずっと孤児院だったし」
「……うん」
「ルナがレグラスのこと『おじさん』って呼んで喜んでんの見ても、
正直よく分かんねぇ」
マーサは黙って聞いていた。
「叔父さんができたら、あんな嬉しいもんなのかなって」
「嬉しいんじゃない?」
「そうなんだろうな」
「ルナリスにとっては、初めて分かった血の繋がった家族だもの」
「そうだな」
ジジが少し俯く。
「だから……よかったと思う」
「…………」
「レジーナのことも知れたし、レグラスもアグラディアもいるし」
マーサが僅かに笑う。
「よかったわね」
「ああ」
「ジジは寂しくない?」
「何が?」
「ルナリスに他の家族ができて」
ジジは少し考えた。
「何で?」
「今までずっと二人だったでしょ」
「別に俺のルナじゃねぇし」
マーサが目を細める。
「そうね」
「ルナが嬉しいなら、それでいいだろ」
「うん」
「俺しかいなかったからさ」
ジジはテーブルの上へ視線を落とした。
「俺以外にも、ルナが帰れるとこあんのはいいことだと思う」
マーサは何も言わなかった。
「何?」
「……ううん」
少し笑う。
「ジジらしいなと思って」
「そう?」
「そうよ」
食事はそのまま続いた。
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片付けが終わる頃には、すっかり夜になっていた。
「じゃあ、帰るわね」
マーサが上着を着る。
「送る?」
「病み上がりに送らせるわけないでしょ」
「もう平気だって」
「知ってる。でも一人で帰れる」
「そ」
マーサが玄関へ向かう。
ジジも後ろを歩いた。
扉へ手を掛ける。
そこで、マーサの動きが止まった。
「ジジ」
「何?」
「…………」
マーサは扉から手を離した。
振り返る。
「私ね」
「ん?」
「ずっとジジのこと好きだった」
ジジが動きを止めた。
「…………」
マーサはその顔を見る。
「……え?」
「その顔すると思った」
マーサが少し笑った。
「いつから?」
「八年前」
「……八年?」
「私がギルドの受付始めた頃から」
「…………」
「ずっと」
ジジは何も言わなかった。
マーサも黙っていた。
「……全然知らなかった」
「でしょうね」
「ごめん」
「謝らないで」
「でも――」
「いいの」
マーサが遮る。
「返事もいらない」
「……」
「ちゃんと言っておきたかっただけ」
「何で今……」
「今じゃないと言えない気がしたから」
マーサは少し俯いた。
「ずっと言えなかったの」
「…………」
「八年も」
笑った。
その目から涙が一つ落ちた。
マーサはすぐに袖で拭う。
「長かったなぁ」
「マーサ……」
「そんな顔しないでよ」
「どんな顔」
「困った顔」
「……だって」
「いいのよ」
マーサはもう一度目元を拭った。
「私が勝手に好きだったんだから」
「…………」
「でも、言えてよかった」
ジジはしばらく黙っていた。
「……ありがとな」
マーサが僅かに眉を下げた。
「何よ、それ」
「分かんねぇけど……ありがと」
「ほんと、こういう時までジジね」
「何だよ」
マーサが小さく笑った。
扉へ向き直る。
「あと、一個だけ」
「何?」
マーサは扉を開けた。
夜の空気が入ってくる。
「大切な人がいるなら、ちゃんと気持ち伝えなさいよ」
ジジが眉を寄せる。
「……何だよ急に」
「いいから聞いて」
「……なに」
マーサはジジを見る。
「いつまでも、そばにいるとは限らないんだから」
「…………」
「じゃあね、ジジ」
「……ああ」
マーサは外へ出た。
扉が閉まる。
「…………」
ジジはその場に立っていた。
静かな家に、一人になる。
「……八年って」
小さく呟いた。
しばらく閉じた扉を見ていた。
『大切な人がいるなら、ちゃんと気持ち伝えなさいよ』
「…………」
『いつまでも、そばにいるとは限らないんだから』
ジジは眉を寄せた。
その時、不意に別の声が浮かんだ。
『最近ガイア来ないね』
「…………」
ジジはしばらく扉を見ていた。
やがて視線を外し、静かな部屋へ戻った。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




