泊っていい?
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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ジジが再びシャイアの診療所を訪れたのは、それから数日後だった。
寝台に腰掛けたジジの左肩には、まだ牙の痕が残っている。
黒紫色に変色していた皮膚は元の色へ戻り、胸元まで伸びていた筋も消えていた。
シャイアが肩へ指を当てる。
「痛む?」
「もうほとんど」
「腕上げてみて」
ジジが左腕を上げる。
「ここは?」
「平気」
「じゃあこっち」
肩を押され、ジジが僅かに眉を寄せた。
「……ちょっと痛ぇ」
「まだ完全じゃないわね」
「これくらいなら平気だろ」
「そうやってすぐ無茶するから言ってるの」
シャイアは手を離した。
「でも、経過は問題ないわ」
「じゃあ仕事していい?」
「短時間なら」
ジジの顔が上がる。
「いいのか?」
「鍛錬所で見るだけ」
「ああ」
「自分で動かない」
「分かった」
「走らない」
「分かってるって」
「重いものも持たない」
「……」
シャイアがじっと見る。
「何だよ」
「本当に分かってる?」
「分かってるよ」
「ならいいけど」
シャイアは記録へ何かを書き込んだ。
ジジが立ち上がる。
「じゃ、行ってくる」
「だから今日は短時間!」
「聞いてるって」
診察室の扉が閉まった。
シャイアはしばらく扉を見たあと、小さく息を吐いた。
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久しぶりに入った鍛錬所では、候補生たちが木剣を振っていた。
ジジは壁際に立ち、その様子を見る。
「そこ、足止まってる」
木剣を振っていた少年が動きを止めた。
「え?」
「踏み込む時」
「はい」
「もう一回」
少年が構え直す。
踏み込む。
「遅ぇ」
「……はい!」
「腕だけで振んな。腰使え」
もう一度。
ジジは腕を組みかけ、左肩の傷に気づいて手を下ろした。
「次」
しばらくして、鍛錬所の扉が開いた。
「お」
聞き慣れた声にジジが振り返る。
ガイアが立っていた。
銀髪を後ろへ流し、肩には荷物を掛けている。
「もう仕事してんの?」
「見るだけ」
「へぇ」
ガイアが近づく。
「傷は?」
「もう平気」
「ほんとかよ」
「シャイアがいいって言った」
「ならいいけど」
ガイアはジジの左肩を一度見た。
「……治んの早ぇな」
「みんな言う」
「人間やめた?」
「やめてねぇよ」
ガイアが笑った。
「ルナは?」
「児童所」
「元気?」
「元気すぎ。毎日走ってる」
「いいじゃん」
「転ぶだろ」
「子供なんだから転ぶくらい普通だろ」
「怪我したらどうすんだよ」
「過保護」
「うるせぇ」
ガイアがまた笑う。
いつもと変わらない声だった。
「じゃ、俺行くわ」
「ん?」
ジジが顔を上げる。
「もう行くのか?」
「ん。ちょっと用ある」
「依頼?」
「まあ、そんなとこ」
ガイアが片手を上げる。
「じゃあな」
「ああ」
扉が閉まった。
ジジはそちらを見た。
「…………」
『最近ガイア来ないね』
数日前のルナの声が一瞬浮かぶ。
以前なら、そのまま鍛錬所に残っていることもあった。
仕事が終わるまで待って、そのまま飯を食いに行くこともあった。
「教官?」
候補生の声に振り返る。
「何」
「これ、もう一回見てもらっていいですか?」
「ああ」
ジジは扉から視線を外した。
「やってみ」
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児童所の庭。
ルナリスは他の子供たちと遊んでいた。
庭へ入ってきた人影を見つけると、すぐに顔を上げる。
「おじさん!」
レグラスが足を止めた。
ルナリスが駆け寄る。
「走るな」
途中から歩きになる。
「走ってないよ」
「今走っていただろう」
「途中から歩いた」
「そういう問題ではない」
建物から出てきたアグラディアが笑った。
「父上、今日はこちらに来る予定でしたか?」
「ああ。先日の資料を届けに来た」
「ありがとうございます」
レグラスが持っていた書類を渡す。
ルナリスはその横で二人を見上げていた。
「おじさん」
「何だ」
「今日もお家行っていい?」
レグラスがルナリスを見る。
「ジジには聞いたのか」
「まだ」
「なら先にジジに聞きなさい」
「おじさんはいい?」
「私は構わない」
「ほんと?」
「ああ」
ルナリスが笑う。
「じゃあジジに聞く!」
「夕方迎えに来るんじゃないかな」
アグラディアが言う。
「待っていればいいよ」
「うん!」
ルナリスは庭へ戻っていった。
アグラディアがその背中を見る。
「もう家に行くのもすっかり楽しみになったみたいですね」
「……そのようだな」
「嬉しいですか?」
レグラスがアグラディアを見る。
「何がだ」
「いえ」
アグラディアは柔らかく笑った。
「何でもありません」
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夕方。
児童所へやってきたジジを、ルナリスが玄関まで迎えに来た。
「ジジ!」
「走んな」
ルナリスが急停止する。
「走ってない」
「走ってた」
「ちょっとだけ」
「――ジジ」
「何」
「今日おじさんのお家行っていい?」
「また?」
「うん!」
ジジが後ろを見る。
レグラスが立っていた。
「レグラスいいのか?」
「私は構わない」
「夕飯は?」
「こちらで食べさせてから送る」
「……じゃあいいよ」
「ほんと!?」
「うん」
ルナリスの顔が明るくなる。
「やった!」
「でも遅くなんねぇようにな」
「ああ」
レグラスが答える。
「じゃあルナ、ちゃんと言うこと聞けよ」
「聞く!」
「走んなよ」
「分かった!」
「本当かよ……」
ジジがルナリスの頭を撫でる。
「じゃ、行ってこい」
「うん!」
ルナリスはレグラスの隣へ行った。
二人が並んで歩いていく。
「おじさん、今日ママの本読む?」
「ああ」
「この前の続き?」
「読みたいならな」
「読む!」
二人の声が遠ざかっていく。
ジジはその背中をしばらく見送った。
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家に戻る。
上着を脱ぎ、椅子へ掛ける。
「…………」
棚を見る。
食材をいくつか取り出した。
肉。
パン。
それだけ持って調理台へ置く。
少し考える。
「……野菜」
マーサの顔が浮かんだ。
『野菜は?』
「…………」
棚から野菜も出す。
適当に切って鍋へ入れた。
一人分の夕食はすぐに出来た。
椅子へ座る。
「いただきます」
誰も返さない。
ジジはそのまま食べ始めた。
静かな部屋にも、前ほど違和感はなかった。
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翌日。
ギルドの受付で、マーサが書類を整理していた。
ジジは近くの椅子に座っている。
「昨日、ルナリス迎えに行った?」
「行ったけど、レグラスんとこ行った」
「また?」
「飯も食って帰ってきた」
「へえ。随分懐いたのね」
「おじさん、おじさんってずっと言ってる」
マーサが笑う。
「レグラス、嬉しいでしょうね」
「どうだろ。顔変わんねぇから分かんねぇ」
「でも嫌だったら家に連れて行かないでしょ」
「まあな」
マーサが書類を重ねる。
「じゃあ昨日、ジジは一人だったの?」
「そうだけど」
「ご飯ちゃんと食べた?」
「食ったよ」
「何?」
「肉」
マーサの手が止まる。
「それだけ?」
「パンも」
「野菜は?」
「……食った」
「その間は何よ」
「ちゃんと食ったって」
「本当に?」
「スープに入れた」
「ならいいけど」
マーサは再び書類へ目を落とした。
「病み上がりなんだから、ちゃんとしたもの食べなさいよ」
「分かってる」
「ルナリスがいないからって適当に済ませちゃ駄目だからね」
「マーサ、シャイアみたいになってきたな」
「誰のせいよ」
「俺?」
「他に誰がいるの」
ジジが笑った。
マーサも僅かに笑う。
そのまま書類へ視線を戻す。
「…………」
何かを言いかけ、口を閉じた。
ジジは気づかなかった。
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その日の夜。
家で夕飯を済ませ、ジジは椅子に座り茶を飲んでいた。
「ジジ!」
本を読んでいたルナが思い出したように言う。
「何」
「今日児童所でね、おじさんとご飯食べた!」
「何食ったの」
「お魚とスープ!」
「ちゃんと食った?」
「全部食べた!」
「偉いじゃん」
「あとね、ママの本読んだ!」
「うん」
「ママ、お花いっぱい知ってたんだって」
「へぇ」
「おじさんが教えてくれた!」
ルナリスは嬉しそうに話し続ける。
ジジは椅子へ座り、その話を聞いていた。
しばらくして、ルナリスがふと黙る。
「ジジ」
「何」
「今度、おじさんのお家に泊まっていい?」
「…………」
ジジがルナリスを見る。
「泊まんの?」
「うん!」
「夜も?」
「泊まるんだから夜もいるよ」
「……そりゃそうだけど」
「いい?」
ジジは少し考えた。
「レグラスがいいって言ったらな」
「ほんと!?」
「うん」
「明日聞く!」
「明日?」
「うん!」
「早ぇな」
「駄目?」
「駄目じゃねぇけど」
ルナリスが笑う。
「じゃあ明日聞く!」
「はいはい」
「楽しみ!」
ジジはその顔を見ていた。
「……よかったな」
「うん!」
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翌日。
児童所へやってきたレグラスを見つけると、ルナリスはすぐに近づいた。
今度は途中からきちんと歩く。
「おじさん」
「何だ」
「泊まっていい?」
レグラスが止まった。
「……何?」
「お家」
「…………ジジに聞いたのか?」
「ジジ、いいって!」
「いつだ」
「今日!」
「今日?」
少し離れたところにいたアグラディアが顔を上げる。
「父上、どうかしましたか?」
「……ルナリスが泊まりたいそうだ」
「今日?」
「ああ」
アグラディアがルナリスを見る。
「ジジには聞いたの?」
「聞いた!」
「いいって?」
「うん!」
アグラディアがレグラスを見る。
「だそうですよ」
「聞いていた」
「よかったですね」
「何がだ」
アグラディアが柔らかく笑う。
「いえ。何でもありません」
ルナリスがレグラスを見上げる。
「おじさん」
「何だ」
「いい?」
「…………」
少しの間が空いた。
「……構わない」
ルナリスの顔が明るくなる。
「やった!」
声が児童所の廊下に響いた。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




