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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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137/144

おじさんの家

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

ジジが短い時間であれば外へ出てもいいと許可されたのは、

それから数日後のことだった。


「仕事は駄目だからね」


診察を終えたシャイアが念を押す。


「分かってる」


「鍛錬も駄目」


「しねぇよ」


「重いもの持つのも駄目」


「分かったって」


「走るのも駄目」


「走らねぇよ」


シャイアが小さく笑った。


「まあ、ギルドに顔を出すくらいならいいわ。疲れたらすぐ帰ること」


「分かった」


「本当に顔出すだけよ」


「分かってる」


「ルナリスは?」


「児童所」


「今日は一日?」


「ああ。もう診療所も毎日じゃなくていいんだろ?」


「そうね。しばらくは数日おきで大丈夫」


「じゃあ夕方迎え行く」


そう言ってジジは立ち上がった。


「ジジ」


「何」


「ゆっくり歩いて」


「……分かってるよ」


診察室を出ていく背中を見送り、シャイアは小さく息を吐いた。


——————————————————————


久しぶりに入ったギルドは、何も変わっていなかった。

依頼板の前には冒険者が集まり、受付では職員が書類を捌いている。

扉が開いた音に、受付にいたマーサが顔を上げた。


「あ」


「よ」


「ジジ!」


マーサが立ち上がる。

その声に何人かが振り返った。


「もう来ていいの?」


「顔出すくらいなら」


「本当に?」


「ああ」


「仕事は?」


「駄目だって」


「当たり前でしょ」


奥からバルトが出てきた。


「お、来たか」


「ああ」


「随分まともに歩けるようになったな」


「もう普通に歩ける」


「じゃあ仕事――」


「バルト!」


マーサが睨む。


「冗談だよ」


バルトが笑う。


「シャイアに殺されるわ」


「俺もまだ駄目って言われてる」


「だろうな」


ジジは受付近くの椅子へ座った。

バルトが向かいへ腰を下ろす。


「ルナリスは?」


「児童所」


「今日はシャイアんとこじゃねぇのか」


「もう毎日行かなくていいって」


「そうか」


バルトの表情が緩む。


「じゃあ今日は一日か?」


「そうだな。夕方迎え行く」


「すっかり元気になったな」


「元気すぎ」


「いいことじゃねぇか」


「毎日走ってんだよ」


「走れるようになったんだから走りてぇだろ」


バルトが笑った。

マーサも書類を整理しながら口元を緩める。


「この前、児童所の前でも走ってたわよ」


「マジ?」


「アグラディアに止められてた」


「……言っとく」


「五歳の子に走るなって言っても無理でしょ」


「ジジもね」


「…………」


「だから今日は大人しく座ってなさい」


「分かってるよ」


久しぶりに聞くやり取りに、バルトがまた笑った。


——————————————————————


同じ頃。

児童所の庭では、ルナリスがしゃがみ込んで花を見ていた。

視線を近づける。

小さな花弁をじっと見つめてから、今度は顔を上げる。

庭の向こうに人影が見えた。


「あ!」


立ち上がる。


「おじさん!」


レグラスが足を止めた。

ルナリスが走ってくる。


「走るな」


「大丈夫!」


「転ぶぞ」


「転ばない!」


目の前まで来たところで止まり、レグラスを見上げる。


「今日も来たの?」


「ああ」


「ルナに会いに?」


「アグラディアに用があって来た」


「……ルナには?」


「…………」


ルナリスが待つ。


「ないの?」


「……ある」


ルナリスが笑った。


「何?」


「あとで話す」


「うん!」


建物からアグラディアが出てきた。


「父上」


「ああ」


アグラディアは二人を見て、柔らかく笑った。


「随分懐かれましたね」


「……そう見えるか」


「見えますよ」


「おじさん」


ルナリスがレグラスの服を軽く引く。


「何だ」


「ママの話して」


「今からか?」


「うん」


「私はアグラディアに用がある」


「終わったら?」


「……構わない」


「ほんと?」


「ああ」


「じゃあ待ってる!」


ルナリスはまた庭へ戻っていった。

今度は走らず、途中から早歩きになる。

レグラスがその背中を見る。


「ルナ、あんまり走っちゃだめだよ」


アグラディアが言う。


——————————————————————


夕方。

ジジはギルドを出ると、そのまま児童所へ向かった。

長く歩くとまだ身体が重い。

途中で一度足を止め、息を吐いてから再び歩き出す。


児童所へ着くと、庭にルナリスの姿はなかった。

中へ入る。


「アグラディア」


「あれ、ジジ」


書類を読んでいたアグラディアが顔を上げる。


「ルナは?」


「ルナリスなら父上と一緒だよ」


「レグラスと?」


「うん」


「どこ行った?」


「自宅だよ」


ジジが僅かに目を丸くした。


「何しに?」


「レジーナが使っていたものを見たいって言ってね。父上が連れていったよ」


「……そっか」


「夕食までには送るって言ってた」


「じゃあ迎え行かなくていい?」


「大丈夫だと思うよ」


ジジは少し考えたあと頷いた。


「分かった」


「ジジ」


「何」


「疲れてる?」


「別に」


「少し顔に出てるよ」


「……ギルド行ってきたから」


「今日はもう帰って休んだ方がいいね」


「そうする」


ジジは児童所を出た。


——————————————————————


家へ戻り、扉を開ける。


上着を脱ぎ、椅子へ掛ける。

水を注ぎ、一口飲む。


「…………」


静かだった。

椅子へ座る。

いつもなら何かしらルナリスの声がする。

本を読んでいたり、話しかけてきたり、何かを見つけては呼ばれる。

今日は何もない。

ジジは水をもう一口飲んだ。


「……暇だな」


呟いてから、机の上へ視線を落とした。

少しして立ち上がり、棚から本を一冊取る。

椅子へ戻って開く。

数頁進んだところで閉じた。


「…………」


窓の外を見る。

まだ夕食には少し早い。


「……まあ、いいか」


もう一度本を開いた。


——————————————————————


「これ、ママの?」


「そうだ」


「これも?」


「ああ」


「これは?」


「それもだ」


レグラスの家で、ルナリスは棚の前に座っていた。

古い本が何冊か机の上に並べられている。

一冊を開く。


「ママ、これ読んでたの?」


「ああ」


「何の本?」


「植物について書かれたものだ」


「お花?」


「薬草もある」


「ジジも好きだよ」


「そうか」


「マリアに教えてもらったんだって」


ページを捲る。

押し花が一つ挟まれていた。

ルナリスの手が止まる。


「これもママ?」


「……ああ」


「きれい」


「姉が自分で挟んだものだ」


ルナリスはしばらく花を見ていた。


「持って帰っていい?」


「それは駄目」


「……駄目?」


「ああ」


ルナリスが少し残念そうな顔をする。

レグラスは棚を見た。

別の本を一冊取り出す。


「こちらなら持っていって構わない」


「ママの?」


「ああ」


ルナリスの顔が明るくなる。


「いいの?」


「なくすな」


「なくさない!」


本を胸へ抱える。


「ありがとう、おじさん!」


「……ああ」


その時、食卓の上に置かれていた皿へルナリスの目が向いた。


「それ何?」


「菓子だ」


「食べていい?」


「もうすぐ夕食だろう」


「ちょっとだけ」


「駄目だ」


「一個」


「…………」


ルナリスがじっと見上げる。

レグラスは皿を見る。


「……一つだけ」


「やった!」


ルナリスが菓子を取る。


「おいしい!」


「そうか」


「おじさんも食べる?」


「私はいい」


「半分あげるよ」


「……なら貰おう」


二人で一つの菓子を分けた。


——————————————————————


日が落ちる前。

玄関が開いた。


「ただいま!」


ジジが顔を上げる。


「おかえり」


ルナリスが本を抱えたまま駆けてくる。


「ジジ、見て!」


「走んなって」


「これママの本!」


「へぇ」


ジジが受け取る。


「借りたのか?」


「おじさんがくれた!」


「そうなんだ」


後ろにいたレグラスを見る。


「いいのか?」


「姉のものだ。ルナリスが持っていた方がいい」


「そっか」


ルナリスがジジの袖を引く。


「あとね、おじさんのお家でお菓子食べた!」


「……菓子?」


レグラスの動きが僅かに止まる。


「うん!」


「飯前に?」


「一個だけ!」


ジジがレグラスを見る。


「何してんの」


「……一つだ」


「ルナ、飯食わなくなるだろ」


「食べるよ!」


「ほんとか?」


「食べる!」


レグラスが僅かに視線を逸らした。


「……では私は帰る」


「逃げんなよ」


「逃げてはいない」


ルナリスが笑った。


——————————————————————


夜。


灯りを落とした寝室で、ルナリスは布団に入っていた。

ジジも隣へ横になる。


「ジジ」


「ん」


「おじさんの家ね、ママの本いっぱいあった」


「うん」


「また行っていいって」


「よかったな」


「今度もっと見る」


「うん」


少し間が空いた。


「ジジ」


「何」


「おじさんも家族なんだよね」


「そうだよ」


「アグラディアも?」


「うん」


「ジジも?」


「うん」


ルナリスは天井を見た。


「ジジ」


「ん」


「最近ガイア来ないね」


「…………」


ジジは天井を見た。


「……そういや来ねぇな」


「忙しいのかな」


「じゃねぇの」


「そっか」


ルナリスはそれ以上気にした様子もなく、目を閉じた。

しばらくすると、小さな寝息が聞こえ始める。

ジジは隣へ視線を向けた。


「…………」


もう一度、天井を見る。

最近、会っていない。

以前なら、何の用もなく扉を叩くこともあった。

酒を飲みに来たり、ルナリスと話して、そのまま遅くまで居座ることもあった。


「……まあ、いっか」


ジジは目を閉じた。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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