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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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136/159

家族が増えた日

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

数日後。


「ルナ! 走んな!」


診療所の廊下に、ジジの声が響いた。


「大丈夫!」


「大丈夫じゃねぇよ!」


ルナリスは廊下の先で振り返った。

白い髪がふわりと揺れる。


「転ばないよ!」


「この前転んだだろ!」


「一回だけ!」


「一回でも転んでんじゃねぇか!」


ルナリスは笑いながら、また走り出した。


「おい、ルナ!」


ジジが椅子から立ち上がる。


「ジジ」


後ろから声がした。


「…………」


振り返る。

シャイアが腕を組んで立っていた。


「何?」


「何、じゃないでしょ」


「ルナが走ってんだけど」


「見れば分かる」


「転んだら――」


「あなたも座って」


「俺は平気」


「平気じゃない」


「もう歩けるし」


「歩けるのと、歩き回っていいのは違うの」


「…………」


「座って」


「……はい」


ジジが椅子へ戻る。

廊下の先からルナリスが顔を覗かせた。


「ジジ怒られてる」


「ルナのせいだろ」


「ルナ怒られてないよ」


「走んなっつってんだよ」


「はーい」


返事だけはよかった。

そのままルナリスは廊下の向こうへ消えていく。


「ルナ!」


「走ってないよー!」


足音が遠ざかっていった。

ジジが立ち上がろうとする。


「ジジ」


「……分かってるよ」


シャイアが息を吐いた。


「まったく……二人揃って」


「俺と一緒にすんなよ」


「どっちも言うこと聞かないところは一緒」


「俺は聞いてるだろ」


「今立とうとした」


「……ルナが」


「はいはい」


シャイアは診察道具を片付けた。


「傷は?」


「別に。痛くない」


「熱は?」


「ない」


「息苦しさは?」


「ない」


「動悸」


「ない」


シャイアがジジの胸へ耳を当てる。

しばらくして身体を離した。


「うん。もうかなり落ち着いてる」


「じゃあ帰っていい?」


「駄目」


「何で」


「だから、かなりって言ったでしょ」


「もう寝てんの飽きたんだけど」


「知らない」


ジジが面倒そうに息を吐いた。

シャイアはその顔を見て、僅かに笑った。


「まあ、その文句が出るなら大丈夫そうね」


「最初から大丈夫だって」


「最初は死にかけてたの」


「……」


「忘れた?」


「覚えてねぇよ」


「でしょうね」


シャイアが立ち上がる。


「アグラディアにも診てもらうから我慢して。

 診察も毎日じゃなくていいところまで

 来てるんだから」


「ほんとか?」


「ええ」


「じゃあギルド行っていい?」


「駄目」


「何でだよ」


「仕事するでしょ、あなた」


「しねぇよ」


「信用できない」


「……見るだけ」


「もう少ししたらね」


「…………」


「そんな顔しても駄目」


ジジが背もたれへ身体を預けた。

廊下の向こうから、またルナリスの笑い声が聞こえた。

ジジはそちらを見る。


「……元気すぎんだろ」


「いいことじゃない」


「限度あんだろ」


そう言いながら、口元には僅かに笑みがあった。


——————————————————————


午後。


ルナリスは児童所へ行っていた。

診療所の一室には、ジジとアグラディア、レグラスがいた。

診察を終えたアグラディアが記録を書き込んでいる。


「傷の治りも問題ないね。呪詛の残滓もほとんど感じない」


「じゃあもう帰っていい?」


「帰るのはいいよ。ただし安静に」


「分かってる」


「本当に?」


「何でみんな俺のこと信用しねぇんだよ」


アグラディアが小さく笑った。


「今までの積み重ねじゃないかな」


「……」


レグラスが書類から目を上げる。


「自業自得だ」


「うるせぇよ」


ジジは椅子へ深く座り直した。

少しして、アグラディアが記録を閉じる。


「他に何かある?」


「……ああ」


ジジがレグラスを見る。


「二人に話あんだけど」


アグラディアが顔を上げた。


「何?」


「ルナに話そうと思ってる」


「……何を?」


「レジーナのこと」


室内が静かになった。

レグラスの視線がジジへ向く。


「それと、お前らのことも」


「私たち?」


「ああ」


ジジは二人を見る。


「レグラスがレジーナの弟で、アグラディアもルナの家族だってこと」


アグラディアは何も言わなかった。

レグラスが口を開く。


「……私との血縁まで伝える必要はない」


「何で?」


「私は、あの子に叔父として扱われることを望んでいるわけではない」


「別に叔父さんって呼べって言うつもりじゃねぇよ」


「なら――」


「でも家族だろ」


レグラスが黙った。

ジジは続ける。


「ルナ、今まで自分の家族が誰なのか知らなかったんだぞ」


「……」


「母親が誰だったのか分かった。家族も残ってた」


ジジはレグラスを見る。


「だったら教えてやりたい」


「……ジジ」


アグラディアが呼ぶ。


「何」


「君がそうしたいなら、僕は構わないよ」


「ああ」


「ルナリス自身のことだからね。知っていてもいいと僕も思う」


ジジが頷く。

レグラスはしばらく黙っていた。

やがて口を開く。


「一つだけ条件がある」


「なんだよ」


「ルナリスがレジーナの娘であることを、公にするつもりはない」


ジジが眉を寄せる。


「……何で?」


「姉は、その力ゆえに特別な存在として扱われ続けた」


「……」


「ルナリスにも、すでにいくつもの力が現れている。千里眼だけではない」


レグラスは一度言葉を切った。


「レジーナ・ルシーダの娘だと知れれば、

 それだけで意味を持たせようとする者が現れる」


「……」


「姉と同じ道を歩ませるつもりはない」


ジジは黙って聞いていた。


「本人には伝える。だが、それ以上に広める必要はない」


少しの沈黙が落ちる。


「……分かった」


レグラスがジジを見る。


「いいのか」


「ああ」


「異論はないのか?」


「そこはレグラスに任せる」


レグラスの眉が僅かに動いた。


「俺よりお前の方が分かってんだろ。

 レジーナのことも、エルフ社会のことも」


「……ああ」


「ルナ守るためなんだろ?」


「そうだ」


「なら任せる」


レグラスは何も言わなかった。

ジジが椅子へ背中を預ける。


「あ、それと」


「まだあるのか」


「レジーナのこと、レグラスからルナに話してやって欲しい」


レグラスの目が僅かに見開かれた。


「……私が?」


「ああ」


「何故だ」


「俺、知らねぇもん」


「記録なら――」


「そうじゃなくて」


ジジが遮った。


「きっとルナが知りてぇのって、精霊の守護神がどうとか、

 どんな力持ってたとか、そんなんじゃねぇ」


レグラスが黙る。


「自分の母親がどんな奴だったのかだろ」


「……」


「俺じゃ答えらんねぇから」


ジジはレグラスを見る。


「教えてやってよ。姉ちゃんのこと」


レグラスはしばらくジジを見ていた。

やがて小さく息を吐く。


「……分かった」


——————————————————————


夕方。

児童所から戻ったルナリスは、ジジの隣へ座っていた。

向かいにはレグラス。

その隣にアグラディアがいる。


「ルナ」


「なに?」


「話ある」


「うん」


ジジは少し間を置いた。


「ルナの母親のこと」


ルナリスの碧色の目が大きくなる。


「……ルナのママ?」


「そう」


「ママ、分かったの?」


「分かった」


ルナリスはジジを見つめた。


「レジーナ・ルシーダっていうんだ」


「レジーナ……」


「ああ」


ルナリスが小さく繰り返す。


「レジーナ」


それからレグラスを見た。


「知ってる?」


「ああ」


レグラスが答える。


「私の姉だ」


「あね?」


ルナリスが首を傾げた。


「レグラスのお姉ちゃん?」


「そうだ」


「……?」


ルナリスはジジを見る。


「つまり」


ジジが少し考える。


「レグラスは、ルナのママの弟」


「弟」


「うん」


「……?」


「だから……叔父さんになる」


「おじさんって何?」


「…………」


ジジが止まった。

レグラスも黙る。

アグラディアが僅かに笑った。


「ルナリスのお母さんの家族ってことだよ」


「家族?」


「うん」


ルナリスはレグラスを見る。


「レグラス、ママの家族なの?」


「ああ」


「じゃあ……」


少し考える。


「ルナの家族?」


レグラスは一瞬だけ黙った。


「……ああ」


ルナリスの顔が明るくなった。


「じゃあおじさん!」


「…………」


「レグラスおじさん?」


レグラスはルナリスを見た。


「……好きに呼べ」


「うん!」


ルナリスが笑う。

そのまま隣へ視線を移した。


「アグラディアは?」


「僕?」


「アグラディアも家族?」


「僕はルナリスの従兄になるね」


「いとこって何?」


「……」


アグラディアが少し考える。


「まあ、家族だね」


「家族?」


「うん」


「じゃあアグラディアも家族!」


「そうだね」


ルナリスがジジを見た。


「ジジ!」


「何」


「ルナ、家族増えた!」


「……そうだな」


「二人も増えた!」


「ああ」


「ジジも家族!」


「うん」


「おじさんも家族!」


レグラスの視線がルナリスへ向く。


「アグラディアも!」


「うん」


ルナリスは嬉しそうに笑った。


「いっぱいになった!」


ジジはその顔を見ていた。

やがて、ルナリスがレグラスへ向き直る。


「おじさん」


「……何だ」


「ママって、どんな人だったの?」


レグラスの動きが止まった。

ルナリスはじっと待っている。


「ルナ、ママのこと知らない」


「……そうだな」


「教えて」


レグラスは少しの間、何も言わなかった。

やがて椅子へ座り直す。


「姉は……」


一度、言葉が止まる。


「昔から、じっとしていない人だった」


「走る?」


「よく走っていた」


「ルナと一緒!」


「……そうかもしれないな」


「ジジに怒られる?」


「ジジはいない」


「そっか」


アグラディアが小さく笑った。

レグラスが続ける。


「森へ行けばなかなか帰ってこなかった。花や植物も好きだった」


「お花?」


「ああ」


「月下美人も?」


レグラスがルナリスを見る。


「……ああ。好きだった」


「ルナの赤ちゃんのお花」


「そうだな」


ジジが答える。

ルナリスがレグラスを見る。


「ママが入れたの?」


「そうだと思う」


「何で?」


レグラスはすぐには答えなかった。


「……ルナリスを、誰かに見つけてもらうためだ」


「ルナを?」


「ああ」


「どうして?」


レグラスの視線が僅かに落ちる。


「お前を助けたかったからだ」


「……」


「姉は、ルナリスを守ろうとした」


ルナリスは黙って聞いていた。


「ママ、ルナのこと知ってた?」


「ああ」


「ルナのこと好きだった?」


ジジがレグラスを見る。

レグラスはルナリスから目を逸らさなかった。


「ああ」


「ほんと?」


「本当だ」


「いっぱい?」


「……ああ」


レグラスの声が少し低くなる。


「とても大切にしていたと思う」


ルナリスはしばらく何も言わなかった。

やがて、自分の膝へ視線を落とす。


「……そっか」


小さく呟く。

それから顔を上げた。


「もっと聞きたい」


「何をだ」


「ママのこと」


「……」


「何が好きだった?」


「花だな」


「食べ物は?」


「甘いものは好んでいた」


「ルナも好き!」


「そうか」


「他は?」


「一度に聞くのか」


「うん!」


レグラスが僅かに息を吐いた。


「……長くなるぞ」


「いいよ!」


ルナリスが椅子を少し前へ動かす。

レグラスはそれを見て、話を続けた。


幼い頃のこと。

森へ入って帰ってこなかったこと。

珍しい花を見つけては持ち帰っていたこと。

自分よりずっと自由だったこと。


ルナリスは何度も質問した。

そのたびにレグラスは答えた。

途中からジジは何も言わなかった。

アグラディアも口を挟まなかった。


窓の外が少しずつ暗くなっていった。


——————————————————————


「ルナ、俺もう家に帰っていいからかえるぞ」


ジジが立ち上がった。


「もう?」


「もう暗くなる」


「まだ聞きたい」


「また聞けばいいだろ。ほら、帰るぞ」


「はーい!」


二人が廊下を歩いていく。

レグラスはその背中を見ていた。

少し進んだところで、ルナリスが振り返る。


「ねえ、おじさん」


「何だ」


今度は、間を置かなかった。


ルナリスが笑う。


「またママの話して」


「ああ」


「約束?」


「約束だ」


「うん!」


ルナリスは前を向いた。

ジジの隣へ駆けていく。


「走んなっつってんだろ!」


「走ってないよ!」


「走ってただろ!」


二人の声が遠ざかっていった。

やがて廊下が静かになる。

アグラディアが隣を見る。


「父上」


「何だ」


「……いや」


僅かに笑う。


「何でもないです」


レグラスは何も言わなかった。

開いたままの扉の向こうを、しばらく見ていた。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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