帰りを待つ
仕事を始めて数日が経った。
薬草店での仕事にも、少しずつ慣れてきた。
朝、ジジと食事をして家を出る。
店で働き、夕方になれば森の家へ戻る。
帰れば大抵、ジジがいる。
庭で剣を振っているか、
家の中で剣の手入れをしているか、
あるいは何か食べるものを探している。
それがいつの間にか、エレーンの日常になっていた。
「ただいま」
「おかえり」
今日も同じだった。
――はずだった。
「……いない」
返事がない。
家の中を見ても、庭を覗いても、
ジジの姿はなかった。
別に珍しいことではない。
冒険者なのだから外へ出ることもあるだろうし、
守備隊へ行くこともある。
エレーンは買ってきた食材を台所へ置いた。
「今日は遅いのね」
誰もいない部屋で呟く。
夕食の支度を始めた。
野菜を切り、鍋へ入れる。
火をかける。
いつもなら途中でジジが覗きに来る。
今日は来ない。
「…………」
静かだった。
エレーンは鍋の蓋を開けた。
まだ煮込みが足りない。
火を弱める。
外を見ると、空はもう薄暗くなっていた。
「……遅いわね」
二度目だった。
完全に日が落ちた。
料理はとっくに出来上がっている。
エレーンは一人で食卓に座っていた。
「先に食べればいいのよ」
自分に言い聞かせる。
ジジは子どもではない。
28歳の男だ。
自分が心配するような相手ではない。
皿へ手を伸ばす。
「…………」
止まる。
もう少し待とう。
理由はない。
ただ、もう少しだけ。
しばらくして、エレーンは立ち上がった。
料理を温め直す。
「……何をしているのかしら、私は」
誰に頼まれたわけでもない。
待っていろと言われたわけでもない。
それなのに帰ってくる時間が気になる。
その時。
玄関の外から足音がした。
エレーンが振り返る。
扉が開いた。
「ただいま」
ジジだった。
「……遅かったわね」
ジジが目を瞬く。
「ああ。ちょっと手間取った」
「そう」
エレーンはそれだけ言って鍋へ戻ろうとした。
ふと、目が止まる。
「……それ」
「何」
「腕」
左の袖が少し裂けている。
布の下に、赤い線が見えた。
「怪我してるじゃない」
「かすっただけだ」
「見せて」
「大したことねぇよ」
エレーンはジジを見る。
「…座って」
「別に―」
「座って」
ジジ少し黙ったあと、素直に椅子へ腰を下ろした。
「分かったよ」
エレーンは薬箱を持ってくる。
袖を捲ると、確かに傷は浅かった。
それでも血は出ている。
「何をしていたの?」
「守備隊の手伝い」
「ダンテ?」
エレーンは薬を塗りながら言った。
「遅くなるなら、次は一言言っておいて」
「急だったんだよ」
「帰りが遅くなるとわかった時でいいわ」
ジジが少し首を傾げる。
「・・・待ってた?」
エレーンの手が一瞬止まった。
「―料理が冷めるでしょう」
「そっか」
それだけだった。
ジジは本当に、
それ以上何にも考えていない顔をしている。
「次から言う」
「ええ、そうして」
エレーンは傷へ布を巻いた。
「終わり」
「ありがと」
「どういたしまして」
————料理を温め直し、二人で食卓についた。
いつものように、他愛のない話をする。
家の中に人の声が戻っている。
さっきまでの静けさが嘘のようだった。
エレーンは自分の皿へ視線を落とした。
帰ってきただけ。
それなのに、妙に安心している。
そのことについて、今はまだ考えないことにした。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




