自分で得たもの
翌朝。
エレーンが居間へ出ると、
ジジは既に朝食を終えかけていた。
「遅い」
「まだ十分間に合うわ」
「八時だろ」
「分かっているわよ」
席につくと、いつものパンと
ローズヒップティーが置かれる。
エレーンはパンを手に取りながら、
何となく落ち着かない気分だった。
昨日、仕事を探しに行く時とは少し違う。
今日は、自分が使える人間かどうかを見られる。
「……ねえ」
「ん」
「何か言うことないの?」
ジジが眉を寄せる。
「昨日もそれ聞かなかったか?」
「今日は初日なのよ」
「まだ雇われてねぇだろ」
「そうだけれど」
少し考えて、ジジは言った。
「失敗したら帰ってくればいい」
「…………」
「別にその店しかねぇわけじゃないだろ」
妙な励まし方だった。
けれど、エレーンの肩から少しだけ力が抜ける。
「あなた、もう少し普通に励ませないの?」
「行ってこい」
「命令になったわ」
「めんどくせぇな」
エレーンは思わず笑った。
食事を終えて立ち上がる。
「行ってくるわ」
「ああ」
玄関へ向かったところで、後ろから声が飛んできた。
「エレーン」
「何?」
振り返る。
ジジが小さな布包みを投げてきた。
慌てて受け取る。
「何これ」
「昼」
「……作ったの?」
「ああ」
「私の?」
「他に誰が食うんだよ」
中を開こうとすると、ジジが言う。
「早く行け。遅れるぞ」
「分かってるわよ」
エレーンは布包みを抱え直した。
「……ありがとう」
「ああ」
今度こそ家を出た。
薬草店へ着くと、ミレアは既に店を開けていた。
「来たね」
「おはようございます」
「時間通り。まずは合格」
「そこからなの?」
「店を任せる人間が毎日遅刻してきたら困るだろう?」
「……それはそうですね」
ミレアが笑う。
「じゃあ今日は簡単なところから。こっち」
案内されたのは店の奥だった。
棚には乾燥途中の薬草が並び、
天井からもいくつもの束が吊るされている。
「種類ごとに分けて。傷んでる葉は外す」
「分かりました」
「分からないものは勝手に触らないこと」
「はい」
エレーンは袖を捲った。
最初は簡単だった。
葉の状態を見る。
香りを確かめる。
乾燥の進み方を揃える。
村にいた頃、何度もやったことだ。
身体が覚えている。
「それ違うよ」
しばらくして、ミレアが指を差した。
エレーンの手が止まる。
「え?」
「そっちは日陰干し。こっちは日に当てる」
「でも、この薬草は――」
「ノーカルミアじゃ湿気が多いから、
最後だけ日に当てるんだよ」
「……そうなんですね」
知らなかった。
エレーンは素直に薬草を移した。
「村によってやり方は違う。
知ってることだけで全部決めないこと」
「分かりました」
「でも葉の選別は綺麗だね」
今度は褒められる。
エレーンは少しだけ背筋を伸ばした。
「ありがとうございます」
失敗しても怒鳴られない。
知らないことを聞いても、叩かれない。
間違えれば直される。
出来れば褒められる。
それだけのことが、少し不思議だった。
昼になると、ミレアが奥を指した。
「休んでおいで」
「え?」
「昼だよ」
「まだできます」
「働くなら休むのも仕事」
言われるまま、小さな裏庭へ出た。
エレーンは石段へ腰を下ろし、
朝ジジから渡された包みを開く。
パン。
焼いた肉。
少しの果物。
そして。
「……肉、多い」
思わず呟いた。
昨日まで自分が「野菜を食べろ」と言っていた
仕返しかと思うほど入っている。
けれどパンには、庭で採れた香草が挟んであった。
雑に見えて、食べやすいよう包まれている。
「…………」
エレーンは一口食べた。
「美味しい?」
いつの間にかミレアが近くに立っていた。
「旦那が作ったの?」
エレーンが盛大にむせた。
「違います!」
「あら」
「全然違います」
「そんなに否定しなくても」
「違うものは違います」
ミレアは面白そうに笑って店へ戻っていった。
エレーンは咳き込みながらパンを見る。
「……何でそうなるのよ」
黒髪の男の顔が浮かんだ。
庭を枯らしかけ。
肉ばかり食べたがり。
剣だけは異常に強い。
「……ないわ」
一人で言い切って、もう一口食べた。
午後は客も増えた。
エレーンは薬草を包み、棚を整え、
ミレアが調合する薬の材料を運んだ。
「そこの青い瓶」
「これですか?」
「そう。それを二滴」
「二滴ですね」
「三滴入れたら腹を壊すよ」
「先に言ってください」
「だから二滴って言っただろう」
気づけば、時間はあっという間に過ぎていた。
夕方。
ミレアが店の扉を閉める。
「今日はここまで」
エレーンは少し緊張した。
「……どうでしたか?」
「明日も来られる?」
その言葉を理解するまで、少し時間がかかった。
「それは……」
「しばらく朝から夕方まで。給金はこのくらい」
ミレアが条件を伝える。
「嫌なら断っていい」
断っていい。
その言葉に、エレーンは一瞬だけ黙った。
それから首を振る。
「働きたいです」
「じゃあ決まり」
ミレアは小さな硬貨を数枚、エレーンの手に乗せた。
「今日は半日分」
「……今日の?」
「働いたんだから当然だろう」
手の中を見る。
わずかな金額だった。
それでも。
誰かに与えられた金ではない。
ジジから借りた金でもない。
自分が働いて得たものだった。
「……ありがとうございます」
「明日は今日より働いてもらうよ」
「はい」
帰り道。
エレーンは市場の前で足を止めた。
手の中には、今日受け取った給金。
本当なら貯めるべきだ。
服代もジジへ返すと言った。
しばらく考えてから、一軒の店へ入った。
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「ただいま」
玄関を開ける。
「おかえり」
居間からジジの声が返ってきた。
もう、そのやり取りに戸惑うことはなかった。
ジジは机で何か書いている。
「何してるの?」
「ダンテに言われたやつ」
「書類?」
「ああ。嫌になってきた」
「まだ始めたばかりでしょう」
「文字多い」
「また言ってる」
エレーンは買ってきた包みを台所へ置いた。
ジジが顔を上げる。
「どうだった」
「明日から来ていいって」
「そうか」
少しだけ口元を上げる。
「良かったな」
「ええ」
今度は、その一言で十分だった。
「それと」
エレーンは包みを開いた。
「肉買ってきたわ」
ジジが立ち上がる。
「肉?」
「今日は少し多め」
「どうした」
「何よ、その反応」
「昨日まで野菜食えってうるさかっただろ」
「今日の給金で買ったの」
ジジの動きが止まった。
「今日の?」
「ええ」
エレーンは少しだけ胸を張った。
「私が働いて得たお金」
「服代返すんじゃなかったのか?」
「返すわよ。でも全部あなたに返したら、
また私には何も残らないでしょう」
「…………」
「だから、自分で使う分も決めることにしたの」
ジジは少し黙った。
それから肉を見る。
「じゃあ食っていいのか?」
「そのために買ったのよ」
「よし」
「もっと何かないの?」
「ありがとう」
「言えるじゃない」
「肉だからな」
「本当にあなたは……」
エレーンは呆れながら笑った。
「今日も私が作るわ」
「全部使え」
「使わない」
「何でだよ」
「明日の分も残すの」
「今日食えばいいだろ」
「駄目」
「俺が買ってきたら?」
「その時は好きにすればいいわ」
「じゃあ買ってくる」
「今から?」
「ああ」
「馬鹿なの?」
ジジは本気で外へ行こうとしていた。
エレーンは慌てて外套を掴む。
「行かなくていい」
「足りねぇ」
「十分ある!」
二人の声が家の中に響く。
その日の夕食は、いつもより少しだけ肉が多かった。
エレーンが初めて自分で稼いだ金で買った肉だった。
そしてジジは、文句を言いながら一番よく食べた。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




