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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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できること

翌朝。


エレーンはいつもより早く目を覚ました。

窓の外はまだ薄暗い。


しばらく天井を見つめたあと、寝台から起き上がる。

椅子には、先日自分で選んだ深い緑色の服が

掛かっていた。

それを手に取る。


「…………」


今日は街へ行く。


食材を買うためでもない。

ジジについて守備隊へ行くためでもない。


自分の仕事を探すために。


そう考えると、胸の奥が少し落ち着かなかった。

着替えて居間へ行くと、

ジジは既に朝食を食べていた。


「早いな」


「あなたもでしょう」


「俺はいつもこんなもん」


エレーンは向かいへ座る。


ジジがパンを一つ寄越した。


「食え」


「ありがとう」


ローズヒップティーを口にしながら、

エレーンは何度か言葉を飲み込んだ。


「……今日」


「ん」


「街へ行ってくるわ」


「ああ」


「仕事を探しに」


「そっか」


反応が薄い。

エレーンが眉を寄せる。


「それだけ?」


「何が」


「もう少し何かないの?」


「・・・頑張れ?」


「疑問形で言わないで」


「じゃあ何て言えばいいんだよ」


「……もういいわ」


ジジはパンを食べながら首を傾げている。


「一人で行くんだろ?」


「ええ」


「分かった」


それだけ。

止めもしない。

ついて行くとも言わない。


エレーンは少しだけ意外だった。


「心配ではないの?」


「何が」


「私が一人で街へ行くこと」


「前も行っただろ」


「買い物とは違うわ」


「同じ街じゃねぇか」


「そういう問題では……」


言いかけて、やめた。


ジジにとっては、本当に同じなのだ。

エレーンが外へ出ることも。

一人で歩くことも。

仕事を探すことも。


許可を必要とするようなことではない。


「……行ってくるわ」


「ああ」


ジジはカップを持ち上げた。


「気ぃつけろ」


エレーンは一瞬だけ足を止める。


「ええ」


玄関の扉を開けた。


最初に入ったのは、通り沿いの薬屋だった。

薬草なら多少分かる。


マリアの庭を見て、自分の知識が

街でも通じる可能性はあると思った。


「働かせてほしい?」


年配の店主が、エレーンを上から下まで見る。


「ええ。薬草の扱いなら少し分かります」


「経験は?」


「村にいた頃は――」


そこで言葉に詰まる。

十五年以上前の話を、

経験と呼んでいいのか分からない。


「……家庭で使う程度です」


「そうか」


店主は少し考えたあと、首を横へ振った。


「悪いけど、今は人を雇う余裕がないんだ」


「そうですか」


「すまないね」


「いえ」


店を出る。


一軒目。

断られた。

それだけだ。


そう自分に言い聞かせる。

次は小さな食堂へ入った。


皿洗いでも、掃除でもいい。

働いたことがないわけではない。


ただ――奴隷として命じられてしていたことを、

仕事と呼べるのかは分からない。


「今は足りてるよ」


二軒目も断られた。


三軒目。

衣料品店。


「ごめんなさいね。うちは家族だけでやっているの」


四軒目。

別の薬屋。


店主の男はエレーンの耳を見ると、

僅かに顔を曇らせた。


「エルフか」


「……はい」


「悪いけど、うちはちょっと」


「理由を聞いても?」


「客が気にするんだよ」


それだけだった。

エレーンは何も言わず、店を出た。


通りへ戻る。


人々が行き交っている。

誰も自分を気にしていない。

それなのに、耳だけが

やけに目立っているような気がした。


「…………」


昔なら。

断られれば、そこで終わりだった。

自分には決定権などない。

必要とされなければ、次の主人へ送られる。


けれど今は違う。


エレーンは一度息を吐いた。


「……次」


自分に言い聞かせる。


五軒目は、大通りから少し外れた

小さな薬草店だった。

扉を開けると、乾燥した葉と樹皮の匂いがした。


「いらっしゃい」


奥から、白髪混じりの女性が顔を出す。


「あの……」


エレーンは一瞬迷った。


「仕事を探しているのですが」


「仕事?」


「薬草なら、少し扱えます」


女性はエレーンを見る。

やはり耳にも目を向けた。

けれど何も言わなかった。


「どの程度?」


「種類によります」


「じゃあこれは?」


女性が棚から乾燥した葉を一束出した。

エレーンは手に取る。


「エルダーベリーの葉……

 いえ、これは似ていますけど違いますね」


匂いを確かめる。


「サンブリア。

 煎じるなら量を少なくしないと、胃を荒らします」


女性の眉が少し上がった。


「こっちは?」


「ローズヒップ」


「それくらいは誰でも分かるね」


「実だけなら。でもこれは乾燥が強すぎます。

 お茶にすると酸味より渋みが出ると思います」


「……へえ」


女性が笑った。


「よく分かるじゃない」


「教わりました」


誰に。


とは言わなかった。

ジジの顔が少し浮かんだ。


「名前は?」


「エレーンです」


「私はミレア」


女性――ミレアは腕を組んだ。


「今すぐ雇うとは言えないけど、

 明日の朝もう一回来られる?」


「……え?」


「半日だけ手伝ってみな。使えるか見たい」


エレーンは一瞬、返事を忘れた。


「嫌?」


「いえ」


慌てて首を振る。


「来ます」


「じゃあ朝八時」


「分かりました」


店を出たあと。

エレーンはしばらく扉の前に立っていた。


まだ決まったわけではない。

試されるだけだ。


それでも。


「……明日」


小さく呟く。

自分で見つけた。


誰かに連れてこられた場所ではない。

命令されたわけでもない。

自分で扉を開けて。

自分で話して。

明日、もう一度来てもいいと言われた。


それだけで、足取りが少し軽くなった。


森の家へ戻ると、庭にジジがいた。

地面へ座り込み、剣の柄に巻いてある革紐を

交換している。


「ただいま」


言ってから。

エレーンは少しだけ驚いた。

考えずに口から出た。


ジジが顔を上げる。


「おかえり」


当たり前のように返ってくる。


「どうだった」


「……四軒断られたわ」


「そうか」


「一軒は、エルフだから駄目だって」


ジジの手が止まった。


「どこの店」


「何で?」


「覚えとく」


「やめて」


「何もしてねぇだろ」


「今から何かしそうな顔してるわ」


「しねぇよ」


「してる」


ジジは不満そうに革紐へ視線を戻した。


「―で?」


「で?」


「それだけじゃねぇんだろ?」


エレーンは少し黙った。


「……一軒、明日もう一回来いって」


ジジが顔を上げる。


「仕事?」


「まだ分からないわ。半日試すだけ」


「へえ」


「何よ」


「良かったな」


「…………」


あまりに普通に言われた。


「それだけ?」


「またそれ?」


「だって」


「じゃあ何だよ」


エレーンは少し考える。

そして、自分でも可笑しくなった。


「……いいわ。それで」


「ああ?」


「何でもない」


ジジは意味が分からないという顔をした。


「明日八時なの」


「じゃあ早く寝ろ」


「まだ夕方よ」


「朝弱いだろ」


「あなたほどではないわ」


「俺は起きる」


「“たぶん”でしょう?」


「まだ覚えてんのかよ」


エレーンは笑った。

庭を抜け、家へ向かう。


「今日の夕食は?」


後ろからジジが聞く。


「あなたはそればかりね」


「腹減ってる」


「肉は少なめよ」


「何でだよ」


「野菜を食べなさい」


「仕事決まりそうだからって急に偉くなってねぇ?」


エレーンは振り返った。


「まだ決まってないわ」


「じゃあ決まったらもっと偉くなんの?」


「そうね。覚悟しておきなさい」


「ふざけんな」


ジジの即答に、また笑う。


今日、いくつも扉を開けた。

閉じられた扉もあった。


けれど一つだけ、

明日もう一度開けてもいい扉があった。


そして帰ってくれば。

ここにも、自分で開けられる扉がある。


エレーンは家の鍵を取り出した。

もう、その重さには少し慣れていた。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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