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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

翌日。

診療所には、薬草の匂いが満ちていた。


寝台の上で、ジジは目を閉じたまま横になっている。


左肩の傷は再び開かれ、周囲には新しい布が敷かれていた。

黒紫色の筋は鎖骨を越え、まだ左胸まで残っている。


シャイアが傷の周囲を拭う。


布に、黒く濁った液体が染み込んだ。


「……もう一枚」


アグラディアが新しい布を手渡す。

シャイアは受け取り、再び傷へ当てた。


ガイアは寝台の反対側にいた。

椅子へ座り、ジジの手を握っている。


「…………」


指先を擦る。

まだ冷たい。


「シャイア」


「何?」


「これ、いつ戻る」


シャイアが手を止めずに答える。


「体温?」


「……ああ」


「毒が抜けて、身体が戻ってくれば少しずつ上がると思う」


「少しずつって、どれくらい」


「それは分からないわ」


「…………」


ガイアはジジの手を見た。

もう一度、両手で包む。


「……まだ冷てぇ」


シャイアが顔を上げる。


「昨日よりはいいわよ」


「ほんとか?」


「ええ」


ガイアは黙った。

しばらく手を握ったあと、親指で手の甲を擦った。

アグラディアが黒紫色の筋を見る。


「毒の広がりは止まってるね」


「うん。昨日から位置は変わってない」


「じゃあ、そっちはこのまま続けよう」


「呪詛は?」


ガイアが聞いた。

アグラディアが顔を上げる。


「まだ調べてるよ」


「……まだか」


「いくつか似た記録は見つけた。でも、同じものかは分からない」


「消せねぇの?」


「方法はあると思う」


「思う?」


「うん」


アグラディアは机の上に置かれた本を閉じた。


「焦って違う方法を使う方が危ないからね。もう少し調べさせて」


ガイアが眉を寄せる。


「…………」


少しして、ジジへ視線を戻した。


「……分かった」


——————————————————————


翌日。


窓から朝の光が差し込んでいた。

シャイアがジジの脈を取る。

寝台の横では、ガイアが欠伸をしていた。


「寝た?」


「寝た」


「どれくらい?」


「知らね」


「昨日もそこにいたでしょ」


「いた」


「帰ってないの?」


「帰ってねぇ」


シャイアがガイアを見る。


「一回帰りなさいよ」


「何で」


「着替えて、お風呂入って、ご飯食べてきなさい」


「別にいい」


「よくない」


「ジジ起きるかもしれねぇだろ」


「起きたら呼ぶわよ」


「…………」


「今のところ急に目を覚ます状態でもないし」


ガイアがジジを見る。


「……じゃあ、もうちょいいる」


「昨日からずっとそれ言ってるわよ」


「うるせぇな」


シャイアが小さく息を吐いた。


「せめて何か食べて」


「あとで」


「絶対よ」


「はいはい」


ガイアがジジの手へ触れる。

そのまま少し止まった。


「……シャイア」


「何?」


「ちょっとあったけぇ」


シャイアが近づく。

ジジの手へ触れる。


「……そうね」


「だよな?」


「昨日より戻ってる」


ガイアがもう一度握った。


「…………」


指先へ触れる。

掌を包む。


「……まだ冷てぇけど」


「少しずつよ」


「うん」


ガイアはそのまま手を離さなかった。


——————————————————————


さらに二日が過ぎた。

ジジはまだ目を覚まさなかった。

黒紫色の筋も残っている。


ただ、熱は下がった。

呼吸も安定し始めていた。

昼過ぎ。

診療所の扉が開いた。


「こんにちは」


マーサが入ってくる。

手には紙袋を持っていた。


「マーサ」


シャイアが振り返る。


「今日も仕事?」


「休憩中。ちょっとだけ抜けてきた」


マーサは寝台を見る。


「……まだ?」


「まだね」


「そっか……」


寝台へ近づく。

ジジの顔を見たあと、その反対側へ視線を移した。


「…………」


ガイアが椅子に座っていた。

銀髪は後ろで緩くまとめられている。


「……ガイア」


「よ」


「今日もいるの?」


「いる」


「昨日もいたよね」


「いた」


「一昨日も」


「いたな」


マーサが眉を寄せた。


「ちゃんとご飯食べてるの?」


「食ってる」


「何食べた?」


「…………」


「また?」


「あとで食う」


「ガイア」


「何だよ」


「ドーラのところ行ってきなよ」


「いいよ」


「よくない」


マーサがガイアの前に立つ。


「顔色悪いよ」


「元からこんなんだよ」


「違う。ちゃんと寝てるの?」


「寝てるって」


「ここで?」


「……ちょっとは」


「それ寝てるって言わないから」


ガイアが面倒そうに息を吐いた。


「俺は平気だって」


「ジジが起きた時にあんたが倒れてたらどうするの」


「倒れねぇよ」


「そういうこと言ってる人が倒れるの」


「お前、うるさくなったな」


「昔からです」


マーサが椅子の背へ手を掛ける。


「私ここにいるから、行ってきなよ」


「…………」


「ジジが起きたらすぐ呼びに行くから」


ガイアはジジを見た。


「……すぐ戻る」


「ちゃんと食べてきて」


「分かったよ」


立ち上がる。

数歩進んだところで振り返った。


「マーサ」


「何?」


「ほんとに起きたら呼べよ」


「呼ぶって」


「絶対だぞ」


「はいはい」


扉が閉まった。

マーサはしばらく扉を見ていた。


やがて椅子へ座る。


「……まったく」


シャイアが薬草を刻みながら笑った。


「言ってくれて助かったわ」


「全然食べてないの?」


「食べてないわけじゃないけど、ほとんどここから動かないのよ」


「やっぱり」


マーサが紙袋を机へ置いた。


「これ、シャイアの分」


「私?」


「ドーラから。どうせ医者も食べてないんだろって」


「……全部分かってるのね」


「長いからね」


マーサが小さく笑った。

それからジジを見る。


「…………」


寝台の上に置かれた手へ視線が落ちる。


「手、戻ってきた?」


「体温?」


「うん」


「だいぶね」


マーサがジジの手へ触れた。


「……ほんとだ」


「最初はかなり冷たかったから」


マーサの指が一瞬止まった。


「…………」


「マーサ?」


「ううん」


手を離す。


「早く起きるといいね」


「そうね」


「ギルドのみんなも待ってるよ」


ジジは動かなかった。

マーサが布団を掛け直す。


「……早く帰ってきなさいよ」


——————————————————————


その日の夜。


ガイアは再び寝台の横にいた。


窓の外は暗い。

シャイアは隣室へ移り、診療所は静かになっていた。

ガイアがジジの手を取る。


「…………」


掌へ触れる。

指先。

手の甲。

両手で包む。


「……あったけぇ」


小さく呟いた。

もう一度、確かめるように握る。


「やっと戻ったな」


返事はない。


「何日かかってんだよ」


親指で手の甲を擦る。


「……心配させやがって」


ジジの呼吸は一定だった。

ガイアは椅子へ深く座り直す。

手は握ったままだった。


「今日マーサ来たぞ」


「…………」


「あいつ俺に飯食え飯食えうるせぇの」


少し間が空く。


「お前が寝てんのに、何で俺が怒られんだよ」


返事はない。


「ドーラにも山ほど食わされたし」


ガイアが鼻を鳴らす。


「お前起きたら文句言ってやる」


ジジは眠ったままだった。


「…………」


ガイアが握った手を見る。


今度は、それ以上何も言わなかった。


——————————————————————


さらに翌日。


診療所の机には、古い本が何冊も積み上げられていた。

アグラディアがその一冊を開いている。

シャイアは傷の処置を終え、布を巻き直していた。


ガイアはいつもの椅子に座っている。


「シャイア」


「ん?」


「どう?」


アグラディアが顔を上げた。

シャイアがジジの脈を確認する。


「毒はもう大丈夫」


ガイアの身体が僅かに動いた。


「……ほんとか?」


「ええ。残ってたものもほとんど抜けたわ」


「もう広がらねぇ?」


「毒についてはね」


ガイアが長く息を吐いた。

片手で目元を押さえる。


「……よかった……」


シャイアが傷を見る。


「体温も戻ってる。脈も安定してきた」


「じゃあ……」


ガイアが黒紫色の筋を見る。


「あと、これだけ?」


「そうね」


アグラディアが本を閉じた。


「呪詛だけだね」


ガイアがアグラディアを見る。


「何か分かった?」


「少し」


アグラディアは別の本を開いた。


「似たものがいくつか見つかった。

 どうやら、身体の中へ入り込んだ呪詛そのものを消すんじゃなくて、

 繋がりを断つ方法があるみたいだ」


「繋がり?」


「そう。術者が残したものと、ジジの身体との繋がりだね」


「それ切ったらどうなる」


「呪詛が身体に留まれなくなる」


ガイアが本を見る。


「……できんの?」


「まだ確認したいことがある」


「…………」


「でも、方法は見えてきたよ」


アグラディアが柔らかく笑った。


「もう少しだけ待って」


ガイアはしばらく黙っていた。

やがて頷く。


「……分かった」


アグラディアが本を持ち上げる。


「明日までには、もう少し詳しく調べてくる」


「頼む」


「うん」


アグラディアが診療所を出ていく。

ガイアは寝台へ向き直った。

ジジの手を取る。


「…………」


温かい。

数日前とは違う。


指先まで、ちゃんと体温があった。

ガイアがその手を握る。


「聞いたか?」


返事はない。


「毒はもう大丈夫だってよ」


「…………」


「あとは呪詛だけだ」


親指が手の甲をゆっくり擦る。


「それ取ったら……」


ガイアは眠るジジを見た。


「今度こそ起きろよ」


静かな呼吸だけが返ってきた。

ガイアはその手を握ったまま、椅子へ背を預けた。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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