知らない傷
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
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「……何だよ、これ」
誰も答えない。
ガイアの視線は、ジジの左肩に止まっていた。
深く残った噛み傷。
その周囲から黒紫色の筋が伸び、鎖骨を越えて左胸まで広がっている。
シャイアが傷の周囲へ指を当てた。
皮膚を押す。
ジジは動かない。
「……シャイア」
「待って」
「何なんだよ、それ」
「今見てる」
シャイアは黒紫色の筋を指で追った。
鎖骨。
胸元。
再び肩へ戻る。
眉間に皺が寄った。
「……強い毒ね」
ガイアが顔を上げた。
「毒?」
「ええ」
シャイアの指が止まる。
「でも……これ、毒だけじゃない」
バルトが一歩近づいた。
「何だ」
「呪詛」
ガイアの口が僅かに開いた。
「……呪詛?」
「傷の奥に残ってる」
「何で」
シャイアは答えず、バルトを見た。
「何にやられたの?」
「ハイファーだ」
ガイアが振り向く。
「……ハイファー?」
「ああ」
「いつ」
バルトがガイアを見る。
「……お前が心臓持って出たあとだ」
「…………」
ガイアの視線が、ゆっくりジジへ戻った。
「……噛まれたのか」
「ああ」
「何で」
「ガイア」
「何があった」
バルトは一度、寝台を見た。
「お前が出たあと、ハイファーがバインスにいる核に気づいた」
「……ルナ?」
「ジジもそう判断した」
ガイアの眉が寄る。
「それで、こいつが止めた」
「…………」
「戦ってる途中で、左肩に食らいつかれた」
ガイアは傷を見たまま動かなかった。
ガイアの唇が僅かに動く。
「……そのあと」
「全部終わってから倒れた」
シャイアが顔を上げた。
「倒れた時には変色してた?」
「ああ。最初は傷の周りだけだった」
「広がったのは?」
「帰る途中だ」
「熱は」
「出た」
「意識は?」
「ない」
「傷は?」
「塞がってた」
シャイアが傷を見る。
「……表面だけ閉じてたのかも」
ガイアがまた一歩、寝台へ近づいた。
「……ジジ」
返事はない。
「おい」
もう一歩。
「ジジ」
動かない。
「……おい、ジジ」
声が大きくなる。
「ジジ!」
「ガイア」
バルトが呼ぶ。
ガイアは聞かなかった。
寝台の脇まで来る。
「起きろよ」
ジジの顔を覗き込む。
「……何やってんだよ」
声が掠れた。
「ジジ」
肩へ伸ばしかけた手が止まる。
黒紫色の筋。
深い牙の痕。
ガイアの指が僅かに震えた。
「……知らねぇ」
バルトがガイアを見る。
「こんな傷……俺知らねぇよ」
「ガイア」
「何で」
ジジを見る。
「何で俺が知らねぇ傷あんだよ……」
一滴、涙が落ちた。
ガイアは拭わなかった。
「俺いねぇ間に……」
声が震える。
「何やってんだよ、お前……」
もう一滴。
「噛まれてんじゃねぇよ……」
鼻を啜る。
「何やってんだよ!」
声が響いた。
「また無茶したんだろ!」
「ガイア、静かにして」
シャイアが言う。
「すぐ帰ってくるんじゃなかったのかよ!」
「ガイア」
「倒れるまでやんなよ!」
バルトが腕を掴んだ。
「落ち着け」
「離せ!」
腕を振り払う。
「何で俺が知らねぇ傷作って帰ってくんだよ!」
ジジは動かない。
「おい!」
ガイアがジジの手を取った。
「起きろよ!」
その動きが止まった。
「…………」
手元を見る。
握り直す。
「……え」
もう一度。
今度は両手で包む。
「……おい」
返事はない。
ガイアが手を強く握った。
「何で冷てぇんだよ」
擦る。
「おい……」
さらに擦る。
「ジジ」
鼻を啜る。
「お前、あったけぇだろ……」
シャイアの手が一瞬止まった。
「なあ……」
ガイアはジジの手を両手で包んだまま、何度も擦った。
「お前、あったけぇじゃん……」
涙がジジの手の甲へ落ちる。
「何で……」
また擦る。
「何で冷てぇんだよ……」
「ガイア」
バルトが近づく。
ガイアの声が裏返った。
「こいつこんな冷たくねぇんだよ!」
「ガイア!」
「何とかしろよ!」
「今やってる!」
「だったら早くしろよ!」
「やってるって言ってるでしょ!」
「ジジ!」
ガイアが寝台へ身を乗り出した。
「おい!起きろ!」
「ガイア、やめろ!」
バルトが肩を掴む。
ダンテは片手で目元を抑え、グリムは鼻をすすっていた。
「離せよ!」
「シャイアが診てるだろ!」
「ジジ!死んだらぜってぇ許さねぇぞ!!!」
ジジへ向かって泣きながら怒鳴っていた。
涙が次々に落ちる。
マルセルとシーザーも涙が止まらなかった。
バルトがガイアを寝台から引き離した。
「離せ!!」
「いい加減にしろ!」
「ジジが――」
「シャイアが今診てんだろうが!」
「でも――」
「お前が邪魔してどうすんだ!!」
ガイアが止まった。
荒い呼吸が続く。
頬は涙で濡れていた。
「…………」
寝台を見る。
バルトが大きく息を吐いた。
「分かってる」
「…………」
「シャイアに任せるしかねぇ」
「外出ろ」
「嫌だ」
「ガイア」
「嫌だ!」
「外出て頭冷やしてこいってんだ、邪魔だ馬鹿!」
バルトがガイアの胸ぐらをつかみ怒鳴った。
「行け!」
「…………」
「何かあったらすぐ呼ぶ」
「……ぜってぇ呼べよ」
「絶対だ」
「…………」
ガイアがジジを見る。
「……絶対だかんな」
バルトが扉を指す。
「行け」
「…………」
ガイアは俯き、扉を出た。
扉が閉まる。
シャイアが息を吐いた。
すぐにジジへ向き直る。
「バルト。アグラディア呼んで」
「ああ」
「それと、呪詛に関する資料が欲しい。私の部屋にあるから――」
「分かった」
ダンテがマルセルとシーザーを見る。
「お前ら」
「はい」
「ギルド行ってマーサ呼んで来い」
「マーサさんを?」
「ああ。急げ」
二人が頷く。
「分かりました」
扉を開け、走っていった。
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慌ただしい診療所の脇。
アグラディアとシャイアが呪詛について話をしていた。
ガイアは診療所の外の芝生に座っていた。
両膝を抱え、そこへ顔を伏せている。
長い銀髪が肩から前へ落ち、毛先が芝生に広がっていた。
「……っ」
鼻を啜る。
袖で顔を拭う。
しばらくすると、また袖が上がる。
「……クソ……」
膝を抱く腕に力が入った。
肩が震える。
「……ジジ……」
顔を膝へ押しつける。
「……馬鹿……」
足音が近づいた。
ガイアは顔を上げなかった。
隣で止まる。
「……何だよ」
「俺だ」
「……分かってる」
バルトが隣へ腰を下ろした。
ガイアは鼻を啜った。
「……シャイア、何て」
「まだ診てる。アグラディアと話をしている」
「……うん」
「二人に任せろ」
「……うん」
静かになった。
ガイアは顔を伏せたままだった。
バルトも何も言わない。
「…………」
「…………」
「……俺さ」
「ん」
「残ってればよかったのかな……」
バルトがガイアを見る。
「違う」
「…………」
「お前が心臓持って帰ったからルナリスが助かった」
「……分かってる」
「一番早かったのがお前だ」
「うん……」
「あれが最善だった」
「……分かってるよ」
「だったら自分責めんな」
「…………」
ガイアが鼻を啜る。
「でもさぁ……」
「何だ」
「なんか……あっただろ……」
「何が」
「もっといい方法……」
「ねぇよ」
「…………」
「なかった」
「でも……」
「ガイア」
「俺が残るとか……」
「それじゃ心臓が届かねぇ」
「分かってる……」
「ファルコで飛べるお前が行くしかなかった」
「分かってるよ……」
ガイアが顔を膝へ押しつけた。
「全部分かってんだよ……」
声が震える。
「でも……」
鼻を啜る。
「俺がいたら……」
「…………」
「あいつが前出た時、止められたかもしんねぇじゃん……」
「お前が言って止まる奴か?」
「…………」
「だろ」
「でも俺なら追えた」
「…………」
「一緒に行けた」
バルトは黙った。
「噛まれる前に引っ張れたかもしれねぇし……」
「ガイア」
「俺が噛まれたかもしれねぇ」
「馬鹿言うな」
「だって……」
ガイアが顔を上げバルトを見る。
目元は赤く腫れていた。
「俺ならよかったじゃん……」
「よくねぇよ」
「ジジよりいいだろ……」
「よくねぇ」
「俺なら――」
「ガイア」
バルトの声が低くなる。
「お前が同じことになってたら、ジジがどうすると思う」
「…………」
「お前が毒と呪詛食らって、死にかけてたら」
ガイアが俯く。
「…………怒る」
「だろ」
「……めちゃくちゃ怒る」
「それで済むか?」
「…………」
ガイアが鼻を啜った。
「……分かんねぇ」
「じゃあ勝手に代わろうとすんな」
「…………」
「お前が悪いんじゃねぇ」
ガイアは何も言わなかった。
膝を抱き直す。
銀髪が再び芝生へ落ちる。
「……でも俺」
声が小さくなる。
「知らねぇんだよ……」
「何を」
「……あの傷」
バルトが黙る。
「知らねぇ……」
鼻を啜る。
「あいつのでけぇ傷……全部知ってんだよ……」
バルトはガイアを見た。
「あいつ言うこと聞かねぇし……」
声が掠れる。
「待てっろっつっても行くし……無茶すんなっつってもするし……」
鼻を啜る。
「そのたび傷作って……俺が怒って……」
「…………」
「でも俺、いたんだよ……」
ガイアの肩が震えた。
「全部……」
「…………」
涙が芝生へ落ちる。
「なのに……」
言葉が止まった。
「いなかった……」
バルトが僅かに眉を寄せた。
「俺がいねぇ時に……」
ガイアが口元を押さえた。
「こんな……」
息が詰まる。
「死ぬかもしれねぇ傷……」
声が崩れた。
「作って……」
顔を膝へ埋める。
「俺、何も知らなくて……」
「ガイア」
肩が大きく震える。
「ただ……」
鼻を啜る。
「ここで待ってた……」
それ以上、言葉が続かなかった。
バルトが背中へ手を置いた。
ガイアは振り払わなかった。
「……怖ぇ」
「…………」
「バルト……」
「ん…?」
「……怖ぇよ」
また涙が落ちる。
「あいつ……死んだら……」
息を吸う。
「……どうしよう」
バルトの手が、背中を一度叩いた。
「死なせねぇよ」
ガイアが鼻を啜る。
「でも……手……」
「…………」
「冷たかった……」
唇が震える。
「この前まで……あんな……」
言葉が途切れた。
ガイアが両手を見た。
「……あったかかったのに……」
また顔を覆う。
「何でだよ……」
バルトは何も言わなかった。
「……俺が寒ぃって言った時……」
声が掠れる。
「ずっとあっためてくれたのに……」
肩が震える。
「何であいつが冷たくなってんだよ……」
バルトが背中を撫でた。
「……嫌だ……」
「…………」
「ジジいなくなんの……」
鼻を啜る。
「……嫌だよ……」
その時。
遠くから足音が近づいてきた。
「こっちです」
マルセルの声だった。
「ジジは?」
マーサの声が続く。
「診療所です。シャイアさんが診てます」
「容体は?」
「それが……」
角を曲がろうとしたところで、マーサの足が止まった。
マルセルとシーザーも止まる。
診療所の脇。
芝生に座る二人が見えた。
「……俺がさ……」
ガイアの声が聞こえる。
マーサは動かなかった。
「俺が代われたら……」
「またそれか」
「だって……」
ガイアが鼻を啜る。
「ジジじゃなくて俺なら……」
「ガイア」
「俺ならよかったのに……」
マーサの目が僅かに見開かれた。
マルセルが声を掛けようとする。
マーサが小さく手を上げた。
マルセルが止まる。
「……俺、あいつ死ぬの嫌だ……」
ガイアが膝へ顔を伏せた。
長い銀髪が芝生の上へ広がる。
「怖ぇよ……」
声が震える。
「ジジいなくなんの……怖ぇ……」
バルトが何かを言った。
マーサには聞こえなかった。
『絶対、帰ってきて』
出発の朝の声が重なる。
マーサの手が胸元で止まった。
視線の先で、ガイアがまた顔を覆う。
「……目、覚まして欲しい…」
鼻を啜る。
「それだけでいいから……」
マーサはじっとガイアを見て、動けなかった。
こんなガイアの姿を見るのは初めてだった。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




