帰還
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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診療所。
ルナリスは寝台へ寝かされていた。
その隣に、レジーナの心臓が置かれる。
赤い光が、一定の間隔で明滅していた。
アグラディアがルナリスの胸元へ手を置く。
「始めます」
レグラスが頷いた。
シャイアは寝台の反対側につき、ルナリスの手を取る。
ガイアは少し離れた場所に立っていた。
アグラディアが古いエルフ語で詠唱を始める。
静かな声が部屋に響く。
最初は何も起こらなかった。
レジーナの心臓だけが脈打っている。
一度。
二度。
三度。
やがて。
ルナリスの胸元から、淡い光が漏れた。
ガイアが僅かに身を乗り出す。
「……光ってる」
「動かないで」
シャイアが言った。
光は少しずつ強くなる。
どくん。
レジーナの心臓が脈打った。
その直後。
ルナリスの胸元の光も強くなる。
どくん。
再び心臓。
少し遅れて、ルナリス。
一定ではない。
互いに探るように、異なる間隔で明滅している。
アグラディアの詠唱が続く。
やがて。
どくん。
二つの光が同時に強くなった。
「……合った」
シャイアが小さく言う。
次の瞬間。
ルナリスの身体が大きく跳ねた。
「ルナ!」
ガイアが一歩出る。
「来たらだめだ!」
アグラディアの声が飛んだ。
ガイアの足が止まる。
ルナリスの指が強く握られる。
呼吸が乱れる。
「っ……!」
「ルナリス、大丈夫。ここにいるよ」
シャイアが手を握ったまま声をかける。
胸元の光が激しく明滅する。
それに呼応するように、レジーナの心臓も強く脈打った。
どくん。
どくん。
どくん。
部屋の空気が震える。
棚に置かれていた小瓶が微かに鳴った。
「アグラディア」
レグラスが呼ぶ。
「まだです」
詠唱は止まらない。
「まだ馴染んでいません」
「失敗してるのか?」
ガイアが聞く。
「違う」
アグラディアはルナリスから目を離さない。
「今まで一人で均衡を保ってきた。急に別の力が触れれば、反発するよ」
ルナリスが苦しそうに息を吐く。
ガイアの手が強く握られる。
それでも近づかなかった。
やがて。
激しく明滅していた光が、少しずつ間隔を変え始める。
レジーナの心臓。
ルナリスの核。
一方が光る。
もう一方が追う。
また光る。
追う。
その差が、少しずつ短くなっていく。
そして。
どくん。
同時に光った。
一度。
どくん。
二度。
どくん。
三度。
同じ間隔。
同じ強さ。
アグラディアの詠唱が止まった。
誰も声を出さない。
二つの光だけが、静かに明滅している。
ルナリスの荒かった呼吸が、少しずつゆっくりになる。
握り締めていた指からも力が抜けていった。
「……ルナリス?」
シャイアが呼ぶ。
返事はない。
眠っている。
アグラディアが胸元へ手を当てる。
しばらくそのまま動かなかった。
「……安定しているね」
ガイアが顔を上げる。
「終わったのか?」
「共鳴は成功したよ」
「じゃあ、もう大丈夫なんだな」
アグラディアはすぐには答えなかった。
「今は、だよ」
「…………」
「核そのものが元通りになったわけじゃない。けれど、乱れていた反応は落ち着いている」
レグラスがレジーナの心臓を見る。
赤い光はまだ消えていない。
「これなら、今までみたいに周囲の精霊が無秩序に反応することは、かなり減ると思う」
レジーナの心臓はルナリスの胸元と同じ間隔で、静かに脈打っている。
「しばらくはこのまま様子を見よう」
「ええ」
シャイアが額の汗を拭おうとして、手を止めた。
「……?」
「どうした?」
「いえ……」
閉じた瞼の周囲が、ほんの僅かに熱を持っている。
だが今は、共鳴を終えたばかりだった。
シャイアは何も言わず、濡らした布を額へ当てた。
ガイアが寝台へ近づく。
「……ルナ」
眠ったままの顔を見る。
先ほどまで苦しそうに寄っていた眉間から、力が抜けていた。
ルナリスの眠る寝台の横にしゃがみ、ルナの髪を撫でた。
「ここで待ってような」
そう言ってガイアは窓の外に目を向けた。
ガイアは胸元を掴んだ。
共鳴が終わり、部屋は静かになった。
それなのに、胸の奥だけが妙に落ち着かなかった。
「……早く帰ってこいよ」
誰にも聞こえない声だった。
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三日目。
朝から降っていた雪は、昼を過ぎる頃には雨へ変わっていた。
六頭の馬が、濡れた街道を駆けていく。
先頭を走るバルトが振り返る。
「次の町まであとどれくらいだ!」
「この速度なら三時間です!」
マルセルが答える。
「そこで馬を替える! それまで止まるな!」
「はい!」
後方。
ダンテは前に乗せたジジの身体を抱え直した。
一度も目を覚ましていない。
「……ジジ」
返事はない。
頭が揺れ、ダンテの肩へ落ちる。
「おい」
ダンテが顔を覗き込む。
「そろそろ起きろよ」
グリムが馬を寄せた。
「ダンテ、左手見せろ」
「今か?」
「今じゃ」
手綱を操りながら、ダンテがジジの左腕を持ち上げる。
袖口から出た手。
紫色の筋は、すでに手首を越えていた。
グリムの表情が険しくなる。
「……指まで来始めとる」
ダンテが前を見る。
「昨日は前腕だっただろ」
「ああ」
「早まってねぇか」
「今できることは、バインスまで連れて帰ることだけじゃ!」
前方からバルトの声が飛んだ。
「何かあったか!」
グリムが叫び返す。
「指まで来とる!」
バルトが振り返った。
一瞬だけジジを見る。
「……次の町で処置する!」
「分かった!」
「マルセル!」
「はい!」
「町入ったら先に馬屋走れ! 六頭用意させろ!」
「はい!」
「シーザーは水と食料!」
「分かりました!」
また蹄の音だけになる。
誰も話さない。
六頭は、ただ南へ走り続けた。
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四日目。
「止めろ!」
馬が止まる。
バルトが振り返った。
「何だ!」
「ジジを下ろせ!」
グリムの声が違った。
全員が馬から降りる。
ダンテがジジを抱き下ろした。
毛布。
雪のない地面。
外套を開く。
左腕。
指先まで紫色に染まっていた。
「……全部来た」
ダンテが呟く。
グリムは答えない。
襟元を開く。
そこで手が止まった。
「……バルト」
「何だ」
「胸じゃ」
一瞬。
誰も動かなかった。
「どこまで」
バルトの声が低くなる。
「左胸に入っとる」
黒紫色の筋が、肩から鎖骨を越えている。
胸元へ。
心臓へ向かうように。
「バインスまで」
バルトが立ち上がる。
マルセルが答える。
「今日中には着きます」
「何時だ」
「このままなら夕方には」
「最後の町は」
「一時間先です」
「そこで馬替える」
バルトがジジを見る。
「それ以降は止まらねぇ」
「バルト」
グリムが呼ぶ。
「何だ」
「もう無茶させるなとは言わん」
バルトが見る。
「させろ」
グリムがジジの外套を閉じた。
「一刻でも早く連れて帰る」
「ああ」
ジジを抱き上げる。
馬へ。
全員が跨がる。
「行くぞ!」
最後の町へ六頭が走り出した。
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「六頭! 今すぐだ!」
最後の町に到着した時には、もう説明すらしなかった。
ギルド章を見せる。
馬を出させる。
荷物を移す。
水を補充する。
ジジの状態を確認する。
「出るぞ!」
新しい馬が地面を蹴った。
街道へ。
南へ。
バインスへ。
夕方。
遠くに城壁が見えた。
「……見えた!」
シーザーが叫ぶ。
誰も答えなかった。
必要ない。
全員が見えていた。
バインス。
あと少し。
ダンテがジジを見る。
「おい」
返事はない。
「帰ってきたぞ」
揺れる身体を抱き直す。
「聞こえてんだろ」
何も返らない。
「もうちょいだ」
馬が走る。
城門を抜ける。
街へ。
人々が振り返る。
道を開ける。
「どけ!居住区に行く!」
バルトの声が響いた。
最後まで止まらなかった。
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ガイアはルナリスの側を離れなかった。
汗を拭き、少し目を覚ましたら水を飲ませ、手を握っていた。
共鳴が終わってからルナリスの呼吸は、
日に日に落ち着きも取り戻し穏やかだった。
アグラディアからも、核は安定していると話をされていた。
それでも。
胸騒ぎは消えなかった。
窓を向く。
何もない。
「…………」
また見る。
その時。
遠くから、蹄の音が響いた。
ガイアが立ち上がり、窓へ近づき外を見た。
何頭もの馬が、エルフ居住区の道を走ってくる。
先頭にいるのはバルトだった。
その後ろにマルセル、シーザー、グリム、ダンテが続いている。
「……帰ってきたか」
馬は速度を落とさない。
道にいたエルフたちが、慌てて左右へ避けていく。
ガイアの眉が寄った。
「……?」
馬はそのまま診療所へ向かってくる。
「シャイア!!」
外からバルトの声が響いた。
シャイアが顔を上げる。
「何?」
「急患だ!すぐ来てくれ!」
椅子が鳴った。
シャイアが立ち上がり、扉へ向かう。
ガイアもバルトの声色がおかしいと思い入口へ走る。
外では馬の嘶きと、複数の足音が重なっていた。
「ダンテ、そのまま支えろ!」
「分かってる!」
「グリム、そっち持て!」
「左肩に触るな!」
扉が開いた。
バルトが入ってくる。
「シャイア!」
「どうしたの?」
「毒だ! 四日前に噛まれた!」
「誰が?」
その後ろから、ダンテとシーザーが入ってきた。
二人の間に、大きな身体が支えられている。
黒い髪。
見慣れた外套。
ガイアの表情が止まった。
「…………は?」
「寝台へ!」
シャイアが奥を指す。
ダンテとグリムが運び込む。
二人に支えられていたのはジジだった。
「ジジ?」
返事はない。
ガイアが一歩近づく。
「……ジジ?」
ダンテは答えず、そのまま寝台へ向かった。
ジジの左腕が力なく垂れている。
指先は黒紫色に変色していた。
「…………」
ガイアの足が止まる。
「バルト、状態は?」
「四日前から意識がない。噛まれたのは左肩だ。毒はもう胸まで回ってる」
「服を脱がせて。傷を見る」
シャイアがジジの外套を開く。
「間に合わないわ。切るわよ」
刃物が入る。
肩から胸元までが露わになる。
左肩には深い噛み傷。
その周囲から黒紫色の筋が伸び、鎖骨を越えて左胸まで広がっていた。
ガイアがそれを見た。
「…………何?」
一歩。
寝台へ近づく。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




