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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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四日

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

紫色が、ゆっくりと下へ広がり始めていた。


「ダンテ、寝かせろ!」


グリムの声が飛ぶ。

ダンテがジジの身体を石床へ下ろす。


「何すりゃいい!」


「外套脱がせろ! 肩を出せ!」


「分かった!」


グリムは荷物を引き寄せ、中を乱暴に探った。


布。

水。

薬。


使えそうなものを次々と取り出す。


「傷口を洗うぞ。押さえとれ!」


ダンテがジジの身体を支えた。


水が噛み傷へ流れ込む。


「…………っ」


ジジの眉が僅かに動いた。


「ジジ!」


返事はない。


「意識は戻らん! 押さえろ!」


「分かってる!」


少し離れた場所で、バルトは地図を広げていた。


来た道を指で辿る。

ギルハイム。

最後の宿。

その前の街。

街道。

バインス。

そのまま戻る。


――駄目だ。


「……遅ぇ」


指が別の道を探す。


安全な街道。

宿。

休憩地点。


行きは七人で確実に進むため、それらを繋いできた。


今は違う。


必要なのは安全ではない。

時間だ。


「バルト!」


グリムの声。


「何だ!」


「止血はする! じゃが毒が何か分からん!」


「どんくらい持つ!」


「分かるか!」


「大体でいい!」


「分からんと言っとるじゃろ!」


グリムが怒鳴り返した。


「こんな毒、見たこともない! 今言えるのは一つじゃ!」


「何だ!」


「急げ!」


バルトが地図へ目を戻した。


「……なら、来た道は捨てる」


ダンテが顔を上げた。


「何?」


「南東へ抜ける。街道に戻るまで森を突っ切る」


「馬で行けんのか?」


「通れる。行きに見た」


バルトの指が地図を走る。


「そこから街道に出る。途中の町で馬を替える」


「何日だ」


「四日」


ダンテの顔が強張った。


「四日……」


「順調ならな」


「もっと縮められねぇのか」


「馬を潰したら終わりだ!」


バルトが顔を上げる。


「こいつを担いでバインスまで走れんのか!?」


ダンテが黙った。


「馬は町ごとに替える。俺らは寝ねぇ。止まるのは処置と馬の交換だけだ」


グリムが短く言う。


「それしかない」


遠くから蹄の音がした。


「バルトさん!」


マルセルとシーザーが馬を引いて戻ってくる。


「荷物捨てろ!」


「何を残します!」


「水! 食料! 毛布! 薬! それ以外いらねぇ!」


「はい!」


シーザーが荷を外し始める。

マルセルも別の馬へ走った。


「ダンテ!」


「何だ!」


「ジジ乗せられるか!」


「俺が支える!」


「よし! グリムは横につけ! 状態見続けろ!」


「分かった!」


「五分で出るぞ!」


全員が動いた。


誰も返事を待たない。

誰も立ち止まらない。

ジジだけが、動かなかった。


——————————————————————


馬が雪を蹴った。

六頭が森を駆ける。


先頭はバルト。

その後ろをマルセルとシーザー。

ダンテの前にはジジがいる。

意識のない身体を片腕で抱え、もう片方で手綱を握っていた。

グリムがすぐ横を走る。


「ジジ!」


ダンテが耳元で呼ぶ。

反応はない。

身体が揺れるたび、頭がダンテの肩へ落ちる。


「おい、起きろ!」


返事はない。


「ダンテ! 前見ろ!」


「見てる!」


枝が迫る。

身を低くする。

ジジの頭を庇う。

また走る。


雪。

木々。

白い息。

景色が後ろへ流れていく。


「バルトさん!」


マルセルが前方を指した。


「倒木です!」


「右から回れ!」


六頭が一斉に方向を変える。

速度を落とさない。

ただ走る。


——————————————————————


夜になった。

小さな町へ入った時には、通りの灯りはほとんど消えていた。

蹄の音だけが響く。


「馬屋はどこだ!」


バルトが怒鳴る。


一軒の宿から男が顔を出した。


「な、何だ!?」


「馬だ! 六頭! 今すぐ出せ!」


「六頭!? こんな時間に何言って――」


バルトは馬から飛び降りた。

懐からギルド章を取り出し、男の前へ突き出す。


「ギルドマスター権限だ! 代金はバインス本部につけろ!」


男の顔色が変わる。


「……ギルドマスター?」


「人一人死にかけてんだ! 早くしろ!」


「わ、分かった!」


男が馬屋へ走った。


「シーザー! 荷物移せ!」


「はい!」


「マルセル! 水補充!」


「はい!」


「ダンテ、ジジ下ろせ!」


グリムが地面へ毛布を敷いた。

ダンテがジジを抱えて下ろす。


「腕見せろ」


袖を捲る。

グリムの手が止まった。


「……クソ」


「何だ」


「肘まで来とる」


ダンテが左腕を見る。

紫色の筋。

さっきまで肩にあったものが、二の腕へ達している。


「早すぎんだろ……」


「分かっとる」


「何とかなんねぇのか」


「やっとる!」


グリムが傷口の布を替える。


血。

黒ずんだ液体。


「毒を抜けねぇのか?」


「下手に触って回りを早めたら終わりじゃ!」


「じゃあどうすんだよ!」


「だから今やっとるじゃろうが!」


「ダンテ!」


バルトが怒鳴る。


「グリムの邪魔すんな!」


「……クソ!」


ダンテが拳を握った。


その横では、馬が次々と引き出されている。

バルトは馬屋の男へ地図を見せた。


「ここから南へ最短は!」


「街道なら西へ――」


「街道じゃなくていい! 馬が通れりゃいい!」


「だったら東の林道だ! 川沿いまで抜けられる!」


「距離は!」


「街道より半日は縮む!」


「道は凍ってるか!」


「北側は危ねぇ! 川沿いまで出たら南へ回れ!」


「分かった!」


バルトが地図を畳む。


「馬は!?」


「今出す!」


「急げ!」


グリムがジジの外套を戻した。


「行ける!」


「乗せろ!」


新しい馬へ。

荷物を移す。

水を積む。

ジジを抱き上げる。


「出るぞ!」


再び六頭が夜の町を飛び出した。


——————————————————————


同じ頃。

遥か南へ。


ファルコが夜空を飛んでいた。

巨大な翼を、風が包んでいる。


その背でガイアは身を低くしていた。

腕の中にはレジーナの心臓。


「もっと行けるか?」


ファルコが短く鳴く。


「……悪ぃな」


首元を撫でる。


「もうちょい頼む」


ガイアが前を見る。


まだ遠い。


「烈」


空気が動く。

ファルコの周囲へ集まり、背後から大きく押した。

翼が風を掴む。

また一気に加速する。


ガイアの銀髪が後ろへ流れた。

一刻でも早く。

それだけだった。


——————————————————————


二日目。


「止めろ!」


グリムの声で六頭が止まった。

ダンテが馬から降りる。


「何だ!」


「ジジを下ろせ!」


雪の上へ毛布を敷く。

ジジを寝かせる。

呼吸を確認する。


脈。

傷。

左腕。


グリムが袖を上げた。

ダンテが息を呑む。


「……前腕まで来てる」


紫色は、肘を越えていた。


「呼吸は?」


バルトが聞く。


「浅い。じゃがまだ安定しとる」


「熱は」


グリムが額へ触れる。


「高い」


「水飲ませられるか?」


「意識がない。無理に飲ませるな」


バルトが空を見る。


「あとどれくらいで次の町だ」


シーザーが答える。


「この速度なら夕方前には」


「着いたらまた馬替える」


「はい」


ダンテがジジの頬を軽く叩いた。


「おい」


返事はない。


「そろそろ起きろよ」


何も返ってこない。


「ダンテ」


グリムが言った。


「乗せるぞ」


「……ああ」


また走る。


——————————————————————


その日の夕方。

ファルコの向こうに、バインスの街並みが見えた。


「……見えた」


ガイアが身体を起こす。

疲労で目の奥が痛む。

精霊を使い続けた身体も重い。

それでも。


「ファルコ!」


大鷹が鳴いた。


「あと少しだ!」


風が集まる。

最後の加速。

ファルコがバインス上空へ入った。

エルフ居住区。


大きな翼が地面へ近づく。

着地と同時にガイアが飛び降りた。


「ありがとな!」


それだけ言って走る。

心臓を抱えたまま。

ルシーダ家へ。

扉が見える。


「レグラス!!」


扉を開け放った。

中にいた者たちが一斉に振り返る。


レグラス。

アグラディア。

シャイア。

そして。


「……ルナ?」


ガイアの顔から血の気が引いた。

ルナリスは横になっていた。


顔色が悪い。

呼吸が荒い。

額には汗が浮いている。


「ガイア……?」


弱い声。


「何だよ……どうした」


ガイアが駆け寄ろうとする。


「動悸が止まらなくなっている」


レグラスの声。

ガイアが止まった。


「心臓は?」


「……ある」


抱えていた包みを差し出す。


「ここだ」


アグラディアがすぐに受け取った。


包みを開く。


淡い赤色の光。


「間違いない」


「すぐ始めるぞ」


レグラスが言う。

シャイアがルナリスを抱き上げた。


「診療所へ」


「私が運びます」


「急げ」


また人が動き始める。

ガイアだけが、一瞬その場に残った。

ガイアは窓の外を見た。


北。


今から戻れば。

ファルコなら、途中で合流できるかもしれない。


「…………」


ガイアが踵を返した。


「俺、戻る」


シャイアが足を止める。


「ガイア?」


「ファルコなら追いつける。心臓は届けた。あとは――」


シャイアの横を通り過ぎようとした。

その時。

服の裾が引かれた。


「……?」


ガイアが振り返る。

シャイアの腕の中。

ルナリスの小さな手が、ガイアの服を掴んでいた。


「……ルナ?」


顔色は悪い。

苦しそうに息をしながら、それでも指だけは離さない。


「…………ガイア」


ガイアはその手を見る。

『頼んだ!』

心臓を渡してきたジジの声が蘇る。


「……」


行きてぇ。

今すぐ戻りたい。


けれど、この手を振りほどくことはできなかった。

ガイアは小さく息を吐く。


「……分かった」


ルナリスの手に自分の手を重ねる。


「いるから」


それからシャイアを見る。


「行こう」


シャイアが頷く。

ガイアはもう一度だけ、北の空を振り返った。


「……絶対帰ってこいよ」

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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