残されたもの
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
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魔物の王が一歩踏み出した。
ジジは長剣を構えたまま、その姿を見ていた。
「ジジ!」
横から魔物が飛び込んでくる。
ダンテの太刀がその首を斬り落とした。
「考え事してる場合か!」
「分かってる!」
ジジが地面を蹴る。
魔物の王の腕が振り下ろされる。
身体を横へ滑らせ、長剣を返す。
刃が黒い皮膚を裂いた。
すぐに距離を取る。
魔物の王が低く唸った。
「……貴様」
「何だよ」
「なぜ私を見る」
ジジの眉が寄った。
「さっきから……何を見ている」
「…………」
ジジが長剣を下げた。
構えを解いたわけではない。
切っ先だけを僅かに落とす。
「……お前」
魔物の王の目が動く。
「ハイファーか?」
空気が止まった。
周囲ではまだ魔物の咆哮が響いている。
剣戟も続いている。
それでも。
目の前の巨大な魔物だけが、動きを止めた。
「…………」
ジジはその反応を見逃さなかった。
「やっぱりそうか」
「……その名を」
声が低くなる。
「どこで知った」
「レジーナのこと調べてりゃ出てくる」
魔物の王――ハイファーの爪が石床を削った。
「その名で呼ぶな」
「なんでだよ」
「黙れ」
ジジは黙らなかった。
「ギルハイムの第五王子」
ハイファーの身体が僅かに揺れた。
「レジーナと一緒にいた人間」
「黙れ」
「なのにレジーナを殺した」
轟音。
巨大な腕が振り下ろされた。
ジジが跳ぶ。
石床が砕ける。
「ジジ!」
バルトが叫ぶ。
「煽んな!」
「聞きてぇことがある!」
「今じゃなきゃ駄目か!?」
「今じゃねぇと聞けねぇだろ!」
「そういう話じゃねぇ!」
ハイファーが再び腕を振る。
ジジは長剣で受け流し、その脇を抜けた。
傷を入れない。
距離だけを取る。
「……あの部屋」
ハイファーの動きが止まる。
ジジが振り返った。
「心臓があった部屋だ」
「…………」
「元々、お前とレジーナの寝室だったんじゃねぇのか」
ハイファーの顔が歪んだ。
「……やめろ」
ジジの目が細くなる。
「やっぱりな」
「やめろ」
「あそこだけ魔物が一匹もいなかった」
「黙れ」
「心臓を守らせてもいなかった」
「黙れ!」
ハイファーが咆哮した。
黒い霧が揺れる。
周囲にいた魔物まで一瞬動きを止めた。
ジジは長剣を握ったまま立っていた。
「お前なら」
「…………」
「もっと早く全部奪えたんじゃねぇのか」
ハイファーの目がジジを捉える。
「何?」
「レジーナの力だよ」
ジジが言った。
「十八年もかける必要なかっただろ」
「貴様に何が分かる」
「分かんねぇよ」
ジジは即座に答えた。
「だから聞いてんだ」
「…………」
「なんで残した?」
ハイファーの呼吸が荒くなる。
「養分だったんだろ」
「そうだ」
「だったら全部吸えばよかった」
「黙れ」
「十八年だぞ」
「黙れ!」
「なんでまだ心臓が残ってんだよ」
「やめろ!」
ハイファーが頭を押さえた。
巨大な爪が、自らの頭部へ食い込む。
「やめろ……」
声が変わった。
先ほどまでの低く冷たい声ではない。
何かを拒絶するように掠れている。
ジジはその姿を見ていた。
「……なくしたくなかったんじゃねぇのか」
ハイファーの動きが止まった。
「…………何?」
「全部吸ったら、レジーナは本当にいなくなる」
「違う」
「だから残してたんじゃねぇのか」
「違う」
「お前、レジーナを殺したくせに」
ジジの声は変わらない。
「いなくなるのは嫌だったんだろ」
「違う!」
ハイファーの腕が振り抜かれた。
ジジが後ろへ跳ぶ。
「私はあれを利用しただけだ!」
「だったらなんで十八年もかけた!」
「黙れ!」
「嫌いだったなら全部奪えばよかっただろ!」
「黙れ!!」
ハイファーが突進した。
速い。
ジジが長剣を構える。
正面から受ける。
衝撃で身体が後ろへ押される。
靴底が石床を削った。
「ジジ!」
ダンテが走る。
だが横から現れた人型の魔物が行く手を塞いだ。
「邪魔だ!」
太刀が走る。
バルトもジジへ向かおうとする。
四足の魔物が二体飛び込んできた。
「クソが!」
大剣が一体を薙ぎ払う。
グリムの戦鎚がもう一体を叩き落とした。
「ジジ! 一回退け!」
バルトの声が響く。
「まだいける!」
「そういう問題じゃねぇ!」
ハイファーの爪が迫る。
ジジは身を沈める。
避ける。
懐へ入る。
長剣を振り抜く。
深い傷が胸元へ走った。
ハイファーが後退する。
だが。
その顔に先ほどまでの余裕はなかった。
「違う……」
低い声が漏れる。
「私は……」
ジジが見る。
「私は、あれを……」
言葉が続かない。
「認めろよ」
「黙れ」
「まだ残ってんだろ」
「黙れ」
「人間だった時のお前が」
「黙れ!」
ハイファーが咆哮する。
巨大な身体が迫る。
ジジが横へ抜けようとした。
その瞬間。
動きが変わった。
腕ではない。
爪でもない。
ハイファーが身体ごと沈み込む。
「ジジ!」
バルトの声。
ジジが振り返る。
間に合わない。
巨大な顎が開いた。
牙が左肩へ食い込む。
「――っ!」
鈍い音。
ジジの身体が浮いた。
「ジジ!!」
ダンテが叫ぶ。
「ジジさん!」
マルセルとシーザーが同時に走り出す。
「離せ!」
バルトが大剣を構えた。
だが。
ハイファーの動きが止まった。
「…………」
牙はジジの肩へ深く食い込んだまま。
黒い毒が傷口へ流れ込んでいく。
ジジが顔を歪める。
「……っ、てぇ……」
長剣を握る。
突き立てようとした、その時だった。
ハイファーの目が見開かれた。
「…………?」
何かが流れ込んでくる。
血。
痛み。
そして――記憶。
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小さな赤ん坊。
毛布に包まれている。
黒い髪の少年。
赤ん坊が泣く。
少年が困った顔をする。
それでも離さない。
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目を布で巻かれた白い髪の少女。
泣きながら膝をついて抱く男。
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「ルナ」
男が呼ぶ。
少女が振り返る。
その顔。
白い色の髪。
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そこに。
ハイファーは知っているものを見た。
「…………」
牙から力が抜ける。
ジジの身体が床へ落ちた。
「ジジ!」
ダンテが駆け寄る。
ジジは左肩を押さえながら膝をついた。
バルトとグリムが前へ出る。
だが、ハイファーは動かなかった。
「……何だ……」
掠れた声。
巨大な身体が震えている。
「何だ……今のは……」
ジジが顔を上げる。
「……何の話だよ」
「白い……髪……」
ハイファーが自分の頭を押さえた。
「……あの娘……」
ジジの目が鋭くなる。
「ルナのことか」
「ルナ……」
その名を繰り返す。
何かを確かめるように。
「……あの娘は……」
言葉が止まった。
ハイファーの目が大きく開く。
白い髪の少女。
レジーナ。
重なる。
似ている。
知らないはずがない。
自分が愛した女の面影。
そして。
その少女に流れる力。
自分と。
レジーナ。
「…………むす…め?」
誰も動かなかった。
ハイファーがジジを見る。
「……娘……なのか……?」
ジジは左肩を押さえたまま答えた。
「ああ」
ハイファーの身体が揺れる。
「……私に……」
声が震えた。
「娘が……いたのか……」
ジジは何も言わなかった。
ハイファーの目が宙を彷徨う。
「知らなかった……」
巨大な手が床へつく。
「私は……何も……」
記憶が戻る。
レジーナ。
笑っていた。
長い白髪。
月下美人。
自分を見つめる目。
共に過ごした時間。
手を取ったこと。
抱き締めたこと。
愛していたこと。
そして。
父の命令。
拒めなかった自分。
レジーナの胸を貫いた自分の手。
血。
奪った心臓。
動かなくなった身体。
「……やめろ……」
ハイファーが頭を抱える。
「やめろ……」
記憶は止まらない。
心臓を持ち帰った。
捨てられなかった。
壊せなかった。
力が欲しい。
そう言い聞かせた。
だから繋げた。
少しずつ。
少しずつ。
十八年。
全部奪えばよかった。
できなかった。
心臓が動いている限り。
そこにレジーナがいるような気がした。
「……違う……」
低い声が震える。
「私は……」
ジジが立ち上がろうとした。
左腕に力が入らない。
ダンテが支える。
「動くな!」
「平気だ」
「平気じゃねぇ!」
ジジはハイファーを見た。
「お前」
ハイファーが顔を上げる。
「まだ、人間の心失ってねぇだろ」
「…………」
「だから十八年も捨てられなかった」
ハイファーの目が揺れた。
「レジーナも」
ジジが続ける。
「自分のことも」
沈黙。
やがて。
巨大な身体の表面から、黒いものが剥がれ落ちた。
「……?」
バルトが目を細める。
崩れている。
指先から。
腕から。
黒く変質した身体が、灰のように崩れ始めていた。
周囲の魔物が動きを止める。
一体。
また一体。
黒い身体が霧のように消えていく。
ハイファーは自分の手を見た。
その奥に。
一瞬だけ。
人間の手が見えた。
「…………」
ハイファーが顔を上げる。
もうジジたちを見てはいなかった。
もっと遠く。
ずっと昔。
そこにいる誰かを見るように。
口元が僅かに動く。
「……レジーナ……」
身体が崩れた。
黒い灰が舞う。
巨大だった姿が少しずつ消えていく。
やがて。
何も残らなかった。
——————————————————————
静寂が訪れた。
城内を覆っていた黒い霧が揺れる。
風が吹いた。
一筋。
二筋。
黒い霧に切れ目が入る。
そこから白い光が差し込んだ。
「……霧が」
シーザーが呟く。
黒い霧が薄れていく。
城壁。
塔。
雪に覆われた街。
今まで隠れていた景色が、少しずつ姿を現す。
残っていた魔物たちも消えていた。
誰も声を出さなかった。
ジジは空を見た。
青白い冬の空。
ガイアはもう遠い。
心臓はバインスへ向かっている。
ルナを狙っていたものも、もういない。
「……よかった」
長剣が手から滑った。
石床へ落ちる。
乾いた音が響いた。
ダンテが振り返る。
「ジジ?」
身体が傾いた。
「おい!」
ダンテが抱き止める。
「ジジ!」
返事がない。
「ジジ!!」
バルトたちが駆け寄る。
ダンテがジジを仰向けにする。
顔色が悪い。
呼吸も浅い。
「何だ!?」
「分かんねぇ!」
「肩じゃ!」
グリムが外套をずらした。
噛まれた左肩。
布が血で濡れている。
その周囲の皮膚が変色していた。
「……毒だ」
ダンテの顔色が変わった。
バルトが傷を見る。
「どこまで回ってる」
「今は肩辺りまでだ」
グリムがすぐにジジの腕を取った。
「急いで処置するぞ。こいつはまずい」
バルトが立ち上がる。
「シーザー、馬を!」
「はい!」
「マルセルも行け!」
「はい!」
二人が走り出す。
ダンテはジジを抱えたまま動かなかった。
「……おい」
頬を叩く。
「ジジ」
返事はない。
「ガイアに言われただろ」
ダンテの声が低くなる。
「必ず帰ってこいって」
ジジの左腕では。
紫色が、ゆっくりと下へ広がり始めていた。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




