魔物の王
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
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ファルコの姿が、黒い霧の向こうへ消えていく。
ジジとダンテはそれを見届けることなく走った。
城の中央では、まだ剣戟と魔物の咆哮が響いている。
「バルト!」
ダンテの声に、大剣を振り抜いたバルトが振り返った。
「ダンテ!」
その横でグリムの戦鎚が魔物の頭部を打ち砕く。
シーザーも長剣で一体を斬り伏せた。
少し遅れて、北東から戻ってきたマルセルが合流する。
「ガイアさんは!?」
「行った!」
ジジが答える。
「心臓持ってバインス向かった!」
「よし!」
バルトが大剣を構え直す。
「目的達成だ! 撤退するぞ!」
六人が出口へ向かって動き出す。
残った魔物を相手にする必要はない。
心臓はもうここにはない。
あとは生きて帰るだけだった。
その時。
城の奥から、低い音が響いた。
地面が揺れる。
六人の足が止まった。
「……来たぞ」
ダンテが振り返る。
黒い霧の向こう。
巨大な影が動いた。
先ほどまで塔の中で眠っていた魔物。
一歩踏み出すたびに、石床が軋んだ。
バルトが大剣を構える。
「構うな! 走れ!」
六人は再び走り出した。
巨大な魔物が動く。
その体格からは想像できない速度だった。
城壁へ続く通路まで、まだ距離がある。
「速ぇな!」
ダンテが後ろを見る。
「止まんな!」
バルトが叫ぶ。
直後。
頭上を巨大な影が越えた。
轟音。
前方の石床が砕けた。
六人が足を止める。
土煙の中から、巨大な身体が起き上がった。
出口との間。
完全に道を塞いでいる。
「……クソ」
バルトが大剣を握り直す。
ジジが長剣を抜いた。
ダンテの太刀。
グリムの戦鎚。
マルセルとシーザーも長剣を構える。
だが。
魔物は襲ってこなかった。
赤黒い目が六人を順に見ていく。
やがて。
口元が僅かに動いた。
「……ネズミが入り込んだようだな」
全員の表情が変わった。
ダンテが低く言う。
「……喋ったぞ」
「聞こえてる」
バルトは魔物から目を離さない。
「お前、何者だ」
返事はない。
魔物の視線が六人の間を彷徨う。
何かを探している。
「……ない」
低い声が落ちる。
「どこへやった」
ジジが長剣を構えたまま答えた。
「何をだ」
魔物の目がジジへ向いた。
「心臓だ」
「もうここにはねぇよ」
しばらく沈黙が続いた。
そして魔物が低く笑った。
「……そうか」
声に焦りはなかった。
「ならば、好きに持っていくがいい」
ジジの眉が僅かに寄る。
「もう、あの心臓には大した力など残っていない」
「……何?」
「あれから得られるものは、ほとんど吸い尽くした」
ダンテが塔の中で見たものを思い出す。
「やっぱり……あの管」
魔物が見る。
「あの心臓から力を取ってたのか」
ジジが聞いた。
「力?」
魔物の口元が歪む。
「養分だ」
その一言で、ジジの目が細くなった。
「長い年月をかけて、あれは私を満たした」
魔物が自らの巨大な身体を見る。
「だが、もう終わりだ」
バルトが低く言う。
魔物がゆっくりと顔を上げた。
何かを探すように、空を見る。
「ならば……」
黒い霧の向こう。
遥か遠くへ意識を向ける。
「次を探せばいい」
ジジの長剣を握る手に、僅かに力が入った。
「次?」
「この程度の距離ならば――」
魔物が動きを止めた。
「…………」
赤黒い目が、遠く南へ向く。
バインスの方角。
「……あるな」
ジジの表情が消えた。
「随分と遠いが……」
魔物が目を細める。
「強い核が」
その瞬間。
ジジの中で、何かが切れた。
ルナリス。
考える必要すらなかった。
「……あれなら、十分だ」
魔物が一歩踏み出す。
「行かせねぇ」
低い声だった。
魔物が止まる。
「何?」
ジジが長剣を構え直した。
「ここから先には行かせねぇ」
「ジジ」
バルトが呼ぶ。
ジジの目は魔物から離れない。
「……ルナだ」
それだけで、バルトたちにも伝わった。
ダンテの顔色が変わる。
「こいつが言ってんの……ルナリスか」
「ああ」
ジジが一歩前へ出る。
魔物が笑った。
「知っているのか」
魔物は興味もなさそうに答えた。
「ならば、ちょうどいい」
石床が砕けた。
ジジが消えた。
マルセルの目が見開く。
次の瞬間には、ジジは魔物の懐にいた。
長剣が下から振り抜かれる。
刃が巨大な胴を裂いた。
黒い液体が飛び散る。
魔物の腕が振り下ろされた。
ジジは横へ抜ける。
直後、床が爆ぜた。
間を置かず、もう一撃。
今度は脚。
魔物の身体が傾く。
「……速っ」
シーザーが呟いた。
「見惚れんな!」
バルトの声が飛ぶ。
横から四足の魔物が飛び込んできた。
シーザーが振り返り、長剣で受ける。
「周りも来るぞ!」
黒い霧の中から、次々と魔物が現れる。
それまで中央へ集められていた魔物たちだった。
グリムが戦鎚を構える。
「こっちは任せい!」
一体がジジの背後へ回ろうとする。
ダンテの太刀がその首を落とした。
「ジジ!後ろ気にすんな!」
「頼む!」
巨大な爪が横薙ぎに振られる。
ジジが長剣で受ける。
金属音。
足元の石が砕けた。
押し込まれる。
「ジジ!」
バルトが横から入った。
大剣を叩き込む。
魔物の腕が僅かに逸れた。
その隙にジジが抜ける。
「正面入りすぎんな!」
「分かってる!」
「分かっててそれか!」
魔物が口を開く。
牙の間から黒い液体が滴った。
床へ落ちる。
じゅっ。
音を立てて石が溶けた。
ジジが目を細める。
「毒か」
「触んなよ!」
ダンテが叫ぶ。
「見りゃ分かる!」
魔物が踏み込む。
ジジも前へ出た。
爪を躱す。
身体を沈める。
長剣を脇腹へ突き立て、そのまま横へ裂く。
巨体が揺れた。
魔物の腕がジジを追う。
一歩。
半歩。
紙一重で避ける。
剣を返す。
再び斬る。
止まらない。
マルセルが一体を倒しながら、その戦いを見る。
黒蛇の時にもジジの戦闘は見た。
強いことは知っていた。
今、目の前にいる男は、あの時とは違った。
魔物の巨大な腕が振り下ろされる。
ジジは避けない。
長剣を斜めに当てる。
軌道だけを変える。
腕が横の壁へ突き刺さった。
その瞬間には、もう踏み込んでいる。
肩。
胸。
脇腹。
三度、刃が走る。
巨体が後退した。
「……これが」
マルセルの声が漏れる。
「オリハルコン……」
「マルセル!」
ダンテの声。
「はい!」
我に返る。
目の前の人型魔物を斬り払った。
バルトたちは驚いていなかった。
グリムも。
ダンテも。
まるでこれが当然であるかのように、ジジが動くための場所を作っている。
「右空けろ!」
バルトが叫ぶ。
グリムの戦鎚が四足の魔物を吹き飛ばす。
道が開く。
ジジは何がいるのか確認もしなかった。
そのまま右へ走る。
魔物の王の死角へ入る。
長剣が深く入った。
咆哮。
城内が震える。
「効いてるぞ!」
ダンテが叫ぶ。
だが。
魔物の王は倒れない。
むしろ傷口から黒いものが溢れ、ゆっくりと塞がっていく。
ジジが距離を取った。
「……再生すんのか」
「面倒じゃの!」
グリムが人型の魔物を戦鎚で叩き飛ばす。
魔物の王が腕を振る。
黒い液体が飛ぶ。
「避けろ!」
六人が散った。
液体が触れた石床が次々と腐食していく。
その一つを避けたシーザーへ、四足の魔物が飛びかかる。
マルセルが横から長剣を入れた。
「大丈夫ですか!」
「すまない!」
次が来る。
魔物の数が減らない。
それでも六人は崩れなかった。
バルトが全体を見る。
「シーザー! 左抑えろ!」
「はい!」
「グリム、そっち二体!」
「分かっとる!」
「ダンテ!」
「見えてる!」
太刀が走る。
ジジへ向かおうとした一体が倒れる。
「ジジ! でかいのだけ見てろ!」
「ああ!」
魔物の王が再びジジへ襲いかかった。
爪。
牙。
尾。
巨体そのものが武器だった。
ジジはその間を抜け続ける。
長剣が何度も身体を裂く。
魔物の王が低く笑った。
「なるほど」
ジジが距離を取る。
「人間にしては、よく動く」
「喋ってる暇あんのか」
「傲慢だな」
「お前に言われたくねぇよ」
魔物の王の腕が伸びる。
ジジが跳ぶ。
壁を蹴る。
そのまま頭部へ長剣を振り下ろした。
魔物が腕で受ける。
深く刃が食い込む。
ジジはすぐに剣を引き抜いた。
着地。
そのままもう一度踏み込む。
魔物の王が初めて大きく後退した。
マルセルとシーザーが同時にその光景を見る。
先ほどまで六人の撤退を阻んでいた巨体が。
一人の人間に押されている。
だが、ジジは追わなかった。
長剣を構えたまま、魔物を見る。
「…………」
呼吸は乱れていない。
視線だけが鋭く動いている。
魔物の王が笑う。
「何だ」
「…………」
「恐ろしくなったか?」
「いや」
ジジが眉を寄せた。
さっきから。
何かが引っかかっていた。
喋る。
考える。
自分たちの言葉を理解している。
それだけではない。
心臓を奪われた時。
怒りより先に、探していた。
レジーナの心臓を。
十八年もの間、管で繋いでいた心臓。
あれほどの力を持ちながら。
完全には奪わずに。
あの部屋で。
ずっと。
ジジの目が細くなる。
魔物の王が一歩踏み出した。
「どうした」
ジジは長剣を握り直した。
「…………」
胸の奥に、小さな違和感が残る。
「……こいつ」
目の前の化け物の奥に、何か別のものがいる気がした。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




