二本の矢
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
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翌朝。
雪は止んでいた。
北の空だけが、薄暗い雲とは違う色に染まっていた。
黒い霧。
遠くからでも分かるほど濃く、ギルハイムの城を包み込んでいる。
一行は森の中に馬を残した。
ここから先は徒歩になる。
バルトが全員を見渡す。
「昨日決めた通りだ。心臓を取ったら終わり。余計な戦闘はするな」
誰も口を挟まない。
ガイアが双剣の位置を確かめ、空を見上げた。
遥か上空ではファルコが旋回している。
「行くぞ」
七人は森を抜けた。
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ギルハイムの城壁が近づくにつれ、空気が変わった。
黒い霧は城を覆うだけではなく、地面近くまで薄く漂っている。
その向こうを、いくつもの影が歩いていた。
四足。
人型。
翼を持つもの。
種類の違う魔物が、一定の範囲を行き来している。
昨日、ガイアが見た通りだった。
一行は岩陰で足を止めた。
ガイアが北東を見る。
「起点はあっちだ」
バルトが頷く。
「俺らは配置につく。結界が落ちたら始めるぞ」
「ああ」
ガイアがマルセルを見る。
「行くぞ」
「はい」
二人が北東へ向かう。
バルト、グリム、シーザーは中央へ。
その場にはジジとダンテだけが残った。
ダンテが太刀の柄に手を置く。
「久しぶりだな」
「何が?」
「お前と二人で潜んの」
ジジが城壁を見る。
「そうだったか?」
「覚えてねぇのかよ」
「昔すぎんだろ」
「お前なぁ」
ダンテが小さく息を吐いた。
その直後。
城壁を覆っていた薄い光が揺れた。
一度。
二度。
やがて、水面が崩れるように消えていく。
ダンテの顔から表情が消えた。
「……落ちた」
「ああ」
遠くで大きな音が響いた。
正面。
続けて、魔物の咆哮。
バルトたちが始めた。
城壁の周囲にいた魔物が、一斉に中央へ向かって動き始める。
ジジはその流れを見た。
まだ早い。
数体が北東側に残っている。
そのうち一体が正面へ走り出す。
さらに一体。
最後の一体が中央へ顔を向けた。
「今だ」
「ああ」
二人が走った。
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城内は荒れ果てていた。
崩れた石壁。
雪の積もった中庭。
かつて道だった場所には雑草が伸び、建物の一部は完全に崩れ落ちている。
それでも城の形は残っていた。
ジジとダンテは建物の影を使いながら北西へ進んだ。
前方から人型の魔物が現れる。
ジジが長剣を抜いた。
魔物が声を上げるより先に間合いへ入る。
一閃。
倒れた身体を跨ぎ、そのまま進む。
「左!」
ダンテの声。
ジジが身を沈める。
頭上を爪が通過した。
横を抜けた魔物へ、ダンテの太刀が入る。
「行け!」
「ああ!」
立ち止まらない。
戦うために来たわけではない。
最短で塔へ。
それだけだった。
やがて、黒い霧の向こうに細長い建物が見えた。
「……あれか」
ダンテが言った。
「多分な」
二人は周囲を見る。
妙だった。
塔へ近づくほど、魔物が減っている。
さらに進む。
一体もいない。
ダンテが速度を落とした。
「ジジ」
「ああ」
「おかしくねぇか」
ジジも長剣を握ったまま周囲を見た。
「あれだけいたのにな」
「心臓があるかも知れねぇのに」
「普通なら守るだろ」
「だよな」
塔の入口は開いていた。
壊された形跡もない。
ただ、誰かを待っているように口を開けている。
ダンテが太刀を抜いた。
「嫌な感じしかしねぇな」
「でも行くしかねぇだろ」
「分かってる」
二人は中へ入った。
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石造りの階段が続いていた。
壁には古い燭台が残っている。
当然、火はない。
ところどころ崩れた窓から入る僅かな光だけを頼りに、二人は上へ進んだ。
一階。
二階。
三階。
魔物はいない。
物音すらしない。
ジジが足を止めた。
「……静かすぎんな」
「俺も今それ言おうと思ってた」
「何かいるか?」
「分かんねぇ」
ダンテが上を見る。
「気配がねぇんだよ」
「行くぞ」
「ああ」
さらに上へ。
最上部に近づいた頃、空気が変わった。
生温かい。
外の寒さとは明らかに違う。
それと同時に、微かな音が聞こえ始めた。
どくん。
どくん。
ジジが止まる。
ダンテも止まった。
「……聞こえるか?」
「ああ」
どくん。
一定の間隔。
二人は顔を見合わせた。
その先に、一枚の大きな扉があった。
ダンテが片手を掛ける。
ジジは長剣を構えた。
ゆっくりと扉を開く。
暗い室内。
最初に見えたのは、赤い光だった。
「……あった」
部屋の中央。
淡い赤色の光を放つものが浮かんでいる。
人間の心臓と同じほどの大きさ。
脈打つたびに、柔らかな光が明滅していた。
レジーナの心臓。
だが。
そこから何本もの黒い管が伸びていた。
床を這い、部屋の奥へ続いている。
「……何だ、これ」
ダンテが低く呟いた。
ジジの視線も管を追う。
暗がり。
最初は壁だと思った。
黒く、巨大な塊。
だが。
上下している。
ゆっくりと。
呼吸するように。
目が暗闇に慣れていく。
腕。
脚。
胴。
人の形を僅かに残しながら、何倍にも膨れ上がった身体。
黒く変質した皮膚。
頭部から伸びる角のような突起。
異様に長い腕が床へ投げ出されている。
巨大な魔物が眠っていた。
レジーナの心臓から伸びた管は、その身体へ直接繋がっている。
「…………」
ダンテが魔物を見上げる。
「何だ、あれ」
「分かんねぇ」
「生きてんのか?」
ジジが巨体を見る。
胸が上下している。
「生きてるだろ」
「だよな」
二人はしばらく動かなかった。
どくん。
心臓が脈打つ。
管を通り、淡い赤色の光が魔物の身体へ流れていく。
ジジが眉を寄せた。
「……吸ってんのか?」
「何を?」
「心臓の力」
ダンテも管を見る。
光は確かに、心臓から魔物へ向かっている。
「じゃあこいつ……」
ダンテが魔物を見る。
「レジーナの心臓からずっと力取ってたってことか?」
「多分な」
「どんだけだよ……」
十八年。
それだけの時間が経っている。
だが、今考えるべきことではなかった。
ダンテが部屋を見回す。
「護衛もいねぇ」
「ああ」
「こいつも起きねぇ」
「ああ」
「……気味悪ぃな」
ジジも同じことを考えていた。
これほど重要なものがある場所なのに、守る魔物が一体もいない。
目の前の巨大な魔物も、二人が話しているというのに目を覚ます気配すらない。
「どうする」
ジジが心臓を見る。
「取る」
「まあ、そうなるよな」
「そのために来たんだろ」
「分かってるって」
二人はゆっくり心臓へ近づいた。
巨大な魔物は動かない。
ジジが管を見る。
太いものが六本。
細いものまで含めれば十本以上ある。
ダンテが一本を掴んだ。
「切るぞ」
「待て」
「何だ?」
「一気にやんな」
ジジが魔物を見る。
「一本ずついく」
「……そうだな」
ダンテが太刀を構えた。
一閃。
一本目。
管が切れた。
赤い光が途切れる。
二人は魔物を見る。
動かない。
「…………」
「…………」
ダンテが小さく息を吐く。
「次」
二本目。
切れる。
動かない。
三本目。
四本目。
「……いけそうだな」
「油断すんな」
「してねぇよ」
五本目。
魔物の指が動いた。
ほんの僅か。
ジジとダンテからは、心臓が死角になっていた。
六本目。
さらに一本。
赤い光が次々と途絶えていく。
残り三本。
ダンテが魔物を見る。
「まだ寝てんな」
「ああ」
残り二本。
一本。
最後の管が、心臓と魔物を繋いでいた。
ジジが長剣を構える。
「切るぞ」
「やれ」
刃が落ちる。
最後の管が切断された。
どくん。
レジーナの心臓が大きく脈打った。
それまで管へ流れていた光が、心臓の内側へ戻る。
赤い光が強くなる。
同時に。
巨大な魔物の呼吸が止まった。
「…………」
ジジが見る。
ダンテも見る。
動かない。
数秒。
「……大丈夫そうだな」
ダンテが息を吐いた。
「さっさと行くぞ」
ジジは長剣を収め、用意していた布を取り出した。
心臓へ手を伸ばす。
触れた瞬間、僅かに温かさを感じた。
生きている。
ジジは慎重に布で包み、さらに外側から保護する。
「取れた」
「よし」
両手で優しく包み込み、ダンテに渡した。
「合図」
「ああ」
ジジは背負っていた弓を取った。
窓際へ向かう。
矢へ布を巻き、火を移す。
弦を引く。
一本目。
黒い空へ、赤い光が走った。
高く上がり、霧の中で弧を描く。
すぐに二本目。
もう一つの赤い光が、その後を追った。
「これで見えるだろ」
「ああ」
ジジが弓を下ろした。
その時だった。
ずる。
背後で音がした。
二人が振り返る。
巨大な魔物は、先ほどと同じ場所にいる。
ダンテが目を細めた。
「…………」
「どうした?」
「いや」
魔物を見る。
「さっき、あんな格好だったか?」
ジジも見る。
先ほど床へ投げ出されていた腕。
その指が、石床を掴んでいる。
「…………」
ぎり。
石が軋んだ。
ダンテの顔が引きつる。
「ジジ」
「ああ」
「起きてるよな」
「ああ」
巨大な指に力が入る。
床が砕けた。
魔物の頭がゆっくりと持ち上がる。
二人を見た。
目が開く。
赤黒い光。
「……まずいな」
「退くぞ!」
「ああ!」
ダンテがジジに心臓を渡し、走り出す。
ジジは心臓を懐にしまい後を追う。
背後で轟音が響いた。
巨大な身体が立ち上がる。
天井近くまで届くほどの巨体。
部屋そのものが揺れた。
「急げ!」
「分かってる!」
階段へ飛び込む。
その直後。
背後で石壁が砕けた。
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二人は階段を駆け下りた。
上から凄まじい音が追ってくる。
一段。
また一段。
石造りの塔が揺れる。
「こいつ、でかすぎんだろ!」
ダンテが叫ぶ。
「知らねぇよ!」
「どうやって下りてきてんだよ!」
「俺に聞くな!」
背後で壁が崩れる。
魔物は階段を使っていなかった。
塔の内部を壊しながら降りている。
「マジかよ!」
二人は外へ飛び出した。
黒い霧。
遠くではまだ戦闘音が続いている。
中央。
バルトたちが魔物を引きつけている。
「中央行くぞ!」
「ああ!」
二人が走り出す。
その時。
上空から巨大な翼音が響いた。
ジジが顔を上げる。
黒い霧を割り、ファルコが急降下してくる。
その背に銀髪が見えた。
「ジジ!」
「ガイア!」
ファルコが低空へ入る。
完全には着地しない。
翼を大きく広げ、地面すれすれで速度を落とした。
ガイアが身を乗り出す。
「取れたか!」
「ああ!」
ガイアが腕を伸ばす。
ジジが走りながら差し出す。
一瞬だけ、二人の手が重なった。
ガイアが心臓を受け取る。
「頼んだ!」
「任せろ!」
ガイアは心臓を抱え込んだ。
「必ず帰ってこい!」
ファルコが大きく翼を打つ。
雪と黒い霧が一気に巻き上がった。
「ファルコ! バインス!」
巨大な翼が空を掴む。
その身体が上昇した瞬間、ガイアが低く告げた。
「――疾」
空気が変わった。
一瞬で風向きが揃い、強烈な追い風がファルコの背を押す。
「もっと飛ばせ!」
ファルコがひときわ強く翼を打った。
巨大な身体が一気に加速した。
一刻でも早く。
バインスへ。
ルナリスのもとへ。
ファルコは風を纏い、黒い霧を突き抜けていった。
ジジは飛び去るファルコを一瞬だけ見上げた。
「行くぞ、ジジ!」
ダンテの声。
「ああ!」
二人は中央へ向かって走った。
背後。
塔の入口が、内側から吹き飛んだ。
石と木片が黒い霧の中へ飛び散る。
巨大な影が姿を現す。
心臓へ繋がっていた管を引きずりながら、ゆっくりと身体を起こした。
その目が、遠ざかる二人を捉える。
そして。
低い唸り声が、ギルハイムの城内へ響いた。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




