背中を預ける
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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翌朝。
夜の間じゅう荒れていた風は、いくらか弱まっていた。
雪はまだ降っているが、昨日ほどではない。
宿の前では、出発の準備が進んでいた。
ガイアは空を見上げた。
「……これなら飛ばせるな」
「ファルコ?」
ジジが聞く。
「ああ。この先の地形見とくか」
「――ファルコ」
しばらくすると、雪空の向こうに黒い影が現れた。
マルセルが目を細める。
「……あれですか?」
「ああ」
影はみるみる大きくなった。
翼が見える。
太い脚と、大きな鉤爪。
そして翼を広げたまま高度を落とした瞬間、
マルセルとシーザーが揃って顔を上げた。
「……でか」
翼を広げると二十数メートルの大きな影が、頭上を覆う。
ファルコが地面へ降り立つと、羽ばたきで積もった雪が舞い上がった。
「…………」
マルセルが巨大な鷹を見上げる。
「これが……ファルコですか」
「そう」
ガイアはファルコへ近づき、嘴の横を撫でた。
ファルコが目を細める。
シーザーが鉤爪を見る。
「想像してた三倍くらいでかいんですけど……」
「大丈夫。人食わねぇから」
「その説明が必要な大きさですよ」
ジジも近づいた。
「ファルコ、久しぶり」
ファルコがジジへ顔を向ける。
「元気だったか?」
低く喉が鳴った。
「元気だって」
「お前分かんの?」
「知らね」
「適当なこと言ってんじゃねぇよ」
ガイアはファルコの首を軽く叩いた。
「行ってこい」
巨大な翼が開く。
二度、三度と羽ばたき、ファルコは雪空へ舞い上がった。
ガイアが目を瞑る。
しばらくして、口を開いた。
「街道はまだ通れる。昨日ほど荒れてねぇ」
バルトが地図を広げる。
「野営できそうな場所は?」
「……西に岩場がある。風も避けられそうだな」
少し黙る。
「少し先に裂け目があるな。
洞窟かもしれねぇけど上からじゃわかんねぇ」
「距離は?」
「今日中には余裕で着く」
バルトが地図を畳んだ。
「よし。そこを見に行くぞ」
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馬を進めてしばらくした頃。
ジジが隣を見る。
「ガイア」
「何」
「眠いのか?」
「……別に」
「目、眠そうだな」
「…………」
「昨日寝れなかったのか?」
ガイアが前を向いた。
「誰のせいだと思ってんだよ……」
「何?」
「何でもねぇ」
ジジは首を傾げた。
「俺はよく寝れたのにな」
「……よかったな」
ガイアがゆっくり横を向いた。
「…………」
「何?」
「……何でもねぇよ」
「そう?」
「前見ろ」
「見てる」
「じゃあ黙って進め」
「何で怒ってんの?」
「怒ってねぇ」
ジジは分からないまま前を向いた。
ガイアは外套へ口元を埋める。
「……覚えてねぇのかよ」
小さな声は、馬の蹄の音に消えた。
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辺りが暗くなり始めていた。
ファルコが見つけた岩場へ、一行は到着した。
岩壁の一部が深く割れ、奥へ続いている。
バルトとグリムが先に中へ入った。
しばらくして二人が戻る。
「大丈夫だ。奥は行き止まり。何か住んでる痕跡もねぇ」
「これなら風もほとんど入んじゃろ」
グリムが続ける。
バルトが頷いた。
「ここにするぞ」
馬を風の当たらない場所へ移し、荷を下ろす。
日が落ちる頃には洞窟の中に火が灯った。
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食事を終え、七人は焚き火を囲んでいた。
ジジの隣に座るガイアは毛布を肩から掛け、焚き火を見ていた。
「……寒ぃ」
「洞窟なのに?」
「尻から冷えるんだよ」
返事をしたあと、ガイアは小さく欠伸をした。
しばらくすると、瞼がゆっくり落ちていく。
一度閉じる。
また開く。
それを何度か繰り返していた。
やがて身体がわずかに傾いた。
肩が、ジジの腕へ触れる。
ガイアが薄く目を開けた。
「……わりぃ」
「眠い?」
「……ちょっと」
身体を戻す。
だが、しばらくするとまた傾いた。
今度は頭までジジの肩へ触れる。
「……」
ジジが横を見る。
ガイアは目を閉じていた。
「ガイア?」
返事はない。
長い銀髪は後ろで低く縛られ、普段の鋭さも、余裕のある表情も消えていた。
力の抜けた寝顔は、二百三十年を生きたエルフとは思えないほど穏やかだった。
ジジはしばらく見ていた。
「……寝てると静かだな」
焚き火の向こうからダンテが言う。
「お前といる時がうるせぇんだよ」
「そうなのか?」
「そうだよ」
ガイアが毛布の中で少し身体を縮めた。
眉がわずかに寄る。
「……まだ寒そうだな」
ジジは自分の毛布を持ち上げた。
ガイアの肩へ腕を回し、そのまま自分の方へ引き寄せる。
二人分の毛布を重ねて掛けた。
ガイアは起きなかった。
温かい方へ身体を寄せ、額がジジの胸元へ触れる。
ジジはガイアの肩を抱いたまま、毛布を掛け直した。
「これなら大丈夫だろ」
微かに、いつもの甘い匂いがした。
昨夜ほど椿油の香りは強くない。
それでもジジはそのまま岩壁へ身体を預けた。
やがて目を閉じる。
二人の呼吸が、静かに揃っていった。
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焚き火の向こうで、マルセルが二人を見ていた。
「……お二人、本当に信頼し合ってるんですね」
バルトも二人を見る。
「ああ」
少しして、マルセルが口を開いた。
「あの……難しい討伐へ行く時も、二人はあんなに普通なんですか?」
「普通?」
「来る途中も、霜柱を踏んだり……白い息で遊んだりしてたので」
ダンテが笑った。
「馬鹿だったろ」
「いや、そういう意味では……」
「いいんだよ。馬鹿だから」
バルトが小さく笑った。
「でもまあ、昔からだな」
「緊張しないんですか?」
「するさ」
マルセルが少し意外そうな顔をした。
「あいつらだって怖ぇもんは怖ぇし、死にたくもねぇ」
バルトが薪を一本、火へ入れた。
「ただ、張り詰める必要がねぇ時まで張り詰めてても仕方ねぇだろ」
「……」
「戦う時になりゃ、嫌でも戦う。それまではいつも通りでいる」
ダンテが二人を見る。
「戦場入ったら勝手に切り替わるしな」
「あいつら二人だと、特にそうなる」
バルトが続ける。
「片方が考え込んでりゃ、もう片方がくだらねぇこと始める。
別に決めてやってるわけじゃねぇんだろうけどな」
眠っている二人へ目を向ける。
「あいつらなりの、いつも通りなんだろ」
マルセルも二人を見る。
「……昔から仲が良かったんですか?」
「いや」
ダンテが即答した。
「最初の頃はよく喧嘩してたぞ」
「え?」
「ジジが十八の頃だ。まだブロンズだった」
バルトが言った。
「自分より上ランクの討伐依頼に手ぇ出してな。
現場にいたゴールドのガイアと鉢合わせた」
「それで?」
「大揉めだよ。で、魔物現れて結局一緒に戦うことになったんだが、
ジジが作戦もなしに突っ込んだ」
グリムが鼻を鳴らす。
「昔から無鉄砲じゃったからの」
「ガイアが庇って、左腕を思いっきりやられた」
マルセルが眠るガイアを見る。
「……それでも庇ったんですか」
「ああ。最後はジジが仕留めたけどな」
ダンテが口元を緩めた。
「で、血だらけのガイアが『なんか言うことねぇの?』って聞いたんだと」
「ジジさんは?」
「『お前、いい匂いする』」
「…………」
マルセルとシーザーが同時に吹いた。
バルトが眠っている二人を見る。
「そこから少しずつ一緒に依頼へ行くようになった。気づけば相棒だ」
焚き火が小さく爆ぜた。
「ガイアも今じゃミスリルだ。一人で大抵の場所から生きて帰ってくる」
マルセルが黙って聞く。
「誰かに守ってもらわなきゃ戦えねぇ奴じゃない」
バルトは少し目を細めた。
「けど――」
ジジの腕の中で、ガイアは静かに眠っている。
「あいつが誰かに背中預けて戦ってんのは、俺が知ってる限りジジだけだ」
誰も何も言わなかった。
洞窟の外では、静かに雪が降っていた。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




