最後の宿
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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翌朝。
宿の扉を開けると、雪が降っていた。
昨夜まで土の色をしていた街道は、白く染まっている。
屋根にも、馬を繋ぐ柵にも、細い木の枝にも白い雪が積もっていた。
ガイアが足を止めた。
「……これが雪か」
空を見上げる。
白い粒が、ゆっくりと落ちてくる。
一つが銀髪に触れた。
ガイアは手を差し出した。
掌へ落ちた雪が、すぐに水へ変わる。
「……溶けた」
隣にいたジジが見る。
「そりゃ溶けるだろ」
「へぇ……」
もう一度、手を出す。
今度は二つ。
「……綺麗だな」
「そうだな」
ガイアはしばらく空を見上げていた。
「おい、置いてくぞ」
ダンテの声が飛ぶ。
「分かってるよ」
ガイアはもう一度だけ雪を見てから、馬へ向かった。
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七人は馬に跨り、荷駄馬を連れて北へ進んだ。
始めのうち、雪は静かに降っていた。
ガイアは時折空を見上げている。
「ずっと降ってんな」
「雪だからな」
「どんくらいで積もる?」
「知らね」
「お前ほんと何も知らねぇな」
「ガイアより知ってる」
「霜柱踏んで遊んでた奴が言うな」
「お前もじゃん」
「俺は初めて見たんだよ」
「俺も久しぶりだったし」
馬の蹄が薄く積もった雪を踏む。
一行はそのまま北へ進んだ。
やがて雪は少しずつ強くなった。
街道を覆う白が厚くなり、風も出始めた。
北へ進むにつれ、天候が荒れてきた。
雪が横から流れ始め、木々の輪郭が白く霞む。
雪は止まない。
風はさらに強くなり、時折前を行く馬の姿まで白く霞んだ。
バルトが振り返る。
「間隔空けんな!」
全員が馬を寄せ、荷駄馬も中央へ入れた。
ダンテがガイアを見る。
「風、どうにかできねぇのか?」
「…………」
「おい、風使い」
「……もういい」
「何が?」
「……雪、嫌い」
ダンテが黙った。
ガイアは外套の頭巾を目深にかぶり、前だけを見ている。
「……っくしゅ」
ジジが横を見る。
「ガイア」
「……」
「ガイア?」
「……」
ガイアはほとんど口を開かなかった。
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午後には、吹雪に近くなっていた。
街道も周囲の森も白い。
空と地面の境目さえ曖昧になっている。
馬たちも頭を低くし、雪を踏みながら進んだ。
日が傾き始めた頃。
吹きつける雪の向こうに、小さな灯りが見えた。
バルトが腕を上げる。
「見えたぞ!」
街道沿いに宿があった。
ギルハイムへ向かう道で使える、最後の宿だった。
馬を屋根の下へ入れる。
ガイアが降りた。
「ガイア」
「……」
「着いたぞ」
「……見りゃ分かる」
「生きてる?」
「……ギリ」
荷物を外し、抱える。
扉が開いた。
暖気が流れてきた。
ガイアが中へ入る。
足を止めた。
部屋の奥で、暖炉の火が燃えている。
「……」
荷物を床へ置き、そのまま真っ直ぐ歩いていった。
暖炉の前にしゃがみ込み、両手を火へ向けた。
「…………」
後から入ってきたジジが隣に立つ。
「ガイア、部屋――」
「……今話しかけんな」
「何で?」
「……生き返ってる途中」
ジジがガイアを見る。
「生き返った?」
「まだ」
ジジはその場を離れ、ガイアの分の荷物をまとめた。
ガイアは火へさらに手を近づける。
「……あったけぇ」
ようやく声らしい声が出た。
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食事が運ばれてくる頃には、ガイアも暖炉の前から離れられるようになっていた。
七人が大きなテーブルを囲む。
バルトが地図を広げた。
「今ここだ」
指が街道上の一点を示す。
「ここから先、宿はねぇ」
ガイアの手が止まった。
「……一軒も?」
「ああ」
「マジで?」
「最後の宿だっつっただろ」
ダンテが答える。
ガイアが地図を見る。
「明日は?」
「天候次第だ。行けるところまで馬で行く」
バルトが指を北へ滑らせる。
「この辺りから山沿いに入る。雪が続けば予定より時間はかかる」
グリムが地図を覗き込んだ。
「日が落ちる前に野営地を決めた方がよかろうな」
「野営……」
ガイアが遠い目をして呟く。
ダンテが見る。
「何だよ」
「この寒さで?」
「そうなるな」
「…………」
ガイアが暖炉を見る。
ジジが食事を口へ運ぶ。
「ガイア死ぬんじゃね?」
「お前が言うなよ」
「さっき半分死んでたじゃねぇか」
「だから心配してんだよ!」
バルトが地図を指で叩いた。
「山裾まで入れば、今日みてぇな風を直接食らわずに済む場所もある。
岩壁も増える」
グリムが頷く。
「洞穴でも見つかれば一番じゃな」
ガイアがすぐに顔を上げた。
「洞窟探す」
ダンテが笑う。
「急にやる気出したな」
「絶対探す」
「見つからなかったら?」
「探す」
「いや、だから――」
「見つかるまで探す」
「お前、ギルハイムより寒さの方が怖くなってんじゃねぇか?」
「当たり前だろ。ギルハイム着く前に凍死したら意味ねぇだろうが」
「凍死はしねぇよ」
「南の島育ち舐めんなよ」
「そこ威張るとこか?」
バルトが笑った。
「まあ、風を凌げる場所は優先して探す。洞窟があれば使う」
「絶対な」
「分かった分かった」
ガイアはようやく食事へ戻った。
バルトの指が、さらに北へ動く。
「ギルハイム近くまで行ったら、まずファルコを飛ばす」
空から魔物の配置、城までの経路、北西の塔の位置、
侵入に使える場所を確認する。
現地近くまで赴きファルコによる上空偵察を行い、
得た情報をもとに侵入経路を決める。それが最初から決めていた手順だった。
「天気がこのままなら?」
マルセルが聞く。
ガイアが答えた。
「無理はさせねぇ。飛ばせる状態になるまで待つ」
「分かりました」
「北西の塔が分からねぇまま入る方が危ねぇからな」
やっとガイアがまともな会話をし始め一同は安心していた。
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部屋へ戻る前に、ガイアは湯へ浸かりに行っていた。
風呂から戻る頃には、顔色も戻っていた。
部屋には寝台が二つ並んでいる。
ジジはすでに荷物を広げ、明日の装備を確認していた。
ガイアは椅子へ座る。
乾かした銀髪を背中へ流し、掌へ少量の油を取った。
髪へ馴染ませていく。
ジジが顔を上げた。
ガイアが長い髪を三つに分ける。
慣れた手つきで編み始めた。
「寝る時それすんの?」
「乾燥してるからな」
ジジが少し鼻を動かした。
「いい匂いすんな」
ガイアの手が一瞬止まる。
「……椿油?」
「それも」
「…も?」
ガイアは深く考えるのをやめ残りを編み、
毛先を留めた。
三つ編みを背中へ流す。
「明日早ぇから寝るぞ」
「ん」
二人がそれぞれの寝台へ入った。
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しばらくして。
「…………」
ガイアが目を開けた。
毛布を肩まで引き上げる。
外では風が窓を鳴らしている。
目を閉じる。
「……」
また開ける。
「……寒ぃ」
隣の寝台から声がした。
「まだ寒いのか?」
「……寒ぃ」
「湯に浸かったんじゃねぇの?」
「浸かった」
「暖炉の前にもいたな」
「いた」
「じゃあ何で?」
「俺が知りてぇよ……」
ジジが身体を起こした。
「毛布もう一枚使えば?」
「使ってる」
「じゃあ……」
少し考える。
「こっち来る?」
ガイアが動きを止めた。
「……は?」
「俺あったかいんだって」
「……」
「ルナよくくっついてくるし」
「……いや、いい」
「そ?」
「ああ」
「じゃあ寝ろ」
ジジはあっさり横になった。
「……」
ガイアも目を閉じる。
風が鳴る。
「…………」
寝返りを打つ。
「…………」
もう一度。
「…………クソ」
起き上がった。
反対の寝台で寝るジジはもう眠りかけている。
「ジジ」
「ん……?」
「……詰めろ」
「何?」
「そっち詰めろ」
ジジが眠そうに奥へ動いた。
「入んの?」
「寒ぃんだよ」
「ふうん」
ガイアが毛布を持ち上げジジの寝台へ入り、
背を向けて横になった。
「…………」
動きが止まる。
温かい。
自分の寝台とはまるで違った。
「……あったけぇ」
「だから言ったろ」
ガイアが少しだけ身体を寄せる。
「……湯たんぽだな」
「俺?」
「でけぇ湯たんぽ……」
「何それ」
寝位置が定まらないガイアの足先がジジの脚へ触れた。
ジジが動く。
「足、冷たっ」
「悪ぃ」
「冷たすぎだろ」
「寒かったんだから仕方ねぇだろ」
ジジが脚を寄せた。
ガイアの足を挟む。
「……何してんの?」
「あっためてる」
「……」
「こっちの方があったかいだろ」
「…………そだな」
しばらくすると、冷えていた足先にも少しずつ感覚が戻ってきた。
ガイアが毛布へ顎まで埋まる。
「……あったけぇなぁ」
「よかったな」
「お前何でこんなあったけぇの」
「知らね」
「でけぇから?」
「知らねぇって」
外ではまだ吹雪が続いている。
部屋の中は静かだった。
「……ガイア」
「ん」
「ルナ、今頃寝てっかな」
「寝てんじゃねぇの」
「ちゃんと寝れてっかな」
「シャイアいるし、大丈夫だろ」
「…そうだな」
少し間が空いた。
「早く帰らねぇとな」
「そうだな」
ジジの声が少し小さくなる。
「……寂しいのか?」
「何が?」
「ルナいねぇの」
「……ちょっと」
「そうだよな」
「こんな離れんの久しぶりだし」
ジジが目を閉じる。
「でも大丈夫」
「何が」
「待ってるって言ってたから」
ガイアも目を閉じた。
「……そうだな」
ほどなくして、ジジの呼吸が一定になる。
ガイアも毛布の中で目を閉じていた。
温かい。
ようやく眠れそうだった。
その時。
腹へ腕が回った。
「……?」
身体が後ろへ引かれる。
ガイアの背中がジジの胸へ触れた。
目が開いた。
「…………」
腹にはジジの腕。
足元には、まだ温かい脚。
後頭部へ顔が近づく。
ジジ鼻先が、三つ編みに触れた。
ガイアの身体が固まった。
「…………は?」
返事はない。
ジジは眠っている。
少し深く、鼻先が銀髪へ埋まった。
「…………」
ガイアの胸が大きく上下した。
背中からジジの体温が伝わる。
腕は離れない。
「……おい」
返事はない。
「ジジ」
静かな寝息だけが返ってくる。
ガイアはもといた寝台を見ていた。
「…………」
少しして、小さく息を吐く。
「……俺はルナじゃねぇぞ」
ジジの腕が少しだけ強くなった。
しばらく、そのまま動かなかった。
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「…………」
ふと、あの夜のことが浮かんだ。
ルナリスのことで、ジジが泣いた夜。
普段は何があっても一人で抱え込む男が泣いていた。
あの時も。
ジジは、ルナリスを失うことを怖がっていた。
今回は、そのルナリスを置いてきた。
遠く離れたバインスに。
しかも、これから向かう場所で心臓を取り戻せる保証もない。
「……寂しいよな」
腹に回された腕へ、ガイアが目を落とす。
「ルナいねぇもんな」
それなら、これも分かる。
寝ぼけているだけ。
いつも傍にいるルナリスがいないから、
たまたま同じ寝台にいた自分を抱き寄せただけ。
ガイアは小さく息を吐いた。
「……そういうことだろ」
そう呟いた直後
ジジがまた三つ編みへ鼻先を埋め深く呼吸をする。
ガイアの胸が、あの夜のように大きく鳴っていた。
「…………」
ガイアは片手で顔を覆った。
「……勘弁してくれよ」
返事はない。
ジジはガイアの髪へ顔を埋めたまま、よく眠っていた。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




