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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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122/144

北へ

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

翌朝。

宿場を出る頃には、空が明るくなり始めていた。


七人は馬へ跨り、荷駄馬を連れて再び街道を北へ進んだ。

昨日まで続いていた草原は少しずつ姿を変え、

街道の両脇には背の高い針葉樹が増えている。


馬の蹄が、湿った土を踏んだ。

しばらく進んだところで。


「……なあ」


ガイアが口を開いた。

隣を進んでいたジジが顔を向ける。


「何?」


「昨日より寒くね?」


「そうか?」


「寒ぃだろ」


ジジが前を向いたまま答える。


「分かんねぇ」


「分かんねぇって何だよ」


「昨日も寒かったし」


「……」


ガイアが外套の襟を少し上げた。

前を走っていたダンテが振り返る。


「もう寒いのか?」


「うるせぇ」


「まだこんなもんだぞ」


「聞いてねぇよ」


「昨日、大したことねぇって言ってたよな」


「ダンテ」


「何だよ」


「朝からうるせぇ」


ダンテが笑いながら前を向いた。


「機嫌悪ぃな」


「悪くねぇ!」


声だけが街道に響いた。


——————————————————————


日が昇っても、気温はほとんど上がらなかった。


途中、小さな川沿いで馬を休ませる。

マルセルとシーザーが荷駄馬を水場へ連れていき、

バルトとグリムは地図を広げていた。


ジジは馬から降りると、大きく伸びをした。

少し離れたところで、ガイアも馬を降りる。


「……寒ぃ」


両手に息を吹きかけた。

白いものが広がった。

ガイアの動きが止まる。


「……?」


もう一度。


「はぁー」


白い息が流れる。

ガイアがそれを目で追った。

もう一度。


「はぁー」


ジジが振り返る。


「何してんの?」


「ジジ」


「何?」


「見ろ」


「何を?」


ガイアが口元へ手を添えた。


「はぁー」


白い息が広がった。


「……白い」


「そうだな」


「何これ」


「息」


ガイアが眉を寄せた。


「そんなん分かってるわ」


「じゃあ何?」


「何で白いんだよ」


「寒いからじゃね?」


「へぇ……」


ガイアがまた息を吐く。


「はぁー」


「……」


「はぁーー」


「楽しい?」


「別に」


ガイアはそう言いながら、もう一度白い息を吐いた。

ジジも隣で息を吐く。

二つの白い息が重なった。


「お前の方がでかくね?」


「何が?」


「息」


「身体でけぇからじゃねぇの」


「関係あんのか?」


「知らね」


「知らねぇのに言うなよ」


「じゃあ聞くなよ」


少し離れたところで、ダンテが馬へ水を飲ませながら二人を見た。


「……何やってんだ、あいつら」


バルトも一度見る。


「知らねぇ」


グリムが髭を撫でた。


「息でも吐いて遊んどるんじゃろ」


「二人とも何歳だよ」


「片方は二百三十じゃな」


「聞こえてんぞジジイ!」


ガイアの声が飛んだ。

グリムが顔を上げる。


「耳はまだ若いようじゃな」


「ぶっ飛ばすぞ!」


「元気じゃねぇか」


バルトが笑った。


「さっきから寒ぃ寒ぃうるせぇくせによ」


「それとこれは別だろ!」


ジジがガイアを見る。


「何が?」


「お前は黙ってろ」


——————————————————————


休憩を終えようとした時だった。

ジジが馬のところへ戻る途中で、足を止めた。


足元を見る。


地面から、細い氷の柱が無数に伸びている。

その上へ靴を乗せた。


ザクッ。


ジジが下を見る。

もう一度。


ザクッ。


「……」


少し横へ移動する。

ザクッ。


ガイアが気づいた。


「何してんの?」


「これ」


「何?」


ジジが足元を指す。


「霜柱」


「何それ」


「知らねぇの?」


「知らねぇよ」


「これ」


ジジが踏んだ。

ザクッ。


ガイアが近づいてくる。

しゃがみ込み、地面を見る。


「氷?」


「多分」


「多分って」


「俺も詳しく知らねぇ」


ガイアが指先で触れる。

細い氷が崩れた。


「冷てっ」


「氷だからな」


「これ踏んでんの?」


「ああ」


「何で?」


ジジがもう一度踏む。

ザクッ。


「音するから」


「……」


ガイアが立ち上がる。

隣へ足を置いた。


ザクッ。


「……」


もう一度。


ザクッ。


「……おお」


ジジが別の場所を踏む。

ザクッ。


ガイアも踏む。

ザクッ。


「これ面白ぇな」


「だろ」


「こっちすげぇ」


「どこ?」


「ここ」


ジジが足を伸ばす。


「待て、俺が踏む!」


ザクッ。


「あっ!」


「早いもん勝ちだろ」


二人が並んで地面を見ながら歩いていく。


ザクッ。

ザクッ。

ザクザクッ。


バルトが顔を上げた。


「……相変わらず馬鹿だな、あいつら」


グリムもそちらを見る。


「ガイアも二百三十じゃろ」


「聞こえてんぞジジイ!!」


即座に声が飛んできた。


「やはり耳はいいのう」


「さっきも言っただろそれ!」


ダンテが馬具を締めながら笑う。


「お前ら置いてくぞ」


「待て!まだここ残ってる!」


「知らねぇよ!」


「ジジ、そっち踏むな!」


「何で?」


「俺が見つけた!」


ザクッ。


「ああっ!てめぇ!!」


マルセルとシーザーが並んでその様子を見ていた。


「……仲いいですね」


マルセルが言った。

シーザーが頷く。


「おい! 行くぞ!」


ダンテの声が飛ぶ。


「今行く!」


ジジが答えた。

ガイアが地面を指す。


「待て、最後これ!」


ザクッ。


「よし」


「何がよしなんだよ!」


——————————————————————


それから数日。


一行は街道を北へ進み続けた。

畑は減り、森が増えた。


朝には草の先へ白い霜がつき、

川沿いの浅い水溜まりには薄い氷が張るようになった。


馬上から見える山々も、日を追うごとに近づいていく。


そして。


ガイアの外套の襟も、日を追うごとに高くなっていった。


「ガイアさん」


マルセルが後ろから声をかける。


「何」


「これ、落としました」


手袋だった。

ガイアが自分の腰を見る。


「ああ。悪ぃ」


受け取る。


「ありがと」


「いえ」


マルセルが少し黙る。

ガイアが見る。


「何?」


「いえ、何でもないです」


「ならいい」


ガイアは手袋をつけ直した。


少し後ろでシーザーがマルセルを見る。

マルセルもシーザーを見る。

二人とも何も言わなかった。


ダンテが横へ馬を寄せてくる。


「お前、日に日に機嫌悪くなってねぇ?」


「なってねぇ」


「なってるだろ」


「寒ぃんだよ」


「防寒具買っただろ」


「着てるだろうが」


「それでも寒いのか?」


「寒ぃもんは寒ぃんだよ」


「南育ちって大変だな」


ガイアがゆっくりダンテを見る。


「ダンテ」


「何だよ」


「今すぐ馬ごと蹴り飛ばすぞ」


「元気じゃねぇか」


「うるせぇ」


ダンテが笑いながら離れていった。

入れ替わるように、ジジが横へ来る。


「ガイア」


「なんだよ」


「顔怖ぇ」


「お前にだけは言われたくねぇ」


「機嫌悪い?」


「悪くねぇ」


「悪いじゃん」


「寒ぃだけだっつってんだろ」


ジジは少し考えた。


「分かんねぇ」


「だろうな」


——————————————————————


昼。


街道脇で休憩を取った。

馬から降りたジジが保存食を齧りながら、南の方角を見る。


「今頃何してっかな」


ガイアが水を飲む。


「ルナ?」


「ああ。飯食ったかな」


「食ってんじゃねぇの?」


「分かってるけど」


「なら大丈夫だろ」


「そうだな」


ジジが保存食をもう一口齧る。


「マーサも変だったな」


ガイアの水袋が止まった。


「……何が?」


「二回も呼ばれた」


「そうだったな」


「絶対帰ってこいって」


「言ってたな」


「いつも言わねぇのに」


ガイアが水袋の口を閉める。


「……お前のこと心配なんじゃねぇの」


「…そうか」


ジジは残りの保存食を口へ入れた。

ガイアが荷物の方へ歩き出す。


「ガイア」


「んだよ」


「やっぱ機嫌悪くね?」


「寒ぃんだよ!」


——————————————————————


午後。


風が強くなった。

木々の枝が大きく揺れ、冷たい風が街道を抜けていく。


ガイアは外套の襟へ口元まで埋めていた。


「……っくしゅ」


ジジが横を見る。


「今くしゃみした?」


「してねぇ」


「しただろ」


「してねぇ」


「聞こえたけど」


「気のせいだろ」


「風邪?」


「違ぇ」


「じゃあ何?」


「寒ぃだけ」


前からダンテの声が飛ぶ。


「だから言っただろ!」


「お前は黙ってろ!」


バルトが笑った。


「まだ先長ぇぞ」


「分かってるわ!」


「明日もっと冷えるぞ」


「聞きたくねぇ!」


グリムが振り返る。


「元気そうじゃの」


「ジジイまで入ってくんな!」


「二百三十にもなって寒さで機嫌を悪くするとは――」


「聞こえてんぞ!」


「まだ何も言っとらん」


「続き分かんだよ!」


ジジが横で笑った。

ガイアが睨む。


「何笑ってんだよ」


「別に」


「笑ってんだろ」


「笑ってねぇ」


「口上がってんだろうが」


「寒さで見間違えてんじゃね?」


「お前マジで腹立つな」


——————————————————————


夕方。


空は朝よりも低く、重くなっていた。

雲が山の方角から広がっている。

シーザーが馬上から空を見上げた。


「天気、崩れそうですね」


バルトも空を見る。


「ああ」


ダンテが言う。


「明日あたり来るかもな」


ガイアが顔を上げた。


「何が?」


「雪」


「……」


ガイアが空を見る。


「雪?」


「ああ」


「これから?」


「多分な」


ガイアはしばらく雲を見ていた。


「……雪って、あれだろ」


「何だよ」


「白いやつ」


ダンテがガイアを見る。


「それ以外何だと思ってんだ」


「見たことねぇんだよ」


「マジか」


「南の島で降るわけねぇだろ」


ジジが横から顔を出す。


「明日見れんじゃん」


ガイアが空を見る。

先ほどまで外套へ埋まっていた顔が、少しだけ上がった。


「……積もんの?」


「知らね」


「どんくらい?」


「知らねぇって」


「触れる?」


「触れるだろ」


「冷てぇ?」


「多分」


「食える?」


ダンテが振り返った。


「食うなよ」


「食わねぇよ!」


「今ちょっと食おうと思っただろ」


「思ってねぇ!」


「顔が食う顔だったぞ」


「どんな顔だよ!」


ジジが横で笑う。


「ガイア、雪食うの?」


「食わねぇっつってんだろ!」


「明日降ったら教えて」


「何を?」


「味」


「食わねぇ!!」


バルトの笑い声が響いた。

グリムも髭の奥で笑っている。

ガイアが二人を見る。


「笑ってんじゃねぇ!」


「元気じゃねぇか」


「うるせぇ!」


冷たい風が、また街道を抜けていった。

ガイアがすぐに外套へ口元を埋める。


「……クソ寒ぃ」


それでも一度だけ、もう一度空を見上げた。

厚い雲の向こうに、まだ雪は見えなかった。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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