いってらっしゃい
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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夜明け前。
バインスの街はまだ薄暗かった。
石畳には夜露が残り、通りを歩く者もほとんどいない。
ギルド前には七頭の馬が並んでいた。
その後ろには、食料や野営道具を積んだ荷駄馬も繋がれている。
バルトとグリムが荷を確認し、ダンテは馬具を締め直していた。
マルセルとシーザーもすでに支度を終えている。
「ジジとガイアは?」
ダンテが辺りを見る。
「ルシーダ家だ」
バルトが答えた。
「ルナリスに顔見せてから来るってよ」
「そうか」
ダンテはそれ以上聞かなかった。
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ルシーダ家では、すでに明かりが灯っていた。
ジジとガイアが着いた時には、シャイアが玄関を開けた。
「早かったわね」
「起きてる?」
ジジが聞く。
「起きてる。というか、起きた」
「そっか」
二人が中へ入る。
廊下の奥から、小さな足音が聞こえた。
「ジジ?」
「いる」
「ガイアも?」
「いるぞ」
ガイアが答える。
ルナリスが足を速める。
「走んな」
ジジがすぐに声をかけた。
「走ってない」
「今速くなっただろ」
「ちょっとだけ」
「ゆっくり歩け」
「分かった」
ルナリスは声を頼りに二人の前まで来た。
ジジがしゃがむ。
「ちゃんと寝れた?」
「寝たよ」
「ほんとか?」
「ほんと」
「夜起きなかった?」
「一回起きた」
「大丈夫だった?」
「シャイアいた」
「そっか」
「アグラディアも来てくれた」
「そっか」
ジジの手が白い髪を撫でる。
「飯ちゃんと食えよ」
「分かってる」
「一人で歩くなよ」
「分かってる」
「胸痛くなったら――」
「シャイア呼ぶ」
ルナリスが笑った。
「昨日も聞いたよ」
「念のためだろ」
「ジジ、心配しすぎ」
「うるせぇ」
その横でガイアが小さく笑った。
ジジが見る。
「何」
「別に」
「笑っただろ」
「笑ってねぇよ」
「笑ってた」
ルナリスが二人の声へ顔を向けていた。
やがて、ガイアを呼ぶ。
「ガイア」
「ん?」
ガイアがルナリスの前へしゃがんだ。
小さな手が伸びる。
ガイアが取った。
「ジジ、ちゃんと連れて帰ってきてね」
「俺が?」
「うん」
ガイアが隣を見る。
ジジが何も分かっていない顔で見返している。
「……こいつの方が俺より強ぇんだけど」
「でもガイアが見てて」
「何で?」
「ジジ、無茶するから」
「ルナ、よく分かってんな」
「俺そんな無茶しねぇけど」
ガイアがジジを見る。
「どの口が言ってんだよ」
「してねぇだろ」
「してるわ」
「いつ?」
「ありすぎてどれから言えばいいか分かんねぇよ」
ルナリスが笑った。
「だからお願い」
ガイアがルナリスへ向き直る。
「分かった」
その頭を撫でる。
「ちゃんと見とく」
「うん」
今度はジジへ手を伸ばした。
「ジジ」
「何」
「ガイアも連れて帰ってきてね」
「ああ」
「二人でだよ」
「分かってる」
「約束」
ジジがその手を握った。
「約束」
しばらく誰も動かなかった。
やがてシャイアが窓の外を見る。
「そろそろ行った方がいいわ」
ジジが立ち上がった。
「……行く」
ルナリスの手が、まだジジの指を握っている。
ジジは急かさなかった。
少しして。
ルナリスから手を離した。
「いってらっしゃい」
「ああ」
ジジが頭を撫でる。
「行ってくる」
ガイアも立ち上がった。
「じゃあな、ルナ」
「ガイア」
「ん?」
「ちゃんと帰ってきてね」
「わかってる。いい子にしとくんだぞ」
二人が玄関へ向かう。
扉が開く。
外の冷たい空気が入り込んだ。
「ジジ!」
ジジが振り返る。
「ん」
「待ってるからね!」
「ああ!」
扉が閉じた。
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ギルドへ戻る頃には、空が僅かに明るくなり始めていた。
バルトが二人を見る。
「遅ぇぞ」
「間に合ってんじゃん」
ジジが答えた。
「出るぞ」
「分かってる」
ガイアは自分の馬へ向かい、鞍に括られた荷を確認した。
ジジも隣の馬の馬具へ手をかける。
ダンテが全員を見回した。
「忘れもんねぇな?」
「ねぇ」
「大丈夫です」
マルセルとシーザーも答える。
グリムが荷駄馬の綱を確認した。
「こっちも問題ねぇ」
「よし」
バルトが頷く。
「行くぞ」
七人が馬へ乗ろうとした時だった。
「ジジ」
声が飛んだ。
ジジが振り返る。
ギルドの入口に、マーサが立っていた。
「マーサ…」
マーサが近づいてくる。
昨日と同じように、口を開いて。
一度、閉じた。
ジジが待つ。
「……昨日、言えなかったこと」
「何?」
マーサはジジを見上げた。
「絶対、帰ってきて」
ジジが僅かに首を傾げる。
「帰ってくるけど」
「そうじゃなくて」
「何?」
「……絶対」
マーサの声が少し揺れた。
「絶対、帰ってきて」
ジジはマーサを見た。
「分かった」
「本当に?」
「ああ」
後ろからダンテの声が飛ぶ。
「分かってねぇぞ、そいつ」
「うるせぇな」
バルトが笑った。
マーサも少しだけ笑う。
それでも、目はジジから離れなかった。
「……気をつけて」
「ああ」
ジジが馬へ足をかける。
その少し離れたところで。
ガイアの手が、鞍にかかったまま止まっていた。
マーサがジジを見上げている。
ジジが馬上からマーサを見る。
ガイアは二人から視線を外した。
そのまま馬へ跨る。
「ガイア」
ジジが呼んだ。
「何?」
「それ俺の水袋じゃね?」
ガイアが鞍の横を見る。
「……お前昨日こっちに括っただろ」
「あ、そうか」
「自分の荷物くらい覚えろよ」
「お前が準備したじゃねぇか」
「だからって全部俺に聞くな」
マーサが小さく笑った。
ガイアは水袋を軽く叩いた。
「ほら、行くぞ」
「分かってる」
バルトが先頭へ出る。
七頭の馬と荷駄馬が、ゆっくりと動き始めた。
「いってらっしゃい!」
マーサの声が背後から届く。
ジジが片手を上げた。
振り返らず、そのまま馬を進める。
蹄の音が、まだ静かなバインスの街へ響いた。
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城門を抜ける頃には、東の空が赤くなり始めていた。
街道へ出る。
馬の歩調が少し上がった。
先頭はバルトとグリム。
その後ろにダンテ。
マルセルとシーザー。
ジジとガイアが続く。
荷駄馬も一定の間隔で進んでいく。
しばらくは誰も喋らなかった。
やがてガイアが横を見る。
ジジは前を見ている。
「なあ」
「ん」
「マーサ」
「あ?」
「……いや」
「何だよ」
「何でもねぇ」
ジジが怪訝そうにガイアを見る。
ジジが馬を少し前へ出した。
ガイアもその横へ並ぶ。
「何でついてくんだよ」
「同じとこ行くんだから当たり前だろ」
「…」
「お前、朝から頭回ってねぇだろ」
「眠ぃ」
「寝ろっつっただろ」
「寝た」
「何時間?」
「三時間くらい」
ガイアが顔をしかめた。
「寝てねぇじゃねぇか」
「寝ただろ」
「三時間は寝たうちに入んねぇ」
「入るだろ」
「入らねぇよ」
前を走るダンテが振り返った。
「お前ら朝から元気だな」
「元気じゃねぇよ」
ガイアが返す。
「こいつが寝てねぇ」
「ジジ」
「何?」
「馬から落ちんなよ」
「落ちねぇよ」
「昔落ちたろ」
「いつ?」
「十九くらいの時」
「あれ馬が転んだんだろ」
「お前がバランス崩したから馬が転んだんだろ」
「うるせぇな」
ダンテが笑いながら前を向いた。
マルセルとシーザーも小さく笑っている。
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昼を過ぎても、一行は街道を北へ進み続けた。
バインスの街並みはとっくに見えなくなっている。
周囲には畑と草原が広がり、ところどころに小さな林が続いていた。
休憩を挟み、馬へ水を飲ませる。
荷駄馬の荷を確認する。
それを何度か繰り返しながら進む。
夕方。
バルトが馬を止めた。
「今日はここまでだ」
街道沿いに小さな宿場が見えていた。
ダンテが空を見る。
「思ったより進んだな」
「明日もこの調子なら予定通りじゃな」
グリムが答える。
ガイアが馬から下りる。
大きく伸びをした。
「北って言っても大したことねぇな」
ダンテが振り返った。
「何が」
「寒さ」
「まだ一日目だぞ」
「だから?」
「ここ、まだ北でも何でもねぇからな」
ガイアが鼻で笑った。
「こんなもんだろ、北だって」
ガイアも自分の荷物を取る。
その横をジジが通った。
「ガイア」
「何?」
「俺の荷物どれ?」
「お前マジで一回自分で覚えろよ」
「似てんじゃん」
「全然違ぇよ!」
一行が宿へ入っていく。
まだ雪はない。
吐く息も白くない。
ガイアもいつも通りだった。
北へ向かう旅は、始まったばかりだった。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




