託す
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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出発前日。
シャイアの診療所には、朝の光が差し込んでいた。
寝台の上で、ルナリスが両手を膝に置いている。
その前に座ったジジが、白い髪へ手を伸ばした。
「胸、痛くねぇ?」
「大丈夫」
「変な感じは?」
「ないよ」
「そっか」
髪を撫でる。
白いままだった。
シャイアが机の上の記録へ視線を落とす。
「昨夜も大きな変化はなかった。脈も安定してる」
「じゃあ今日は?」
「今のところ問題ない」
ジジが頷く。
ルナリスが顔を上げた。
「ジジ」
「ん」
「まだおうち帰れない?」
ジジの手が止まった。
少し間を置いて、椅子を寝台へ寄せる。
「ルナ」
「なに?」
「話ある」
ルナリスがジジの声へ顔を向けた。
「俺、明日から遠く行く」
「遠く?」
「ああ」
「お仕事?」
「まあ、そんな感じ」
「ルナも行く?」
「行かねぇ」
ルナリスの眉が下がった。
「なんで?」
「危ねぇから」
「ルナ、ちゃんとするよ」
「そういう問題じゃねぇ」
「邪魔しない」
「邪魔じゃねぇよ」
ジジはルナリスの手を取った。
「今回は連れてけねぇ」
「……ガイアは?」
「あいつは行く」
「ジジと?」
「ああ」
「じゃあルナは?」
「ここに残る」
ルナリスの指が動いた。
ジジの手を握る。
「……ひとり?」
「一人じゃねぇ」
「誰といるの?」
「レグラスとアグラディアんとこ」
「児童所じゃなくて?」
「ああ。二人の家」
ルナリスは黙った。
「二人の家の近くにはシャイアもいる」
「シャイアも?」
「ああ」
「……いつ帰ってくる?」
ジジは答えなかった。
ルナリスの手を握ったまま、少し俯く。
「ジジ?」
「分かんねぇ」
「……何日?」
「それも分かんねぇ」
ルナリスの口元が下がった。
「やだ」
「ルナ」
「ルナも行く」
「駄目だ」
「ちゃんとする」
「分かってる」
「言うこと聞く」
「それも分かってる」
「じゃあ行く」
「行かねぇ」
「なんで!」
ルナリスの声が大きくなった。
ジジはその手を離さなかった。
「大事だから連れてかねぇんだよ」
ルナリスが止まった。
診療所が静かになる。
ジジはルナリスの手を両手で包んだ。
「お前がここにいてくれた方が、俺も安心して行ける」
「……ルナがいない方がいいの?」
「違ぇよ」
「でも」
「そうじゃねぇ」
ジジが眉を寄せる。
「……上手く言えねぇけど」
ルナリスが待つ。
「ルナに何かあったら、俺そっちしか見れなくなる」
「……」
「だから待っててくれ」
ルナリスの頬を涙がつたう。
「寂しい」
「ああ」
「ジジは?」
「俺も寂しい」
「ほんと?」
「ああ」
「……すごく?」
「すげぇ寂しい」
ルナリスが両腕を伸ばした。
ジジは立ち上がり、その身体を抱き上げる。
ルナリスの腕が首へ回った。
「絶対帰ってきて」
「ああ」
「ガイアも」
「ああ」
「二人ともだよ」
「分かった」
「約束して」
「約束する」
ルナリスはしばらくジジの肩へ顔を埋めていた。
ジジも何も言わず、背中を撫でていた。
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昼過ぎ。
三人は診療所を出た。
児童所の前を通り、その先へ進む。
同じエルフ居住区の中にあるルシーダ家までは、そう遠くない。
ルナリスはジジと手を繋ぎ、その反対側にはシャイアがいた。
「ここ?」
「ああ」
ジジが扉を叩く。
ほどなくしてアグラディアが現れた。
「来たね」
「ああ」
「どうぞ」
中へ入る。
奥の部屋にはレグラスがいた。
机の上には何冊もの書物が開かれ、その脇には書き付けが積まれている。
レグラスが顔を上げた。
「ルナリスの状態は」
「今日は落ち着いています」
シャイアが答えた。
「昨夜も大きな暴走はありませんでした」
「そうか」
ジジがルナリスの手を握ったまま、レグラスを見る。
「レグラス」
「何だ」
「明日から、ルナ頼める?」
「ああ」
返事はすぐだった。
「そのために準備している」
ジジが机の上を見る。
「何日になるか分かんねぇ」
「構わない」
「あとは――」
「ジジ」
アグラディアが呼んだ。
「何」
「順番に教えて。全部書いておくから」
紙を一枚取り、椅子へ座る。
「食べれないものはある?」
「何でも食う」
「ジジ!」
ルナリスが抗議する。
「食うだろ」
「何でもじゃないもん」
「何食わねぇの?」
「……」
「ほら」
「ジジのばか」
アグラディアが小さく笑った。
「好き嫌いはないんだね」
「ああ」
シャイアが机の近くまで来た。
「レグラス、私も今日からここに泊まらせてもらえないでしょうか。」
レグラスはすぐに答えた。
「もちろんだ。シャイアがルナリスの側で寝てくれ。」
アグラディアが頷いた。
「部屋はすぐに用意するよ」
「ありがとうございます。」
ジジは三人を順に見た。
「じゃあ、何かあってもすぐ診てもらえる?」
「ええ、ジジ…安心してね」
シャイアが答えた。
レグラスが机上の書物を閉じる。
「それだけではない」
「何?」
「レジーナの心臓が戻った後のことだ」
ジジがレグラスを見る。
アグラディアも書いていた紙を置いた。
「共鳴はここで行う」
「ここ?」
「ああ」
「診療所じゃなくて?」
「ルナリスはここで待機する。心臓が到着してから移動させる必要はない」
レグラスが続ける。
「この家は居住区とは違う結界を張っている。
何が起こるか完全には予測できない以上、ここで行う方がいい」
シャイアも頷く。
「必要な薬や道具は診療所から運んでおくわ」
ジジが机の上の書物を見る。
「手順は?」
「まだ詰めている」
アグラディアが答えた。
「遠く離れた今の状態でも、レジーナの心臓とルナリスの核は共鳴してる。
心臓を取り戻せれば、核を安定させられる可能性は高い」
「それは前にも聞いた」
「うん。だから今調べてるのは、その先。
どう共鳴させるか、どこまで近づけるか、
ルナリスの身体への負担をどう抑えるか」
「間に合うのか?」
「間に合わせる」
アグラディアはそのまま答えた。
ジジが頷く。
「心臓を確保した後、ガイアが先行することは既に決まっているのだろう」
「ああ」
「なら、ここへ直接来るよう伝えてくれ」
「分かった」
——————————————————————
その日の夕方から、ルナリスはルシーダ家で過ごすことになった。
シャイアの荷物も運び込まれた。
アグラディアがルナリスの使う部屋を案内し、
ベッドの位置や机までの距離を一つずつ説明する。
ルナリスは壁へ手を触れながら、ゆっくり部屋の中を歩いた。
「ここがベッド?」
「そう。右側に小さい机がある」
「窓は?」
「ベッドの左側」
「ぶつからない?」
「間には何も置かないよ」
「分かった」
廊下からジジがその様子を見ていた。
やがてルナリスが振り返る。
「ジジ?」
「いる」
「帰ったかと思った」
「まだいる」
ジジが部屋へ入る。
「大丈夫そう?」
「うん」
「トイレまでの道分かる?」
「アグラディアに教えてもらった」
「一人で行くなよ」
「分かってる」
「夜も――」
「ジジ」
ルナリスが笑った。
「なに」
「さっき全部言ってたよ」
ジジが黙る。
「……そうだっけ」
「言ってた」
「じゃあいい」
「心配しすぎ」
「うるせぇ」
ルナリスがまた笑った。
——————————————————————
日が傾いた頃。
ジジは玄関に立っていた。
シャイアは今夜からここに残る。
レグラスとアグラディアもいる。
ルナリスがジジの前に立つ。
その手が伸びた。
ジジが取る。
「明日の朝来る?」
「ああ」
「行く前?」
「ああ」
「ガイアも?」
「言っとく」
「連れてきてね」
「分かった」
「絶対だよ」
「ああ」
ルナリスの手が離れない。
ジジも動かなかった。
しばらくして、ルナリスが両腕を伸ばす。
ジジが抱き上げた。
「……寂しくなったら?」
「シャイアいるだろ」
「それでも寂しかったら?」
「明日の朝まで我慢して」
「そのあとは?」
「俺が帰るまで我慢して」
「長い」
「分かってる」
「……早く帰ってきて」
「ああ」
「ガイアもね」
「ああ」
ジジがルナリスを下ろす。
白い髪を一度撫でた。
「じゃあ明日な」
「うん」
「ちゃんと寝ろよ」
「ジジもね」
「ああ」
ジジが扉を開ける。
「ジジ」
足が止まった。
「何?」
「いってらっしゃい」
ジジは振り返った。
「まだ明日だろ」
「練習」
「何だそれ」
ルナリスが笑う。
ジジも僅かに口元を緩めた。
「……行ってくる」
扉が閉じた。
——————————————————————
ギルドへ戻った頃には、外は暗くなり始めていた。
壁際の荷物はすべてまとめられている。
ガイアが自分の荷袋の紐を締めていた。
「遅ぇ」
「ルナ預けてきた」
ガイアが顔を上げる。
「今夜から?」
「ああ」
「シャイアは?」
「向こう泊まるって」
「そうか」
ジジはガイアの前まで来た。
「あと、心臓」
「ん」
「取ったらルシーダ家に持ってって」
「ルシーダ家?」
「ああ。共鳴、そこでやるって」
ガイアが手を止めた。
「診療所じゃねぇんだ」
「ルナもそこにいる。シャイアも泊まる。レグラスとアグラディアもいる」
「なるほどな」
「だから戻ったら真っ直ぐそこ」
「ああ。分かった」
ジジが頷く。
「あと明日の朝、お前も来いって」
「誰が?」
「ルナ」
ガイアの口元が緩んだ。
「行く」
「日の出前だぞ」
「分かってる」
「寝坊すんなよ」
「しねぇよ」
「ならいい」
「お前こそ寝ろよ」
「寝る」
「本当かよ?」
「何で疑うんだよ」
「今日ルナ置いてきたばっかだろ。夜中に様子見に行くとかやめろよ」
ジジが黙った。
ガイアが目を細める。
「……行く気だった?」
「別に」
「絶対行く気だっただろ」
「近けぇじゃん」
「朝行くんだろ」
「行くけど」
「寝ろ」
「分かったよ」
ガイアがため息をついた。
「ったく……」
「何」
「何でもねぇ」
ジジは自分の荷物を持ち上げ、壁際へ寄せた。
「これで全部?」
「ああ」
「そっか」
少し離れたところで、ダンテが二人を見た。
「明日から長ぇんだから、今から喧嘩すんな」
「してねぇよ」
二人の声が重なった。
ダンテが鼻で笑った。
——————————————————————
受付では、マーサが帳簿を閉じていた。
壁際には七人分の荷物が並んでいる。
昨日より整然とまとめられ、すぐに運び出せる状態になっていた。
マーサが荷物へ目を向ける。
ジジが受付の前を通る。
「マーサ」
「何?」
「しばらく鍛錬所顔出せねぇから、ヴェルナーに頼んどいて」
「もう頼んであるわよ」
「早ぇな」
「受付主任を何年やってると思ってるの」
「八年?」
「分かってるじゃない」
「じゃあ頼む」
「ええ」
ジジが出口へ向かう。
マーサがその背中を見る。
「ジジ」
「何?」
ジジが振り返る。
「明日……何時に出るの?」
「日の出前」
「そう」
「ああ」
「私も来るわ」
「早ぇだろ」
「いいの」
ジジが扉へ手をかける。
「じゃあ明日な」
「……ええ」
扉が開く。
「ジジ」
もう一度、足が止まった。
「何?」
マーサの唇が僅かに開いた。
少し間が空く。
「……なんでもない」
「何だよ」
ジジは扉を開けた。
「じゃあな」
「また明日」
扉が閉じる。
マーサはしばらく閉じた扉へ顔を向けていた。
奥で荷物を確認していたガイアが、一度受付を見る。
マーサが帳簿を抱え直した。
ガイアは何も言わず、視線を荷物へ戻した。
明日の夜明け前。
七人がバインスを発つ。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




